本当に現実を生きていないのは?~ラウラの婚約裏事情~
※「本当に現実を生きていないのは?」のラウラ編です。主人公が周りからどう見られて居たのか、ヒロインの処遇はどうなったのかについての補足する話ですので、先に前作をご覧頂けると幸いです。
ある日、お父様に呼び出されました。
そこには、お父様とお母様、そしてお姉様と何故かクラウディオ殿下がいらっしゃいました。
「君に頼みがあるんだ」
そして何故か婚約者であるお姉様にではなく、私にクラウディオ殿下がそうおっしゃられました。
お父様達を見ても、事前に話は通っていたのか反応はありません。
「何でしょうか」
「婚約して欲しい人が居るんだ」
「……婚約、ですか?」
私は貴族です。
貴族の令嬢は当主であるお父様が縁談を整えるのが普通です。
勿論、更に上のクラウディオ殿下が話を持ってきたのなら断れることではないでしょうが、どうして私に頼む形で婚約を持ちかけてくるのでしょうか。
何より我が家の将来が不安定な状態の為、私の婚約者の席はわざと空けられた状態でおりました。
大きな声では言えませんが、お兄様の当主適性疑惑があったことと王子妃予定のはずのお姉様とクラウディオ殿下の仲があまりよろしくなかった為です。
最近はお姉様とクラウディオ殿下の仲は改善されたようですが、クラウディオ殿下からのお願いでも埋めてしまって良いのでしょうか。
「彼は色々と複雑でね、君くらいにしか任せられないと判断した」
「ラウラ。貴方に任せる形になってごめんなさい。でも、私は悪い人ではないと思うの」
「陛下も危険ではないだろうとおっしゃられたし、私もそう思う。後はお前次第だ」
殿下、お姉様、お父様と次々に言われ、良く分からないけれど不穏な空気が漂っていることだけは理解しました。
しかし、取り敢えず話を聞かないことには返答も出来ません。
「その方のお名前は何でしょうか」
「トゥリオ・ニッツォーロだ」
トゥリオ・ニッツォーロ。
聞き覚えのない方です。
ニッツォーロという家自体は知っています。確か伯爵家だったはずです。
しかし、トゥリオというお名前には覚えがございません。
だけど、この空気を見るにそれなりの方、なのですよね?
「申し訳ございません。どのような方なのでしょうか」
「トゥリオはニッツォーロ伯爵家の三男だ。知らなくても無理はない」
伯爵家の三男を私の婚約者に?
益々意味が分かりません。
「彼は……簡潔に言ってしまえば私達の恩人なのだ」
「恩人、ですか」
やはり意味が分かりません。
恩人だからと言って、公爵家を継ぐことになるかもしれない立場にさせるのはどう考えてもお父様からしたら反対する縁談のはず。
けれど、誰も彼に相応の立場を与えること自体には反対していない様子なのです。
「簡単に言うとね、私とクラウディオ様の仲を取り持って下さった方なの」
「それは……素晴らしい方ですね」
でいいんでしょうか。
いえ、そういう話ではないはずです。
「ただ、そのやり方が問題だったんだ」
「やり方、ですか?」
「ああ。私はその……はっきり言うと最低の王子だった。シルヴィアの婚約者としても最低だった」
「クラウディオ様……」
「良いんだ、本当のことだからな。君が許してくれて、やり直す機会をくれたことを本当に幸運だったと思っている。自分の婚約者がこんな懐の大きな素敵なご令嬢であったことにも気付かずに自分本位で物事を見過ぎていた。本来なら私は見捨てられて当然だった」
何でしょう。
少し前のクラウディオ殿下では考えられないことを言っておられます。
本当に人が変わったようで、何があったのでしょうか。
「私がそんな最低最悪な王子であると気づかせてくれたのが、トゥリオなんだ」
なるほど。
とても優秀な方なのですね、そのトゥリオ様という方は。
クラウディオ殿下をここまで変えることが出来るのですから。
……いえ、先程やり方が問題だったとおっしゃっておりましたね。
何が問題なのでしょうか。
結果から見れば素晴らしいことをなさっていると思いますが。
「トゥリオは決して私達の前に姿を現さなかった。自らの功績を誇ることもなかった。ただ誰にも見つからないようにこっそりと私達が自分達で気付くように、自分達で変われるようにと現実を見せ、考えを正すよう誘導してくれただけだったんだ」
「とても素晴らしいですね」
確かに少し前までのクラウディオ殿下が人に諭されたくらいで考えを変えるとは思えません。それくらいならばあのようなことになっていなかったはずです。
けれど、自ら気付くよう誘導することでクラウディオ殿下も素直に考えを改めることが出来たのでしょう。
それに功績を誇ることもなかったということは、クラウディオ殿下の目に留まることが目的でもない。純粋な親切心でなさったということ。
そのような方と婚約できるなど、むしろ私は幸運ではないでしょうか。
「問題は、未来に何が起こるのか把握しているかのように、事前に皆がどのような言動をするのか知っているかのように、殿下方に指示が送られていたことだ」
「ああ。何日の何時にどこに隠れているように。こんな感じの手紙が何通も送られてきてな、私はその通りに隠れたわけだ。そこで私は人々の本当の姿を見たり、本音を聞いたりした。面と向かっては決して見ることが出来ない周りの言動を盗み見ることで、私が本当はどう思われているのかを知ることが出来たんだ。
だが、冷静に考えればそれはおかしいだろう? どうしてそこで俺のことを噂すると分かる? どうしてそこでシルヴィアが本音を漏らすことが分かる? どうしてそこでその人が本当の姿を見せることが分かる?
全て、事前にそれが起こることを知っていないと指示出来ないことのはずなんだ」
確かにおかしいです。
それにもし未来が見通せるような力を持っていらっしゃるなら、私などではなく王家が囲うはずです。
「少し前からトゥリオを俺の秘書として登用した。トゥリオがどんな奴か実際に接してみることにしたんだ。
結果として彼はごく普通の貴族令息だと分かった。但し、底なしにお人好しで、色々と甘い、ちょっと抜けた奴だがな」
ええっと……つまり、人としては素晴らしい殿方ということでしょうか。
貴族としては不安が勝りますが。
「分かったか? だからお前が適任だという結論になったんだ」
なるほど。私を補佐にすればどうにかなるだろうということですね。
「王家に直接組み込むには危険だけれど、万が一の時に制御できない位置も困るということでしょうか」
「まあ、言ってしまえばそうだな。だから勿論、君に拒否権はある。正直爆弾のようなものなんだ。だが、上手く使えば有用な力だ。正確にはトゥリオの力が何かは分かっていないが。例え何の力もなくともそこそこに優秀だし、居ても困らない。恩もあるしな」
「公爵家自体はお前が居れば十分だろう。むしろ余計なことをする奴の方が困る。だから人が良さそうで何か余計なことをしでかさず裏切ることもなさそうな彼は悪くない選択肢だ。勿論、演技である可能性も考えていないわけではないが、その場合はむしろ天晴れだと言いたいな」
「お父様……」
事情は分かりました。
後は私の判断だけということですね。
「一つお聞きしてもよろしいですか?」
「ああ、幾らでも構わないよ。答えられることなら全て答えよう」
「ありがとうございます。では、トゥリオ様がクラウディオ殿下の秘書として召し上げられたと聞いた際の反応はどのようなものだったのでしょうか」
正確に言えば本当に見つかるつもりはなく動いていたのか、出世欲はなかったのか、です。
「ふふ。ああ、あの時だな。あの時は私が呼び出した段階でかなり及び腰で逃げたそうにしていたな。秘書にと告げた後はしばらく固まっていたよ。今でも時々遠い目をしているな」
「演技だったらむしろ天晴れだと言いたいと言っただろう。誰の目から見てもただの出世欲も何もなかった小心者にしか見えない奴さ。そうでなければお前にまで話は降りてこない」
「そうですか……」
ならばもう、私が見ても仕方ないですね。
お兄様のこともそろそろどうにかなさりたいでしょうし、皆様が薦めて下さる縁です。
ここは一つ勝負に出ましょう。
「では、その縁談、お受けいたします」
それからすぐに話は纏まり、トゥリオ様とお会いする日となりました。
「ラウラ、女の勘でも良いわ。何か感じたら、きちんと話して頂戴ね」
あの話し合いで最後まで口を開くことがなかったお母様がそう言って下さいました。
お母様は反対なさっていたのでしょうか。
少し不安に思いましたが、今更撤回は出来ません。
「お初にお目に掛かります。トゥリオ・ニッツォーロです。どうぞよろしくお願い致します」
ああ、なるほど。
確かにどこからどう見ても「公爵家の次女に婿入りするなんて無理! でも断れない!」と言う感じですね。
取り繕おうとはしていらっしゃるけれど、本音が滲み出てしまっているこの感じ。とても演技には見えません。
これは皆様からの評価も頷けるというものです。
とても良い人に見えるからか、お母様も大歓迎をなさっておりました。
本音かは分かりかねますが。
そうして、2人きりで庭を散歩することになりました。
トゥリオ様は私に対してとても紳士的に対応なされようとされておりましたが、時折遠い目をしていらっしゃるのを見て、益々これが本当の姿ではないかと思わされました。
もし本当に只の良い人であった場合は本当に良い縁談ですが、これが実は演技でしたら……私の手には負えないでしょう。
トゥリオ様と婚約してから、私はお姉様と共に過ごすことが増えました。
トゥリオ様がクラウディオ殿下の側近頭であられるからです。
必然的ですが、以前の世間知らずなクラウディオ殿下ではなくなっておりますし、嫌な空間では決してありません。
こんな日々が続けば良いと思うくらい穏やかな日々でした。
ですが、それがある日突然崩れました。
トゥリオ様がお姉様を庇って、代わりに刺されたのです。
私はただ見ていることしか出来ませんでした。
お人好しで、小心者で、どこか抜けた甘い人。私達が支えていかなければ、貴族社会で生き残ることは出来ないと思っていました。
だけどあの瞬間、動いたのは、動けたのは、トゥリオ様だけでした。
私達はトゥリオ様が倒れて初めて動くことが出来たのです。
何が居ても困らないですか。
何が余計なことをしでかさないですか。
何が補佐するですか!
何も出来ないのは……私達の方ではないですか。
トゥリオ様がどんな力を持っていらっしゃるのかは知りません。
力なんてないのかもしれません。
ただ一つ分かっているのは、この方は他人の為に動くことが出来る人だということ。
クラウディオ殿下方の時も出世したくないのなら、上の目に留まりたくないのなら何もしなければ良かったのです。
今回だって、護衛ではないトゥリオ様がわざわざ動いて、お姉様の代わりに刺される必要はなかったはずです。
でも、トゥリオ様は動きました。
偉そうなことを言うだけ言って何もしない私達と違って、トゥリオ様は必要な時にきちんと動くことが出来ます。出来ていらっしゃいます。
トゥリオ様の本当に凄いところはそのようなところではないでしょうか。
私はトゥリオ様をきちんと見ていませんでした。
ずっとどこか色眼鏡で見てしまっておりました。
いいえ、心のどこかで見下していたのでしょう。
トゥリオ様がどのような力を持たれていようと構いません。
これがトゥリオ様の演技でも構いません。
私は……トゥリオ様の婚約者です。将来の伴侶です。
これからはきちんとトゥリオ様と向き合い、トゥリオ様と支えあって生きていけるよう全力を尽くしましょう。
幸いにも私の周りには反面教師が沢山いらっしゃいました。
お陰様でしてはならないことは分かっております。
それが実践できるかと言うと今回のように出来ないかもしれませんが、案外トゥリオ様とは半人前同士、お似合いかもしれませんね。
***
「どうだ? アレは口を割ったか?」
「ダメです。全く意味の分からないことを呟いているだけです」
「そうか……」
「陛下、急ぎ失礼します」
「ディナーレ公爵! ここに来たということは例の彼は目覚めたのだね?」
「はい、陛下。医師が申すにはしばらく安静にしていればもう大丈夫だろうとのことです」
「それは良かった。で。何か申しておったか?」
「それが……」
「良い。申せ」
「はっ。例のご令嬢を穏やかに過ごせる修道院行きにして欲しいとのことです」
「…………ふむ。これはいつものお人好しかね。ディナーレ公爵はどう思う」
「私の目にはただのお人好しに見えましたね。自分の不始末だと」
「うーむ……彼とアレが繋がっていたのなら自作自演だが、繋がっていないのなら本気で彼はただのお人好しの可能性が高い、か。だがアレを上手く操ってそう見せているだけのどこかしらの間者という線も消えてはおらぬよなぁ……」
「陛下、愚考致しますに、彼が演技をしていた場合、私共には見抜けそうにないということだけは既に分かっております。ですから、本当にアレを修道院行きにしては如何でしょうか」
「なるほど。時間は掛かるが、アレが漏らすのを待つ方針じゃな?」
「はい。短期で結果を出せるよう本当に穏やかに過ごせる修道院にしてみてもいいかもしれません」
「誰かしらと接触するのを見張るわけだな。だが、これまでもアレは単独行動していた調査結果しか出なかったぞ」
「作戦が失敗した以上、協力者がいるならば消そうとする可能性は高いと思いませんか?」
「……ふむ。それが彼と繋がれば決定的か。そしてディナーレ公爵は娘の恩人に恩を返せるわけだ。一石二鳥だな。ははは」
「見抜かれておりましたか。申し訳ございません」
「良い良い。本当に彼がただのお人好しであった場合、我にとっても恩人だからの。よし、その方針で行くか!」
「「かしこまりました」」
ヒロインをただ殺すより、主人公の正体を見抜く為に生かすという方針にしました。
対外的には罰は家が背負って、ヒロインは未成年という理由で処罰を軽くしたという体です。
軽くしすぎなので納得できない方もいらっしゃるかもしれませんが、主人公の正体を見抜くことはそれだけ重要視されていると思って下されば助かります。
追記
番外編となる「本当に現実を生きていないのは?~その後のトゥリオ~」「本当に現実を生きていないのは?~その後のトゥリオ2~」を投稿しました。
トゥリオがこの後どう生きていくことになったのかやラウラとの関係など知りたい方はどうぞです。
↓にリンクを貼っておりますので、お読みになりたい方はそちらからどうぞ。