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あああああ……折角作ったのに……



 カラーズでのお仕事は久しぶりだった。

「お願いしまーす!」

 ヒーロー派遣会社、カラーズ。俺はそこの派遣社員である。その一方で、悪の組織の戦闘員としても働いている。ちなみに、そっちではこないだ出世した。しかも肉まで食えた。上司である江戸さんには悪いとも思いつつ。でも美味かった。美味かったなあ。

「お願いしまーす!」

 そう、今、俺はヒーロー派遣会社での仕事をしている。俺は笑顔でティッシュを配っていた。早朝の駅前、道行くサラリーマンや学生にまで邪険に扱われる。この野郎、ぶん殴るぞ。

「そうそう、もっと声を張りなさい。……ふあ、ねむ」

 隣であくびをしているのは(仕事中なんだから、せめてあくびくらい我慢しろや)、カラーズの社長、白鳥澪子である。

 そう、今日のお仕事はティッシュ配りだ。しかも、良く分からんパチンコ屋の。……カラーズどころか、全然ヒーロー関係ねえし。

「お前さ、前に、俺には地味で地道な真似させないとか言ってなかったか?」

「お仕事なら話は別よ」言い切る社長。

 零細企業には仕事が来るだけ有り難いのであった。

「ヒーローの募集だって、ちゃんとやっているわよ。焦らないで、草の根活動に精を出しなさい」

 まあ、急に仕事が来たって応えられるものでもない。ヒーローは俺一人だし、そもそもスーツがないのでヒーローですらない。そんな状態で『怪人を倒してくれ』なんて言われても苦笑いを浮かべるのが関の山だろう。

「しかし、パチンコ屋の宣伝じゃあなあ」

「あら、気付いてないの?」

 社長は小さく微笑む。悪い事を企んでいるような、そんな顔だった。俺は訳も分からずにティッシュを配る。ふと、段ボールの傍にしゃがみ込んでいた九重と目が合った。あいつはさっきからそうしてサボってやがるのだ。いや、まあ、九重の仕事は運転する事で、こういうのは俺の役目だけど。

「あいつ、何をやってんだ?」

「仕込みよ」鈍いなあとでも言いたげに、社長は俺を見る。

「五個に一個のペースでやってるから、効果の程は分からないけれど」

 ……んん? まあ、気にせずにティッシュを配ろう。と、段ボールからティッシュを掴み上げたところで、異変に気付いた。広告が、違うものになっている。色鮮やかなパチンコ屋のそれではない。真っ白で、色気も味気もない広告に摩り替わっていたのだ。つーか、これウチのじゃん。摩り替わっていたっつーか、摩り替えてんだ! さっきから九重が何かごそごそやっていると思っていたらこれだよ。こんな事やってやがったんだ。

「お、おい、こんなのバレたら……」

「バレなければ良いのよ。幸いな事に、ここには見張りらしき関係者もいないわ」

「ヒーロー派遣会社のやる事かよ」

「ガタガタ言わないで配りなさい」

 こっ、こいつ……! 悪の組織の戦闘員の、俺よりも汚い真似しやがる。

「……駄目ね。別の派遣会社が来てしまったわ」

 む、しかも、あっちは大人数で、子供受けを狙ってか風船まで用意している。ヒーローっぽいコスプレをしてる可愛い姉ちゃんまでいるし。もしかしたら本物かもしれない。……どうせ働くなら俺もあっちが良かった。

「移動するわ。難癖つけられるのも嫌だし」

「良いのか?」

 社長の性格から言って、俺にいちゃもんつけさせるくらいの暴挙に出ると思っていたが。

「新参は同業者から目をつけられないようにしないと」

 ふーん、そういうもんか。まあ、ヒーローが手を組むって話もあんまし聞かないし。獲物を奪い合ったり小競り合いするのが大好きだからな、奴ら。そういうところ、悪の組織の方がまだやりやすい。時と場合によりゃあ普通に助け合ったりもするし。



 午後、一時を回った辺りか。ティッシュの八割程度を配り、営業所に戻ってギャラを受け取った俺たちは、今は帰路に就いている。タクシーの助手席で俺はあくびを噛み殺した。

「七、三で良いわね?」

「何が?」

「取り分よ」

「ざけんな。分けるほどの金でもなかったじゃねえか。つーか、お前らは勝手にやってただけだろ。さっきのは俺に受けさせた仕事だったんじゃねえのかよ」

 行く先々でちょろちょろと動き回りやがって。幾ら暇だとは言え、こう、保護者気取りされるってのも嫌な感じだ。一人で出来るっつーの。

「なら全部もらっちゃうわね」

「話聞いてる? ねえ話聞いてる? ……ここのえー、お前からも何とか言ってやってくれよ」

 しかし運転中の九重は聞く耳を持ってくれなかった。

「お前さ、そういう態度ばっかり取ってると色々と逃げちまうぞ」社員とか幸運とか。

「逃げたら追い掛けるまでよ。前にも言わなかった?」

 本当、ムカつく女だ。

「表情に出ているわよ。……あら、九重、止めなさい」

 社長は言うが、九重は話を聞いていない。仕方がないので、俺は彼の肩を揺さぶってやった。交通量も少なく、対向車も来ていなかったので大丈夫だろうと判断したのである。九重はブレーキを踏み、車を路肩に寄せて、恨めしそうに俺を睨んだ。

「社長が止めろってさ」

「……何か?」

 社長は指を差す。その先には、小さな公園があった。滑り台やブランコ、砂場やシーソーが見える。だが、彼女は公園に用があった訳ではない。そこにいる奴らに用があるらしい。

 公園には、戦闘員が四人ばかりいた。どこの組織か知らないが、ドクロのお面を被った、忍者みたいな連中である。あれは、忍び装束とでも呼ぶのだろうか。

「黒い忍者だ」九重が端的に述べる。

「アレ、何かしらね」

 忍者四人の真ん中に、と言うよりも囲まれている者がいた。そいつも、似たような忍び装束を着ている。色は、他の奴らとは違って青いが、恐らくは、アレもスーツだろうな。で、赤い布切れみたいなのを口元に巻きつけている。黒髪は短くて、所々がはねている。

「楽しそうな話をしている訳ではなさそうね」同感だ。青い忍者は、じりじりと間を詰められている。公園で遊んでいたであろうガキや、その母親は危険を感じてとっくに逃げ出していた。しかし、気になるのか、安全そうなところで忍者たちを見つめている。野次馬め。まあ、俺たちも同じなんだけど。

 うーん、良く分からないが、何だろう。ヒーローと怪人の戦闘五秒前って感じだろうか。触らぬものには祟りなし。やられそうになっているヒーローにゃあ悪いが、助ける義理はどこにもないな。

「九重、行こうぜ」

 九重は頷き掛けるが、社長が待ったを掛ける。死ぬほど嫌な予感がした。彼女は可愛らしい顔には似合わず、口の端をつり上げて、こっちを見る。俺を、見るのだ。

「チャンスね。ギャラリーもいるし、あなたの存在を知られるにはちょうど良い状況じゃない」

 ほら来た。とりあえず言わせてもらおう。ふざけんな、と。

「どうやってだよ? いや、分かってる。行けってんだろ? スーツもなしに、徒手空拳でやれってんだ、あんたは」

「ふふ、こんな事もあろうかと、用意しているものがあるの。九重」

 九重は頷くだけで、何も言わずに車を降りる。

「……今度は何だ? 牛か? 豚か? 何のマスクだ?」

「マスクじゃないわ。……ヒーローにも様々な種類があるのよ」

 はあ?

「私が最近おもしろ――目を付けたのは、メタルなヒーローよ。金属質のボディを纏った、鋼の正義。たとえ体が血の通った肉でなくても、悪を憎む心に違いはないわ」

 金属だと? そんなもん用意出来る筈が……いや、しかし、もしかしたら。メタル、か。うん、それなら通常のスーツでなくても、あるいはもうただの鉄板でも良い。少なくとも、今までの馬マンだのオセロット君よりもマシだろう。問題は、機動力だ。こいつらの事だから、マジでただの鉄の塊を用意してるって可能性もある。まあ、盾程度には使えるだろう。

「メタルなんだな?」

「メタルよ」

「分厚いのか?」

「いえ、薄いわ。とても着やすいと思うわよ」

 メタルなのに薄い? カラーズってのはそんな、高度な技術力を持っていたのか?

 いぶかしんでいると、九重が段ボールを持って戻ってくる。ブツは、そこに入っているらしい。

「さあ、装着よ」

 段ボールを手渡される。が、やけに軽かった。見ると、箱には何も入っていない。

「…………アレか? 馬鹿には見えない裸の王様スーツなのか、これは?」

「スーツなら、それよ」と、社長は段ボールを指差した。

「だから、どこにも」

 もう、俺は気付いてしまった。しかし、一縷の望みを信じて口を開く。

「サイズはぴったりだと思うのだけど」

 何故か、段ボールはメタリックなカラーで塗装されていた。おまけに、何だかマジックで模様が書き加えられている。俺が死にそうな顔をしていると、九重はまた別の段ボールを差し出してきた。これは、何だ? 形状からして、こう、腕にはめるのか? この段ボールを、腕にはめて、どうしろと言うんだ? なあ、誰か答えてくれよ。誰か教えてくれよ。誰でも良いから助けてくれよ。

「さあ行くのよ、段ボールファイトマシン!」

「せめて段ボールって言うなよおおおおおおおお!」

 殺す気だ! こいつは俺を殺そうとしている!

「何だよ!? ナンナンダヨこれ!? 小学校の学芸会じゃねえんだぞ! いや、そっちのがもっとマシなもん作るだろうよ! お前、お前っ、これ、えっ、マジなのか?」

「……ご、ごめんなさい」ああ? どうして九重が謝るんだよ。頭ぁ下げなきゃならんのは、そこのアマだろうが。

「提案したのは私だけれど、作ったのは九重よ。あなた、その苦労を水泡に帰すつもりなの?」

「知るかっ! お前も、こんな事させられてんじゃねえよ!」

 ひっ、と、短く叫び、九重は両腕で自分の顔面をブロックする。俺よりでかいくせに、俺より気が小さいのな、こいつは。

「あーあー、九重、あんなに頑張って作ってたのになあ」

「おい、やめろよ。よせよ、そういう言い方。おかしいだろ、なあ、おかしいだろ?」

 あの戦闘員、刀持ってんだぞ? 段ボールじゃ普通に切られるだろ。俺ごと切られちゃうだろ。

「……ごっ、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

「なーかしたー、なーかしたー」

「荒い煽りすんじゃねえよ!」

 肩書きは社長でも、中身はガキじゃねえか。

 そうしている内に、公園では戦闘が始まっている。青い忍者は、黒い忍者の攻撃を必死に避けているようだった。数では劣っているが、青い忍者の動きは、誰よりも速くて、戦闘員程度では追いつけない。……なら逃げろよ。さっさと、この場から立ち去ってくれよ。こんなところで見せ付けるようにしてやがるから! ウチの社長がいらん事を思いついたんじゃねえか! 全部っ、てめえのせいだぞ!?

「もう、何とかならないのかしら」

 社長はつまらなさそうに言う。

 何とか、だと? いや、無理だろ。この段ボールじゃ焼け石に水どころか、ふざけた格好しやがってと火に油を注いでしまうかもしれない。あの黒忍者ども、他のところの戦闘員よりも相当に良い動きをしている。江戸さんとこの数字付きよりも、だ。つまり、俺よりも。スーツを着ていたって、あのスピードにはついていけないだろう。かなり、厳しい。

「出て行ったところで、邪魔にしかならねえよ」

「そう。折角、スプレーとかいっぱい使ったのに。正直、馬のマスクよりも費用が掛かっているのよ?」

「そんなところに金掛けてどうすんだよ。もっと有意義に使えっつーの。良いか、遊びじゃねえんだぞ。それを、お前……こんな、こんな……」

 言葉が出てこなかった。呆れるのを通り越して怒るのを通り越して何だかもう逆にどうでも良い気分である。

「ひっ、あ、あの……」

 目が合うと、九重はしゅんとうな垂れた。俺が何をしたと言うんだ。でも、何だこの罪悪感は。

「……社長」

「何よ」

「あんたの目的ってのは、とりあえずカラーズの名前を売るってところにあるんだろ?」

 社長は頷かない。その通りよ、と、目だけで言っている。

「極論、戦わなくても良い訳だ」少なくとも、今は。

「あなた、何をするつもりなの?」

「やれって言ったのはそっちだろう」

 俺は、この、情けない段ボールで作られたパーツを腕にはめ、足首にはめていく。

「俺は戦わないぞ。ちょっと宣伝しに行くだけだ」

「えー?」

「不満そう!? 何でだよっ、許してくれよ!」

 段ボールのパーツは、後一つ。頭部、俺の正体をバレないようにする為の、マスクとなる部分だけだった。

「仕方ないわね。でも、私が良いと言うまでは戻ってきちゃ駄目よ」

「まあ、良いだろう。けど、やばいと思ったらすぐ戻ってくるからな」

 お互いの意見は一切無視する。

「ど、どうぞ」うむ。俺は九重から最後のパーツを受け取った。

 って、雑い! 段ボールを四角くしただけじゃねえかコレ! あっ、顔が書いてある。けど、穴も何も開いてねえぞ。視界がない。

「おい、先の尖ったもんくれ。穴開けるぞ」

「えっ、ど、どうして?」

「これじゃあ目ぇ見えねえだろうが」

「目、目ならあるよ?」

 九重はマジックで書かれた目を指差す。ちょっと誇らしげだった。ムカついたのででこぴんしてやる。

「心眼でも開けってのか。お、ボールペンあんじゃん、借りっぞ」躊躇せず、目の部分と口の部分を一気にぶち抜く。不恰好だが、それは元々だ。ひとまず、これでどうにかなるだろう。

「あああああ……折角作ったのに……」

「こいつは不良品だったが、今、俺の手で完成した。しかしこれ、マジでサイズ完璧だな。いつの間に計ったんだ?」

「それはちょっと、ここでは言えないわね」

 なんで!? どして!? 言えよ、言ってくれよ! 俺に何を仕掛けたんだよお前!

「ちっ、クソ女め。ともかく行ってくる」

「ええ、段ボールファイトマシンの初陣ね」

 そしてこれが段ボールファイトマシンの最後の戦いになるだろう。ミラーで自分の姿を確認すると、段ボールが動いているのが見えた。コレが今の俺だった。泣いてしまいそうだった。あ、いかん、水気は駄目だ。ふやける。

「あ、ドアが開かない」

「もうっ、九重、開けてあげなさい」

 情けない。

「あっ、なんか出てきたぞ!」

「うわあダンボールだ! ダンボールだ!」

 タクシーから降りた瞬間、ガキどもに指を差される。

「あいつもカイジンだ! やっつけようぜ、すげえヨワソーだ!」

「おらっ、くらえくらえ!」

 水鉄砲を構えるガキども。

「うおおおおお!? ふざけんな水掛けんじゃねえよ!」

 濡れてふやけて破れちまうだろうが!

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