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0096話

「よし、解除完了っと」


 ヴェルがそう宣言したのは、罠の解除に取り掛かってから1時間程してからのことだった。

 既に見張りもレイからアーラ、アーラからキュステへと変わっており、そろそろエレーナが交代をしようと考えていた時、周囲にヴェルの声が響き渡ったのだ。


「ご苦労。ヴェルも罠の解除には時間が掛かっただろうし、少し休め。このまま進んで敵に遭遇したら厄介なことになりかねないからな」

「さすが我等が女王様。部下の人心掌握もお手の物ってね」


 罠の解除に余程集中していたのだろう。どこか疲れたようにそう呟きながら仄かに光っているダンジョンの壁へと寄り掛かる。

 そんなヴェルの様子に苦笑を浮かべつつ、エレーナはキュステと交代して周囲の警戒を始めた。


「ご苦労だったな」

「あいよー。まぁ、俺の本職が本職だからね。ただ、このダンジョンに潜ってからその活躍の場が多い……っていうか、多すぎるって感じはするけどさ」


 苦笑を浮かべながら、腰のポーチから水筒を取り出してキュステへと勧めるヴェル。


「悪いな」


 キュステもまた苦笑を浮かべつつその水筒を口へと運ぶのだった。


「全く、男2人でだらしないわね」

「……お前、自分がマジックアイテムの効果で体力を消耗してないだけだろ」


 アーラのどこかからかうようなその口調に、ジト目を向けるヴェル。アーラにしてみればいつもからかわれている仕返しといった所か。

 そんな3人のやり取りを眺めながらレイは床に寝転がって周囲を警戒しているセトに寄り掛かり、その背を撫でてやるのだった。






「さて、じゃあそろそろ探索を再開するとしようか」


 エレーナがそう宣言したのは、ヴェルが休憩をしてから30分程経った後のことだ。

 その台詞に皆が頷き、立ち上がってそれぞれの武器を構える。


「ヴェル、お前にはもう少し負担を掛けるがよろしく頼む」

「はいはい、お任せあれってね。残り1階分くらいはなんとか頑張ってみせますよ」

「任せる。隊列に変更は無い。では行くぞ」


 前衛がヴェル、キュステ。中衛がレイ、エレーナ、後衛がアーラ、セトという隊列のままで罠が解除された通路を進んで行く。


「ねぇ、ヴェル。そう言えば結局解除した罠ってどういう罠だったの?」


 通路を進みつつ、アーラがヴェルへとそう尋ねる。

 罠がないかどうかを周囲へと鋭い視線を向けながらも、それでもなお軽い口調でヴェルは答えた。


「聞きたい? まぁ、そこまで言うなら教えてもいいかな」

「……何、その勿体ぶった感じは。そこまで凄い罠だったの?」

「凄いって言うか、えぐいっていうか。簡単に言えば踏み込んだ途端天井が崩れる罠だったよ」

「ちょっと、なによそれ。そんなの回避出来る筈がないじゃない」


 唖然としていた顔で通路を進むアーラだったが、そこにキュステが口を挟む。


「と言うか、ここの天井が崩れたりしたら地下5階の床が崩れるんじゃないのか?」

「さてどうだろうな。その辺までは俺にも分からないが、何しろ内部に森があったり川が流れてたりするダンジョンだぞ? ここの天井が崩れても上の階には全く影響が無いと言われても驚かないけどね」

「……確かに」


 ここまで体験してきた数々の理不尽な状況を思い出して思わず納得してしまうキュステ。

 そんな風に会話をしつつ、通路を進み始めて30分。不思議なことに、これまでは嫌になる程に仕掛けられていた罠の類が一切見つかっていないのを疑問に感じつつも進んで行く。


「やはりこれは……ヴェルが先程言っていた内容が正しいのかもしれないな」


 罠が無いとはいっても、いつモンスターが襲ってくるかは不明な為に連接剣を手にエレーナが呟く。


「さっきの罠が一種の試しだって話ですか?」


 レイもまた、デスサイズをいつでも振るえるようにしながらエレーナへと答える。


「ああ。この階層に突入してからの罠の多さを考えるに、さっきの罠が最終試験のようなものだったのだろう」

「……エレーナ様、正解かも」


 そんなエレーナとレイの会話を聞いていたヴェルが、視線の先にとある物を発見して思わずそう呟く。

 ヴェルの視線の先にあった物。それは高さ5m程度はあろうかという巨大な扉だった。それも両開きの扉であり、見るからに威圧するような巨大な棍棒を振るっている巨人が彫られている。


「何か、あの扉を見てから嫌な予感しかしないんだけど」


 うんざりしたという口調のヴェルに、レイは苦笑しつつも歩を進める。


「言いたいことは分かるが、あの扉を開けて部屋の中に入らないという選択肢を取るのならさっきの十字路まで戻るしかないぞ」

「だよなぁ。でもってきっと他の2つの道の先にもきっとここと同じような扉があるんだろうなぁ。……しょうがない、覚悟を決めますか」


 パンッと気合いを入れるように両頬を叩き、早速扉を調べに掛かるが……数分も経たないうちに肩を竦めながら断言する。


「罠は無し。やっぱりさっきのが最後の罠だったみたいだ」

「よし。なら早速中に入るとしよう。中で何が待ち受けているか分からんから各自油断はするなよ」


 エレーナのその言葉に全員が頷き、ヴェルが盗賊役としての責任感からか巨人が彫り込まれているその扉を開く。

 すると中には……


「ゴブリン、か?」


 思わず呟くレイ。

 そう。扉の開けられた部屋は広大といってもいいだろう。レイがざっと見回した所では500m四方程度の正方形をしている部屋のように見えた。

 そしてその広大な部屋の中にいたのは、レイの腰の高さ程の身長しかない緑色の皮膚と短い角に醜い顔つきをした存在である。

 普通に考えればゴブリンとしか判断出来ないその姿だったのだが、何故かレイの胸にはその存在をゴブリンと断定することに対して違和感があった。


(ここまで仰々しく巨人の姿を描かれた扉の先にいたのがゴブリン? そんなことがあり得るのか? このダンジョンの底意地の悪さを考える限り、そんなに簡単な敵を用意するとは思えないが……)


 レイが内心で考えている間にも、部屋の中にいたゴブリンがレイ達を見つけて棍棒を持ちながら駆け寄って来る。

 その様子をみて、思わず呆れたのだろう。キュステとヴェルの前衛2人が前へと1歩踏み出す。


「エレーナ様、ゴブリン如きは私達で十分です」

「……何か妙な感じが……まぁ、キュステがいれば確かにゴブリン如きはどうとでもなるだろうけど」


 レイと同様の違和感を覚えながらも、ヴェルは前へと出るキュステの援護をするべく弓を引く。


(巨人の扉の中身がゴブリン……待て。巨人? ゴブリン? 確か魔物辞典の中にそんなのが……スプリガンッ!?)


 連想ゲーム的にその答えに辿り着いたレイは咄嗟に叫ぶ。


「敵はゴブリンじゃない、スプリガンだ!」


 その声に最初に反応したのはレイの隣にいたエレーナだった。連接剣を構えながら前へと出る。

 同時にその理由は分からずとも、エレーナが前線へと向かったと言うだけで判断は十分とばかりにアーラもその後に続く。

 そしてエレーナ達一行が全員中に入ると、まるで誰かがそれを確認していたかのように巨大な扉は自動的に閉じられたのだが、スプリガンという存在を目にしたエレーナ達一行はそれに全く気が付かない。


「キュステ、下がれっ!」


 自分へと向かって来る相手に槍を構えていたキュステへと鋭く叫ぶエレーナ。だが、それはほんの数秒遅い忠告だった。

 本来であればレイの腰程度までしかなかった筈のゴブリン。その認識で槍を突き出そうとしていたキュステの前に、突然緑色の壁が広がったのだ。

 否、それは壁ではない。身長6mにも達しようかという巨大な人影だ。

 スプリガン。それは普段はゴブリンと見間違うかのような大きさで暮らしているが、いざ戦闘になると巨人というその本性を露わにする。巨人と醜い小人という2つの姿を持つモンスターだ。巨人族の一種ではあるのだが、低い知性と人の肉を好んで食うという獰猛性を持つ極めて凶悪なモンスターなのである。そのモンスターランクはB。オークの集落でレイが倒したオークキングと同レベルのモンスターだ。

 人肉を好み、凶暴だという点ではレイとセトが地下4階で戦ったオーガと似てはいるが、オーガと違いある程度の狡賢さというものを持っている点で始末に負えない。それでもより上位の巨人族のように魔法を操ることが出来ないというのはエレーナ達にとっては救いだっただろう。


「ガアアァァァアッ!」


 スプリガン自体が巨大化した影響により、その持っていた棍棒もまた巨大化していた。オーガが持っていた木を直接引き抜いた物とは違い、先端が大きく重く加工されており、殴った時により相手へと強力なダメージを与えられるように工夫されている。その棍棒がキュステ目掛けて振り下ろされ……

 ガキンッ!

 エレーナが振るった連接剣の刀身が鞭状に伸び、その剣先を振り下ろされる直前の棍棒の先端へと突き刺して強引に軌道をずらす。


「ちぃっ!」


 キュステもまた瞬間的に我に返り後方へと飛び退き、同時にヴェルがそんなキュステを援護すべくスプリガンへと矢を放つ。だが……


「嘘だろ!? 矢が刺さらないってどういう皮膚をしてるんだよ!」


 巨体故に的も大きいとばかりに放たれた5本の矢は、その全てがスプリガンの胴体へと命中し、そしてその全てが皮膚に傷すらも付けられずに床へと落ちた。


「狙うのなら胴体じゃなくて顔を狙え! 顔なら目や口に命中すればダメージを与えられる筈だ!」


 デスサイズを構えながら、ヴェルの横を駆け抜けつつ叫ぶレイ。その隣には当然の如くセトが付き従っている。


「ガアアァァァッ!」


 後方へと跳び退ったキュステとは逆に、自分に向かって突っ込んでくるレイとセト。そしてレイ達とは少し離れた位置から同様に突っ込んでくるアーラに気が付いたスプリガンが苛立たし気に咆吼し、持っていた棍棒を大きく振り上げる。


「アーラ、俺が奴の気を引きつけるからお前は足の腱を狙え! お前の力とパワー・アクスならスプリガンにもダメージを与えられる筈だ!」

「分かりました!」


 アーラへとそう叫び、スプリガン目掛けて大きくデスサイズを振るうレイ。


「飛斬!」


 その言葉と共に放たれた飛ぶ斬撃は、今にも棍棒を振り下ろしかけていたスプリガンの胸元へと一文字の大きな傷を付ける。

 だが……


「ちぃっ、浅いか!」


 ヴェルの放った矢とは違い、確かにデスサイズから放たれた飛斬はスプリガンへと傷を付ける。振るわれた斬撃に沿った大きな傷だ。だがその一撃は傷の範囲こそ広いものの、所詮は皮と多少の肉を斬り裂いただけで骨にすら届いていない一撃だった。

 スプリガンもまたその程度の傷など気にもせずに……しかし、それでも自分に傷を与えたレイ目掛けて振り上げていた巨大な棍棒を振り下ろす。


「グルルルルルゥッ!」


 そんなスプリガンへと王の威圧を発動するセト。速度の鈍った一撃を横へと跳んで回避したレイは、そのまま振り下ろされた棍棒の上側へと飛び移り、腕を駆け上ってスプリガンの首を狙ってデスサイズを振るう。だが……


「ガアアアァァァッ!」


 レイが振るうデスサイズの一撃がどれ程の威力を発揮するのかを本能的に察したスプリガンは、棍棒を持って無い方の手である左腕で咄嗟に首を庇い、左手の手首から先を切り落とされて苦痛の声を上げるのだった。


「ちぃっ、オーガならこの一撃で仕留められたものを!」


 一瞬だけ脳裏に地下4階で戦ったオーガの姿を思い浮かべ、スプリガンの肩を蹴ってその攻撃範囲から離脱する。

 手首から先を失い、血が流れている左腕を振るってレイへと追撃を掛けようとするスプリガンだったが、そこへ素早く伸びてきたのはエレーナの操る連接剣だ。まるで空中を舞い踊る蛇の如く複雑な軌跡を描きつつ迫り、ヴェルの矢すら通さなかったスプリガンの胸板へとその剣先が突き刺さる。

 その一瞬。予想外のその一撃により思わず動きを止めてしまったその時、エレーナの声が周囲に響く。


「アーラ!」


 その声に従い、いつの間にかスプリガンの足下まで移動していたアーラがその手に持っていたパワー・アクスを振り上げて……スプリガンの左足へと振り下ろされる!

 アーラ自身の剛力と、マジックアイテムでもあるパワー・アクス。その2つの効果が発揮された一撃は、確かにスプリガンの左足――正確には足首――へと振り下ろされ、その半ばまでを断つことに成功する。


「ガアアアアァァァッッ!」


 悲鳴を上げつつ、足の腱を断たれては立っていることも出来ずにその場へと膝を突くスプリガン。


「よし! 今のうちだ、畳み込め!」


 エレーナのその命令に従い、全員が一斉にスプリガンへと向かって襲い掛かる。

 レイの操るデスサイズが、エレーナの操る連接剣が、アーラの操るパワー・アクスが、キュステの操る水の魔槍がそれぞれにスプリガンの頑丈な身体へとダメージを蓄積させていき、ヴェルの放つ矢もスプリガンの頭部を狙って幾本も放たれる。


「グルルルルルゥッ!」


 そしてセトの上空からの叩き付けるような一撃によりスプリガンの命は絶たれ、その巨体を地面へと沈めるのだった。

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