0099話
ようやくダンジョンの最下層に到着し、目的地である継承の祭壇まで辿り着いたレイ達。そこでエレーナがこの継承の祭壇で行われる儀式について説明したのだが、その内容は魔石を己の身に取り込むというレイにとっても予想外のものだった。
「……魔石を、取り込む?」
その言葉を聞き、素早くゼパイルの知識から情報を引き出すレイ。少なくてもそのような儀式があるというのは聞いたことが無かったからだ。だが……
(ゼパイルの知識には無い、か。そうなるとゼパイルが消えた数千年の間に考案された儀式と見るべきか。魔石を自分の力にするという意味だと魔獣術に似てるような気もするが)
「うむ。我々人間よりも圧倒的に強靱な身体能力や魔力、特殊な力を持っているモンスター。そのモンスターの根源とも言うべき魔石を己の身に取り込むという試みは以前から試されてきた。だが、我が国ではまだまだ研究途中の技術の為に成功率は極めて低く、9割程の場合は拒絶反応や受け入れる力の大きさに耐えられずに死亡していた。極稀に成功したとしても、その身がモンスターの影響を受けた姿に変わったりな」
「なっ!?」
エレーナの口から説明されたその内容に、思わず絶句するレイ。だが、すぐに我に返りエレーナの見かけよりも華奢な肩を掴む。
「そんな危険な儀式をやる為にここまで来たのか!?」
どこか必死なその様子に、苦笑とも微笑とも判断出来る笑みを浮かべるエレーナ。
「安心しろ。今説明したのは、あくまでも魔法使いや研究者達だけでその儀式を行った場合に起きる事例だ。それにそもそも、今言ったように我が国ではその技術はまだまだ未発展で、とても人に行えるような水準にまでは達していない。その水準に達しているのは1国だけだ」
「……つまり?」
「継承の祭壇。研究者や魔法使いの間でそう呼ばれる場所がダンジョンでは稀に現れることがある。……ここのようにな。そしてこの継承の祭壇という場所で行われる儀式は、研究者達が行う物と比べると別格の存在なのだ。いや、正確には研究者達がこの継承の祭壇の儀式を解析して不完全ながらも模倣したというのが正しい所だろう」
チラリと魔法陣の中央にある祭壇へと目を向けるエレーナ。
「今も言ったが、この継承の祭壇を使って行われる継承の儀式は研究者や魔法使い達が行っている儀式とは殆ど別物と言ってもいい。例えるのなら道端に落ちている石と隕石、種火と業火、水滴と大海、そよ風とトルネードのようにな」
「……例えよりも、具体的に教えてくれ。この継承の祭壇とやらを使用して儀式を行った場合は具体的にどうなるんだ?」
「そうだな、魔石の影響によって姿が変わるということは無い。一説によれば姿が変わるというのは魔石の力を被術者に吸収させる際に生じる術式の問題だという話だが、オリジナルであるこの継承の祭壇で行えばそのようなことは起きようがないからな。また、それは魔石の力を純粋に被術者へと吸収させることが出来る訳だ。……そうだな、端的に言えば継承の祭壇で儀式を行った者は人間より一段階上の存在になる、と言えば分かりやすいか?」
儀式の準備を行うべく儀式の祭壇を調べているキュステやヴェルを見ながらエレーナは説明する。
「そんなに凄い儀式なら、何故一般に広まっていない?」
「広がってはいるさ。ただしこの技術を完成させている国限定でだがな。ミレアーナ王国では残念ながらまだ研究途中な為に、死亡率が高すぎて死刑囚に対する人体実験をするのが精々といった所だ。この儀式を耐え抜いたら軍に入るという恩赦を約束した上でな。だがこの継承の祭壇があれば話は別だ。1度儀式を行えば祭壇は崩壊するから誰か1人しか継承の儀式を行えないが、その成功率は今まで確認されている限りでは100%だ」
「だとしても、何故それを貴族派の象徴的な存在であるエレーナが受ける? いや、ただの象徴的な存在ならそれでもいいだろう。だがお前は貴族派の中心人物でもあるケレベル公爵の後継者なのだろう?」
「……だから、だ」
「何?」
「貴族派と纏められてはいるが、その内情は多数の貴族が集まっているだけだ。何かあれば国王派に寝返る可能性が高い者もいるし、あるいは他国と通じていると見られる者もいる。……そういう売国奴の数が少ないのは不幸中の幸いと言うべきだがな。それでも裏切りの可能性がある以上は迂闊な相手に継承の儀式という個人に莫大な力を与えるような真似は出来ない。だからこそ、貴族派の象徴と言われる私自身が少数を率いてこのダンジョンに挑んだのだからな」
「それでも、公爵令嬢という存在をみすみす人外の存在にするのをケレベル公爵本人が認めたというのか?」
「その通りだ。そして私はそれに異議を唱えるつもりはない。お前がどう思っているのかは知らないが、少なくても私自身は全てを納得した上でこのダンジョンに挑んだのだからな。それに儀式が成功すれば私は先程も言ったように生物的に人間より上の存在になるのだ。貴族派の象徴の私がだぞ? それで得る利益と不利益を考えた場合、父上が躊躇することは有り得ないし……もし躊躇するのだとしたら私は父上を軽蔑するだろうな」
そう告げるエレーナの瞳からは、非常に強い意志が感じられた。だが、ふとその視線が柔らかくなり口元に笑みを浮かべる。
その様子に思わず顔を赤くしたレイが視線を逸らし、ふとヴェルがキュステへと水筒を手渡しているのが目に入った。
「安心しろ、これまでにも数人継承の儀式を行った者はいるのだ。……もっとも、それらの者達が継承した魔石はランクB程度のモンスターだったがな」
「……エレーナはどんな魔石を継承する予定なんだ?」
「知りたいか? ……これだ」
同じ笑みでもたった今まで浮かべていた柔らかい笑みから、悪戯っぽい笑みをその種類を変えて腰のポーチから1つの魔石を取り出す。
その大きさは人の顔程もある大きさの金色の魔石であり、端から見るだけでも強力な魔力を感じ取れるものだった。
尚、エレーナの腰のポーチは空間魔法によりその容量を拡大されている。もっともミスティリングのように容量が無限というものではなく、精々がかなり小さめの部屋1つ分――レイの感覚で言えば2畳程度――の代物だが。これにしても、普通の貴族では手に入れることが難しい程に高額なマジックアイテムなのだが。
「これは……金色の魔石? それもこれ程に巨大な」
「我が家に伝わる家宝で、エンシェントドラゴンの魔石だ」
「な!?」
エンシェントドラゴンという単語に思わず絶句するレイ。何しろ殆どの知恵持つ竜種がランクSであり、その知恵を持つ竜種の中でも千年単位の月日を生きぬいた竜だけがエンシェントドラゴンと呼ばれるのだ。そのランクはレイが地下5階で知己を得たリッチロードのグリムと同等か、あるいはそれ以上のものだろう。
「数十代前のケレベル公爵が騎士団を率いて討伐したエンシェントドラゴンから取れた魔石で、我が家の家宝として伝わっている代物だ。このエンシェントドラゴンの魔石を私は継承の儀式で受け継ぐことになる」
「……本当に大丈夫なのか?」
「ふっ。レイも結構心配性だな。継承の祭壇を使った儀式で失敗は今の所無いと言っただろう?」
「だがそれはランクB程度のモンスターだろう?」
「……確かに多少の危険はあるかもしれん。だが、恐らく近いうちに行われるだろうベスティア帝国との戦争を考えるとどうしても圧倒的な力というものが必要なのだ。また、私はお前も知ってるように貴族派の象徴でもある。そんな私が敵に敗れるような事態にでもなったら……どうなるか分かるだろう?」
周辺諸国にその武名が轟いている姫将軍。まさに、今のエレーナは貴族派……というよりもミレアーナ王国で最も有名な人物なのだろう。その人物がもし戦場で敵に倒されてしまったとしたら、それこそミレアーナ王国軍の士気は回復不可能なまでに落ち込むだろうというのはレイにも簡単に予想できた。
「そして何よりも……先程言った、この簡易化された継承の儀式。その技術を持っているのはそのベスティア帝国だ。あくまでも簡易化された方の儀式の為にそれ程の力を持っている訳では無いらしいが……それでもその者達を部隊として使える程の人数は揃っているらしい。元々国力ではミレアーナ王国はベスティア帝国に負けているのだ。それが戦力でも負けてしまっては勝ち目がない。そして父上が手に入れた情報によれば次の戦争で継承の儀式を済ませた者達の部隊が初めて実戦に参加すると聞いている。向こうに比べて魔法技術が劣っており、簡易型の継承の儀式を行えない以上はどうしても数を増やすのは難しい。それに対抗出来る唯一の希望がこの継承の祭壇を使ってエンシェントドラゴンの魔石を継承した、質の高い戦士、あるいは騎士……つまりは私という訳だ」
その瞳に見据えられ、何かを口に出そうとしたレイはその動きを止める。
何を言ったとしてもエレーナの決意が覆ることはないと本能的に理解出来たからだ。
「エレーナ様、そろそろ儀式の方を」
キュステにそう声を掛けられ、頷くエレーナ。エンシェントドラゴンの魔石を手に持ちながら魔法陣の中央に置かれている祭壇へとそっと置く。
「レイ、そしてセト。この儀式を行っている間は基本的に私は動けなくなる。よって、もし何らかのモンスターが迷い込んでくるといったトラブルがあった場合はお前達に任せるぞ。アーラ、ヴェル、キュステの3人は継承の儀式に参加する為に私同様身動きが出来ないからな」
「分かった。モンスターが来ようと、何が来ようとも俺がお前を必ず守って見せる。だから安心して儀式を始めてくれ」
「グルルルゥ」
レイが頷き、セトもまた決意を秘めた声で鳴く。
「……すまない。私達の命をお前に預ける」
エレーナがそう告げ、祭壇を囲んでいる魔法陣の中央に立って目を瞑る。それを見ていたアーラ、ヴェル、キュステはそれぞれに頷きながら祭壇の魔法陣を囲むようにして存在している3つの魔法陣へとそれぞれ腰を下ろす。
「レイ、悪いんだけど万が一にも儀式が失敗しないように魔法陣から離れててくれないか。何しろ聞いたと思うけど、チャンスはこの1回しかない。儀式が失敗するにしろ成功するにしろこの継承の祭壇はまず間違い無く崩れ落ちることになるし」
「分かった。なら俺は入り口近くで中に入ってくるモンスターがいないか警戒している」
「グルルゥ」
ヴェルの言葉にレイが頷き、セトと共に1人と1匹は部屋の入り口へと移動する。
デスサイズを握りながらも部屋の扉へと体重を掛けて外を警戒していると、儀式が始まったらしく背後から強烈な光が発せられる。
(儀式が始まった、か。こうなると俺に出来るのはさっきも言ったようにモンスターをこの部屋に入らせないようにするくらいだな)
そう思ったその瞬間、背後から光の他にも強烈な力が放射されているのをレイは感じ取る。それが気になり背後へと視線を向けると、そこでは祭壇を中心とした3つの魔法陣が緑の光を放ち、その魔法陣から目を閉じてその場に立っているエレーナのいる中央の魔法陣へと魔力が送られていた。そしてその魔力の光が数秒ごとに強くなり、やがて祭壇の上に置かれているエンシェントドラゴンの魔石が放っている黄金の光に負けない程の強さになり……次の瞬間、その緑の光が魔石へと吸収されるように吸い込まれていく。
レイの目の前で起こっている儀式はまさに幻想的な光景と言っても過言ではなかった。本来であればモンスターを警戒していなければならない筈のレイだが、その視線は継承の祭壇へと釘付けになっている。
「グルルゥ」
セトもまた同様にその儀式へと意識を惹き付けられており、金色の魔石に緑の光が吸収されていくのをただ見守っていた。
魔法陣から放たれた緑の光が魔石へと送られてから数分程で吸収が終了し、周囲にはエンシェントドラゴンの魔石から放たれる光のみが圧倒的な存在感をもって放たれている。
そしてその光を一身に浴びているエレーナもまた目を閉じ、意識を失っているように見えていた。
やがてエンシェントドラゴンの魔石から放たれている光がより一層強さを増し……その光を放っている魔石が徐々に風化したように砕けていく。
そして……
「……何だ?」
その動きに気がつけたのはレイが儀式に目を奪われていたからだろう。そう、継承の祭壇を囲むようにして配置されている3つの魔法陣。本来であれば儀式が終了するまではその魔法陣の上から動いてはいけない筈だというのに、何故かその中の1人が無造作に1歩を踏み出したのだ。それも、エレーナの方へと向けて。そしてその手には懐から取り出した短剣が握られており……
「何をしているヴェル!?」
最初はそれも儀式の一環かとも思ったレイだったが、同じく魔法陣の上に佇んでいるアーラが驚愕の表情を浮かべているのを見てそれが異常である事に気が付き思わず大声で怒鳴る。
アーラにしてもヴェルのその動きには気が付いていたのだが、ここでアーラまでもが魔法陣の上から動いてしまっては継承の儀式が維持出来なくなり、それこそエレーナの身に何が起きるか分からない。その為に出来るのは、自分が持っている唯一の武器であるパワー・アクスを振りかぶり、ヴェルへと向けて投げつけるだけだった。だが……
「そんなの、俺が回避出来ないとでも思ってたのか?」
ひょいっとばかりに飛んできた斧を回避し、継承の祭壇へと近付いていくヴェル。
「本来ならエレーナを仕留めたい所だが、既にある程度魔石の力を継承してしまっている以上はこっちを破壊するのがベストだろうな」
呟き、短剣を振り仰ぎその切っ先を魔石目掛けて……
「やらせると思うか!」
振り下ろすその瞬間、レイがその身体能力に任せてヴェルとの距離を縮め……
「やれ」
ヴェルの短い命令が響き、デスサイズを振り下ろそうとしたレイの脇腹へと背後から魔槍が突き込まれたのだった。