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他のネコ科の動物と違って、泳ぎが上手い



 金が足りない。

 お金が欲しい。

「青井よう、やっぱな、早く怪人になった方が良いと思うぜ」

「はあ」

 安い居酒屋。俺はビールを呷る。焼き鳥を貪り、先輩の話を聞き、適当に相槌を打つ。

「お前の為を思って言ってんだ。分かってんだろ、五年、十年先も下っ端で走り回ってられんのか? その点怪人は良い。手下ぁ扱き使うだけで良いからな」

 俺とサシで飲んでいるのは、組織の怪人、俺の先輩である。白髪交じりで、顔に刻まれた皺。こうして見れば、やっぱり普通の人間と変わらない。スーツを脱げば、怪人だって一般人だ。特に、俺の属する組織は合成だの、改造だのと言った高等技術を持たない。好まない。一部の者だけが、ガチの怪人となっている。で、先輩は組織の中でも古株の怪人らしい。修羅場を潜り抜けてきたのかと言えば、そうではない。先輩はそれだけ危険を察知するのが上手く、また、人を使うのが上手かった。

「怪人になれば、給料だって戦闘員ん時とは比べもんにならねえぞ」でも、どうせここも割り勘なんだろ。先輩には何かを驕ってもらったという覚えがない。

「いや、なれるもんならなりたいっすよ」

「ま、そうだよな。俺が推薦してやっても良いんだけどよ、お前、実績とか、そういうのねえもんな」

 ろくな仕事が回ってこないんだよ。

「あ、待てよ。こないだ煤竹(すすたけ)が言ってたっけか。お前、ヒーローを必死で足止めしてたらしいな」

「あー、まあ、らしいっすね。あんま覚えてないんですけど」

 煤竹というのはチーフの名前である。彼と先輩は同期なので、仲が良いらしかった。

「そのお陰かどうかは知らないが、仕事は無事に終わったらしいな。いや、あそこはトルーパーが縄張りにしててよ、結構やべえ地区なんだわ」

「あの時代錯誤ヤローっすか」

 刀振り回す奴もいれば、しゃもじ振り回す奴もいるけどな。

「もしかしたら、煤竹ん方から良い話がお前にいくかもしれないぞ」

「いやいや、流石にそれはないでしょう」

 仕事が成功したのは俺のお陰じゃないし、こっちは陽動の任務だって忘れていたんだ。ヒーローを足止めしたっつーか、恨みだけで必死に喰らいついていたというか。

「まあ、頑張りますよ。正直、下っ端は気楽っちゃあ気楽ですし」

「ぎゃはは、かもな!」

 けど、いつまでも下っ端ってのは、なあ。



 先輩と分かれて(やっぱ割り勘だった)家に帰る。今日の仕事は見張りだけで楽だったが、明日は組織の方じゃなく、ヒーローとしての仕事が待っている。早めに寝て、明日に備えよう。

 ……しかし、金か。

 金さえあればなあ。つーか、カラーズ貧乏過ぎる。金さえあれば、スーツだって買えるんだ。スーツがありゃ仕事の成功率だって高まる。むしろないと死ぬ。もう、こないだみたいな真似はごめんだ。せめて、スーツ抜きでも出来るような仕事さえもらえれば、まだどうにかなる。コツコツと金を貯めて、そんで、いつかは俺もヒーロースーツを。

 ヒーロー、か。

 相変わらず、分からん。社長は正義だの悪だの言っているが、俺には良く分からない。まあ、金が大事ってのは彼女だって分かっているだろう。明日は、色々と話を聞いてみるとしよう。



 薄汚い雑居ビルの四階に、俺の職場はある。ヒーロー派遣会社、『カラーズ』が。大失敗に終わった初仕事の後、今日、久しぶりに社長と顔を合わせる訳だが。

「スーツがないと、俺は仕事が出来ない」

 とりあえず言ってやった。そりゃそうだろう。ヒーローを派遣すると言っておきながら、やってくるのは馬のマスクを被った一般人だぞ。詐欺だろう、これは。

 社長は指定席から俺を見つめている。つまらなさそうに。冷たい目で。

「そうね」

 お?

「青井、あなたの言う通りよ。はっきり言えば、ウチにはお金がないのよ」

「スーツがないなんて、マジで騙された気分だぜ」

「まあ騙したのだけど」

 こら聞き捨てならねえぞ。

「私も考えを改めたわ。ヒーローとは、心意気だけではままならないものなのだと。正義を執行するにはきちんとした装備が必要ですものね」

「その通りだ」

「なので、今日は簡単な仕事を用意したわ。安心なさい、今回は正規の依頼を受けたの」

 いや、むしろ安心は出来ないんだけど。前回は社長のポケットマネー依頼だった訳だし。

「……怪人を倒せとか、そんなんじゃあないだろうな」

「ある意味、そっちのが楽かもしれないわね」

 はあ?

「あなた、子供は好き?」

 そう言って微笑む社長だが、目は一切笑っていなかった。



 ウチの社長は、依頼の内容について詳しく説明してくれなかった。まあ、どんな仕事であれ俺は断れない立場だし(不本意ながら)。

 流されるままに九重のタクシーに乗り、促されるままに早朝の、デパートの屋上へやってきた。開店前なので、俺たち以外には誰もいない。

「何をしろと言うんだ」

 屋上は、小さな遊園地となっていた。象やどっかのヒーローの乗り物(お金入れたらゴインゴインって動く奴)、テントの下には古めかしいビデオゲームが並んでいる。でも、俺の目を引いたのは特設のステージだった。小さいが、まあ、そこそこの立ち回りは出来そうな、それぐらいの空間はある。なるほど、読めたぞ。

「……ああ、いや、分かった。アレだろ、ショーだろ?」

 まあ、分かり易い。ヒーローを派遣って、こういうところにも送り出す訳だ。これならガチの怪人と戦う必要はない。スーツだって貸し出してくれるんだろう。考えたじゃねえか白鳥澪子さんよう。

「違うわ」あっさりと否定された。

「と言うか、この時代にヒーローショーなんてやる訳がないでしょう。その辺歩けばリアルで見られるんだから」

「じゃあ、俺は何を……」

 社長は指を鳴らす。すると、九重がどこかへと歩き去っていった。嫌な予感がする。何を持ってくるつもりなんだ。俺に、何をやらせるつもりなんだ。

「お待たせしました」

 戻ってきた九重は、背中に何かを担いでいた。……すげえ、何かモコモコしているような。

 そこで気付く。デパートの屋上、子供は好きかと尋ねられた事、それらが一致する。つーか一つしかねえ。九重は担いでいたものを下ろして、俺に見せた。着ぐるみだった。白と黒の。ネコの。

「こういうの、やった事ある?」

「こ、こういうのって、何だよ」

「マスコットよ、マスコット。この着ぐるみはね、ここのデパートのマスコット、オセロット君よ」

 お、オセロット?

「……ネコ科の、オセロット属に分類される食肉類。南アメリカの熱帯雨林に生息している。他のネコ科の動物と違って、泳ぎが上手い」

 俺が戸惑っていると九重が答えてくれた。俺が聞きたいのは、そういう事ではない。

「白黒のオセロと名前を掛けているのね。ふふ、くだらない。さあ青井、あなたはオセロット君になり、子供たちを楽しませるのよ」

「ぐっ、う、嘘だろ……? マジで言ってんのか……」

「開店まで時間がないわ。早く着替えなさい」

 俺が着替えるまでもなく、社長は楽しそうに笑っていた。



 視界が悪い。蒸れる。吐いた息が顔に掛かる。気持ち悪い。

「おらーっ! かかってこいよー!」

「ぎゃははははは!」

 青井正義がオセロット君となってから数時間、休憩などは一切なし。俺はひたすらに子供たちに追い掛けられ、蹴られている。

 俺の仕事は簡単だ。要は子守りをすれば良い。風船を配ったり、おどけた動きをして適当にやっていれば良い。筈、だった。けどガキどもはいつだって容赦がない、常に本気なのだ。面白がって後ろからケツを蹴られて、群がられる。親御さんの目がある内は反撃だって出来やしない。と言うか、反撃したらさっきから目を光らせているデパートの関係者に怒られる。

 畜生、殴り掛かりたい。マウントとってボコボコにしてやりたい。

「こいつぜんぜんテイコーしねえ! なぐれなぐれ!」

 やめろおおおおおおおおおおおお!



 午後二時、俺はようやく休憩をもらえた。

 オセロット君の皮を脱ぎ捨てて、デパートの屋上、ステージに腰掛けて紙コップのジュースを啜っている。春先だと言うのに、汗みずくで気持ちが悪い。こんな事なら着替えを持ってくるべきだった。

 今頃、社長と九重はデパートをうろうろしているに違いない。ウインドウショッピングとやらを楽しんでいるんだろう。俺には、労いの言葉一つもなく。と言うか、あいつら、どうして付いてきてるんだよ。ムカつく。もっとやる事はあるだろうに。会社の宣伝とか。

 しかし、くそう。悪の戦闘員である俺が、ガキどもに追い掛けられるとは。屈辱だ。金の為とはいえ、どうしてこんな事をしなくちゃならないんだ。

「あら、サボりかしら?」

 ふて腐れて寝転がっていると、意地の悪い声が聞こえた。上半身を起こすと、社長がこっちを見て笑っているのを認める。傍に立つ九重はそわそわと、落ち着かなさそうにしていた。

「休憩だよ、休憩。今はガキだっていないだろうが」いや、一人いるか。目の前に。

「くそ、いつまでやりゃあ良いんだよ、これ」

「閉店までよ」

 悪びれず、言う。俺は頭を抱えた。涼しげな顔しやがって。

「お前らは何してたんだよ。良いよなあ、こんなもん被らなくて」

 傍らに置いてある、オセロット君の頭をぼふぼふと叩く。

「ええ、あなたには感謝しているわ。私なら子供の相手なんてしてられないもの」

「お前だって子供だろうが」

「あなたから見ればね。けど、あなただってまだまだ子供だと思うわ」

 うるさい奴だな。

「あの」

 視線だけを向けると、俺に呼び掛けたであろう九重は視線を逸らしてしまう。

「何だよ?」

「……それ、触っても?」

 それ、とは、恐らくオセロット君の頭の事を言っているのだろう。

「こんなもん触っても、面白くも何ともないぞ」

 言いつつ、俺は九重に向けて頭を放り投げた。彼はそれをしっかりと両腕で受け止める。表情こそ変わらないが、少しだけ、嬉しそうにしていた、ように見える。……変わった奴。

「どうせなら着れば良いのに」

「……え? そ、それはちょっと……」

 ちらっと、九重は俺を見る。こっちの機嫌を窺うように。

「あなたの汗が染み付いたような着ぐるみに袖を通すくらいなら、泥に塗れた方がマシかもしれないわね。九重、あまり長くは触らない事ね。病気にでもなったら大変だから」

「だったら泥に塗れろよ」

「嫌よ。それより、そろそろ休憩は終わりだから」

「あ? どうしてんな事お前に決められなくちゃいけないんだよ」

「さっき、社員からそう聞いたのよ。忙しくなるから、伝えておいてくれって。全く、私をパシリに使うなんて、良い度胸していると思わない?」

 げーっ、マジかよ。もう休憩終わり? 荒いよ荒いよ人使いが荒過ぎるよ。

「ほら九重、それを返してあげなさい。子供たちに正体がばれてしまうわよ」

 ちっ、仕方ないな。仕事は仕事だ。お金の為に頑張ろう。九重から受け取ったオセロット君の頭を被る。

「ふふ、似合っているわよ」

「黙れ」

 ガキどもの声とぱたぱたとした足音が聞こえてくる。奴らの相手をするには集中力が大事だ。忍耐、忍耐。

「うわああああああ出たあああああああああ!」

「ぎゃあああああああああああ! 何だこいつー!」

 ほら早速きやがった。が、ガキどもは俺の方を見ていない。いつの間にか、屋上にいた新しい着ぐるみ野郎を指差している。黄色い、ひよこの着ぐるみだ。何故か、背中には仰々しい、悪魔みたいな羽根が生えていたけれど。

「……何だあいつ、新しいマスコットか?」

 社長は小首を傾げる。

「さあ、私は何も聞いていないけれど」

 ひよこの着ぐるみはひょこひょこと歩き、子供たちに近づいていく。……何か、客を横から掠め取られたような気分だった。

「おいっ、俺を見ろ! お前らの遊び相手はこっちだ!」

「何を言っているの、あなたは」

「……様子がおかしくないですか?」

 九重が心配そうに言う。そんな事はどうでも良い。ガキどもが好奇の目で見るのは、このオセロット君でなければ!

「おいこらてめえ人のシマで何勝手やってやがんだ、ああ?」

 ひよこ野郎に近づいていく。すると、そいつは首を巡らしてこっちを見た。

「ピーヨピヨピヨ。子供は素晴らしい。愛くるしい、幼き雛よ。しかし、時が経てばその愛らしい肉体からは羽根が生え、巣から飛び立ってしまう」

「あ? てめえ何抜かしてんだ?」

「まるで悪役の台詞じゃない」

 誰が悪役だ。誰が。

 ガキどもは俺とひよこを遠巻きに眺めている。

「ピヨピヨピヨ。だが、一度巣から飛び立てば、どんな危難が、どんな苦難が待ち受けているものか。私は、この子たちには幸せになって欲しいのだ。出来うるならば、私の腕の中で。安らかに」

 ……何か、おかしいぞこいつ。話が通じていない。と言うか、こいつのガキどもを見る目付きは危ないに違いない。

「子供たちよ、いざ行かん! 私と共に! 私との、愛の巣へ!」

 声を上げ、ひよこは羽根を広げた。何事かと思った瞬間、そいつは羽根をばたつかせて、少しずつ空に浮かんでいく。飛んで、いる?

「うおおおすげええ飛んだ! 飛んだぞこいつ!」

「さっきのネコよりかっこいい!」

 聞き捨てならねえ! くそう、このひよこがああ! けったいなパフォーマンスで子供のハートを鷲掴みやがった。ひよこのくせに!

「ネコじゃねえ! オセロットだ!」

「何を言っているの!」

 社長に叱られる。

「マスコットじゃないわ、アレはきっと、怪人よ」

「何っ?」

 いや、でも、そうだ。冷静に考えれば、空を飛べる着ぐるみなんか存在しない。野郎のつけてる羽根は飛行ユニット、つまるところスーツだ。どこかの組織が送り出した怪人以外に有り得ない。

「ヒーローはどうしたんだよ!?」

「……まだ、気付かれていないんです」

 深刻そうに、九重は言う。実際、これはかなりやばい。だが、社長は笑っていた。絶好の機会だと言わんばかりに。

「ヒーローならいるじゃない。ここに」

 そうして、俺を指差す。

「お、お前、まさか……」

「仕事よ青井。あの怪人を倒しなさい。子供たちの前で完膚なきまでに。ふふ、良いわ。つまらない仕事だと思っていたけれど、こんなサプライズが待っていたなんて」

「そんなサプライズいらねえから!」

 ひよこは空を旋回しながら、ガキどもをねめつけている。品定めしているような、不気味な佇まいだった。

「実際、あなたがやらなければ子供たちに危害が及ぶわ。他のヒーローだってすぐに駆けつけてくる。少しでも良いところを見せ付けてやりなさい」

 畜生、他人事だと思って好きに言いやがって。

 空を飛ぶ怪人だと? あんなもん、どうしろってんだ。こっちの攻撃は届かない。向こうが飛び道具らしき武器を持っていないのは幸いだが、空中から仕掛けられちゃあどうしようもねえぞ。捕まえようにも上に逃げられちゃおしまいだ。ヒットアンドアウェイで少しずつ削られていく。

「うわああああああ!」

 ようやく事態に気付いたガキどもが逃げ回る。デパートの中に逃げ込もうとするが、ひよこ怪人は出口を塞ぐように、そこに舞い降りた。

「ピヨピヨピヨピヨ! 実に良い! 声変わりする前のあどけない声ときたら! 声ときたら! 聖歌隊に勝るとも劣らない! 素晴らしいぞ君たちっ、さあ、もっと悲鳴を聞かせておくれ!」

 俺は、悪の戦闘員だ。ヒーローかもしれないが、それはまだ変わらない。だけど、ガキにまで手を出すほど落ちぶれちゃあいない。戦闘員だろうが怪人だろうが、中身は俺らと変わらない人間だろうが。そこまでやっちゃあ、駄目だろうが!

「畜生やってやる。俺か、あいつか、ガキどもに人気があるのはどっちか! 白黒はっきりつけてやろうじゃねえか!」

「……が、頑張って。オセロット君」

 任せろ。ヒーロー、オセロット君の初陣だ。

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