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手、つないで?



 俺の部屋に俺以外の奴がいる。しかも寝ている。しかも昨日から。しかも、いつまでいるのか分からないときたもんだ。

 あくびをして、そいつを見る。レンは、寝相が良い。布団も乱れていないし、すぅすぅと寝息を立てている。

「んぅ、んっ……」時折、寝言を口にするくらいのもので、そこに関しちゃ困る事はない。

 昨夜はウゴロモチのミミズ戦闘員に追い回されたけど、どうにか家に戻れた。俺が無事目覚められたって事は、奴ら、ヒーローに見つかってボコられたか、一度逃げたか、だろう。ま、必要以上に警戒する必要はなさそうだ。

 問題は、レンである。この野郎、組織に改造受けたバーサーカーだってのに、昨日は全然反撃しなかった。俺との約束を守っていたんだろうけど、その約束は時と場合に応じて破棄してもらわなきゃまずい。……ガキに戦わせるなんて無様な真似を避けりゃあ済む話でもあるけどな。うん、レンが目ぇ覚ましたらちゃんと言っておこう。



「おいしい?」

 俺は無言で頷く。朝食はフレンチトーストとコーヒーという簡単なものだったが、作ってもらったのでそういう事言うのはやめておこう。

「あのな、昨日の事なんだけど」

「ミミズの?」

「じゃなくて、お前の。……手、出さなかったよな? アレってやっぱり……」

 レンは笑った。満足そうに、である。

「うん、お兄さんとの約束。僕、ちゃんと守れてたよね?」

 ううーん、やっぱり、そう、か。そうなるか。

「あー、そーだな。けど、時と場合によるぞ。社長や九重みたいな一般人ならともかく、あいつらは戦闘員で、明らかに俺たちを狙ってた」

「でも、約束……」

「ああいう時は忘れろ」

「良く、分かんない。じゃあさ、僕は誰と遊んでも良いの?」

 まっすぐな目で『誰なら殺して良いってんだアアン』と言われる。安易には答えられない。と言うか、ここで誰なら良いとか、そういうのを言うのは違うような気もする。そりゃあ、駄目なもんは駄目って教えなきゃならねえけど、強制っつーか、それはやだな。

「お前を殴ろうとする奴なら、まあ、良いんじゃないか」

「蹴るのは?」

「……もうちょっと柔軟にだな」

「でも、お兄さんとの約束、破りたくない」

 しゅんとするレン。朝から面倒な話だった。

「そんくらい自分で考えろ」

 俺はテレビに視線を移す。ニュースじゃあ、政治家の汚職だとか、良く分からんのをやっていた。こいつらもスーツ着れば良いのに。そんで命令聞かせりゃ良いのに。そっちのがまだ分かりやすい。

「じゃあ、お兄さんが危ない時は、良い?」

「何が?」

「殴ったり、蹴ったりしても。そ、それなら大丈夫だよね……」

 俺が危ない時か。やばいなーと思ったらまず逃げるけど、そういう状況になったら、十中八九俺は死ぬ。死んだ後までレンの面倒は見られねえから、まあ良いだろう。どうでも。

「とりあえずはな。でも、色々考えとけよ」

「う、うん」女子アナが可愛くなけりゃこんなニュース番組ぜってー見ねえわ。あー良いよなー女子アナ。俺ももっと有名なヒーローになって、すげえやべえ事件解決したらインタビューとかされちゃうんかなあ。やっぱ今の時間はこの子が良い。他の番組の女子アナは歳がいき過ぎてる。早く交替しろ。若いし、おっぱいだし、何より「黒髪だよなあ……」黒髪ってのが良い。大学生ん時は合コン三昧で、野球選手とあんな事やこんな事をしてるんだろうけど、清純っぽいのが良い。

「あ、とりあえず今日は連れてくけどな。社長と九重の言う事はちゃんと聞くんだぞ。あの二人を殴ろうなんて考えるなよ」

「九重って、ぬいぐるみくれた人だよね? 僕、あの人好き」

 じゃあ大丈夫だな。



 社長に呼び出され、カラーズに向かう。ちゃんとした仕事の話ではなさそうだったが、組織の仕事も夜からで、それまでは暇だし、何よりレンと二人きりで部屋にいるのは息が詰まりそうだった。

「青井、ビラ配りよ」

 社長の第一声。えー、つーか仕事かよ。

「何、その不満そうな顔は。カラーズの宣伝なんだから、気を入れなさい」

「ウチの? ……金は、出るのか?」

 いつもの席、窓際にて社長は小さく笑う。

「勿論、五百円出すわ」

「それって時給?」

「日給だったら?」

 どっちにしろ安いわボケ。まあ、暇だからやるけど。それに、社員が増えれば俺も楽が出来る。

「駅前で配るのか?」

「そのつもりだけど?」

 部屋の隅で、レンは九重に相手してもらっていた。何か、床には色んなアニマルのぬいぐるみが並んでいる。

「じゃあ、あいつは留守番な」俺はウゴロモチから『子連れヒーロー』の烙印を押されている。レンを連れて行かなければ、バレないで済むかもしれない。それに、駅前は怖いな。人が多いから、あのガキが何するか分からないし、レンを知ってる奴が通るかもしれない。

「ここに一人で置いていくの?」

「何されるか分からないから、不安なのか?」

「そうじゃなくて、可哀想じゃない。……九重」

 社長に呼ばれて、九重はすぐに立ち上がった。

「今日は車を出さなくても良いわ」

「……えっ? ど、どうして、ですか?」

「駅前だし、たまには歩きたいのよ。それより、頼みたい事があるのだけど」

 あ、まさかこいつ。

「あの子と一緒に留守番を」

「ちょっと待て。流石にそれは……」レンと九重が二人きりになるんだぞ。そりゃやばいだろ。いくら、あいつが約束を守ると言ったって、不安は残る。

「……レン君となら大丈夫です。すごく、良い子だから」

「いや、でもな」

「心配ないわ。……あの子、水族館に会った時とは違うもの」

 違うって、何が。

 俺の視線に気付いた社長は、更に声を小さくする。

「怯えてない。前は、もっと、こう、ね? 青井、あなた懐かれてるのよ」

「はあ? 訳分かんねえぞ。つーか、知らないからな。俺からもあいつに言っとくけど、九重。殺されても文句言うなよ」

「……青井さんは、時々酷い事を言います」

「時々じゃなくて常々よ」

 くそう。レンめ、お前のせいだぞ。



 駅前で安っぽいチラシを配っている間も、俺はレンの事が気になっていた。ちゃんと約束を守っているだろうか。九重に迷惑を掛けていないのだろうか、と。

「青井」

「何だよ」

「親の顔になっているわよ、あなた」

 俺は自分の頬を抓った。これでもか、と。

「誰が親か。良いからチラシを配れ、チラシを」

「私は見張りよ。あなたが怠けたら、その分お金を引かなくちゃいけないもの。具体的に言えば、溜め息一回で百円ほど」

「横暴だ」

「口答えは罰金よ」

 あー、たのしーなー、チクショウが。



 別のヒーロー派遣会社がやってきたので、弱小カラーズはさっさと逃げる。まあ、早朝のそこそこ良い時間に三時間近くやれたんだ。今日はそこそこ受け取ってくれたような気がしたし、新入社員が来る日も近い。俺の後輩かー。使える奴だったら良いなー。

 んな事をぼけっとしながら考えて、社長と一緒に会社に戻る。

「……早かったですね」

 九重と、

「あっ、お帰り!」

 何か良く分からん子供が出迎えてくれた。誰だお前。

 そこはかとなくレンと似ているが、髪の色が違う。奴は金だったが、この子供は黒い。黒レンだ、黒レン。

「金レンはどこに行った?」

「あは、お兄さん何言ってるの?」

 おや、仕草までレンにそっくりである。双子か? まあ、冗談だけど。

「染めたんか、髪」

「え、う、うん……だって、その……」

「ええい不良めっ」

「わああっ、やめてよう!」

 ん? でも金髪から黒髪だしなあ。不良とは言わないのか、こういうの。びっくりするから勝手に染めないで欲しいんだけど、俺は別にレンの親じゃない。どうこう口出しする資格はないだろう。染めたきゃお好きにって感じである。

「しかし、なんでまた……」気になるものはしようがないが。

「……レン君が染めたいって言うから、手伝ってあげたんです。駄目、でしたか?」

「いや、そういうのは俺が口出しする話じゃねえからさ」

 だから、理由を聞きたいんだけど。

 レンをじっと見ていると、彼は俯いた。恥ずかしそうに。恥ずかし、そうに?

「あの、だってお兄さん……」

 早く言えや。

「黒髪が、好きって言ってたから」

「…………は?」

「だから、僕……」

 は、何? え、何? 俺が、黒いのが良いって言ったのか? いつ? ……アレか? そういや、朝にニュース見ながらそんなん言ったような、言ってないような。

「俺が、言ったから?」

「う、うん」馬鹿じゃねえの。

 へらへら笑いやがって。俺に気に入られようとしてたってのか? 改造を受けた分際でよ、俺みたいなクズに好かれてどうしたいってんだ、こいつは。訳が分かんねえ。

「……青井さん。レン君は、あなたが思っているような子とは違います」

「何が違うってんだ? つーか、俺は別になあ」

 俺の話を遮るように、九重は前に出る。俺を、睨みつけているのか、この野郎。

「勘違いしてます。この子は、気に入られようとしているんじゃない。好かれようとしているんじゃない。ただ、嫌われたくないだけなんです」こっちにだけ聞こえるように、小さな声で言う。だけど、弱々しくはない。強い意志を以って紡がれた言葉が、俺の胸に響いている。そんな気がしていた。

「レン君は、青井さんに……」

 殺さなかったからか? 助けてやったからか? 俺が、レンに懐かれているのは、どうしてだ?

 いや、違う。懐かれているんじゃない。レンにはもう、行くところがないんだ。組織を裏切り、それを唆した白いヒーローって奴とも連絡が取れない。俺だけ、ここだけ、なのか。

 病気にも、怪我にもなりにくくなる。だけど、改造を受けたからって、心までは強くなれないんじゃないか。殴られりゃ痛いだろうし、辛い事も、苦しい事もあるに決まってる。そうに違いない。どうして、そんな単純な事に気付かなかったんだろう。

 九重が俺を見る。やめてくれ。自分が、本当に駄目な奴だったんだって、自覚させられちまう。

 ――――へらへらと。

 レンが笑っていたのは、誤魔化そうとしていたから、じゃあないのか? 自分を、他人を。そうして、楽になろうとしていたのか? 社長は、レンが怯えていると言っていた。今なら、彼女の言葉が分かる。レンは、嫌われるのを怖がっていたんだ。めちゃくちゃやりやがったけどな。だから、あー、多分。きっと。

「……クソガキが」

 だから、言えよ。うぜえな。お前は確かに最低最悪だよ。好き放題やりやがって。そのくせ痛い目見るのは嫌だと泣き喚く。救いようがねえ。どうしようもねえ。だけど、ガキだ。こいつに物を教える人間がいなかったんだ。グロシュラの野郎、マジで拾うだけだったんじゃねえか。犬猫じゃねえんだぞ、クソが。野郎がもっとしっかりしてりゃあこんな事にはならなかったんじゃねえか。どいつもこいつもムカついてムカついて……ああ、畜生畜生。どうして俺がこんな気持ちにならなきゃいけねえんだっつーの。

 いつか、レンは必ず痛い目を見る。こいつは必ず裁かれる。だけど、俺は警察でも裁判官でも何でもない。ただの戦闘員で、ただの出来損ない、ポンコツヒーローだ。だから、レンが報いを受けるその日まで、俺はこいつに、少しだけ優しくしてやろう。

「ガキなんだから、もっとそれっぽくしてりゃ良いんだ」

 レンを見て、俺は手を伸ばそうとした。けど、その手をすぐに引っ込める。きっと、こいつはビビって目を瞑ってしまうのだ。殴られると思って。

「青井さん、あのっ」

「帰るぞ、レン」

 すぐに背を向ける。何故だか、恥ずかしかったのだ。俺みたいな奴が、他人に優しくしようなんて。それも、ガキが相手なら尚更である。

「もう帰るの? ふふ、ゆっくりしていけば良いのに」意地悪く言いやがって。



 カラーズを出て、家まで歩く。結局、九重と遊びたいとか言いやがるから、レンと一緒に俺まで残らされていたのだが。社長め、楽しそうに笑いやがって。ありゃ悪魔だな、絶対。

「暗くなってきたな」

「あの、お兄さん」

「何だ?」

「髪、似合うかな?」

 金髪よりか大人しそうに見えて、悪くない。

「レン」

「あは、何?」

「もう二度と俺に気を遣わなくて良い」

 レンは足を止める。

「……僕、何か、した?」

「してない。あんな、俺に対してだけだがな。嫌な事は嫌って言え。ムカついたら死なない程度に殴っても良い。ガキなんだから余計な気ぃ回すな。そんで、俺に好かれようなんて思うな」

「でも、僕……」

 お前には力がある。使いどころを知らないだけなんだ。しっかりやりゃあ、俺よりかマシな人間にはなれる。うん、そうに違いない。つーか、アレだ。改造で得たもんなんかいっそ封印しちまえ。ガキがわざわざクズみたいな真似しなくたって良いんだ。

「それでもお前を見捨てねえから、だから、なんつーか」どう言えば良いんだろう。くそう、何か、色々とすっ飛ばしてるような気がする。結婚もまだなのに、いきなりガキの世話だなんてよう。一人っ子で弟もいなかったんだ。分かるか、んなもん。

「手」

「ん?」

「手、つないで?」

 差し出されたのは、小さな手だった。こんなもんで、人殴ったり、鉈振るったりしてたってのか。

「あいよ。あ、あんまし力入れんなよ」

「うう……」

「そうそう、そうしてりゃフツーのガキに見えるんだからよ」

「うん、ありがと」

 レンはこっちを見ない。一丁前に照れてやがるらしい。

「お兄さんって、優しいのかそうじゃないのか、分かんない」

「分かるようになったら、大人になったって事だな」

「大きくなったら、お兄さんのところで暮らせなくなる?」

 大きくって……どこまでだ。そもそも、レンを匿うのに期限なんてあるのかどうか。裁かれるだのどうだの言ったが、そんなの、いつ来るか分からない。かと言って、俺だって一人でやってくのに精一杯だったんだし、あ、こいつ学校とか行かせなくて良いのか? どうしよう。つーか、未成年略取とかそんなんじゃねえの、俺って。やっぱ爆弾でしかないぞ、こいつ。放り出しちまうか。

「……何だよ?」

 レンがこっちをじっと見ている。心なしか、手に力が入っているような気もする。やめろっつーの。お前が本気出したら、骨折どころじゃ済まねえんだからな。

「捨てちゃやだから」

「分かったから力抜いてくれ」

 こいつが女じゃなくて良かった。とりあえず、機嫌は損ねないようにしよう。でも、甘い顔を見せちゃ駄目だ。ガキってのは、すぐに付け込んでくるからな。うん、そうに違いない。

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