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エスメラルド部隊は機を見て仕掛ける、です



 翌日、組織から召集が掛かった。深夜ではなく、昼前にあっちへ出向くのは久しぶりである。

 何があったんだろう? とか、とぼけるつもりはない。十中八九、昨夜の事だ。俺とイダテン丸がヤテベオに仕掛けた事についてだろう。まあ、あの時、現場にはヤテベオの奴らしかいなかったし、バレてはいないだろう。



 組織に着くと、あれよあれよと言う間に話は進んでいった。正直、ちょっと頭が追いついていない。

「アオイー、眠いのか? ダメだぞ、休んでも良いけど、鈍らせるなって言った筈だ」

「あ、いや、そうじゃないです」

 気付くと、大会議室には、俺とエスメラルド様しか残っていなかった。

「だったら良し! じゃあなアオイ、また後でな」

 俺は頷く。エスメラルド様は元気良く会議室を去っていった。

 ……ミストルティンとヤテベオの戦いは、俺とイダテン丸が去った後も続いていたらしい。双方が打撃を受け、主要なメンバーが倒されたのだと聞いた。赤丸夜明も追い詰められたそうだが、何とか逃れたとも聞いている。

 ウチの組織は、ミストルティン襲撃を決定した。ヤテベオに乗じて動こうとしている他の組織とも連携していくようだ。

 ウチからはエスメラルド、クンツァイト部隊が出撃する。他の組織と合わせると……かなりの人数だ。ミストルティンだけでなく、一組織くらいなら楽に潰せそうだ。けど、まあ、そうはいかねえんだろうな、この街には悪人と正義の味方がのさばっているんだから。金の匂いを嗅ぎつけたヒーローが来る前にケリをつけなきゃならねえ。

 決行は今夜。

 今夜、確実にミストルティンは壊滅するだろう。奴らは、この街で長くやっていくには、少しばかりやり過ぎたのだ。



 時間ってのはあっという間に過ぎていく。

 俺たち、エスメラルド様の数字付きに与えられた任務は、彼女の護衛と戦闘行為だ。手順もクソもない。上司にくっ付いて突っ込むだけである。

「十三番、大丈夫か?」

「……お、ああ、平気だよ」

 いつものワゴンの中、隣に座る六番に声を掛けられた。

「俺たちは中盤ってところだろうな」

「だろうな」先陣を切るのはヤテベオの生き残りだ。遂に、首領のタイタンマットも出てくるらしい。これで最後にすると決めているのだろう。そも、ヤテベオが仕掛けられるのはこれが最後だ。奴らは既に戦力の大部分を失っている。他の組織の協力がなければ、ミストルティンのヒーローに飲み込まれるだけなのだから。

「エスメラルド様にしっかり付いていけよ。あの人、めちゃくちゃだからな」

「何となくは分かるが……」

 そう言えば、俺はエスメラルド様の戦いぶりを見た事がない。スーパーの時は、他人を見ていられる余裕なんかなかったしな。

「あの人が俺たち数字付きの頭なんだ。守れよ。じゃないと江戸さんに殺される」

「はっ、そいつは冗談じゃなさそうだな」

 あの人にはもう少し、自分が四天王って立場だというのを理解して欲しいものだが。

 何となく顔を上げると、前方のワゴンが緩々と進んでいくのを認める。

「時間だ」

 始まる、か。

 これでもう、しゃもじとは戦えない。もう二度と会えないんだろう。……感傷に浸っているのか、俺は? 話を聞いたから、なのか?

 くそっ。だから嫌なんだ。俺が悪であいつが正義で、それだけの話なら良かった。そしたら、何も考えずに戦えたんだ。

 だけど割り切れ。今の俺はヒーローでも何でもない。ただの戦闘員で、私情を挟むな。赤丸夜明がどこのどいつに倒されたって、諦めるしかねえんだろうが。



 ミストルティンのビルを臨める地点で、ワゴンは停まった。先頭には江戸さんの車、その後ろに怪人を乗せた車、そして俺たち数字付きを乗せた車が停まっている。

 それだけではない。昨夜はヤテベオのバスしかなかった道路に、数十を超える車があった。そのどれもが、戦闘員や怪人を乗せた悪の組織のものである。

「……出番、あんのかな」

「いやー、同感。俺らが出なくても勝手に終わってそうじゃね?」

 全くこいつらときたら。心底から同意出来るぜ。

 ヤテベオの連中は既にスタンバイ済みだ。ミストルティンだって、この車の数には気付いているだろう。これから先、自分たちがどうなるかも分かっている筈だ。

「はーい段取り確認なー」

 数字付きの一番がメモ帳みたいなものをぺらぺらとめくり始める。全員が彼を見遣った。

「えー、俺たちエスメラルド数字付きはー、エスメラルド様の援護、護衛が任務です、と。まず、ヤテベオが突っ込む。その後、別の組織の戦闘員、怪人が雪崩れ込みまーす」

「段取りもクソもねえな」

「はっは、確かに」

「静かーに! ……で、エスメラルド部隊は機を見て仕掛ける、です。とりあえずエスメラルド様が動けば俺らも動くって事で」

 簡単で助かる。今回はヒーロー派遣会社が相手だからな。単純な力比べで構わないのだ。しかも、こっちのが数が多い。負ける要素はない筈である。

「それまで待機ー、質問はー? はいナシなー」

 出番があるかどうかも分からなくなってきたので、数字付きの乗っているワゴンは和やかな雰囲気だった。正直、俺も戦わないで済むなら、そっちのが有り難い。危ない橋を先陣切って渡る奴なんか、早々いやしねえんだ。

「あれ? 江戸さんが車から降りたぞ」

「はっ? 早くねえ?」

 全員が前方を注視する。

 江戸さんは車から降りて、どこかに行ってしまった。時間的に、そんな余裕があるとは思えないんだが。

「挨拶回りじゃないの? 今回の襲撃に関しては江戸さんが進めてたらしいし」

「ふーん……あれ、エスメラルド様も出てきた」

 しかし、エスメラルド様は江戸さんとは違う方に歩いていく。ミストルティンの建物の方へと向かっているようだった。

「まさか……」

「いや、流石にねえだろ。ちょっと様子見に行くんじゃないか?」

 和やかな雰囲気は消え去っていた。全員、嫌な何かを感じている。そうに違いない。

「あ、怪人も降りてきたぞ」二人の怪人がエスメラルド様の後を追う。続いて出てきた二人の怪人は、江戸さんの方へと走っていった。

「俺らどうする?」

「えっ、追いかけんの? ヤだぜ俺」

 俺も嫌だ。だけど、俺らの任務はエスメラルド様を守る事である。

「一から六。七から十三。どっちか半分が追いかけるか」

「おっしゃ、言いだしっぺが行けよ」

 提案したのは十番だ。つまり、十三番の俺はエスメラルド様を追いかけなきゃいけない。

「えー? あー、うーわ、仕方ねえな。もう半分は?」

「江戸さん待ちで」

「あいよっ」

 七人がワゴンから降りて、ミストルティンの方へと走る。

「うわ、見られてる見られてる」

「いたぞ、ヤテベオんとこだ」

 最前線の位置にはヤテベオの残党が立っていた。そこに、エスメラルド様もいる。……誰かと話している様子だが。



 俺たち数字付きの姿を認めると、エスメラルド様は大きく手を振ってくれた。

「おー、どうしたんだ?」

 それはこっちの台詞である。

「いえ、エスメラルド様がこっちに来ていたので」

「そうなのか? タイタンマット、こいつらは私の部下だ。よろしく頼む」

「ん」こっちを向いたのは、やたらでかい怪人だった。

 こいつが、タイタンマットか。

 タイタンマットのマスクは、昨夜のモウセンゴケ型怪人よりも、更にえげつない。ヤテベオの連中は、スーツよりもマスクに力を入れているらしい。

 巨大な花が、頭から咲いている。開いている花びらの直径は一メートル以上もありそうだった。中央には三メートルもありそうな、突起がある。パッと見、燭台みたいな花だった。

「んん」

 タイタンマットはそうして、また前を向く。

「あっはっは! 気にするな、こいつは照れているんだ!」

 エスメラルド様はヤテベオのボスと知り合いらしい。流石四天王だ。彼女の性格からして、交友関係は広そうである。

 俺は他のヤテベオのメンバーも確認した。ごちゃーっとした感じの植物をモチーフにしたスーツ。一見して、誰が何型の怪人なのかさっぱりである。

「あ、VFTがいる」

「何だって?」

「ヴィーナスフライトラップマンだよ」な、何だって? ビーナス……?

 興奮した様子で話しているのは十二番の同僚だ。

「ハエトリグサ型の怪人だ。あっちはウツボカズラ、あれはタマツルクサ……おお、もしかしてコレティア・パラドクサ型も!?」

 マニアめ。こいつにこんな趣味があるとは知らなかった。ちょっと距離を置こう。

「あのー、エスメラルド様」

「どうしたフジタ」

「十番です! ……あの、ヤテベオの人たちへ顔を見せに来たんですか?」

「あー」

 エスメラルド様は空を見上げ、ぽりぽりと頭をかいた。

「待つのに飽きたから、行って来る」

 ん?

 疑問に思い、それを口に出して尋ねるより先、エスメラルド様はミストルティンのビルを見据えていた。

「止めろーっ」

「あ、ウチの奴らだ」

 エスメラルド部隊の怪人が走りながら、こっちに手を振っていた。何か、すっげえ焦ってる感じなんだけど。

「数字付きーっ! エスメラルド様を止めろ!」

「は、何?」

「止めるって、何をスか?」

 振り向いた瞬間、エスメラルド様は駆け出していた。

 …………え、あ、何? は? はあっ?

「馬鹿野郎! 追いかけろ!」

 怪人たちが俺たちの脇を走り抜けていく。

 ヤテベオの連中は皆、呆けていた。そりゃそうだ。自分たちが先陣を切ると言っていたのに、エスメラルド様は『飽きた』の一言で作戦を無視したのである。

「なっ、う、嘘だろォ!?」

 阿鼻叫喚だ。

 まずい。このままじゃヤテベオの連中の八つ当たり、そのとばっちりを食う。

「おっ追え! 追うぞ!」

 俺は駆け出した。エスメラルド様を追いかけるというよりも、ヤテベオから逃げるって言った方が正しい。俺に続いて、他の連中も走り出した。

 前方に目を向けると、エスメラルド様はミストルティンに辿り着こうとしていた。そして、ビルからはヒーローが出てきている。数は、二人か。……赤丸夜明ではない。見た事のねえヒーローである。

「エェェェエエエスメェェェラァァルドさまああああぁぁぁぁぁ!」

 物凄い勢いで走り、俺たち数字付きを追い抜く影があった。

 江戸さんである。彼は武器も持たず、スーツも着ていないまま、ミストルティンのビルに、いや、エスメラルド様目掛けて疾駆している。つーか早い早過ぎる。あの人も、改造を受けているのだろうか。



 俺が辿り着いた頃には、ミストルティンのビル前での戦闘が始まっていた。

 ミストルティン側のヒーローは、黒いコスチュームを着た細身の男と、重戦士といった出で立ちの、大剣を得物とした大男である。

 悪の組織連合軍からは、エスメラルド様と怪人が二人に江戸さんだ。数の上では有利っぽく見えるが、相手は怪人退治を専門にしているヒーローなのだ。二人で充分、と言う事なのだろう。

「エスメラルド様っ、お下がりください!」

 ヒョウ型怪人と、シカ型怪人が前に出る。

 既に、江戸さんは重戦士との交戦に入っていた。

 ヒーローの一撃一撃はクソ重い。そして、速い。あんな馬鹿でかい武器を使ってたら、隙が出来て当然なのだが、あのヒーローは完全にそれを使いこなしている。空振りしても、戻りが速いのだ。だから、江戸さんは中々踏み込めていない。

 江戸さんの得物は二本の、小振りな太刀である。彼はその得物で、重戦士の大剣を受け止めず、攻撃をかわし続けていた。

「しつこいんだよあんたらは!」

 黒いコスチュームのヒーローが叫び、二人の怪人に襲い掛かる。

 すると、ヒーローのコスチュームが奇怪な動きを見せた。伸び、縮み、そうして、鞭のような形状になる。

「失せろっ」

 ヒーローがシカ型怪人の頭部に蹴りを入れる。ヒョウ型怪人がその隙に攻撃を狙うが、鞭と化したスーツの一部分が、彼の攻撃を防ぐ。それだけでなく、お返しとばかりに、怪人の頬を打ち据えた。高く、乾いた音が鳴り、ヒョウ型怪人はよろめく。

「旦那ァ! そんな奴早く片付けてくれよ!」

「うるせえんだ、お前は」細身のヒーローに煽られ、重戦士は嫌そうに呟いた。

 やばい。こいつら、マジで強い。

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