三度も見れば分かります
俺たちが軒猿の忍者を全員ぶっ倒したのとほぼ同時、別のヒーローが屋上にやってくる。そいつは俺たちを順々に見回した後、嫌そうに舌打ちした。……このハイエナ野郎が。
「良いよ、手柄ならやるよ。そん代わり片付けとけ」
「えっ、良いのか? いやあ、悪いなあ」
マタギみたいな格好をして、熊のマスクを被り、猟銃(らしき棒)を担いだ中年のヒーローはへらへらと笑った。
「…………良いのか?」
「惜しいけどな」
イダテン丸が立ち上がろうとするので手を貸してやる。
「レンっ、ちょっと来い!」
「あは、なーにー?」
にこにこ顔のレンが俺の前で立ち止まった。俺はしゃがみ込み、思い切り睨みつけてやる。
「な、何……? お、お兄さん、どうして怖い顔してるの?」
アホか。さっきのお前よりかマシだろうが。
「楽しかったか?」
「あは、すごく」
レンの頭を軽く叩く。彼は一瞬で涙目になった。ころころと表情を変える奴である。
「お前がいなきゃ俺は死んでた」
「だ、だよね?」 すぐに同意すんな!
「そこは素直にありがとう。けどな、お前みたいなちんちくりんに助けられるのは、はっきり言って俺としちゃあ情けない事極まりない」
しかも武器はでんでん太鼓だし。
「あはは」
「笑うなっ。……戦うのを遊びだと思うな」
「……それは、約束?」
俺は首を横に振る。
「お願いだ」
レンは目をぱちくりとさせた後、一瞬だけ笑顔になる。けど、すぐに真面目な顔になった。
「ん、頑張る。だから、その、ね」
「言うなって。分かってるから」全く、何を分かってるって言うんだ。
「またその子を苛めているのかしら?」
……やっぱりきやがったな。
涼しげな社長と、死にそうな顔の九重が姿を見せる。
「ここはバリアフリーがなっていないわね」
ああ、なるほど。九重はここまで社長を運んできたのか。
「伸びているのがイダテン丸を追っていた者たちなのね。まさか、あそこの冴えないヒーローが倒したとは、言わないでしょうね?」
社長はマタギヒーローを指差す。
「俺たちだよ」殆どレンがやったんだけど。名誉は保っておきたい。
「そう、良くやったわ。ふふ、すごいじゃない」
素直に褒められると、どうにも気持ちが悪い。いや、このアマが俺を褒めるってのが気持ち悪いんだな、きっと。
「それ、で」
社長はイダテン丸に視線を移す。
「また、何も言わずに行ってしまうのかしら?」
責めるような口調ではないが、俺は少しだけビビってしまう。
イダテン丸は答えられず、社長を見つめていた。
「別に構わないのよ? ただし、また追い掛けるけどね」
「はっ、マジで言ってやがる」
「その体でどこまで行けるかしら」
依頼しろと、社長の目は物語っている。ここは、口を挟むのはやめておこう。
「…………しかし」
「良いから依頼しなさい。あなた一人ではここで死んでいたかもしれないのよ。お金だって持っているでしょう? 安心して、ウチは格安だから。足元は見ないわよ、決して」
うわあ言っちゃった。もう少し粘れよ。しかも足元見て吹っ掛ける気満々じゃん。
イダテン丸は押し黙っていたが、社長の圧力に屈したらしい。彼女は懐からがま口の大きな財布を取り出した。
「…………料金は」
「その前に、依頼の内容を聞かせてもらえるかしら」
暫く考え込んだ後、
「助けて、ください」
イダテン丸は頭を下げた。
依頼を受けた社長と九重は、イダテン丸を連れて会社に戻った。俺とレンは、とりあえず家に戻る事にした。
「僕たちも連れて行ってくれて良かったのにね」
「全くだ」
お陰で、家まで歩きで帰るはめになったんだからな。
「それより、お姉さんたちだけで大丈夫なのかな」
「さあな。知るか」今の俺たちは連絡待ちの状態である。一体、奴らは何を待てと言うのだ。
「それよりメシを食おう。腹が減った」
朝だって食ってないし、昼飯にしては遅過ぎる時間である。レンはそうだねと笑って、エプロンを身に着けた。
……イダテン丸か。
まさか、俺たちみたいな弱小の派遣会社が、あいつを助けるような事になるとは思わなかった。頭を下げた彼女が、未だに信じられない。めちゃくちゃ強かったイダテン丸が弱っている姿ってのは、ちょっと見たくなかったかもしれん。すげえレアなんだろうけど。
「お米、全部使っちゃっても良い?」
「任せるわ」
勘違いしちゃあ、いけないよな。
あの時、屋上でイダテン丸を助けたのは俺じゃない。レンだ。そして、今から彼女を守るのも、俺ではないんだろう。俺に出来る事と言えば、でんでん太鼓を振り回すくらいのものだ。
どうにも、上手くはいかないな。
出来損ないのヒーローじゃあ何も出来ない。レンを戦わせたくないけど、あいつに頼らなきゃ駄目って状況だ。我ながら、マジに口だけは達者だよ。
深夜になっても、社長からの連絡はなかった。心配になったので、一度こっちからも電話を掛けたのだが『何?』 と、冷たい声で一蹴されてしまったのである。もう良い、マジで知らん。
「おい、早く寝る準備しろよ」
「あはは、何だか目が冴えちゃって」
うん、すげえぎらぎらしてる感じ。でも寝ろ。
「遊んだ後って、感覚が敏感になっちゃうんだよね」
レンは布団の上で転がる。埃立つからやめろ。
「……ほら、だから分かるんだ」
「何がだ」
「誰か来るよ」
何? こんな時間に誰が来るって言うんだ。住人か? いや、でも、レンのこの様子からじゃあ、そういう風には捉えられん。
「ここで止まった」
「えっ、もう!?」
の、軒猿の連中か? 嘘だろ、もういい加減休ませてくれよ!
俺んちに来ていたのは、イダテン丸だった。普通にチャイム鳴らされて、まあ、普通に応対した。良く分からないまま、とりあえず部屋に上げたのだが、彼女は口を開かなかった。ずっと俯いている。
「……あのさ、こんな時間に何か、用事でもあったん、です、か?」
忍者スーツを着ている奴が俺の部屋にいるってのは、かなり違和感。
深夜の訪問者という立場だが、下手に怒らすと怖いので、こう、下手に出て尋ねても、イダテン丸は中々答えてくれない。何だか話が長くなりそうだったので、俺は布団を片付けて、ちゃぶ台を持ってきた。レンにはお茶を頼んだ。麦茶だけど、文句は言わせない。
つーかスーツ脱げよ。私服で来いよ。余計なプレッシャーを感じさせるなよ。
「お兄さん、僕、眠いんだけど」
「あー、そっか。もうこんな時間だもんな。悪いけど、布団はちょっと向こうに敷いてくれるか」
「はーい」レンは瞼を擦りながら、片手で布団を引っ張っていく。
「お休みなさい」
「おう、良く寝ろよ」
くそ、二人きりにさせんなよ。俺だって眠いんだぞ。
「…………気を遣わせてしまって……」
「あ。あ、いや、別に。えーと、それで、体の具合はどうなんだ。大丈夫なのか?」
「まだ、十全とは申せませんが」
何か、固い話し方だな。古いっつーか。
「そ、そうか」やべえ、何を話したら良いか分からん。やたら喉が渇いてくる。……イダテン丸、麦茶に手をつけてないし。
テレビ、点けよっかなー。でも気を悪くされても嫌だしなー。
ちらっと、対面のイダテン丸を見遣った時、彼女は口元に巻いているマフラーを解いた。こう、改めて見ると、結構可愛かったりする。死ぬほど無表情だけど。
「…………縹野、初芽と申します」
「もしかして、名前?」
イダテン丸は頷いた。
名前を教えてくれるのは良いんだけど、何? このタイミングで? まあ、確かに自己紹介するタイミングはとっくに逃してた気はするけど。こいつ、ちょっとアレじゃないか? 俺が悪の組織の戦闘員だと知らないとは言え、本名バラしちゃうかー、普通?
「青井正義です」何となく名乗ってみる。
「存じております。……一番初めに、ご挨拶をしたかったものですから」
「初めって、ああ。社長たちといたんだっけな。……え? まだあいつらには名前教えてないの」
イダテン丸は小さく頷いた。
「…………先刻まで、執拗に問い詰められておりました」
それで逃げてきたってのか。
「名前くらい教えてやっても良いのに」
一応は正義の味方っぽいんだし、社長たちは全くの無害だぞ。
「ですから、青井殿に、一番最初に、ご挨拶を……」
「あ、そ、そうなんだ」
「…………多大なるご迷惑をお掛けしましたから」
いやいやいや、迷惑掛けたのはこっちだし。
「私のような者に手を差し伸べてくださるとは、感謝をしてもし足りないくらいで……」
「良く分からんが、借りがあるのはこっちなんだぞ? 俺みたいな奴に恩を感じる必要はないって」
と言うか、俺は何もしていない。
まあ、恩だの借りだの言うのは当人の自由だ。そいつでおいしい思い出来るんなら、それに越した事はない。
ともかく、イダテン丸は挨拶をしたかったって訳だな。こんな時間にやってくるってのはアレだけど、やっぱり、基本的には悪い奴じゃあないんだろう。
「あんたってさ、昔は軒猿にいたのか?」
イダテン丸は弾かれたように顔を上げ、それから、その場で頭を下げる。
「…………申し訳ございません」
「え、え? おい、いきなり謝られても困るんだけど」
「は、はっ、重ね重ねっ……!」
今日、寝られんのかなー、俺。
「なるほど、そういった組織にいたのに、ヒーローやってるのが申し訳なかったと、そういう事なんだな?」
イダテン丸はようやく頭を上げてくれた。
「…………罪なき者を手に掛けるのはどうかと御大将に進言したのですが」
「それで裏切り者だと言われたのか。だったら、どうしてそんなところに入ったんだよ?」
「他に行く場所がなかったものですから」
悪の組織の戦闘員も、ヒーローも、同じだ。スーツを着て、一般人よりも強い力を振るうんだ。俺も、イダテン丸も、それ以外を選べなかったクズか、グズでしかない。
「そうか」だから、それ以上は聞けなかった。
「あんたを追ってるのは、軒猿の十人衆と三行者らしいな」
「…………その名前をどこから」
あ。
しまった。
爺さんから聞いたのをそのまま話しちまった。一応、こいつだってヒーローなんだし、俺が戦闘員だとバレるのはまずい。
「あいつらが自分で言ってたじゃねえか」
「そうでしたか」そうなんだよ。
「…………青井殿の仰る通り、追っ手は十人衆と三行者です。しかし、十人衆は全滅した故」
全滅? いつの間に?
「気付いておられないのですか? 公園で四人、路地裏で一人、昨夜に一人、そして、屋上で五人仕留めたましたが」
全部で十一人だが、コナユキって野郎はフブキって奴の後釜とか言われてたな。補充ってのも考えられるのか。どこまで湧いてきやがるってんだ。
ん? 公園って、段ボールん時だよな。はあ、あいつらも軒猿の中忍、十人衆だった訳か。
「つーか、あれ? 公園って、え?」
「スーパーでは紙袋を被っておられましたね」
うわ、バレバレじゃん。
「私も忍びの端くれ。三度も見れば分かります」
変装に気を遣わなくちゃいけないな。いや、つーか、あの社長がまともなスーツを渡してくれりゃあ済むんだよ。まあ、俺も今以上に気を付ける必要があるな。
「でも、どうしたら良いんだろうな」
誰を倒せば終わる。いつまで続く。
イダテン丸は助けてと言った。社長はその依頼を受けた。俺は、ヒーローとしてその依頼を完遂しなきゃいけない。軒猿を敵に回してでも? ……誰を敵に回そうが、彼女は言うんだろうな。『分かった』と。自分の正義ってのを守る為に。俺の命がどうなろうが、そいつはしったこっちゃねえってか。
「…………少しずつではありますが、戦力は削ぎ落としています。いつかは……」
いつかは、何だ? 言えよ。
いや、言える筈、ないか。
「三行者ってのは、どんな連中だ? 少しでも情報が欲しいところなんだけどよ」
イダテン丸はゆっくりとだが話し始める。敵を知り、己を知れば百戦危うからず、とか言うけど、彼女の話は殆ど、頭に入ってこなかった。