ご自分の手で確かめられてはいかがですか
――――軒猿三行者。
木目蝦蟇。
こいつは、馬鹿でかいカエルを呼び出し、操れるらしい。話を聞いていても、いまいち能力が伝わってこなかったのだが、『すげえマジモンの忍者じゃん!』 と、思ってしまった時点で俺の負けだろう。
うつぼ坊。
そいつは、手足を伸ばせる能力を持っているらしい。忍者なのか坊さんなのか分からん名前だが、うつぼとか超強そう。
最後に根来刑部だが、こいつの能力に関しては一切不明だそうだ。話をしながら、イダテン丸はかなり申し訳なさそうだった。
十人衆プラス一人を倒した今、目下の敵は三行者と呼ばれる奴らだろう。いつ現れるのか分からないが、気を引き締めておかなければ。
「…………三行者の力は、十人衆とは比べ物になりません。彼らほどの者となると、身体能力だけではなく、奇怪な技をも所持しております」
奇怪過ぎるわ。よくよく考えりゃ、カエルって何だよ。スーツ関係ねえじゃん。マジで忍者じゃん。ちょっと見てみたい気もするけど。
「先に言っとくけど、俺はお前より弱い」
イダテン丸は俯く。答えづらい話を振ったのは分かっている。
「お前は、そいつらに勝てるのか?」
「…………勝ちます。必ずや」
嘘だな。万全の状態なら勝てるかもしれねえけど、今のイダテン丸はその辺のヒーローと変わらん。あの、見惚れるような体術も満足には出せないだろう。
「本当の事を言えよ」
イダテン丸は下げていた頭を更に下げようとする。
「申し訳ありませんっ。しかし、青井殿に迷惑を掛ける事は……!」
「こっちは一応、依頼を受けてんだからさ。迷惑とか、そういうの考えんなよ」
「重ね重ねっ」
思ってたより、三行者ってのは強そうだ。一組織の幹部だもんな。そう簡単にはいかないとも分かってたけど……どうなるんだよ、マジで。
「…………青井殿を危険な目に遭わせる事はしないと誓います」
お前が誓っても、三行者が誓ってくれなきゃどうしようもねえだろうが。
だが、俺の実力じゃあ『一緒に頑張ろう』なんて言葉は掛けられないだろう。
「無理はすんなよ。社長が怒るからな」
薄ら寒い言葉を掛けてやって、俺は麦茶を一気飲みする。……イダテン丸は結局、飲み物に手をつけないままだった。
深夜、三時。
俺はうつらうつらとしていたが、まだ眠れなかった。何故なら、イダテン丸が動かないからである。いや、出ろよ。帰れよ。とは思ったが、流石に言えなかった。
レンはすやすやと眠っている。羨ましかった。出来るなら、俺も布団にダイブしたい。そんで貪るように、泥のように眠りたい。目を閉じれば、意識が飛びそうだった。
駄目だ。我慢の限界である。
「あのさ、そろそろ寝たいんだけど」
「………………は、何かおっしゃいましたか」
こいつ、ずっと俯いていると思ってたけど、まさか寝てたんじゃないだろうな。
「俺、眠い。あんたも、そろそろ家に戻った方が良いんじゃないか? 三行者は怖いけど、ただでさえ弱ってるんだ。少しは体を休めておけよ」
「お心遣い、感謝いたします」
「いや、帰れよ」眠過ぎて気を遣うのも面倒になっていた。
「…………そうしたいのは山々なのですが」
あんだよ、言えよ。
「家がないのです」
不意打ちである。
「追っ手にアパートを燃やされてしまいました」
「あ、ああ、そう、なんだ」
「…………青井殿」
すげえ嫌な予感がした。
「軒猿だけでなく、忍びには主君が付き物です。我々は主君に影の如く付き従い、主君を影ながら支え、守るべき存在なのです」
イダテン丸は俺を見つめる。
「青井殿には」
「言うな。絶対に言うな」
俺はちゃぶ台を片付けて、布団を敷いた。駄目だ、これ以上聞いてはいけない。
「…………是非、私の」
「ああああああっ! 何なんだよ!?」
布団を蹴り飛ばす。いい加減にしてくれ。どうして、最近はこうなんだ。どうしてっ、こんなのばっかなんだ!?
「手前味噌ではありますが、戦いに関しては自信があります。諜報活動も、やれと言われれば……」
「俺は殆ど一般人だぞ!」
諜報活動をしたがる一般人って何者だよ!
「忠義の心も持ち合わせていると自負しております。どうか、新たなねぐらが見つかるまでで結構ですから」
「矛盾してんぞ!? 間に合わせの主君じゃねえかっ、忠義のかけらも感じられん!」
「…………では、この身、朽ち果てるまで」
「極端だなあオイ!」
第一、今まで突っ込まなかったけど忍者ってもうおかしいだろ。何、忍者って? 全然忍んでないしこいつら。公園とかで戦っちゃうしな!
「ウチにはもうケダモノが一匹いるんだ。これ以上は……」
「…………お忘れですか、青井殿」何を。
「私も女である事を。…………くの一としての手解きは受けておりません、未だ生娘ではありますが、必ずや青井殿を満足させてみせます」
イダテン丸は三つ指ついて、こっちに視線を向ける。
「生娘とか、自分で言うな」
しかも生娘が満足させられるかボケ。
「…………肌のきめ細かさには自信があります」
「だってお前、色気ないし」
「…………いろ、け?」
そこで首を傾げるな。
つーか、ドが付く貧乳だし、髪の毛にだって気ぃ遣ってないじゃん。決して不細工ではないけど、化粧してないから男と間違われてもおかしくなさそうだ。
「下手すりゃ、そこで寝てるレンよりもないぞ」
「…………それは、まさか」
いや、そのまさかなんだよ、これが。正直、イダテン丸とレンの性別を交換して欲しいくらいだ。
「青井殿は、私から女の魅力を感じないと……?」
「そうだ」しかも一切だ。何一つとして感じない。
「正直、お前のおっぱいをこねくり回しても、どれだけ揉んだとしても、満足感は得られないだろう」
イダテン丸の表情が少しだけ引きつっているように見える。言い過ぎているのかもしれんが、構うものか。
「…………そこまで、おっしゃられるのですか」
俺は一もニもなく頷いた。
イダテン丸は立ち上がり、俺の手を掴む。
「何をするつもりだ」
「ご自分の手で確かめられてはいかがですか。本当に、私の胸を触っても、何とも思わないかを」
「馬鹿かお前?」
完全に後に引けなくなる前に、早く手を離せ。
「…………さあ、どうぞ遠慮せずに」
そこまでして主君が、と言うより、寝る場所に困ってるのか? そんで、自分の体を安く売ろうとしていやがる。けしかけたのは俺かもしれんが、やっぱり、ヒーローなんてやってる奴はクズだ。
俺はイダテン丸の手を外して、彼女の頭を鷲掴みにする。
「あうっ、な、何を……?」
「社長に電話してやる。お前一人くらいなら、当分は泊めてくれるだろ」
「し、しかし、あっ、あう」
ぎりりと力を込めた。
「ちょっと待ってろ」
俺はケータイを開いて、社長に電話を掛ける。こんな時間だけど、緊急事態だから仕方がない。
暫く待つと、社長の眠たそうで嫌そうな声が聞こえた。
「悪いな、寝てたか?」
『喧嘩を売っているのかしら?』
「実はな、イダテン丸がこっちに来てる」
『呻き声らしきものが聞こえるのだけど、彼女の?』
「思ってたよりアホだったんで、アームロックをくれてやっている」
イダテン丸は表情を表に出さないようにしているらしいが、目の端には涙が浮かんでいた。
『くだらない用事だったらお給料を払わないから』
「払え。……イダテン丸を社長んところに泊めてやって欲しい」
『最初からそのつもりだったのに、いなくなったのはイダテン丸よ。全く、忍者というのは素早くて仕方がないわ』
まーた何も言わずに出てきてたのか。
「頼むよ」一応は女だし、家を燃やされたなんて不憫過ぎる。でも、流石に俺んちに泊めるってのは、なあ。
『ふう、しようがないわね。今から連れてきなさい』
「助かるよ。……連れて? いや、一人でも良いだろ」
『イダテン丸からの依頼の内容を復唱しなさい』
ちっ、面倒くせえ。
「はいはい、分かったよ。連れてきゃ良いんだろ」
『それより、部屋を用意してあげた方が良いかもしれないわ。どうかしら、ウチが入っているビルなら開いているし、格安で済むわよ』
テナント借りるって事か? 普通のアパート紹介してやった方が楽だし、安くつくんじゃねえの?
『どうせカラーズ以外には何もないんだし、持て余すより、少しでもお金が入る方が持ち主だって喜ぶわよ。それに、払うのは私じゃないんだし』
……用心棒代わりになるか? アホ丸出しの女だが、戦いに関しては申し分ない。どうにも、リアル立ち回りは不得手そうだが。
『ふふ、ウチで雇うってのもアリね』
「あ、それはやめろよ。俺はお払い箱じゃねえか」
『何を言っているの? あなたはカラーズのヒーローでしょう』
お、おお、ちょっと嬉しいかもしれん。
『ヒーローが増えるまではいてもらうから』
「俺の感動を返せ」
『冗談よ。あなたこそ、ウチを辞めたいと言わないでね』
「言わねえよ」
少なくとも今は。
「じゃ、今からそっちに向かうから」
『待っているわ』
ケータイを切り、俺はイダテン丸から手を離す。彼女は痛んでいるであろう部分を摩り、平伏した。
「…………ご厚意、痛み入ります」
「俺は何もしてないよ。んじゃ、まあ、行こうぜ」
「このご恩は……」
「待て待て。返すほど、俺は何もしてないんだって。とにかく、社長んところ行って、次に目が覚めたら今後の事を考えよう。それで良いな?」
イダテン丸は頷き、立ち上がる。
「ん、んぅ……」
レンが身動ぎした。起こさないように、静かに歩く。
が、足首を掴まれてしまった。誰に? 分かってる。
「……お兄さん、どこ、行くの?」
いや、まあ、さっきまで騒いでたんだし、起きない方がおかしいか。
「ちょっとな。お前は寝とけ」
「ヤ。僕も行く」言って、レンは即座に体を起こす。その時に力が入ったのか、俺の足首に激痛が走った。
「…………レン殿もご一緒されるのですか?」
仕方ねえだろ。
「こいつに殿とか付けなくて良いぞ。付け上がるから。呼び捨てで充分だ」
「あはっ、何が?」
「何でもねえよ。ほら、行くなら着替えろ」
「えー、パジャマでも良いよう。誰も見てないんだから」
「着替えなきゃ連れて行かない」
わがまま言うな! ……いや、言っても良いんだった。縛りつけて押さえつけるのは良くない、よな。でも駄目なものは駄目と言うのが俺のジャスティス。
レンは文句を言いながらも、ぽんぽんと服を脱いでいく。押入れにある自分のスペースから、綺麗に折り畳んだTシャツを引っ張ってきた。
「…………確かに、私よりも」
「えっ?」
イダテン丸はレンの着替えをじっと見つめていた。
「まさかお前、そういう趣味が……」
「全くの誤解です。青井殿が、レン君よりも、私の方が、色気が、ない、と……」
あー、気にしてたのか。あはは、こいつアレだな。面白い。
三人で夜道を歩く。切れ掛けた街灯に目を細め、俺は前を歩くイダテン丸を見遣った。
「ねえお兄さん。僕が寝てる間、お姉さんと何してたの?」
「話してただけだよ」
「あは、本当?」
「本当だ……って」
どうして俺が、レンに弁解しなきゃなんねえんだ。
「良いタイミングで起きるね、お前は」
「お兄さんにとっては、悪いタイミング?」
馬鹿じゃねえの?
「イダテン丸ー、さっきの話な、どうするつもりなんだ?」
「…………有り難いお話ではありますが」
イダテン丸は立ち止まり、こっちに顔を向ける。外に出たときから、彼女は口元をマフラーっぽいので隠していた。
「そこまでお世話になるのは……」
「そうか。まあ、とりあえず今日は泊めてもらって、ゆっくり寝ろ」
俺も寝る。送っていって、帰ってからじゃあ、まともに寝られそうにはないが。
「…………かたじけない、です。……青井殿っ」
「ん?」
イダテン丸が身を低くしてこっちに飛んでくる。いきなりで訳が分からず、俺はその場にしゃがみ込んだ。
「お兄さんは伏せててっ」
「はああっ!? 何? 何なんだ!?」
奇声が聞こえてきた。瞬間、近くにあった街灯が壊れて、視界が真っ暗になる。
「げげげげげろっ! 見つけたぞイダテン丸!」
「ほうら見えるか我らの姿が!」
「我ら軒猿三行者! ここでもらうぞ貴様の命!」
三行者だと!? もう来たってのかよ!
俺はイダテン丸とレンの後ろに回る。襲撃者の姿は見えない。声はどこからも聞こえてくるような気がしていた。そして、俺には今、武器がない。グローブも、でんでん太鼓も家に置きっぱなしである。これは、本格的に終わったっぽい。