前へ次へ  更新
39/137

三度も見れば分かります



 俺たちが軒猿の忍者を全員ぶっ倒したのとほぼ同時、別のヒーローが屋上にやってくる。そいつは俺たちを順々に見回した後、嫌そうに舌打ちした。……このハイエナ野郎が。

「良いよ、手柄ならやるよ。そん代わり片付けとけ」

「えっ、良いのか? いやあ、悪いなあ」

 マタギみたいな格好をして、熊のマスクを被り、猟銃(らしき棒)を担いだ中年のヒーローはへらへらと笑った。

「…………良いのか?」

「惜しいけどな」

 イダテン丸が立ち上がろうとするので手を貸してやる。

「レンっ、ちょっと来い!」

「あは、なーにー?」

 にこにこ顔のレンが俺の前で立ち止まった。俺はしゃがみ込み、思い切り睨みつけてやる。

「な、何……? お、お兄さん、どうして怖い顔してるの?」

 アホか。さっきのお前よりかマシだろうが。

「楽しかったか?」

「あは、すごく」

 レンの頭を軽く叩く。彼は一瞬で涙目になった。ころころと表情を変える奴である。

「お前がいなきゃ俺は死んでた」

「だ、だよね?」 すぐに同意すんな!

「そこは素直にありがとう。けどな、お前みたいなちんちくりんに助けられるのは、はっきり言って俺としちゃあ情けない事極まりない」

 しかも武器はでんでん太鼓だし。

「あはは」

「笑うなっ。……戦うのを遊びだと思うな」

「……それは、約束?」

 俺は首を横に振る。

「お願いだ」

 レンは目をぱちくりとさせた後、一瞬だけ笑顔になる。けど、すぐに真面目な顔になった。

「ん、頑張る。だから、その、ね」

「言うなって。分かってるから」全く、何を分かってるって言うんだ。

「またその子を苛めているのかしら?」

 ……やっぱりきやがったな。

 涼しげな社長と、死にそうな顔の九重が姿を見せる。

「ここはバリアフリーがなっていないわね」

 ああ、なるほど。九重はここまで社長を運んできたのか。

「伸びているのがイダテン丸を追っていた者たちなのね。まさか、あそこの冴えないヒーローが倒したとは、言わないでしょうね?」

 社長はマタギヒーローを指差す。

「俺たちだよ」殆どレンがやったんだけど。名誉は保っておきたい。

「そう、良くやったわ。ふふ、すごいじゃない」

 素直に褒められると、どうにも気持ちが悪い。いや、このアマが俺を褒めるってのが気持ち悪いんだな、きっと。

「それ、で」

 社長はイダテン丸に視線を移す。

「また、何も言わずに行ってしまうのかしら?」

 責めるような口調ではないが、俺は少しだけビビってしまう。

 イダテン丸は答えられず、社長を見つめていた。

「別に構わないのよ? ただし、また追い掛けるけどね」

「はっ、マジで言ってやがる」

「その体でどこまで行けるかしら」

 依頼しろと、社長の目は物語っている。ここは、口を挟むのはやめておこう。

「…………しかし」

「良いから依頼しなさい。あなた一人ではここで死んでいたかもしれないのよ。お金だって持っているでしょう? 安心して、ウチは格安だから。足元は見ないわよ、決して」

 うわあ言っちゃった。もう少し粘れよ。しかも足元見て吹っ掛ける気満々じゃん。

 イダテン丸は押し黙っていたが、社長の圧力に屈したらしい。彼女は懐からがま口の大きな財布を取り出した。

「…………料金は」

「その前に、依頼の内容を聞かせてもらえるかしら」

 暫く考え込んだ後、

「助けて、ください」

 イダテン丸は頭を下げた。



 依頼を受けた社長と九重は、イダテン丸を連れて会社に戻った。俺とレンは、とりあえず家に戻る事にした。

「僕たちも連れて行ってくれて良かったのにね」

「全くだ」

 お陰で、家まで歩きで帰るはめになったんだからな。

「それより、お姉さんたちだけで大丈夫なのかな」

「さあな。知るか」今の俺たちは連絡待ちの状態である。一体、奴らは何を待てと言うのだ。

「それよりメシを食おう。腹が減った」

 朝だって食ってないし、昼飯にしては遅過ぎる時間である。レンはそうだねと笑って、エプロンを身に着けた。

 ……イダテン丸か。

 まさか、俺たちみたいな弱小の派遣会社が、あいつを助けるような事になるとは思わなかった。頭を下げた彼女が、未だに信じられない。めちゃくちゃ強かったイダテン丸が弱っている姿ってのは、ちょっと見たくなかったかもしれん。すげえレアなんだろうけど。

「お米、全部使っちゃっても良い?」

「任せるわ」

 勘違いしちゃあ、いけないよな。

 あの時、屋上でイダテン丸を助けたのは俺じゃない。レンだ。そして、今から彼女を守るのも、俺ではないんだろう。俺に出来る事と言えば、でんでん太鼓を振り回すくらいのものだ。

 どうにも、上手くはいかないな。

 出来損ないのヒーローじゃあ何も出来ない。レンを戦わせたくないけど、あいつに頼らなきゃ駄目って状況だ。我ながら、マジに口だけは達者だよ。



 深夜になっても、社長からの連絡はなかった。心配になったので、一度こっちからも電話を掛けたのだが『何?』 と、冷たい声で一蹴されてしまったのである。もう良い、マジで知らん。

「おい、早く寝る準備しろよ」

「あはは、何だか目が冴えちゃって」

 うん、すげえぎらぎらしてる感じ。でも寝ろ。

「遊んだ後って、感覚が敏感になっちゃうんだよね」

 レンは布団の上で転がる。埃立つからやめろ。

「……ほら、だから分かるんだ」

「何がだ」

「誰か来るよ」

 何? こんな時間に誰が来るって言うんだ。住人か? いや、でも、レンのこの様子からじゃあ、そういう風には捉えられん。

「ここで止まった」

「えっ、もう!?」

 の、軒猿の連中か? 嘘だろ、もういい加減休ませてくれよ!



 俺んちに来ていたのは、イダテン丸だった。普通にチャイム鳴らされて、まあ、普通に応対した。良く分からないまま、とりあえず部屋に上げたのだが、彼女は口を開かなかった。ずっと俯いている。

「……あのさ、こんな時間に何か、用事でもあったん、です、か?」

 忍者スーツを着ている奴が俺の部屋にいるってのは、かなり違和感。

 深夜の訪問者という立場だが、下手に怒らすと怖いので、こう、下手に出て尋ねても、イダテン丸は中々答えてくれない。何だか話が長くなりそうだったので、俺は布団を片付けて、ちゃぶ台を持ってきた。レンにはお茶を頼んだ。麦茶だけど、文句は言わせない。

 つーかスーツ脱げよ。私服で来いよ。余計なプレッシャーを感じさせるなよ。

「お兄さん、僕、眠いんだけど」

「あー、そっか。もうこんな時間だもんな。悪いけど、布団はちょっと向こうに敷いてくれるか」

「はーい」レンは瞼を擦りながら、片手で布団を引っ張っていく。

「お休みなさい」

「おう、良く寝ろよ」

 くそ、二人きりにさせんなよ。俺だって眠いんだぞ。

「…………気を遣わせてしまって……」

「あ。あ、いや、別に。えーと、それで、体の具合はどうなんだ。大丈夫なのか?」

「まだ、十全とは申せませんが」

 何か、固い話し方だな。古いっつーか。

「そ、そうか」やべえ、何を話したら良いか分からん。やたら喉が渇いてくる。……イダテン丸、麦茶に手をつけてないし。

 テレビ、点けよっかなー。でも気を悪くされても嫌だしなー。

 ちらっと、対面のイダテン丸を見遣った時、彼女は口元に巻いているマフラーを解いた。こう、改めて見ると、結構可愛かったりする。死ぬほど無表情だけど。

「…………縹野(はなだの)初芽(はつめ)と申します」

「もしかして、名前?」

 イダテン丸は頷いた。

 名前を教えてくれるのは良いんだけど、何? このタイミングで? まあ、確かに自己紹介するタイミングはとっくに逃してた気はするけど。こいつ、ちょっとアレじゃないか? 俺が悪の組織の戦闘員だと知らないとは言え、本名バラしちゃうかー、普通?

「青井正義です」何となく名乗ってみる。

「存じております。……一番初めに、ご挨拶をしたかったものですから」

「初めって、ああ。社長たちといたんだっけな。……え? まだあいつらには名前教えてないの」

 イダテン丸は小さく頷いた。

「…………先刻まで、執拗に問い詰められておりました」

 それで逃げてきたってのか。

「名前くらい教えてやっても良いのに」

 一応は正義の味方っぽいんだし、社長たちは全くの無害だぞ。

「ですから、青井殿に、一番最初に、ご挨拶を……」

「あ、そ、そうなんだ」

「…………多大なるご迷惑をお掛けしましたから」

 いやいやいや、迷惑掛けたのはこっちだし。

「私のような者に手を差し伸べてくださるとは、感謝をしてもし足りないくらいで……」

「良く分からんが、借りがあるのはこっちなんだぞ? 俺みたいな奴に恩を感じる必要はないって」

 と言うか、俺は何もしていない。

 まあ、恩だの借りだの言うのは当人の自由だ。そいつでおいしい思い出来るんなら、それに越した事はない。

 ともかく、イダテン丸は挨拶をしたかったって訳だな。こんな時間にやってくるってのはアレだけど、やっぱり、基本的には悪い奴じゃあないんだろう。

「あんたってさ、昔は軒猿にいたのか?」

 イダテン丸は弾かれたように顔を上げ、それから、その場で頭を下げる。

「…………申し訳ございません」

「え、え? おい、いきなり謝られても困るんだけど」

「は、はっ、重ね重ねっ……!」

 今日、寝られんのかなー、俺。



「なるほど、そういった組織にいたのに、ヒーローやってるのが申し訳なかったと、そういう事なんだな?」

 イダテン丸はようやく頭を上げてくれた。

「…………罪なき者を手に掛けるのはどうかと御大将に進言したのですが」

「それで裏切り者だと言われたのか。だったら、どうしてそんなところに入ったんだよ?」

「他に行く場所がなかったものですから」

 悪の組織の戦闘員も、ヒーローも、同じだ。スーツを着て、一般人よりも強い力を振るうんだ。俺も、イダテン丸も、それ以外を選べなかったクズか、グズでしかない。

「そうか」だから、それ以上は聞けなかった。

「あんたを追ってるのは、軒猿の十人衆と三行者らしいな」

「…………その名前をどこから」

 あ。

 しまった。

 爺さんから聞いたのをそのまま話しちまった。一応、こいつだってヒーローなんだし、俺が戦闘員だとバレるのはまずい。

「あいつらが自分で言ってたじゃねえか」

「そうでしたか」そうなんだよ。

「…………青井殿の仰る通り、追っ手は十人衆と三行者です。しかし、十人衆は全滅した故」

 全滅? いつの間に?

「気付いておられないのですか? 公園で四人、路地裏で一人、昨夜に一人、そして、屋上で五人仕留めたましたが」

 全部で十一人だが、コナユキって野郎はフブキって奴の後釜とか言われてたな。補充ってのも考えられるのか。どこまで湧いてきやがるってんだ。

 ん? 公園って、段ボールん時だよな。はあ、あいつらも軒猿の中忍、十人衆だった訳か。

「つーか、あれ? 公園って、え?」

「スーパーでは紙袋を被っておられましたね」

 うわ、バレバレじゃん。

「私も忍びの端くれ。三度も見れば分かります」

 変装に気を遣わなくちゃいけないな。いや、つーか、あの社長がまともなスーツを渡してくれりゃあ済むんだよ。まあ、俺も今以上に気を付ける必要があるな。

「でも、どうしたら良いんだろうな」

 誰を倒せば終わる。いつまで続く。

 イダテン丸は助けてと言った。社長はその依頼を受けた。俺は、ヒーローとしてその依頼を完遂しなきゃいけない。軒猿を敵に回してでも? ……誰を敵に回そうが、彼女は言うんだろうな。『分かった』と。自分の正義ってのを守る為に。俺の命がどうなろうが、そいつはしったこっちゃねえってか。

「…………少しずつではありますが、戦力は削ぎ落としています。いつかは……」

 いつかは、何だ? 言えよ。

 いや、言える筈、ないか。

「三行者ってのは、どんな連中だ? 少しでも情報が欲しいところなんだけどよ」

 イダテン丸はゆっくりとだが話し始める。敵を知り、己を知れば百戦危うからず、とか言うけど、彼女の話は殆ど、頭に入ってこなかった。

前へ次へ目次  更新