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0093話

 得体の知れない、しかし間違い無く自分達よりも圧倒的な強者であるその存在の研究室から出ようとしたレイ達。だがその瞬間、レイの頭に声が響いてエレーナ達の動きは止まったのだった。


『グリフォンを連れてる者よ、お主に聞きたいことがあってのう』

「……他の奴等に何をした?」


 ヴェルが足を1歩踏み出そうとして片足が空中に浮かんでいる状態で動きを止めているのを見て、そしてそれが自分とセト以外の4人全てに及んでいると判断したレイは声の主へとそう尋ねる。


『何、お主としても聞かれたくない話じゃろうと気を使ったのじゃよ。安心せい、別に麻痺をさせたとかそういう訳じゃなく多少その者共の時間を止めただけじゃ』

「時間を止める?」


 その言葉に、思わず尋ね返すレイ。

 何しろ現状ですらもダンジョンの裏に空間を作るという空間魔法、アンデッドを操るという死霊魔法を見せられているのだ。その上でさらに時空魔法をも使いこなすと言われては、炎の魔法しか使えないレイとしてはさすがに唖然とするしかなかった。


『それ程難しいことでもない。さて、儂が聞きたいのはお主が連れているグリフォンについてじゃ』

「確かにグリフォンを連れている冒険者というのは珍しいかもしれないが……」


 そう返事をした途端、頭の中へと笑い声が響き渡る。


『ハッハッハ。そう隠すこともあるまい。そのグリフォン、普通のモンスターではないな?』

「……何のことだ?」


 さすがにいきなりのことで反応するまでに一瞬の間があり、声の主にしてみればそれだけで十分だった。


『ふむ。……ゼパイル、という名前に聞き覚えはあるかの?』

「……」


 どこか敬意を込めたようにゼパイルの名前を出してきたその質問に、今度こそレイの思考は固まる。

 ゼパイル。その名前に聞き覚えがなかったからではない。それどころか、覚えがありすぎたからこそだ。

 そう。その名前は自分が日本で死んだ時に魂をこの世界に引き寄せ、レイとしての肉体を与えてくれた人物の名だ。

 そして図書館で読んだ本の内容が事実なら数千年前に生きていた世界最高峰の魔術師の名前。

 それを何故この声の主は知っているのか。そう思いつつ口を開く。


「何故その名前を知っている?」

『ククッ、やはり……な。いやいや、まさかこの時代に魔獣術を見ることが出来るとはな。いや、愉快痛快。先程の女といい、お主といい。今日は愉快な出来事が重なる日じゃ』


(魔獣術を知っている、だと?)


 レイの視線の先には、通路の壁で震えているセトの姿がある。

 これ程までにセトが恐怖する程の力量を持ち、尚且つ魔獣術という名前すらも知っている。その事実に思わずレイは口を開く。


「お前は……誰だ?」

『ふむ、そうじゃな。お主がどのような人物かを教えてくれれば儂が答えるのも吝かではないが。……どうするかね?』


 頭の中にそう声を響かされ、考え込むレイ。


(ここで俺の正体、と言うか生まれを明かしてこの声の主の情報を手に入れるのは総合的に見てどうだ? こんなダンジョンに自分の実験室を用意している奴だけに、俺を実験動物にする可能性もある……か? いや、ついさっきゼパイルの名前を口に出した様子を考えるとゼパイルに対して尊敬や敬意といった感情を抱いているような感じだ。なら問題は無いか? この声の主を相手にするにしても最低限その情報は集めておきたい所だしな)


 自分やゼパイル、そして魔獣術と呼ばれる一代限りで消え去った筈のその魔術の名前を知っている相手の情報はどうしても知っておきたい。それは防衛的な意味でもそうだが、純粋にレイの知的好奇心という意味でも同様だった。


「いいだろう。なら俺のことを話すから、そっちもきちんと話してくれ」

『うむ、良かろう』


 声の主が確かに自分の言葉を承諾したのを聞き、レイは口を開く。この世界に来てから、初めて自分の素性を口に出す為に。


「俺は元々この世界の生まれじゃない。こことは違う、それこそ魔術や魔法、あるいはダンジョンやモンスターなんて存在しない世界で生まれ育った一般人だった。だがちょっとした事故で死んでしまってな。本来ならそのまま消える筈だった俺の魂を、ゼパイルが引き寄せた訳だ」

『……それは何時のことじゃ?』

「まだ数ヶ月と経ってないよ」

『なんと。それでは彼の御仁はこの数千年を生身で生き抜いたと?』


 唖然とした声の主に、首を振るう。


「正確にはちょっと違うな。ゼパイル自身の肉体はとっくに朽ちていたらしい。一種の精神生命体とでも言えるような姿になって世界の境目のような場所で自分と波長の合う魂を探していたらしいな。それに俺が引っ掛かった訳だ。で、あんたも知ってたようにゼパイル一門が創り出した魔獣術という魔術をこのまま失うのは惜しいということで、俺に新しい肉体を与えてこの世界に生まれ変わらせてくれた訳だ。そしてそこにいるグリフォンのセトは、確かにあんたが推測した通りに魔獣術で創り出された一種の人工生命体だ」


 正確に言えばセトとデスサイズが魔獣術によって創り出されたというのが正しいのだが、向こうが気が付いていないようなアドバンテージをわざわざ話す必要は無いだろうと判断し、デスサイズに関しては口に出さないレイ。


『ふぅむ、なるほどのう。彼の御仁でも、さすがに生身で数千年を越えることは出来なんだか』


 しみじみと呟く声の主に、次はレイが尋ねる。


「さて、俺のことは話した。次はそっちの素性を聞かせて欲しい。何で今では魔人とすら呼ばれているゼパイルのことを知ってるんだ?」


 そう尋ねるレイだったが、声の主とこれまで話した内容で半ば予想は出来ていた。そしてその予想を声の主は肯定する。


『そうさな、約束は約束じゃ。まず、儂自身がゼパイル殿を知っているというのは簡単な話じゃよ。ただ単純に儂が生前のゼパイル殿を知っていたからじゃ』


 その言葉を聞き、やはりという納得と何故? という疑問がレイの中に浮かぶ。

 ゼパイルの知識を受け継いだレイだったが、その記憶の中にはこの声の主のような存在は記憶されていなかったのだ。

 そんなレイの様子を見て、何を考えているのか分かったのだろう。声の主は抑えた声で笑う。


『儂はゼパイル殿を知っているが、ゼパイル殿は儂を知らなかったじゃろうな。儂はあくまでも当代随一、世界最高の魔術師と名高かったゼパイル殿を一方的に知っておっただけなのでな』


(なるほど、TVとかで見るアイドルを一方的に知っているようなものか)


 声の主の言葉に頷き、先を促す。


『何しろゼパイル殿が生きたあの時代は、今では考えられん程の天才達が揃っておったからの。それこそ、あの当時にいた魔術師が1人でもこの時代にいれば不世出の大天才として扱われるような才能の持ち主が揃っておったのじゃ。今思えば、まさにあの時代が魔術師にとっては黄金時代と言ってもいい程の煌めきを放っていたのじゃよ』

「……なるほど。あんたもその天才の1人だった訳か」

『そうじゃな。この時代ならばそれこそ今も言ったように大天才と呼ばれる程の才能を持っていたが、所詮あの時代で考えればせいぜい中の上といった所じゃったよ。じゃからこそ儂がゼパイル殿を知ってはいても、ゼパイル殿は儂を知らなかった。それこそあの天才の中の天才が集まって結成されたゼパイル一門には到底入れないような程度の天才じゃったがな』


 声の主は己を卑下するかのように呟きながらも、頭の中に響く声はどこか郷愁といったものをレイに感じさせていた。


「で、その数千年前に生きていたっていうあんたが今もまだ生きてるというのは……」

『ふむ、もう予想がついておるのじゃろう?』


 声の主の言葉に頷くレイ。その存在がこの迷宮にいる可能性についてはエレーナやヴェル達と話していたからだ。


「リッチ」

『正解じゃ。さすがにゼパイル殿に選ばれただけあって鋭いようじゃな。そう、儂は死霊術士としては先程も言ったように中の上程度の天才ではあったのでな。自分をリッチとして転生する儀式を行ったのじゃよ』

「……数千年を生き抜いてきたリッチか。それはもう、リッチと言うよりはリッチロードとでも表現すべき存在に思えるけどな」

『ハッハッハ。リッチロードか、それはいい。次からはそう名乗ることにしようかの』


 笑い声がレイの脳裏に響くが、実際に数千年の時を生き抜いており、さらにその間も魔術の研鑽を積んでいるのだ。その実力は間違い無くリッチロードと呼ぶのに相応しいものがあるだろう。


(いや、ロードというより死霊の王、あるいは皇帝。リッチキングやリッチエンペラーの方が相応しいかもしれないけどな)


 そんな風に考えていると、どこからともなく拳大の水晶玉が空中をフワフワと浮きながら移動し、レイの手元へと収まる。


「これは?」

『ゼパイル殿の跡を継ぐ後継者に対してのちょっとしたプレゼントじゃよ。それは対のオーブというマジックアイテムでな。それに呼びかければ、儂が持っているオーブと繋がって自由に連絡を取れるようになっておる』


(携帯のようなもの、と考えていいのか? とにかくあって困る物じゃないのは事実か)


「くれるというのなら、ありたがく貰うが……何でここまで親切に?」

『先程も言ったが、ゼパイル殿は生前の儂が幾ら追ってもその背中すら見えぬ位置にいたお方じゃ。数千年の研鑽を積んだ今でも追いつけたとは正直思ってはおらん。そんなゼパイル殿の後継者と折角出会ったのじゃから、その縁は大事にしたいと思ってな』

「一期一会、か」

『何じゃ、それは?』

「俺の世界に伝わる諺のようなものだな。その出会いは一生に一度しかないと考えて、その縁を大事にしろって意味の」

『なるほど、まさに今の儂とお主に似合いの言葉じゃな。……一期一会か。どれ、では折角の縁なんじゃし儂の姿を見せないままというのも失礼に当たるじゃろうな。今から姿を現すが、気を抜くでないぞ』


 声の主はそう警告し、目の前の空中にソレは姿を現した。そしてその姿を視界に入れた瞬間、レイの背筋には冷たい汗が大量に浮き出てくる。

 ゼパイルに保証されたのだから、魔力だけは自分の方が上だろうと自信を持って言える。だが目の前のソレを見た瞬間、一瞬でも気を抜けばすぐにでも意識を失うだろうというのを本能的に理解していた。この声が聞こえた途端にセトがああも怯えたというのは、目の前にいるのがどれ程の存在なのかを本能的に悟っていたからなのだろうとレイには思えた。

 姿としては非常にシンプルなリッチのそれだった。骸骨がローブを着込んでおり、その手には魔法の杖が握られている。そしてその頭蓋骨には何らかの王冠のような物を被っている。それだけなのだ。だが、その姿を見た瞬間にレイが感じたのは『死』という概念だけであった。


『む? すまんの、ちょっと刺激が強すぎたか。……これでどうじゃ?』


 リッチが呟くと、徐々にではあるが目の前の存在から感じられる圧迫感が消えていく。そして数秒後にはレイもまた何とか身動きが可能なレベルになっていた。


『ほう、このくらいでもう動けるか。さすがゼパイル殿の後継者といった所か』


 褒めるような声がレイの頭の中に響いてくるが、その賞賛の声にもレイはただ苦笑を浮かべるのみだった。


(セトがランクAのグリフォン。……だとするとこのリッチにモンスターランクを当てはめるとしたらSランクか? いや、そんなレベルで収まるものじゃないだろう。……さすが数千年を生き抜いたリッチと言うべきだな)


『改めて挨拶をしておこうか。儂が先程からお主と話をしていたリッチ……いや、リッチロードのグリムじゃ。よろしくのう、ゼパイル殿の遺志を継ぐ者よ』

「レイだ。……まだまだ研鑽中の身ではあるが、いつか俺もそのゼパイルの遺志を継ぐのに相応しい力を身につけたいとは思っている」

『うむ、これからも修練を怠らぬようにな』


 目の前に浮かんでいるリッチからは、不思議な程にレイ自身に対する敵意というものは感じられない。いや、むしろどちらかと言えば親しみを感じさせるような雰囲気すら漂っている。それがこのグリムと名乗ったリッチがゼパイルに対して抱いていた憧れが影響しているのだろうというのはレイにも理解出来た。

 そして、ふとそんなグリムの視線が壁の隅で怯えつつもレイを心配そうに見つめているセトへと向けられる。

 自分に視線が向けられたと知るや否や恐怖で身体を震わせつつ、それでも自分の大好きな相棒のレイを守る為に一歩を踏み出す。


『ほう、幼き身なれど儂に立ち向かうか。見事じゃ。レイよ、お主の魔力で産み出されただけあってその潜在能力は底知れぬ物がありそうじゃな。……じゃが、今も言ったがまだまだ幼き魔獣よ。魔獣術としての真価を発揮する為には今暫く研鑽の時が必要じゃろうて。……このまま無事に成長を続けたなら、それこそゼパイル殿達の魔獣術で産み出された魔獣のように、一匹で一国の軍隊を圧倒するような魔獣に成長するやもしれんな。その成長速度と多種多様なスキルを習得していくのが魔獣術最大の強みじゃ。次に会う時にどれ程の力を得ているのか……楽しみにしておるぞ。さて、儂もそろそろこの辺で失礼させて貰おうかのう。こう見えて色々と忙しい身じゃて』


 そう告げ、その身体が次第に薄くなっていき……数秒後にはグリムの姿はどこにも無かった。


『レイ、そしてセトよ。先程の女といい、今日は良き出会いに満ちていた。また機会があったら会おう。……いや、何かあったら対のオーブにて儂に連絡をする事じゃ』


 その言葉を残しながら。

 そしてグリムが消えた次の瞬間、今まで動きの止まっていたエレーナ達が再び動き出す。


「レイ、どうした? 地下に下りるってエレーナ様が言ってるんだが」


 呆然とグリムの消えた場所を眺めていたレイへとヴェルが声を掛けてくる。

 その声で我に返ったレイは、他の者達に見つからないように対のオーブをミスティリングへと収納してからセトを急かしてそのまま階段へと向かう。

 ……どこか真剣な様子で何かを考え込んでいたエレーナと共に。

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