前へ次へ
54/137

いやあすごい! すごい爆発だった!



 イダテン丸と赤丸。

 ひょんな事から(ひょんって、すげえ便利な言葉だな)二人のヒーローと出会い、関わってしまった。悪の組織とヒーロー派遣会社を掛け持ちする俺の二重生活がバレてしまいそうで、朝も中々起きれない。

「寝不足なんだよなあ」

「口を開くなり、何をやる気のない事を」

 社長が溜め息を吐いた。俺はテレビを見ながら、あくびを一つ。

「ねえねえ、今日はどんなお仕事をするの?」

「……今日は、ビラ配りだよ」

 九重とレンはアニマル図鑑を一緒に見て遊んでいた。

「今日も、だろ」くそ面白くもねえ。

「今日は何だ? またピザ屋の宣伝か? それともパチンコか?」

「コンビニよ」

 車椅子を動かし、社長はテレビを消す。

「アルバイトが足りないから、募集のチラシを配って欲しいんですって」

「んなもん、どこだって人手不足だよ」

 人手がないからってヒーローを使う奴がどこにいるか。そしてお前だ、お前。簡単に使われてんじゃねえぞ。

「俺はやだぞ。ビラ配るだけならお前らでやってこいよ」

「カラーズの宣伝も出来るんだから」

 知らんわ。

「つーか、いきなりビラ配りだあ? オープニングスタッフでも雇いたいのかよ?」

「違うわよ。何でも、最近その店が悪の組織の襲撃を受けたらしくて、アルバイトが大勢辞めていってしまったんですって。尤も、その事件は単なる引き金ね。前々から辞めようと思っていたところに、それらしい事件が起こってちょうど良い。みたいな考え方のスタッフがいたんじゃあないかしら」

 コンビニ。襲撃?

「……襲撃って大丈夫なんか? 店ん中がぐちゃぐちゃに潰されたとか」

「商品を強奪されたと聞いているわ。それ以外に被害はゼロとも。私には分からないけど、お菓子のおまけみたいなおもちゃを狙った犯行らしいわね」

 間違いなく、エスメラルド部隊の仕業である。つーか俺だった。あの後、調子に乗って何度か襲撃仕掛けたし、別の店も狙っていたのである。ちなみに、数字付きの控え室にはその時のフィギュアが飾られており、薄汚い部屋は薄ら寒い部屋に様変わりしていた。

「良し、しっかり宣伝してやるか」

「わー、お兄さんやる気だー」

「いきなりどうしたの。コロコロと考えを変える男ね、あなたは」

 はっはっは。



 依頼をしてきたコンビニの店長はやつれていた。三十路の、働き盛りの男である。彼はやつれきっていた。頬骨が薄っすらと見えるくらい。流石に可哀想な事をしたような、そうでもないような。……当分はここを狙うのはよそう。数字付きの奴らにも言っておかないと。

 で、気持ちを切り替える。

 俺と社長はそのコンビニの前でチラシを配っていたのだが、

「なあ」

「何よ」

 道路を挟んで向かい側にもコンビニがあったのだ。

「どうしてさ、コンビニってコンビニの近くに建つのかな。しかもアレ見ろよ、同列の店だぞ」チェーン店という奴である。

「これって嫌がらせじゃねえの?」

「私に言われても困るわ。それより、店の中を見てみなさい」

 指を差されて、店内に目を遣る。カウンターには虚空を見つめる店長がいた。客はいない。立ち読み客すらいない。店長が放つ独特の鬱屈した空気に呑まれ、誰も寄り付かないのである。

「あれでは、幾ら募集を掛けたところで無駄な気がするわ」

「じゃあ帰っちまうか」俺は路肩に止めてあるタクシーに目を遣った。車内には九重と、昼寝をしているレンがいる。

「場所を変えた方が良いんじゃねえの? 駅前とかさ」

 ここでチラシを受け取ってもらっても、あんな店長がいたんじゃ、なあ。

「駅前はもう良い場所を取られているのよ」

「じゃあせめて、店の前ってのはどうにかしようぜ」

「じゃ、もう少ししたら……あら?」

「どうした?」

 社長は向かい側のコンビニを見ていた。俺も彼女につられる。

「んー?」 何の変哲もない普通のコンビニだ。俺たちのいる店との違いは、客がいるかどうか。この一点である。

「あそこの三人組、怪しく見えるわ」

 三人組って言うと、ああ、今軽トラックから降りてきた奴らの事か。だけど、別に怪しくは見えん。作業用のつなぎを着ているので、どっかの現場から昼飯でも買いに来たんだろう。

「ま、ゴーグルを着けたままってのは面白いセンスだよな」

「袋を被るヒーローもいるくらいですものね」

「そりゃあんたのせいだろっ」被りたくて被ってる訳じゃあない!

 しかし、こっち側のコンビニには、本当誰も来ないな。店の前だって中々人が通ってくれない。と、ありゃ、店長?

「おい、あの人何してんだ?」

 突如、店から出てきたと思ったらガードレールに腰掛け、向かいのコンビニをじっと見つめる店長。はっきり言って気味が悪い。

「道路に飛び出しそうになったら止めなさい」

 ありえない話ではなかった。

 その時、俺の鼓膜を轟音が襲った。耳鳴りがして、持っていたチラシを取り落としてしまう。社長を呼んだが、彼女は辛そうに目を瞑っているだけだ。こっちの声は通っていない。

 何事だ?

 音のした方、つまり、向かい側を見ると、コンビニの前にバズーカみたいなもんを担いだ奴らがいた。さっきの三人組、その内の一人である。遠目からでも分かるほど、ガタイが良い男だ。

 コンビニのガラスはバズーカらしきもので爆発させられている。ぶっ放した奴らは高笑いを上げて、店内に侵入し始めた。これってまさか、コンビニ、強盗?

「よ、よ……」

 音が戻り始める。耳はまだ少しだけ痛んでいたが。

 ガードレールに腰掛けていた店長は、そこから歩道に飛び降りて、ガッツポーズを作る。

「よっしゃあああああああああ!」

「はあああああああ!?」

「よしっ、よし!」

 店長はさっきまでの鬱々とした空気はどこへやら。飛び跳ねる勢いでめちゃめちゃ喜んでいた。つーか、何? まさかこの人、向かいのコンビニが襲撃されたのを喜んでんのか?

「……中々のクズね」

「奇遇だな。俺もそう思った」

「君たちぃ! 今の見た!? 見たよねえ!? いやあすごい! すごい爆発だった!」

 笑いながら、店長は店の中に戻っていく。

「しゃっ、社長」九重が走ってくる。

「あの、今のって?」

「向かいのコンビニが何者かに襲われているわ」

 現在進行形。店内からは客が逃げ出してくる。今度は銃声が聞こえた。

「めちゃめちゃ派手にやらかしてんじゃねえか」俺たち悪の組織でも、あそこまではしねえぞ。

「あっ、レンはどうした!?」

 あいつをほっといたら、何をするか分からんってのに!

「……ね、眠ってます」

 助かった。けど、今の音で起きないってどういう事だよ。俺が夜中帰って来た時には、ちょっとした物音でも目を覚ますのに。

「子供は寝て育つものね」

「お前だって全然起きなかったじゃねえか。ガキだな、ガキ」

「あら、何の話?」

 もう良いよ!

「社長、どうするんですか?」

「そう、ね」社長はチラシの束を膝の上に置き、俺と、向かいのコンビニを見比べる。

「九重は車に戻りなさい」

「……分かりました」

「青井はあの強盗を捕まえてきなさい」

「分からないぞ」

 このアマ、やっぱおかしい。

「お前、さっきの見てないのか?」

「見たわよ。聞いたわよ」

 じゃあおかしいだろ! あのなあ! 真昼間からバズーカだのピストルだのぶっ放すような連中だぞ! 生身の俺がでしゃばっても『誰だお前バーン!』 『うわー!』 で死んじゃうよ!

「諦めろ。ほら、こっちの店長だって喜んでただろ」

「あっちの店長は喜んでいないわ。せめて、様子だけでも見に行ってきなさい」

「……様子を見るだけだな?」

 社長は頷く。

 今日の俺は何も持ってきていない。グローブも、爺さんからもらった武器を入れてあるバッグも、家に置いてきたままである。

「じゃあ、こっからでも充分だろ」

 様子見だけならわざわざ行かなくても良いじゃん。

「あ、嘘よ。様子見だけってのは嘘。早くどうにかしなさい。それで、上手くいったらウチを宣伝しなさい」

「嘘ってのはもっと優しいもんだろ!」

「何を言っているの、あなたは」

 そうこうしている間に、店からはあの三人組が出てくる。何故か、段ボール箱を抱えていた。彼らはトラックの荷台に大量の段ボールと武器を積み込み、小さい二人が運転席に。でかい男は荷台に乗って、

「また撃つわ」

「え?」

 バズーカをぶっ放した。……が、音だけである。何も出てこなかった。そして、軽トラックは走り去ってしまう。結構、あっという間の出来事だった。

「何、今の? 不発?」

「挑発のつもりじゃないかしら」

「……誰に対しての?」

 社長はこっちを睨む。一々聞くなとでも言いたげな顔だった。



 俺たちの仕事は終わった。店長は向かいの店が潰れたのを大層喜び、『新しいバイトは当分必要ない』と言ってのけたのである。

「だったら最初から呼ぶなってんだ」金はもらったらしいから、それだけが救いだ。

 九重が運転するタクシーの中、俺は毒づいていた。

「やりきれないわね」

 溜め息を吐く社長は、さっきのコンビニのチラシを未練たらしく見つめていた。

「あの三人組が来なければ良かったのよ」

 ま、あの店長はそうなるのを望んでいたみたいだがな。しかも、最高のタイミングで外に出てきて一部始終を見ていやがった。案外、強盗を手引きしたのは彼かもしれない。チェーン店なんだから、向かいのコンビニの内装、内情、知っていたとしてもおかしくはないっぽい。

「白昼堂々と、何者なのかしら」

 何か、俺は奴らをどっかで見た事があるような気がしている。少なくとも、一度や二度は確実に。どこで、いつ見たのかは思い出せないが。

「あいつらを追い掛けるとか言うんじゃあないだろうな」

「そんな依頼が来れば受けるわよ」どんな依頼だって、こいつは嬉々として引き受けるに違いない。

「……でも、おかしいわね。何故だか、知っているような気がするのよ」

「あの三人を、か?」

「ええ。既視感とは、違うような気もするけど。どうしてかしら」

 社長もか。俺も、もしかしたら、奴らの犯行をどこかで見ていたのだろうか。あの手口、あの手際、明らかに初犯ではない。派手にやってやがったのは、捕まらねーよっていう、自信の表れだろうか。やけに逃げ足が速かったように思えるし。

「どうしてだろうなあ」

 タクシーはカラーズの前で停まった。今日のヒーローはここまでである。これから数時間後、俺は悪の組織の戦闘員として働くのだ。

前へ次へ目次