いやあすごい! すごい爆発だった!
イダテン丸と赤丸。
ひょんな事から(ひょんって、すげえ便利な言葉だな)二人のヒーローと出会い、関わってしまった。悪の組織とヒーロー派遣会社を掛け持ちする俺の二重生活がバレてしまいそうで、朝も中々起きれない。
「寝不足なんだよなあ」
「口を開くなり、何をやる気のない事を」
社長が溜め息を吐いた。俺はテレビを見ながら、あくびを一つ。
「ねえねえ、今日はどんなお仕事をするの?」
「……今日は、ビラ配りだよ」
九重とレンはアニマル図鑑を一緒に見て遊んでいた。
「今日も、だろ」くそ面白くもねえ。
「今日は何だ? またピザ屋の宣伝か? それともパチンコか?」
「コンビニよ」
車椅子を動かし、社長はテレビを消す。
「アルバイトが足りないから、募集のチラシを配って欲しいんですって」
「んなもん、どこだって人手不足だよ」
人手がないからってヒーローを使う奴がどこにいるか。そしてお前だ、お前。簡単に使われてんじゃねえぞ。
「俺はやだぞ。ビラ配るだけならお前らでやってこいよ」
「カラーズの宣伝も出来るんだから」
知らんわ。
「つーか、いきなりビラ配りだあ? オープニングスタッフでも雇いたいのかよ?」
「違うわよ。何でも、最近その店が悪の組織の襲撃を受けたらしくて、アルバイトが大勢辞めていってしまったんですって。尤も、その事件は単なる引き金ね。前々から辞めようと思っていたところに、それらしい事件が起こってちょうど良い。みたいな考え方のスタッフがいたんじゃあないかしら」
コンビニ。襲撃?
「……襲撃って大丈夫なんか? 店ん中がぐちゃぐちゃに潰されたとか」
「商品を強奪されたと聞いているわ。それ以外に被害はゼロとも。私には分からないけど、お菓子のおまけみたいなおもちゃを狙った犯行らしいわね」
間違いなく、エスメラルド部隊の仕業である。つーか俺だった。あの後、調子に乗って何度か襲撃仕掛けたし、別の店も狙っていたのである。ちなみに、数字付きの控え室にはその時のフィギュアが飾られており、薄汚い部屋は薄ら寒い部屋に様変わりしていた。
「良し、しっかり宣伝してやるか」
「わー、お兄さんやる気だー」
「いきなりどうしたの。コロコロと考えを変える男ね、あなたは」
はっはっは。
依頼をしてきたコンビニの店長はやつれていた。三十路の、働き盛りの男である。彼はやつれきっていた。頬骨が薄っすらと見えるくらい。流石に可哀想な事をしたような、そうでもないような。……当分はここを狙うのはよそう。数字付きの奴らにも言っておかないと。
で、気持ちを切り替える。
俺と社長はそのコンビニの前でチラシを配っていたのだが、
「なあ」
「何よ」
道路を挟んで向かい側にもコンビニがあったのだ。
「どうしてさ、コンビニってコンビニの近くに建つのかな。しかもアレ見ろよ、同列の店だぞ」チェーン店という奴である。
「これって嫌がらせじゃねえの?」
「私に言われても困るわ。それより、店の中を見てみなさい」
指を差されて、店内に目を遣る。カウンターには虚空を見つめる店長がいた。客はいない。立ち読み客すらいない。店長が放つ独特の鬱屈した空気に呑まれ、誰も寄り付かないのである。
「あれでは、幾ら募集を掛けたところで無駄な気がするわ」
「じゃあ帰っちまうか」俺は路肩に止めてあるタクシーに目を遣った。車内には九重と、昼寝をしているレンがいる。
「場所を変えた方が良いんじゃねえの? 駅前とかさ」
ここでチラシを受け取ってもらっても、あんな店長がいたんじゃ、なあ。
「駅前はもう良い場所を取られているのよ」
「じゃあせめて、店の前ってのはどうにかしようぜ」
「じゃ、もう少ししたら……あら?」
「どうした?」
社長は向かい側のコンビニを見ていた。俺も彼女につられる。
「んー?」 何の変哲もない普通のコンビニだ。俺たちのいる店との違いは、客がいるかどうか。この一点である。
「あそこの三人組、怪しく見えるわ」
三人組って言うと、ああ、今軽トラックから降りてきた奴らの事か。だけど、別に怪しくは見えん。作業用のつなぎを着ているので、どっかの現場から昼飯でも買いに来たんだろう。
「ま、ゴーグルを着けたままってのは面白いセンスだよな」
「袋を被るヒーローもいるくらいですものね」
「そりゃあんたのせいだろっ」被りたくて被ってる訳じゃあない!
しかし、こっち側のコンビニには、本当誰も来ないな。店の前だって中々人が通ってくれない。と、ありゃ、店長?
「おい、あの人何してんだ?」
突如、店から出てきたと思ったらガードレールに腰掛け、向かいのコンビニをじっと見つめる店長。はっきり言って気味が悪い。
「道路に飛び出しそうになったら止めなさい」
ありえない話ではなかった。
その時、俺の鼓膜を轟音が襲った。耳鳴りがして、持っていたチラシを取り落としてしまう。社長を呼んだが、彼女は辛そうに目を瞑っているだけだ。こっちの声は通っていない。
何事だ?
音のした方、つまり、向かい側を見ると、コンビニの前にバズーカみたいなもんを担いだ奴らがいた。さっきの三人組、その内の一人である。遠目からでも分かるほど、ガタイが良い男だ。
コンビニのガラスはバズーカらしきもので爆発させられている。ぶっ放した奴らは高笑いを上げて、店内に侵入し始めた。これってまさか、コンビニ、強盗?
「よ、よ……」
音が戻り始める。耳はまだ少しだけ痛んでいたが。
ガードレールに腰掛けていた店長は、そこから歩道に飛び降りて、ガッツポーズを作る。
「よっしゃあああああああああ!」
「はあああああああ!?」
「よしっ、よし!」
店長はさっきまでの鬱々とした空気はどこへやら。飛び跳ねる勢いでめちゃめちゃ喜んでいた。つーか、何? まさかこの人、向かいのコンビニが襲撃されたのを喜んでんのか?
「……中々のクズね」
「奇遇だな。俺もそう思った」
「君たちぃ! 今の見た!? 見たよねえ!? いやあすごい! すごい爆発だった!」
笑いながら、店長は店の中に戻っていく。
「しゃっ、社長」九重が走ってくる。
「あの、今のって?」
「向かいのコンビニが何者かに襲われているわ」
現在進行形。店内からは客が逃げ出してくる。今度は銃声が聞こえた。
「めちゃめちゃ派手にやらかしてんじゃねえか」俺たち悪の組織でも、あそこまではしねえぞ。
「あっ、レンはどうした!?」
あいつをほっといたら、何をするか分からんってのに!
「……ね、眠ってます」
助かった。けど、今の音で起きないってどういう事だよ。俺が夜中帰って来た時には、ちょっとした物音でも目を覚ますのに。
「子供は寝て育つものね」
「お前だって全然起きなかったじゃねえか。ガキだな、ガキ」
「あら、何の話?」
もう良いよ!
「社長、どうするんですか?」
「そう、ね」社長はチラシの束を膝の上に置き、俺と、向かいのコンビニを見比べる。
「九重は車に戻りなさい」
「……分かりました」
「青井はあの強盗を捕まえてきなさい」
「分からないぞ」
このアマ、やっぱおかしい。
「お前、さっきの見てないのか?」
「見たわよ。聞いたわよ」
じゃあおかしいだろ! あのなあ! 真昼間からバズーカだのピストルだのぶっ放すような連中だぞ! 生身の俺がでしゃばっても『誰だお前バーン!』 『うわー!』 で死んじゃうよ!
「諦めろ。ほら、こっちの店長だって喜んでただろ」
「あっちの店長は喜んでいないわ。せめて、様子だけでも見に行ってきなさい」
「……様子を見るだけだな?」
社長は頷く。
今日の俺は何も持ってきていない。グローブも、爺さんからもらった武器を入れてあるバッグも、家に置いてきたままである。
「じゃあ、こっからでも充分だろ」
様子見だけならわざわざ行かなくても良いじゃん。
「あ、嘘よ。様子見だけってのは嘘。早くどうにかしなさい。それで、上手くいったらウチを宣伝しなさい」
「嘘ってのはもっと優しいもんだろ!」
「何を言っているの、あなたは」
そうこうしている間に、店からはあの三人組が出てくる。何故か、段ボール箱を抱えていた。彼らはトラックの荷台に大量の段ボールと武器を積み込み、小さい二人が運転席に。でかい男は荷台に乗って、
「また撃つわ」
「え?」
バズーカをぶっ放した。……が、音だけである。何も出てこなかった。そして、軽トラックは走り去ってしまう。結構、あっという間の出来事だった。
「何、今の? 不発?」
「挑発のつもりじゃないかしら」
「……誰に対しての?」
社長はこっちを睨む。一々聞くなとでも言いたげな顔だった。
俺たちの仕事は終わった。店長は向かいの店が潰れたのを大層喜び、『新しいバイトは当分必要ない』と言ってのけたのである。
「だったら最初から呼ぶなってんだ」金はもらったらしいから、それだけが救いだ。
九重が運転するタクシーの中、俺は毒づいていた。
「やりきれないわね」
溜め息を吐く社長は、さっきのコンビニのチラシを未練たらしく見つめていた。
「あの三人組が来なければ良かったのよ」
ま、あの店長はそうなるのを望んでいたみたいだがな。しかも、最高のタイミングで外に出てきて一部始終を見ていやがった。案外、強盗を手引きしたのは彼かもしれない。チェーン店なんだから、向かいのコンビニの内装、内情、知っていたとしてもおかしくはないっぽい。
「白昼堂々と、何者なのかしら」
何か、俺は奴らをどっかで見た事があるような気がしている。少なくとも、一度や二度は確実に。どこで、いつ見たのかは思い出せないが。
「あいつらを追い掛けるとか言うんじゃあないだろうな」
「そんな依頼が来れば受けるわよ」どんな依頼だって、こいつは嬉々として引き受けるに違いない。
「……でも、おかしいわね。何故だか、知っているような気がするのよ」
「あの三人を、か?」
「ええ。既視感とは、違うような気もするけど。どうしてかしら」
社長もか。俺も、もしかしたら、奴らの犯行をどこかで見ていたのだろうか。あの手口、あの手際、明らかに初犯ではない。派手にやってやがったのは、捕まらねーよっていう、自信の表れだろうか。やけに逃げ足が速かったように思えるし。
「どうしてだろうなあ」
タクシーはカラーズの前で停まった。今日のヒーローはここまでである。これから数時間後、俺は悪の組織の戦闘員として働くのだ。