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あっ、これノーパンじゃん!



 その日の夜、組織に着くなり、俺は数字付きの同僚に話し掛けられた。

「仕事だぜ」鼻息荒く詰め寄られる。……彼は数字付きの十一番だ。既にスーツを装着している。

「え、仕事あんの?」

 ミストルティン襲撃ってのは、結構でかい仕事だったから、当分は暇になると思ってたのに。

「俺が押したんだよ。江戸さんにな、今、俺たち悪の組織には勢いがあるって」

 へえ、数字付きには真面目な奴もいたもんだな。

 それにしても勢いか。ついてるっちゃあ、ついてるのかな。

「何するんだ? 銀行強盗か? それとも別のヒーロー派遣会社でも襲うのか?」

「いや、コンビニへ押し入る」



 江戸さんの部屋兼、ほぼ会議室となっている部屋にエスメラルド様の数字付きが終結していた。

 江戸さんは俺たちを見回した後、ホワイトボードに文字を書き込んでいく。

「今日は、十一番からの強い後押しを受け、駅前のコンビニエンスストアへの襲撃を決行する事となった」

 ホワイトボードには『食玩強奪作戦』と書かれていた。……食、玩?

「十一番、作戦目的を」

「はっ」十一番が立ち上がる。

「駅前のコンビニエンスストアに、本日の深夜に納品されるとある商品を強奪するのが、今作戦の目的であります」

 いや、コンビニを襲うのは構わない。けど、何? とある商品って。

「質問があります」一番が手を上げる。

「許可しよう」

「……食玩とは、一体……?」

 江戸さんは目を瞑った。

「十一番、説明してくれたまえ」

「はっ、食玩とは食品玩具の略であります。食品のおまけとして、玩具を添付した商品の総称であります。昨今では、そもそもおまけではなく本体じゃね? みたいな感じになってて線引きが曖昧になってきております」

 つまり、アレか。お菓子についてくるシールとかミニカーとか、そういうものか。

「ペットボトルのジュースにさ、ストラップ付いてる時あんじゃん、あれも食玩?」

「その通りです!」

 どんなものかは分かった。

「……え、俺たちさ、お菓子のおまけを奪いに行くの?」

「その通りです!」

 今日の十一番は絶好調である。ふざけるなよ。

 案の定、他の数字付きはぶうぶうと文句を垂れていた。そりゃそうだ。もしそこでヒーローに捕まってみろ。『え? こいつらおもちゃ欲しさにやらかしたの?』 とか思われちゃうじゃん。嫌過ぎる。

「十一番、説明してくれたまえ」

「はっ。お菓子のおまけとは言いますが、食玩はコレクション性が高いものなのです。特に、実際に開けるまで何が入っているか分からないブラインド式のものはコレクターの射幸心をくすぐります。また、企業側が消費者の購買意欲を高める為に、あえて混入率を低くしているアイテムがあります。これはレア、シークレットと呼ばれ、ネットオークションでも高値で取引されているのです。物によっては、通常価格の数倍、数十倍の値が付く事もあります。更に、地域限定、期間限定、特定の店限定、イベント限定の商品もあり、コレクション性に拍車を掛けていると言えましょう」

 江戸さんは口を挟もうとしたが、十一番の熱気に押されて黙り込んでいた。

「食玩とは、単なるおもちゃに非ず。コレクターと言うのは、金に糸目をつけません。おもちゃだから分かりづらいのかもしれません。美術品や貴重な食材と同じレベルのものだとお思いください」

 あー、何となく分かるかもしれん。確かに、上手いのか美味いのか良く分からんものに金を払う奴らってのは同じだな。おもちゃも絵も同じだ。

「では、どうでしょうか? 食玩を集めて、その中からレアなアイテムを売り捌けば、エスメラルド様部隊にとって無駄にはなりません。重要な資金源となるのでは?」

「売買ルートはどうするつもりだね」

「それもお任せを。私と、とある有名オークションサイトの管理人とは知己の間柄です。念を入れて、そこには信頼出来る者も潜り込ませています」

 ……趣味だな。そうに違いない。作戦とかあんま関係ないだろ。

「……しかし十一番、その食玩というのは、何もこの街だけに流通している訳ではないだろう。それに、そのコンビニだけに納品されるとも限らない筈だ。希少性の観点から言えば、強奪したところでそうでもないような気がするが」

「ご安心を。既に、この街の商品は店頭に並ぶと同時に私のチームが買い占めておきましたから。とある人気アニメ、そのアニメのキャラクターフィギュアが入った新発売の商品ともあり、売り切れが続いております。少なくとも、この街では今回襲撃するコンビニ以外に納品の予定はありません。向こう一ヶ月は品切れが続く予定です」

「ええっ!? アホだろお前! 大人げねえぞ!」

「大人買いと言っていただきたい」

 駄目だこいつ。ただのマニアじゃねえか。

 アレだろ。金を使い切ったから、組織の力を借りて食玩を集めたいって気持ちが見え見えじゃねえか。江戸さん、却下です。こんな奴の口車に乗せられちゃあ駄目です!

「……十一番、その、アニメとやらのタイトルは何だ? 言ってみたまえ」

「はっ、『魔法少女プリプリガールズ☆セカンド』です」恥ずかしげもなく言いやがった。

「許可しよう」ええっ!? 嘘だろ!

 俺たちは『考え直してください』と、目だけで訴える。が、江戸さんは腕を組み、難しそうに唸るのだ。

「そのアニメは、エスメラルド様がお気に入りのものなのだ」

 あっ、江戸さん、エスメラルドポイントを上げるつもりだ。



 上からの指示には逆らえん。俺たちは(十一番を除いて)釈然としないながらも、ワゴンに乗り込み、地下の駐車場を出発していた。

 今回は数字付きだけで襲撃を行う。まあ、コンビニだし。納品のトラックが来たところを襲って、商品をしこたま頂くって簡単なものだ。

「ヒーローと戦わされるよりマシだな」

「違いない。……でもよう、おもちゃだぜ?」

「しかも女の子向けのアニメだぜ?」

「やってらんねえ! おい十一番っ、ちゃんと分けろよ! そんで俺らの人形も売ってくれよ」

 窓の外を見つめていた十一番は、低い声を放つ。

「人形ではない。フィギュアだ」

「どっちでも同じだろ」

「死ねクズが」

「この街のガキどもに頭下げて回れ」

 十一番は何も言わず、再び窓の外に目を遣った。



 仕事は呆気なく終わった。トラックが荷台を開けた瞬間に飛び出し『プリプリガールズのフィギュアはどこだ』と迫り、商品を奪って、逃走。成功。

 車の中では、商品の鑑賞会が始まっていた。数字付きは箱を開けて、プリプリしたキャラクターを手にとって眺めている。大の大人が狭苦しいところに集まって、フィギュアを見つめているのだ。

「へー、思ってたより良く出来てんだな」

「なあシークレットってどれよ?」

 十一番は難しそうな顔で俺たちを見ている。

「遊んで壊すなよ。ダブった奴は売るんだからな」

「そんで山分けな。あ、江戸さんには幾ら渡すんだ?」

「三割くらいを渡そうと思う」

「ふーん。まあ、十一番に任せるわ。おっ、この子かわいくね!?」

 思ってたより楽しくてびっくりだ。

「あ、パンツはいてんだ」

 全員が持っていたフィギュアをひっくり返して、スカートの中に目を遣った。

「あっ、これノーパンじゃん! おい十一、十一、シークレットだろこれ!」

「いや、ただの彩色漏れだろう。……しかし、これは俺が預かっておこう」

「ええい俺のあかりちゃんに触るなっ殺すぞ!」




 フィギュアの取り分とか、俺の当たった子が可愛い、いや俺の子が一番だとか、そういう愚にも付かない話をしていたら、とっくに朝を迎えていた。始発が動き始めて、俺はようやくアパートの前まで戻ってきた。

「ただいま」鍵を開け、扉を開ける。レンはまだ眠っていた。俺も寝るとしよう。フィギュアの箱が入ったビニール袋を机の上に置き、

「くあ……」

 あくびをして、既に敷いてある布団に潜り込んだ。



 チャイムが鳴っている。

 でも眠たいから無視する。

「お兄さん、お兄さん」

 レンに揺さぶられた。お前が出ろよ。……あ、いや、出るなって言ったんだっけ。留守番してる時は、俺以外の電話にも出なくて良いとか、面倒な事言っちまったんだっけ。

「あー、今、何時だ?」

「あは、朝のね、八時」

 はええよ!

 俺はもぞもぞと起きる。布団を退かして、顔も洗わないまま玄関に向かった。誰だか知らんが、くだらん用事だったらぶん殴ってやる。

「あ、また鳴らされちゃった」

「しつけえ野郎だ」

 扉を開けて、思い切り睨んでやった。

「隣に引っ越してきました、よろしく」

 扉を閉めた。

 めちゃくちゃノックされる。めちゃくちゃチャイム鳴らされる。どんどんどんどんぴんぽんぴんぽんるっせんだよ!

「お兄さん?」

「……ちょっと待ってろ」

 サンダルを履いて部屋の外に出る。そこにいたのは、赤丸夜明だった。何で? 分かんない。まだ俺は完全に目覚めていないのか?

「挨拶しない奴はクズの極みじゃ」

 やっぱり赤丸だった。

「夢なら覚めろ!」

「まだ寝ぼけとんの?」

「……てめえ、何の用だ。どうしてここにいやがる」

 言うと、赤丸はふふんと鼻で笑う。

「越してきたってゆぅたけどな。朝からやーやーと、こまい男じゃ」

「冗談だろ?」

 赤丸は左隣の部屋を指差した。確かに、そこは前から空いていたが。……表札を見ると、しっかり『赤丸』と書かれている。彼女は口の端をつり上げた。好戦的な笑みである。

「引越しそばはやらんけどな」

「誰が食うか。……どういうつもりだよ」

 わざわざ俺の隣に引っ越してきやがって。何を企んでやがる、このアマ。

「俺はな、一応、お前を助けてやったんだぞ」

「こうしたら、簡単には裏切れん。違うか?」

「見張りって事かよ」

「縹野に世話なるんも、悪ぅ思うとったしな」

 渡りに船みたいな言い方しやがって。畜生。こんな事になるんなら、あんな事するんじゃなかった。

「聞きたい事もあるし」

「何だよ、それ」

「お前はどうして掛け持ちなんかしとるんじゃ」

 どうしてって、お前、そんなん決まってんだろ。

「金だよ。それしかねえだろ」

「プライドはないんか」ねえよ。

「正義は、ないんか」……ねえよ、んなもん。つーか、そんなのどこにあるってんだ。誰が持ってるってんだよ。

「お前だって同じだろ」

 言い切る。

 赤丸は僅かに怯んだように見えた。

「ち、違う。うちは、お前とは……」

 彼女はこっちを見据えたまま言いよどむ。

「ま、余計な口さえ利かなけりゃ、何だって良いけどよ」

「お前なんかに……」

「あ?」

 声は震えていた。俯いていた。あの日の夜みたいに、弱々しく見える。赤丸夜明は、手を開き、閉じたりするのを繰り返す。

「お前なんぞに、助けられとぉなかった」

「俺なんかに助けられたのはお前だよ」

 腰に蹴りが飛んできた。その攻撃を予測していなかった俺はまともに受けてしまう。その場に蹲り、赤丸を見上げた。

「てっ、めえ……!」

「這いつくばってんのがお似合いじゃ」それだけ言って、赤丸は自分の部屋に戻ってしまう。くそ、はったりじゃなくて、マジで越してきたってのかよ。ありえんぞ、この状況。

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