あは、動かなくなっちゃった
『あの怪人には悪いが、グロシュラには裏から手を回しておく。つまり、恩が売れる、貸しを作れるという事だ』
『アオイー、危なくなったら逃げてもいいからなー?』
うーん、やはり、数字付きになっても戦闘員である事に変わりはない。上司やら、良く分からないところの陰謀に巻き込まれるのは仕方がないのだろう。
ワゴンの中は無言だった。俺たち数字付きの内、七名はゴリラ怪人と共に裏切り者が目撃された場所へと向かっている。ゴリラは一番後ろの席で、じっと窓を見つめていた。気色悪い。
「……なあ、おい十三番」
「ん?」
数字付きは仕事中、お互いを番号で呼び合う事となっている。
「なあ、なあ、マジかよ?」
言いたい事は分かる。俺だって、あの場に居合わせなければ言いたい事だって山ほどあったろう。
「ああ、マジだよ。俺たちゃ、野郎の指示に従って、裏切り者をとっ捕まえなきゃなんねえの」
「マージーかー」六番はうな垂れる。俺だって、そうしたかった。と言うかしている。
裏切り者が目撃されたのは、港の倉庫らしい。どうやら、テントなんか張っちゃってそこで過ごしているらしかった。さっさと街から出て行けばいいものを。
港の近くでワゴンは停まり、とりあえず、全員が外に出てゴリラの指示を待つ。
「すまん」
何を言うのかと思えば、ゴリラはいきなり謝りやがった。
「え、あ、何?」
俺たち数字付きは顔を見合わせる。なるほど、ゴリラめ。江戸さんにたっぷり絞られたからか、やけに丸くなって見えるぜ。ちょうど良いや、いろいろと話を聞き出しておこう。冷静に考えりゃ、俺らは裏切り者について何も知らないんだ。
「追い掛けてる奴って、一体、何をやらかしたんですか?」
「どうしても聞きたいのか?」
何も知らないままやれるかよ。
「……裏切り者は、レン、と呼ばれている者だ。グロシュラ様に拾われて、数字付きとして働いていた」
ゴリラは言い難そうだった。裏切り者について喋る事は、自分の上司の恥を曝け出している事なのだと思っているのだろう。
「いずれは怪人になる逸材だった。だが、レンには問題があってな。何と言えば良いのか、ああ、抑えがきかない性格だった」
「分かりやすく言ってもらえませんか?」
十二番が余計な事を言う。やめろ、それ聞いたら多分、やる気なくなるぞ。
「やり過ぎるタチでな。……レンは、自分以外の数字付きを皆殺しにしたんだ」
「はあああああっ!? マジかよ、やべえじゃん!」
「変だと思ったんだよー、急に仕事なんか入るからさー」
江戸さんがいないと、まあ、俺たち数字付きもこんなものである。
…………って、え? ミナゴロシ? 嘘? だって、ちょっとボコられちゃって、てへ。ってくらいの話じゃなかったのかよ。おいおいマジかよふざけんなよ。
「殺す気か!?」
「死ねゴリラっ」とりあえず叫ぶ俺。
「帰るぞっ、やってられっか!」
ゴリラは非難轟々だったが、言い訳せずに、ただ黙って俺たちの声を受け止めていた。
「何故、裏切ったのか、俺には分からん。しかし、奴が仲間に手を掛けたのも事実。どのような理由があったにせよ、処分を下す必要がある」
「一人でやってろ!」
「ヒーローならともかく、どうして同じ怪人に殺されなきゃいけないんだ!」
「死ねゴリラっ」言っとけ言っとけ。
「殺されろ!」
我慢出来なくなったのか、ゴリラは地面をぶん殴る。怪人のスーツを着ているのだから、普通に砕けた。破片が舞い、俺の耳は衝撃音できーんとなった。
「お前らの気持ちも分かる。だから、前に出なくても良い。いや、決して出るな。レンの気を引くな。ただ、見ていてくれれば良い。最初から俺はそのつもりだった」
あ? どういう事だ? だったら俺らなんか呼ばず、最初から一人でやってりゃ良かったじゃねえか。
「何が起こったとしても、お前らは包み隠さずグロシュラ様に報告して欲しい。俺の口からは、もう、報告出来んからな」
「ま、まあ、そういう事だったら、なあ?」
「最初から言っといて欲しいよなあ」
良く分からんが、証人が欲しかったって事なのだろうか。……何だか、やっぱり分かんねえなあ。
危ない目に遭わずに済むと分かれば話も違ってくる。俺たちエスメラルド数字付き部隊は、意気揚々と先を進む。無論、裏切り者が奇襲を仕掛けてくるのは怖かったので、先頭はゴリラが歩いていた。後ろの方を歩いている奴らはびくびくしながら周囲を見回している。
……想像していたのよりもとんでもない事に巻き込まれてしまった。裏切り者はゴリラが仕留めるとか言ってたが、それが出来るんなら前回やってる筈だろう。こっちに火の粉が掛かる可能性は、ゼロじゃない。むしろ百パーセントだろ。俺たちよりも強いであろうゴリラがやられた瞬間、俺たちの全滅は確定するようなもんだ。逃げちまうか、やっぱり。
「止まれ」ゴリラが指図する。うるせえぞ。
が、誰かが息を呑む音が聞こえる。前の方に視線を遣ると、誰かが倒れているのが見えた。薄暗がりだが、見間違える筈はない。
「何か寝てんぞ」
寝てるんじゃない。誰だ? 誰が倒れている。どうして、こんなところで、血を流して倒れているんだ。いや、目ぇ背けるな。倒れてんじゃねえ。こいつはもう、とっくに。
「やばくねえ?」
「これ、ヒーローだよな。何で死んでんの?」
「まさか……」
全員がゴリラを睨む。責任転嫁しなきゃやってらんないのだ。
ゴリラはヒーローの死体を調べているようだった。……若い男だな。良く見えないが、イニシャルが胸に入ってるようなスーツを着てる。青、一色だ。マントをしていたようだが、びりびりに破かれている。
「見た事ねえ奴だな」
「うーん?」
「そこまでだっ!」
あ?
「うっ、上だ! 上にいるぞ!」
倉庫の屋根の上、そっちに目を向けると、人影が二つ見えた。こっ、こいつらが裏切り者なのか?
とりゃあ、だの、うりゃあ、だのという叫び声を放った後、影が地面に舞い降りる。この身のこなし、間違いなくスーツを着ている。そして、裏切り者ではなさそうだ。組織から逃げてるような奴が、わざわざ突っ掛かってはこないだろう。タイミング悪く、この場に出くわしたヒーローだな、こいつらは。数字付きはゴリラを守るようにして配置についた。悲しい習性である。同時、誇らしいとも思えた。口ではどうのこうの言っときながら、やる時ゃやるのだ。
降り立った影は二つ。どちらも似たようなスーツを着ていた。青、一色の。そんで赤いマント。シンプルなヒーローである。マスクも、顔の上半分が隠れるようなタイプのものだ。……死んでたヒーローの仲間か?
「お前たちが弟を殺したのか!?」
ゴリラが指を差される。差してんのは、スーツの胸元に大きく『M』と書かれたヒーローである。隣の奴は『L』だった。
「よくもやってくれたなっ、我らは夜釣りを楽しもうと思っていただけなのに!」
「貴様ら悪党どもはっ、いつもそうだ!」
「厄介だな」ゴリラは腕を組み、ヒーローたちを見据える。
確かに厄介だ。俺たちは裏切り者を追っている。だが、どうやらこのヒーローどもは俺たちを狙っている。こいつらの対処に時間を掛ければ、裏切り者はどこかへ行ってしまうかもしれない。
「十三番」
「おう」声を掛けられたが、そっちには目を向けない。MマンとLマンを睨んだまま、同僚に答える。
「二手に分かれよう。ヒーローを足止めすんのと、裏切り者を探すのに分かれるんだ」
それが良い。うん、それが良いってのには気付いている。しかし、誰が、どっちの相手をするんだ?
「俺はこいつらを止めるっ」何?
「お前らはゴリさんと一緒に裏切り者を」ちょい待て。
「恐ろしい裏切り者は任せたぞっ」本音漏れてんぞコラ!
俺だって裏切り者よりはこっちのが良いっつーの! ふざけんなよ畜生!
「早く行けって!」 ふざけんなって!
だが、ゴリラは俺の腕を取って走り始める。
「ちょちょちょちょ俺一人だけ!?」
「俺の戦いを見ているだけなら一人でも良いだろう。任せたぞお前らっ」
おお! と、俺以外の数字付きは威勢の良い声を発した。嬉しそうに送り出しやがってよォ!
「さっきのヒーローだが、アレは、レンがやったものだろう」
ええええ!? また一人やっちゃってんの!? 何だよもう殺人凶じゃねえかそいつ、やばいだろ絶対。俺死んじゃうじゃねえか。
倉庫の林を抜けると、海が見えた。夜の海は真っ暗で、魂が持っていかれそうだった。おかしいな、前にも仕事で来たってのに、どうして、今日は、こんなに……?
「アレか」ゴリラは何かを見つけたらしい。彼が見ている方に視線を遣ると、小さなテントが一つ。そんで、何だありゃ? 焚き火の跡? キャンプでもやってんのかアレ。
不思議に思っていると、ゴリラはいきなり、地面を殴りつけた。は、破片! 破片! 俺は両腕で顔面をカバーする。つーか、マジで何すんだコラ!
「下がれ」
「あ?」
俺が尋ねるよりも先に、
「あはははははははははっ、おはようございます! ひっさしぶりだねお兄ちゃん!」
哄笑が響き渡る。それだけで全てを理解した。テントん中から這い出てきたのは、小さな男? いや、っつーか、ただのガキだった。まさか、こいつが組織の裏切り者なのか?
「……こいつが、レン?」
「ああ」マジかよ。
「何、そっちのは?」
ちっちぇなあ、まだ小学生だろ。アシンメトリーとでも言うのだろうか、レンの右目は伸ばした金髪(染めたにしてはあまりにも綺麗だった)で隠れている。俺は残った方の目で睨まれた。が、あんまり怖くない。タンクトップと短パンから出ている四肢も、未発達である。本当に、こんなガキが数字付きを殺したのか。と言うか、こいつ自身が数字付きだったのか?
「十三番……いや、青井とか言ったか。すまんが、後は任せる」
「はっ? お、おいあんた!」
ゴリラは姿勢を低くして地を蹴った。その時の衝撃で、地面が砕ける。……本気じゃねえか。本気で、あんなガキと戦うつもりなのかよ。俺にはまだ分からない。何も信じられない。
「ようこそお兄ちゃん! 僕がちゃんと壊してあげるからっ」
ガキはテントを蹴り上げる。中からは、そいつの得物らしきもんが見えた。
それは、刃物である。遠目なのではっきりとしないが、片手持ちで、刀身は厚い。刃渡りは五十センチといったところだろう。ナイフっつーか、ありゃ……鉈か? えげつねえもん持ってやがる。
「おおおおおおおおおおおっ!」
「あはははっ、怒ってる怒ってる!」
ガキが鉈を振り回す。ゴリラは、意外にもクレバーだった。ガードを上げて、相手の隙を見つけて拳を繰り出している。思っていたよりも、強い怪人だったんだな、あいつ。
だけど、ゴリラの攻撃は当たらない。あのガキ、確かに数字付きだ。いや、つーか、並の怪人よりも強い。まず、素早い。ゴリラのパンチは決して遅くない。巨体から放たれる攻撃にしては、実に的確だ。けど、避けられる。
「こっちこっちぃ」
何よりも、ガキはまだ攻撃をしていないのだ。ただ、ゴリラの攻撃を避け続けている。まるで戦いを楽しんでいるようだった。月光を浴び、鈍く煌めく鉈。アレで、さっきのヒーローも、組織の仲間も殺したってのか。
「レンっ、グロシュラ様に拾われた恩を忘れたか!?」
「うるさいなあ。ほら、そんなんじゃ僕には勝てないよー」
ガキはゴリラから距離を取り、鉈をくるくると回して弄ぶ。
「分かってるんじゃないの、お兄ちゃんも」
ゴリラは善戦しているように見える。だけど、疲労しているのはゴリラだけだ。ガキの方は息一つ乱しちゃいない。ああ、そして楽しそうに笑うんだ。笑って、笑って、一頻り笑ってから、野郎は――――。
「あは、動かなくなっちゃった」
何度も、何度も、何度も。
「僕を壊すって言ってくれたのにぃ」
ゴリラはもう動かない。鉈で胸を割られて、倒れて、それでも尚、ガキに、攻撃を……。
馬乗りになったガキはくすくすと笑う。血を浴びた横顔は、子供とは思えなかった。アレが、本性なのか。いや、そもそも、最初から隠してなどいなかった。
きっと、ゴリラは分かっていたのだろう、自分の最期を。この結末を予想し、覚悟していたに違いない。だからこそ、これ以上迷惑を掛けたくなくて、グロシュラには頼まず、無関係の俺たちに頭を下げたのだ。
俺は動けない。逃げたくても、少しでも気取られれば、次は、俺が、ああなる。死ぬ。殺される。怪人ですらああなるのだから、戦闘員程度のスーツしか着ていない俺なら、あああああああ、俺なら。
「……ね、そっちのお兄さんはどうする?」
声が出なかった。じっと見つめられ、微笑まれて、俺は、立ち尽くすしか出来ない。
ここで、死ぬのか?
嘘だろ。俺は、六年も戦闘員やってきたんだ。出世だってしたし、ヒーローの派遣会社にだって……だから、やめろ。頼むから、殺さないでくれ。
「ふーん」ガキ、いや、レンはゴリラから退くと、鉈を握り締めたままこっちに向かってくる。動けないままで、俺は彼の動きを見ていた。
「弱そ。あは、助けてあげるよ。じゃね」
レンは、ゆっくりと歩き去っていく。もう、振り返る事はなかった。組織ではどんな関係だったか知らない。けど、兄と呼んだゴリラを殺したのに、もう、完全に興味を失っている。おもちゃを壊してしまったかのような気軽さで。
「……そうか。後の事はグロシュラがやるだろう。ご苦労だった、君たち。今日はもうゆっくり休みたまえ。ああ、いや、明日は休みにしよう。エスメラルド様も気にしておられたしな」
ヒーローを足止めしていた数字付きは全員無事だった。ただ、あのヒーロー二人は、ゴリラを殺した後のレンに殺されてしまったらしい。俺たちは、本当に見ている事しか出来なかった。生きているのも、不思議なくらいだ。実感出来なくて、足元が定まらず、妙にふわふわとしている。こんな経験、今までになかった。
どうしてだろう。
今までにだって、やばいと思った事はあった。ヒーローに追い詰められた事もある。だけど、あの、レンって奴は違う。あいつは、ヒーローじゃない。俺たちにとって分かりやすい敵じゃあない。むしろ、味方の筈である。そんな奴に、どうして殺されそうにならなきゃいけないんだ? ゴリラは、どうして殺されちまったんだ。……理由なんかない。レンは、あのガキは、自分の楽しみだけでゴリラを殺したんだ。いや、殺したなんて風に捉えちゃいないんだ。
――――おもちゃを、壊した。
それくらいにしか、捉えていないんだろう。
「青井君? どうした、まさか、怪我でもしているのか?」
「いえ、大丈夫です。問題、ありません」
俺は偉くなった。ただの下っ端から、四天王の数字付きになれた。だけど、その分、余計なものまで背負っちまうんじゃないのか? 俺は、それが嫌だった。