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この街には星の数ほどいるだろう



 悪の組織の控え室でだべっていると、ふと、昼間の三人組の事を思い出した。なので、さっきから女の子向けキャラクターのフィギュアで遊んでいるクズどもに声を掛けてみる。

「なあ、それ、スカート履いてなかったか?」

 ピンクのふりふりしたドレスを着ていた魔法少女っぽいフィギュアにはスカートがなく、白いパンツが露わになっていた。何それ?

「ああ、改造したんだよ」

「改造? ……剥がしただけだろ」

 くつくつと笑うのは四番の男である。彼は机の上に俺たちの戦利品を並べて、口の端をつり上げていた。傍目から、どころか、上下左右前後、全方位どこから見ても変態である。

「これから弄ってくんだよ。ああ、可愛いなあ、何を履かせようかなあ」

 十一番め、着々と仲間を増やしつつあるな。つーか、お前らもノリが良すぎるんだよ。

「それよりさ、三人組の強盗を知らないか?」

「ああ? 興味ねーよ、そんなの」あっそ。

 と、また誰かがやってきた。入ってきたのは大柄な男。数字付きでは三番に当たる奴である。

「うぃーす」

「おう。お前ら、まだそれで遊んでんのか?」

 三番は、四番を侮蔑の目で見ていた。

「なあ、三人組の強盗を知らないか?」

「三人組ぃ?」 三番は荷物を自分のロッカーにしまうと、腕を組んで低く唸り始めた。

「そんな奴ら、この街には山ほどいるだろ」

 そりゃあ、そうだよなあ。

「けどさ、ツナギ着てて、ゴーグルしてて、軽トラ乗り回してバズーカとかぶっ放す三人組なら限られてくるんじゃねえの?」

「何だあ、そんな奴らがいんのか、よ…………何か、見た事あるよな」

「だろ!?」

 やっぱりそうだ。俺たちは見ている。悪の組織の仕事中に、そいつらを見ていたのだ。そうに違いない。

「けど、誰だ? どっかの組織の怪人って訳じゃあなさそうだし。つーか青井よ、お前はそいつらをどこで見たんだ?」

「あー、まあ、昼間に街ぶらついてたらさ、ちらっと。で、気になったもんだから」

「江戸さんに聞くのが手っ取り早そうじゃねえか? 今日はアレだろ、どうせ仕事もないんだろうし」

 あれ? そうなのか? 俺はてっきり、またコンビニを襲撃するもんだと思ってたけど。

「十一番が言うには、目ぼしい食玩を殆ど持ってったから、次の納品まではお休み、だとよ」

 そう言って、三番は部屋を見回す。至る所に、フィギュアの箱が散らかり、フィギュアが飾られていた。何を隠そう、俺のロッカーにも幾つかのフィギュアがある。いずれオークションなりに売りに出すんだろうが、うん。少し寂しくなるな。

「へえ、知らなかったぜ。じゃ、そうするか、な」俺は立ち上がり、控え室を出て行く。



 江戸さんは部屋にいた。彼は書類を睨みつけるように見て、頭をくしゃくしゃと掻いていた。急がしそうである。今、質問をするのは迷惑ではなかろうか。しかし、部屋に入ったばかりで黙ったまま出て行くのはどうだろう。何かを話さないと失礼ではないだろうか。いやしかしここでお仕事の邪魔をするのも。

「ん、やあ、青井君。どうしたんだ、突っ立っていないで座りたまえ」

「急がしそうに見えたものですから」

「ああ、これか」江戸さんは書類を指差す。

「気にしなくても良い。何か、質問でもあるのかな?」

 和やかに言うと、江戸さんは冷蔵庫からペットボトルのジュースを取り出す。俺は紙コップを江戸さんの前に置き、

「俺もご相伴にあずかっても?」

 自分のコップをキープした。

「勿論さ」

 紙コップに、とくとくとアップルジュースが注がれていく。小さな器の、小さな水面が揺れ動く。

「十一番の提案した作戦だが、上手くいっているらしいじゃないか」

「ええ、それはもう」皆、食玩に夢中だ。

「良い事だ。こうして、一人一人が策を立て、組織への忠誠を高めてくれれば、私としても嬉しい」

 江戸さんは美味そうにジュースを飲み干す。喉が渇いていたのだろう。良い飲みっぷりだった。

「話というか、あの、三人組の強盗を知っていますかって聞きたかったんです」

「三人組の? そう、だね。茶化すつもりはないが、この街には星の数ほどいるだろう」

 その通り。俺は昼間見た奴らの特徴を江戸さんに伝えた。彼は暫くの間、空になったコップの底を見つめる。

「……聞いた事は、あるな。見た事は、どうだろうか」

 江戸さんは難しそうな顔を作った。

「俺も、どこかで見たような気はするんですけど」

「どうにも、思い出せない、か」

 マジで、誰だったっけ。

「しかし、思い出せないと言う事は、思い出さなくても問題ない事だろう」

「そういうものですかね」

「言い訳になるが、思い出せないものはしようがない」

 うーん。江戸さんにも思い出せないんだから、俺に思い出せる筈はないな。



 組織からの帰り道、俺の頭を占めていたのは、明日の朝飯の事だった。オムレツが食いたいなーとか、やっぱり朝は味噌汁も良いよなーとか、そういった事である。

 なので、俺は気付かなかったのだ。



 翌朝、社長から電話が来た。時刻は九時。朝飯を食って、ぼんやりとテレビを見ていた頃である。出ようかどうか迷ったが、レンが『でんわでんわ』とうるさいので、仕方なく出る。

「あい、もしもし」

『仕事よ』

「そんな気はしてた」だから出るかどうか迷ってたんだよな。

『急で悪いのだけど、来てくれるかしら』

 何か、社長は俺に遠慮しているというより、戸惑った様子である。

「厄介な仕事なのか?」

『昨日、コンビニが強盗に遭ったでしょう? そこの店長からの依頼なのよ』

「……チラシでも配れってのか?」

『だったら分かりやすくて助かるのだけど』

 一体、何だってんだ?



 レンと一緒にカラーズへ行き、九重のタクシーで件のコンビニへと行く。依頼を受けた者だと言うと、店長らしき人物は、俺たちを控え室に通した。

「向かいのコンビニ。あそこの店長を叩いて欲しい」

「は?」

 店長は、三十路くらいの男である。眼鏡を掛けており、ばりばり仕事の出来そうな人に見えた。そんな奴が、叩け、だあ? 訳分かんねえぞ。

「詳しく聞かせていただけるかしら」

 社長が言うと、店長の男は眼鏡の位置を押し上げた。

「……昨日、強盗に遭った。知っているかい? 新聞にも小さく出たんだけど」

 俺は何も言えなかった。苦笑いを作るのすら諦めた。

「強盗は三人組の奴らでね、この店を……いや、言わなくても分かるか。とにかく、むちゃくちゃにして、商品を箱詰めして逃げていった。いや、良い。それはもう良い。警察がそいつらを追っているし、多分、ヒーローだって……」

 その辺は誰にも分からない。ヒーローってのは基本的に勝手なものなのだ。派遣会社のヒーローは、依頼さえ受ければ仕事をこなそうとする。しかし、フリーの奴らは分かりやすく、金目当てで動く。単なる強盗よりも、悪の組織の怪人を狙うのが習性だ。

「君たちにお願いしたいのは、あいつだ。奴を問い詰めて欲しいんだ」

 店長は歯を食い縛る。奴、と言うのは、恐らく、向かいのコンビニの店長の事だろう。昨日、俺たちに仕事を依頼した、あの男である。

「あいつが、強盗を頼んだんだ。奴の店はこないだからどこかの組織に襲撃を受けていてね、アルバイトもいなくなるし、売り上げはガタ落ちだ。ウチの店はその分、客が流れてきていてね。それを妬んだんだよ、奴は」

 被害妄想も甚だしいな、おい。強盗に襲われたんだ、気持ちは分かるけど、そんなもんをヒーローに頼むかあ? 何を言ってるんだ、こいつは。

「問い詰める、とは。具体的に、私たちに何をさせたいのですか?」

 社長は慎重に言葉を選んでいるようだった。

「奴が汚い真似をしたんだ。その証拠を掴んで欲しい。出来るなら、鉄槌を。私は、あいつが許せないんだ」

「……証拠もないのに、問い詰めろと?」

 一歩間違えりゃ、訴えられるのはあんただぞ。そしてとばっちりを食うのは俺たちだ。

「方法は問わない。要は、奴を痛い目に遭わせられれば良いんだから」

 ヒーロー派遣会社は、警察でも弁護士でも探偵でもない。何でもない。依頼人から仕事をもらって、働くだけなんだ。だから、仕事は選ぶ。やべえ橋渡らせられそうなら、そいつを断るのは、社長の意思による。つーか受けるな。面倒だし、迷惑極まりねえぞ。まあ、社長だって渋ってるみたいだし、この依頼、悪いけど「お引き受けしましょう」あー引き受けちゃう? マジかー。

「ちょっと待てコラ」

「何よ?」 社長が俺を睨む。

「あんた、分かってんのか?」

 社長は車椅子を動かし、俺の耳元に口を近づけた。

「分かっているわ。要は、私たちに害が及ばないように、あの店長に痛い目を見せれば良いのよ」

「引き受けてくれるんだね?」

「勿論ですわ」営業スマイル。

「報酬は後払いと言う事で、構いませんね?」

「ああ、良いとも。それじゃあ、よろしく頼むよ。それから、くれぐれもこの依頼については……」

「ええ、勿論。秘密は守ります。……九重、書類を。あ、ここにサインをお願いします。はんこがなければ署名でも結構ですわ」



 コンビニを出た後、俺はタクシーの助手席で深い溜め息を吐いた。

「お兄さん、お仕事は終わったの?」

「これからだよ。はあ、やってらんねえ。つーか、仕事受けてなかったんじゃねえか」

「だって、気味が悪かったんですもの。昨日の今日で、殆ど隣同士のコンビニから依頼を受けるなんて、怪しいと思わない方がおかしいわ」

 なーるほど、俺は何かあった時の用心棒みたいなもんだったって訳かい。

「……結局、依頼を受けてしまいましたね」九重は窓の外を見つめている。何か、思うところでもあるのだろうか。

「しかし、ヒーローに八つ当たりをさせるたあ、見上げた根性だな」

「依頼は依頼よ。それに、可能性はゼロじゃないもの」

「可能性って、何の?」

 社長は二軒のコンビニを指差す。

「あの、躁鬱の店長が強盗と繋がっているという可能性よ」

 それは俺も考えた。けど、首を突っ込むとは思ってなかったぜ。

「あはっ、良く分からないけどー、そっちの店長さんから話を聞けば良いんじゃない?」

 話してくれれば、そいつが一番手っ取り早いんだがな。

「訴えられるのはごめんだぜ」

「私もよ」だったらどうする。

「……その、強盗から話を聞けば良いんじゃないでしょうか」

「アホか。だったら話聞くまでもねえよ。捕まえてボコボコにしてやりゃあ良い」

 話を聞くならその後だ。

「けど、一番分かりやすい方法なのは確かね」

「分かりやすいだけで、簡単じゃあないだろ。どうやって見つけりゃ良いんだよ」

 社長は笑う。意地悪そうな顔になっていた。ああ、嫌な予感がする。

「探すのよ」

「誰が?」

「私たちが。主にあなたが」

「どうやって?」

「どうやってもよ」

「具体的には!?」

「頑張って」

「頑張れねええええよおおおお!」

 強盗を頑張って探せだと!? 頑張って探して見つかるなら! それこそ警察だって探偵だっていらねえよ!

「やってられっか、俺は降りるぞ」

「歩いて帰るの?」

「そういう意味じゃねえよ!」

 九重とレンは耳を塞いでいた。腹が立つので、もっとでけえ声を上げてやる。

「冗談よ。あなた、からかってて面白いから」

「年上をからかうな」

「一つ、考えがあるわ。あっちのコンビニを張り込むのはどうかしら」

 あっちって、昨日の躁鬱店長のコンビニか?

「犯罪者は犯行現場に戻ると言うじゃない。それに、もしも昨日の彼と繋がりがあるのなら、あの強盗が姿を見せる可能性もあるわ」

「そうかあ? 連絡くらい、電話か何かで取り合ってんじゃねえの? わざわざ会って話す事なんざ、そうないぜ」

「そう、ね。店長にはないけれど、あの強盗たちにはあるかもしれないわ」

「……何?」

 社長はくすくすと微笑むだけである。

「あの店長を問い詰めるのと、ここで張り込むの、どちらがお好みかしら」

 答えるまでもない。俺は助手席に、深く座り直した。

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