花粉大嫌い!
バスを盾にして、基本的には逃げながら戦う。追ってきた戦闘員をめんこと太鼓で牽制し、とどめはイダテン丸に任せる。
「この野郎グルグルグルグルしやがって、バターにでもなんのかよ!」
倒れている戦闘員は十を超えた。たった二人、しかも、俺はスーツを着ていない半端ヒーローなのだ。ここまでやれれば上出来だろう。
「おっ、上からだ上!」
「…………御免」
「下じゃねえか!」
叫んだ戦闘員が、次の瞬間には地に伏している。慌てふためく奴らに向かって、俺は太鼓で攻撃し始めた。
「こいつは良いぜ!」
俺は楽しくなってくる。段々、この太鼓の使い方が分かってきた。戦闘員程度のスーツじゃあ、この球体は追えないし、防げない。何せ、俺にだって二つの球体がどこに行くのか分かってないんだからな!
めんこだってまだまだある。なくなったら爺さんにもらいに行こう。ひゃはは、使い放題じゃんか。
「イダテン丸、こいつを向こうのバスに仕掛けて来い」
頷き、イダテン丸はめんこを持って疾駆する。その間に、別の戦闘員が俺を発見した。
「いたぞっ、囲め囲め!」
「囲むだけだろうがっ」
太鼓を振り回す。ワイヤーが軋み、球体が風を切り裂いていく。相手からすりゃ、厄介な事この上ないだろう。その上、暗くて軌道は見切られづらい筈だ。
「ふはは、もはやこいつは俺にも止められん! おらっ、こっち来いよお前ら! そんで当たれ!」
「こいつマジでヒーローかよ」
「こんな奴見た事ねえぞ」
そりゃそうだ。
「わああああああああああっ!?」
あちらの方から、爆発音と叫び声。仕掛けためんこを誰かが踏んだのか?
振り向くと、後方のバスのフロントガラスがぐちゃぐちゃになっていた。……イダテン丸は、あそこに直接叩き込んだらしいな。スーツの性能に飽かした、何とも乱暴な使い方である。
「…………青井殿」
バスの上から呼び掛けられた。
「名前で呼ぶなっ」
「では、何とお呼びすれば?」
「花粉大嫌い! 俺の名前は除草マスクだ!」
戦闘員どもが声を荒らげる。
「俺らに喧嘩売ってんのか!?」
「ピンポイント過ぎるだろうがァ!」
今適当に考えたからな。お前らは適当な名前の、俺みたいなどうしようもない奴にやられちまえば良いんだ。
「モーウ! モウ! そこまでだ!」
戦闘員たちが道を開ける。出てきたのは、さっきの怪人だ。
「除草マスクだと? モーウ、そんなヒーロー聞いた事もない」
イダテン丸が俺の傍に着地する。太鼓を戻し、俺は怪人を見据えた。
「まさか、ここまで好きにやられるとは……ミストルティンではなく、お前らのような、この、コケにしてくれたな」
「コケにされたらどうすんだ? 帰ってクッキーでも焼くのかよ?」
「モーウっ、モウセンゴケ型怪人、ドロドロスが相手をすると言っているんだモウ!」
「は、お前が?」
まずいな。弱ったぞ。
怪人と戦うなんて、こっちは予想していなかったってのに。
そもそも、ここまで上手く立ち回れたのは、イダテン丸と爺さんの武器のお陰である。ちょっとバスを止めて、その間にミストルティンの奴らが出てきてくれれば良いんだけどなー、くらいの気持ちだったんだけど。
「モウ、これ以上部下には手を出すな」
ドロドロスが両拳を上げた。あれが、野郎の構えなんだろう。
「…………私が打って出ましょう」うむ、任せた。
「さあっ、かかってこい除草マスク! モウ!」
「あ?」
イダテン丸と顔を見合わせる。
いや、お前の相手は俺じゃない。イダテン丸だ。除草マスクとか呼ぶな。
「除草マスク! さあっ!」
「こっ、この野郎……! 俺なら勝てると踏んだのか!?」
「モウ? 何の事かさっぱりだモウ。しかし、ここまでやられて二人とも逃がすのはヤテベオ怪人の名折れだモウ」
「卑怯だぞてめえ! もう良い、やっちゃえイダテン丸」
「卑怯とかお前が言うなっ」
「ヒーローのくせに小ざかしいもん使ってんじゃねえぞ!」
「自分で向かって来いクズが!」
うっ、大ブーイング。アウェイにも程があるぞ。
「…………あお、ではなく除草マスク殿。これは流石に」
「俺が出ても瞬殺されるだけだぞ」
「モウっ」ドロドロスが走ってくる。やべえ。
イダテン丸が撒菱を投げつける。が、怪人の頭に生えた触手みたいなもんが伸びて、撒菱を絡め取る。
「モウモウモウ! 飛び道具は無意味だモウ!」
どうやら、あの触手には粘着性があるらしい。と、走りながら考える。
「モウっ、逃がすな! 追え追えっ、コケにされてたまるか!」
「いっ、イダテン丸! あいつをやっちまえ!」
「…………しかし」
イダテン丸は俺の隣に並んで走っていた。
「…………ああいう、グロテスクなモノは苦手で」
「今になって言うなっ」
くそっ、あてにならん。こうなったらやるしかねえ。
俺はバッグからめんこを何枚か抜き出し、ドロドロスに向かって投げた。案の定、触手に絡め取られる。
「これならどうだっ」
立ち止まり、太鼓を構える。ワイヤーを伸ばして振った。めんこはまだ野郎の頭に張り付いたままだ。そこを叩けば、爆発するって寸法である。馬鹿めっ。
だが、球体はめんこに届く前、別の触手によって弾かれてしまった。
「モモっ? 早くて掴みづらいモウ」
やべえやべえ、太鼓まで捕まえられたら、武器がなくなっちまう。
しかし、どうする? どうやって仕掛ける? めんこは駄目。太鼓も駄目。イダテン丸も消極的だ。
「モーウ、お前、知っているのか?」
「何?」
ドロドロスは立ち止まり、向こうに見える建物を指差した。……野郎が指差しているのは、ミストルティンのビルだ。
「確かに、ミストルティンはヒーローを派遣している会社だモウ。そして、我らヤテベオは悪の組織だモウ」
だけど。そう付け足して、ドロドロスは悔しそうに地面を踏みつけた。
「奴らはやり過ぎだモウ! そうだっ、やられたんだからやり返す! 復讐してどこが悪い!?」
自業自得って言葉が良く似合う。ただ、俺もヤテベオの一員だったら、同じようには思えないんだろう。いや、むしろ、そうに違いない。
「自分の子供を殴られても! 妻を蹴られても! 年老いた親を人質にされても! お前はっ、何もするなと言いたいのかモウ!?」
「俺に構わず好きにやれよ」
俺には子供がいない。嫁さんもいない。そんなん分からん。
ただ、親はいる。確かに、両親に刃物当てられたら黙ってられねえよ。それは分かる。
「俺はお前らの邪魔するけどな」
「ミストルティンに味方するかあ! モッ、モオオオオウ! どこまでコケにすれば気が済む! どうしてっ、邪魔をするんだモウ!?」
だけど、お前らだって知らないだろう。
ミストルティンには、そういった事情を分かっていても、それを実行しなくちゃいけない下っ端がいるってのを。クズはいる。グズもいる。確かにこの街に存在している。俺もお前もお前らも、ヒーローだのヒールだの言ってる奴はどいつもこいつも皆が最低最悪なんだ。
だから、気にする必要はない。
悩むのも迷うのも、今更だったんだよ。
右を向けば親がヒーローに殺されて、左を向けばヒールに金を奪われる。
誰を信じて誰に味方するのか、何をするのか、全部、てめえで決めるんだ。
「アレは俺の獲物だ。てめえらにはやらせねえ」
赤丸夜明。しゃもじ女。あいつは、俺のだ。手を出すってんなら容赦しねえ。
「モッ、モオオオオオウ!」
ドロドロスが走ってくる。俺は太鼓を振った。が、球体は避けられてしまう。
くそ、何度か攻撃を見られてしまっているのだ。軌道を見切られたのか、あるいはリーチを見切られたのか、とにかく当たらん。このままじゃ潜られる!
「ドロドロス様ーっ!」
「そんな奴やっちまえー!」
このままじゃ、危ない。
俺はボタンを押す。瞬間、ワイヤーが伸び、球体の軌道が微妙に変化する。
「モッ、モウ……?」
ドロドロスは寸前で攻撃を回避したと思っているようだが、それは違う。この武器は伸びるのだ。さっきまでのワイヤーの長さは、大体二メートル。目が慣れていたのだろうが、今はそれよりも一メートルは長くなっている。
つまり、見誤り、当たるのだ。
「モッ」しかし頭部は狙えない。俺は球体を、ドロドロスの胸に命中させていた。
「はっはあ! すげえぜ俺っ」
ドロドロスの動きが止まる。俺は太鼓を振り回しながら接近を試みる。……調子に乗ってるって、そう思ってくれたかよ。
俺は太鼓を振り下ろす。球体は地面を穿ち、破片を撒き散らしている。ドロドロスは、もう片方の球体を触手で掴んでいた。関係ねえ。俺の本命はそれじゃねえんだ。
腰を深く落とす。踏み込む。
「モッ?」 完全に、野郎は太鼓の方に気を取られていたらしい。
「ふんっ!」
抉り込むように、拳をめり込ませる。怪人の体が一瞬間宙に浮き、その後、くの字に折れ曲がった。
拳を払うと、意識を失った怪人は地面に倒れていく。
「…………お見事」
ありがとうよ。
「さて、と」遠巻きに戦いを見ていたらしい戦闘員どもを睨みつけてやる。どうだ、超やるだろ俺。すげえかっこいいだろう。
「ひっ、う、嘘だろ……」
「ドロドロス様が、こんな奴にやられちまうなんて」
「こっち見んじゃねえよ! くっ、来るな来るな!」
俺はドロドロスの傍にしゃがみ込む。めんこを剥がさなくてはなるまい。まだ使えるだろうし。
「…………除草マスク殿、ミストルティンのヒーローが出ました」
「はあっ!? マジかよ、まだ全部剥がせてないんだぞ!?」
俺は立ち上がり、件の建物を見遣った。……俺の視力じゃ確認出来ないが、うーん、何か走ってきているような気もする。確か、赤丸もいるんだっけな。
「撤収する」
「は、はっ、何ゆえ。ここでミストルティンのヒーローと協力すれば……」
「それは不可能だ」
眼鏡とマスクだけでは、赤丸にバレてしまうだろう。
第一、俺の目的は終わっている。あのアマを仕留めるのは俺なんだ。ヤテベオはそこそこ叩いたんだし、後はミストルティンが片付ければ良い。バスもすぐには走れなさそうだし、俺も怪人を一人倒した。戦闘員もかなりボコボコにした。ここまでお手伝いしてやったんだから、どうとでもなるだろう。
「お前は残っても良いけど、とにかく俺はどさくさに紛れて逃げる」
「…………では、お供します」
ヤテベオの戦闘員たちは、バスに戻って逃げようとする者、ミストルティンに向かっていく者の二つに分かれていた。俺は路地裏まで一気に、道路を駆け抜けていく。立ち止まらず、走り続けた。
その夜、イダテン丸にもう一度様子を見に行かせたところ、残っていたヤテベオの構成員は全滅したらしい。バス二台にどれだけの怪人が乗っていたか知らないけど、奴ら、相当の打撃を受けた筈である。
「…………報告は以上です」
「悪いな、使い走りさせちまって」
「構いません。私は忍びですから」
俺は眼鏡とマスクとマントを取り、アパートの前に座り込んでいた。イダテン丸はまだ、周囲を警戒している。
「しかし、見たかよ俺の活躍をさ」ほぼ生身であそこまでやれる奴はいないな、うん。……そんな馬鹿は、この街にいないよな、うん。そうに違いないよな。
「怪人と戦闘員、あそこには何人がいたんだろうな」
「…………戦闘員が三十。怪人が四です」
あっ、すげえ数えてきたんだ。三十四、か。いや、全員と戦った訳じゃないけど、凄まじいよな。
「お前は優秀だな」
「恐れ入ります」
「……ん? 怪人が、四?」
おかしいな。俺は一人しか倒してねえぞ。
「…………二人は私が倒していたようです。残った一人は、しゃもじを持ったミストルティンのヒーローに吹き飛ばされていました」
あっ、すげえ、何か面白くねえ。しれっとした顔で(いつも無表情だけど)怪人を倒したとか言いやがった。
「あの、何か?」
「何でもねえ。疲れた。お休み。今日はありがとな」
「あっ、あの、青井殿っ!?」
これで良かったのだろうか。こうして振り返ってみても、やっぱり分からん。俺はヒーローとしてヤテベオを邪魔したのか。それとも、悪の組織の戦闘員として、赤丸に負けて欲しくなかったのか。どっち、だったんだろう。