0095話
「ふぅ、何とか片付いたな」
エレーナが安堵の息を吐きつつ連接剣を振るい、その刃に付いた血を飛ばして鞘へと収める。
周囲をぐるりと見回すが、自分達を狙って襲い掛かってきたエメラルドウルフは既にその全てが屍を晒していた。
自分が頭部を貫いたもの、アーラによって胴体を切断されたもの、レイによって首を切断されたもの、セトのファイアブレスによって燃やされたものと様々だが、全て息をしていないというのは共通している。
「雄叫び、か。セトのあのスキルが無ければここまで簡単には片づかなかっただろうな」
そもそも狼型のモンスターというのは、基本的に力よりも素早さや連携を重視した戦いをする。そしてセトの雄叫び――王の威圧――はその素早さを1割程度ではあるが落とすのだ。1割。たった1割と見るか、1割も落とすと見るべきか。どちらが正解なのかは、エレーナの目の前に広がる光景を見れば一目瞭然だろう。
パーティメンバーの者達へと視線を向け、その誰もが体力的にまだまだ余裕があるというのを見て取り小さく頷く。
やはりこの地下6階へと下りてから十分に休憩を取っておいて良かったと判断したのだ。
そして襲ってきたエメラルドウルフもセトのおかげでそれ程苦戦せずに倒せたというのが、エレーナの心を軽くしていたのと同時に改めてレイとセトという1人と1匹の力量を感じさせられる。
(いや、今は余計なことを考えている時ではない。出来るだけ早く最下層に続く階段を見つけなければな。どのような理由があれ、レイは私の……否、私達の味方。それでいいではないか)
軽く頭を振り、妙な考えを振り払って戦闘で乱れたその黄金の如き輝きを放つ髪を掻き上げる。
「レイ、モンスターの回収を。それが済んだら早速探索を再開する」
「はい、分かりました」
エレーナの指示に従い、斬り裂かれたエメラルドウルフの死体をミスティリングへと収納していく。
セトのファイアブレスにより焼死させられたものも、毛皮は使い物にはならないが魔石や肉、牙といった部分はまだ回収可能な状態だった。
「よし、セト。よくやったぞ。毛皮以外は十分使い物になる」
「グルルゥ」
頭を撫でられ、喉の奥で嬉しそうに鳴くセト。
セトにしてもモンスターの素材が多く採れるとレイが喜ぶというのを理解しているので、本来であれば肉や骨も燃やし尽す所を多少の加減をしたのだ。セトが嬉しそうに鳴いているのは大好きなレイに褒められたというのもあるが、その手加減が上手く出来たというのもあるのだろう。
それから数分、大雑把にだが血抜きをしてエメラルドウルフを全てミスティリングに収めると再び地下6階の探索が再開される。
「アーラ、もう余計なことを言うなよ。お前が何か呟く度に俺達がピンチになっている気がするからな」
「ちょっと、それは言い過ぎじゃない!? 偶々私が喋ってるのとタイミング良く重なってるだけでしょ」
キュステとアーラの言い合い……と言うよりはじゃれ合いを聞きながらダンジョンを進んで行く。そして……
「っと、ストップ。落とし穴だ」
ヴェルがそう言って皆を止め、進行方向の地面へと視線を向ける。
「うーん、解除するまでもないな。特に連動している罠の気配は無いし、何か適当な物で落とし穴を起動させてしまえば問題ないだろう。レイ、アイテムボックスの中に何かないか? 適当な重さと大きさがあれば十分だが」
「ちょっと待ってくれ」
ヴェルの求めに応じて、脳裏にミスティリングのリストを表示する。
(槍は投擲に使うから駄目、その他の武器も……そう言えばアーラが使って折れそうになった剣があったな)
鷹の爪から巻き上げた長剣を思い出し、それを脳裏のリストから選択して既に使い物にならなさそうなその長剣をヴェルへと渡す。
「ほら、これでいいだろ」
「んー、ちょっと軽そうな気がするな。落とし穴が作動するかどうか。いや、その分強く投げればいいのか」
「レイ殿、それはちょっと……」
ヴェルは最初は悩んだが、すぐに頷きその長剣を手に取る。
渡された長剣がどういう素性の物なのか、多少ではあるが使っていただけに気が付いたのだろう。己の未熟さの為に駄目にしてしまった長剣なのだから無理もないのだが。どこか拗ねるように呟くアーラを、ヴェルは面白そうな視線を向けてその口元へと笑みを浮かべる。
「なるほど、そう言えばこの長剣はアーラが借りてた奴か。まぁ、アーラの酷使に耐えきれなかった訳だが」
「……ヴェル、何ならその長剣の代わりにヴェルを落とし穴の犠牲にしてもいいんだけど、どうする?」
「あ、あはははは。冗談だよ冗談。でも、どうせこの長剣はもう敵に投げつけて使う程度しか使い道がないだろ? ならこの機会に使うのはそう間違ってはいないと思うけどな」
「……分かったわよ」
渋々ではあるがアーラが納得した所で、ヴェルが長剣を目的の場所へと鋭く投げつける。
さすがに短剣を投げる時のように素早くはないが、それでもそれなりに力の籠もった投擲で放たれた剣は地面へとぶつかり……そのまま直径2m程度の穴を開けて地面へと沈み込むのだった。
「思ったよりも広かったな」
そう呟き、落とし穴の中を覗いたヴェルは思わず顔を顰める。
「うわっ、えげつないな」
ヴェルの視線の先、落とし穴の底には鋭く尖った剣山とでも呼ぶべき、金属で出来た1m程の棘が無数に生えていた。
もしこの落とし穴に落ちていたとしたら、余程業物の鎧なり防御力を高めるマジックアイテムの類を装備していない限りは底に設置されていた棘で足裏から貫かれていた筈だ。
その様子を想像したのか、エレーナが不愉快そうに眉を顰める。
「取りあえず見え見えの罠で助かったって所だな」
そう言うヴェルだが、落とし穴自体はかなり巧妙に隠蔽されていた為に恐らくヴェルがいなかったら誰かが引っ掛かっていた可能性は高いだろう。
(まぁ、『薄き焔』を使えばこの類の罠は大体発見出来るんだが)
レイの脳裏に、無限ループの空間を抜け出す時に使用した魔法が浮かぶ。『薄き焔』はまさに探索用の魔法であり、ダンジョンに1人で……否、セトと共に1人と1匹で挑む時には欠かせないだろう魔法だ。
もっともその『薄き焔』にしても、探索出来るのはあくまでも床、壁、天井のみなのでそれ以外に設置されている罠――空中に浮かんでいるトリガー等――の発見は不可能なのだが。
「この落とし穴はこうして開けておけば、誰かが後から来ても発見は容易いだろう。……モンスターに修復されたりしなければだがな」
エレーナの呟きに頷き、そのまま一行は探索を再開する。
その後も一応モンスター等は現れたりはするのだが、ゴブリンだったりファングウルフだったりとこれまでに倒してきたような、いわゆる雑魚モンスターがそれなりの頻度で現れる程度だった。しかし……
「ストップ。そのスイッチ前方方向の床に隠されたスイッチを発見だ」
「またぁ!? このダンジョンを作った人って絶対に性根が捻くれまくってるわよね!」
「おいおい、ダンジョンを作ってるのは人じゃなくてダンジョン核だっての。いやまぁ、だからこそ性根が捻くれてるんだって言われたらそれには頷くしかないけどよ」
「……ヴェル、言い合いはいいからスイッチのある場所を示してくれ」
アーラとヴェルのやり取りに呆れつつもヴェルを促すキュステ。
落とし穴を最初に見つけてから数時間。出て来るモンスターは最初に出て来たエメラルドウルフ以外は殆ど雑魚でしかないものの、その代わりとでも言うように至る所に罠が仕掛けられていたのだ。
当初はその全てを解除しながら進んでいたエレーナ達だったのだが、さすがに時間を取られすぎだということで今では連鎖的に発動しそうな罠のみを解除し、それ以外は発動させないようにスルーして進んでいた。
今回ヴェルが見つけたスイッチも、床と同色でほんの少しだけ盛り上がっているというもので、そこにスイッチがあると知らなければ一行の誰かが踏んで罠を作動させていた危険性が高い程度には巧妙に隠されていた。
「一応そのスイッチの周辺には他に罠は無いみたいだから、そのスイッチだけを踏まないで進めばいいと思う」
ヴェルのその意見に従い、スイッチを踏まないように避けて奥へと進んでいく。そうして進み、次に現れたのは十字路だった。エレーナ達が進んできた通路から見て、左右と前方の3つに分かれている。
「さて、どうする? まぁ、どのみち地図が無い以上は勘程度しか頼るものはないんだが……いや」
クンッ、と鼻を鳴らして右の方へと視線を向けるヴェル。
ヴェルが嗅ぎ取ったた臭いをレイもまた嗅ぎ取ってる。その2人よりも嗅覚が鋭いセトに至っては言うまでも無い。
「右の道は獣臭いな。恐らく何らかのモンスターがいるのは確実だと思う」
「となると、左か前だが……レイ、頼む」
「また俺ですか?」
「どのみち指針となるようなものは無いのだから、それならばダンジョンに潜る冒険者の勘に頼った方がいいだろう」
「……いや、俺はダンジョンに潜るのはこれが初めてなんですが」
そうは言うものの、何らかの頼りになる指針の類が無いというのも事実な以上は、結局何かで進む道を決めないといけないのだ。
前方へと視線を向け、次に左へと視線を向ける。
どちらも壁が仄かに光っており、数m程度の距離ならともかくそれより先を見通すことは出来ない。そんな中、レイが選んだのは……
「じゃあ、左で」
殆ど直感に従い、左を選択したのだった。
「うむ、では進むとしよう。だがその前に隊列を入れ替えるぞ。どうやらこの階層はモンスターよりも罠がメインのようだからな。前衛のアーラと後衛のヴェルが交代だ。アーラは背後からの奇襲を、ヴェルはより罠に注意を向けてくれ」
エレーナの指示に従い隊列を変更した一行は、レイの示した左の道を進んでいく。
……そしてそれから10分もしないうちに、再び罠を見つけるのだった。
どうやら他の罠と連動しているらしいとヴェルが感じ、その罠を解除している間は皆で休憩しながら襲撃を警戒している。
「でもさぁ、この罠ってダンジョンの中にいるモンスターは引っ掛からないのかな?」
「その辺はモンスターを召喚しているダンジョンの核も考えてるんだろうさ。……いや、モンスターに罠の存在を教えてもゴブリンとかはそれを覚えていられるかどうかは微妙だな。そうなると、ダンジョン内のモンスターには罠が反応しないように出来ていると考えるのが自然か」
「……それってちょっとずるくない?」
「いや、俺に言われてもな。どうせ文句を言うのなら、俺に言うんじゃなくてモンスターに言ってくれ」
ヴェルがアーラと話しながらも罠を解除し、いつものやり取りを聞きながら一行は進んで行く。そしてまた……
「はいストップ。また罠を発見っと」
「どこだ?」
うんざりしたようなキュステの問いに、パーティの先頭にいるヴェルが5m程離れた位置にある地面へと目を向ける。
「……スイッチらしきものは見当たらないが?」
ヴェルの示した場所へと視線を向けるが、キュステの目には普通の通路のようにしか見えない。
だがヴェルはそれも当然とばかりに頷く。
「そりゃそうだよ。スイッチじゃなくて、通路そのものが罠を作動させるトリガーになってるんだから。この先の通路の一部分を踏むと、それがトリガーになってる。……多分」
これまでのヴェルと違い、どこか自信なさそうに呟く。
「どうしたんだ? いつものお前らしくないが」
「いや、結構高度な仕掛けらしくてな。どうも完全に解除出来るかどうか分からないんだな、これが」
「……ならどうする? 一度あの十字路に戻って他の道に進むか?」
周囲の様子を窺いながら尋ねるキュステの言葉に、小さく首を振る。
「やめておいた方がいいだろうな。このダンジョンの構造上恐らく残り2つの通路の方にもこれと同様の罠が仕掛けられている危険性が高い。それなら戻って時間を消費するよりはこの罠を何とか解除して進んだ方がいいと思う」
「けど残りの通路にも罠があるというのはヴェルの勘でしかないんだろう? なら試してみる価値が……」
「キュステ、俺も別に勘だけで言ってる訳じゃない。この地下6階をここまで進んできて感じた構造や罠が仕掛けられている場所やそのタイミングで推測したんだ。……そうだな。言い方はちょっと悪いが、この罠を解除出来ないようならこの先に進む資格は無しとでも言ってるような……」
キュステに返事をしながら考え込むヴェル。
そんな2人を見てエレーナは決断を下す。
「そうだな。ここまで罠の存在を見抜いて解除してきたヴェルの意見だし、聞く価値はある。……ヴェル、この罠の解除は出来そうなのか?」
「慎重にやればなんとかって所かな。今までみたいに素早く解除しろってのは無理っぽい」
「……分かった。ならゆっくりでもいいから確実に解除してくれ。それと、この先に何があるか分からんから1人を警戒要員として残りは体力を回復する為にも休憩に入るぞ。とは言っても、こちらにはセトもいるからそこまで集中はしなくてもいいがな。最初の警戒はレイ、お前に任せる」
「分かりました」
エレーナの言葉に頷き、レイはセトと共に何かあったらいつでも反応出来るように見張りに立つ。