0091話
「向こうもいい加減諦めて欲しいんだが……な!」
エレーナの連接剣が鞭状に伸びてスケルトンの顎を真下から貫きつつ、その勢いを利用して背骨から頭蓋骨を弾き飛ばす。
「全くです! 執念深いったらないですよね!」
頭蓋骨が無くなったスケルトンへと向かってパワー・アクスを横薙ぎに振るうアーラ。その威力は凄まじく、斧はスケルトンの左腕を砕いて肋骨にめり込み、その胸に収まっている魔石をも砕く。
「……」
そしてモンスターの、特にアンデッドの核とも言える魔石が砕かれるとそのスケルトンは言葉も無いまま骨がバラバラになり地面へと落ち、永遠の眠りにつくのだった。
そんな2人の横ではキュステとヴェルが協力しあいながらもスケルトンへと対処をしている。
そしてその背後では……
『炎よ、我が意に従い敵を焼け』
呪文を唱え、魔法発動体でもあるデスサイズの先端に30cm程の火球が現れ……
『火球!』
魔法を発動するのと同時に振り下ろされたデスサイズから放たれた火球が、背後からレイ達へと距離を詰めていたゾンビ達へと命中する。
その隣ではセトが大きく息を吸い込み、ファイアブレスを吐き出しながら複数のゾンビを炎に包んでいた。
威力だけで言うのならレイの放つ火球は一撃でゾンビを消滅させる威力を持つが、その対象はあくまでも1匹でしかない。良くてその1匹とその周囲にいる敵に対して多少のダメージといった所か。それに対してセトのファイアブレスは威力そのものは火球よりも低いが、広範囲に攻撃可能なので至近距離まで近付いたゾンビは火球で、まだ距離のあるゾンビはセトのファイアブレスで纏めて攻撃するといった手段を取っていた。
最初に現れた敵はスケルトンのみだったこともあり、レイやセトの攻撃で楽勝だと思われたのだがまるで無限ループを抜けた時の繰り返しとでも言うように背後からもゾンビが現れた為に、結局腐臭や腐肉、腐汁といったものが厄介なゾンビは火球とファイアブレスを使えるレイとセトが。そして前方の、既に骨だけになっているスケルトンに関してはエレーナ達が担当することになったのだった。
そしてその戦いもゾンビを文字通りに一掃したレイとセトがスケルトン組の援護に入ったこともあり、戦闘が終了するまではそれ程の時間を必要としなかった。
「ふぅ、素材は取れないわ、魔石を破壊しないと俺達じゃスケルトンをどうにも出来ないから討伐証明部位の魔石も取れないわ、戦って体力を消耗するだけ損だよなぁ」
ヴェルの言葉に、苦笑を浮かべながら頷くレイ。
「全くだ。もっと上級のスケルトンだったりしたら骨そのものが素材として買い取ってくれるんだがな。まさに骨折り損のくたびれもうけって奴だな」
「何だ、それは?」
レイの言葉に首を傾げながら尋ねるエレーナ。首を傾げた影響で縦ロールが揺れる様子を目で追いながらも説明をする。
「師匠に教えて貰った諺って奴です。疲れるだけで何の利益にもならないって意味ですね。……ただ、俺達の場合に限って言えば文字通りに骨を折ってたりしますが」
「くっくっく。まぁ、確かにな。そういう意味だとアーラが一番骨折り損って奴だな」
「ちょっ、ヴェル! それ酷くない!?」
「いやいや。何しろ元々が剛剣の使い手として名高いアーラが武器を斧に持ち替えたんだから、まさに破壊王! って言ってもいいと思うけどね」
「……へぇ。なら折角だしヴェルのその良く動く口でも破壊してあげましょうか?」
ゆらり、とパワー・アクスを持ち上げるアーラに危機感を抱いたのか慌てて距離を取り、レイと話すのも嫌だと距離を取っていたキュステの背後へと回り込む。
「じょ、冗談だって。何もそんなにマジにならなくでもいいじゃんか。な、キュステ。お前もそう思うよな!?」
「私をお前達のくだらない諍いに巻き込むな。いや、だがそうだな。確かにヴェルのその良く回る口は一度破壊して貰った方がいいのかもしれないな。アーラ、任せる」
「私にお任せあれ。さすが護衛部隊の隊長だけあって判断力は高いわね」
キュステにその肩を掴まれて人身御供のように差し出されたヴェルは背後を振り向きながら必死に口を開く。
「おい、キュステ! 親友を売る気か!?」
「誰が親友だ、誰が」
「はいはい、ヴェルの親友であるアーラが今行くから待っててね」
「ちょっ、おいこら。お前本気で怒ってるだろ!?」
そんな半ば漫才じみたやり取りをを眺めながら、レイはエレーナ達の攻撃で砕け散っているスケルトンの骨へと目を向ける。
(これがもっと上級のアンデッドの骨なら入れ食いなんだがな)
以前よりもモンスターから素材を剥ぎ取るという行為に慣れてきたとは言っても、まだまだ剥ぎ取り途中でミスをして素材の処理を失敗することもあるレイにしてみれば剥ぎ取りの必要が無く、骨を拾っただけでそれがそのまま素材として売り払えるというのは酷く魅力的に感じていた。
……もっとも、その場合は炎の魔法等を使うのではなく今回エレーナ達がやったように物理的な意味で魔石を破壊しないといけないのだが。
そんな風に考えながらスケルトンの残骸を見ていると、エレーナが手を叩いて注目を集める。
「よし、そろそろ探索を再開するぞ。隊列は先程までと変わらずだ」
その指示に従い、素早く前衛、中衛、後衛と別れて通路を歩き始めて数分、進行方向にどこか見覚えのあるものを見つける。
「エレーナ様、前方に扉発見しましたけど……しかも2つ」
そう、レイの視線の先には壁の左右に向かい合うようにして2つの扉が存在していた。
レイからの報告を聞き、微かに眉を顰めるエレーナ。
それもしょうがないだろう。この階層で最初に見つけた扉は、その中にある小部屋その物がループ空間に誘い込む為の罠だったのだから。
「……無視する?」
エレーナの隣でヴェルがそう尋ねるが、すぐに首を振る。
「いや、下に降りる為の階段がある可能性を考えるとそれは出来ない。調べないままにここを通り過ぎて、最終的にこの小部屋に階段がありましたとかになったら洒落にもならん。ヴェル、罠の有無を。前回の時のようなことが無いように念入りにな」
「へーい。で、どっちから? 右? 左?」
「どっちでも構わん。どのみち最終的には両方とも調べることになるんだからな。お前が調べやすい方から調べろ」
「あーいっと。じゃあまずは右からだな。他の人は周囲の警戒をよろしく」
レイとセトを追い抜き、右側の壁に設置されている扉を調べ始めるヴェル。エレーナ達はそのヴェルを守るようにして扇状に広がる。
エレーナの狙いとしては、ヴェルが罠を調べている間に少しでも体力を回復させようという狙いだったのだが……その狙いはすぐに崩れ去ることになる。
「あれ? この扉、罠の類は一切ないよ? 鍵も掛けられてないし」
「……何?」
「ほら」
余程に自分の目に自信があったのだろう。皆の前で堂々とその扉を開くヴェル。それを見ていた者達は一瞬構えるが、実際に何かの罠が作動した様子も無かったので武器を下ろす。
「ヴェル、罠がないのは分かったが少しは慎重に行動してくれ。もし遅延式の罠とかがあったらどうするつもりだったんだ?」
「その辺は俺を信用して欲しいな。さて、部屋の中身はっと……ん? あー、駄目だなこりゃ」
部屋の中を覗き込んだヴェルが苦笑を浮かべながら首を振る。その様子から大体の予想が付いたが、それでも念の為と部屋の中を覗き込む一同。
「確かにこれはねぇ……」
苦笑を浮かべるアーラ。その他の面子も特に口には出さないが内心ではアーラと同意見なのか、苦笑を浮かべたり無言で首を振ったりとそれぞれが落胆の色を隠せないでいた。
部屋の中には本当に何も無かった。先程の無限ループの起点となっていた小部屋にしても、いかにも意味あり気に宝箱が置かれていたというのに――中身はモンスターだったが――この部屋には本当に何もない部屋だったのだ。唯一部屋の中にある物を答えろと言われれば、埃と答えるしか無い程に。
「……ヴェル、悪いが一応部屋の中を調べてみてくれ。もしかしたら隠し扉や隠し階段といった類があるかもしれないからな」
「え? この部屋を調べるの!?」
「そうだ。頼んだぞ」
「……はいはい、分かりましたよ」
「では他の者は警戒しながら休憩だ。そろそろ時間的には昼だろう。ヴェルが調べている間に私達の分だけでも手早く済ませることにしよう」
「ちょっ、エレーナ様。俺の分は!?」
「お前はこの部屋を調べ終わってからだ。安心しろ、昼食を食べたら少し休んでから次は左の部屋を調べて貰うからな」
「何か俺、ダンジョンに潜ってから扱き使われすぎなような……いや、まぁそれを承知で来たんだから文句は無いけどさぁ……」
ブツブツと愚痴を言いつつも部屋の中を調べ始めるヴェル。それでもエレーナが念を押して手を抜くなという風に言わないのは、口では文句を言いつつもその仕事ぶりは信頼されている証なのだろう。
「さて、じゃあ昼食はミートパイと野菜たっぷりのコンソメスープ。あぁ、セトは朝食の時に焼いておいたオークがあるからそれでいいか?」
「グルルルゥ」
レイの質問に頷きながら鳴くセト。ただし、その視線は微妙に先に出されたミートパイの方にも向けられている。
「グルゥ」
ちょーだい、とばかりに小首を傾げるセトに思わず笑みを浮かべながら頷くレイ。
「分かった分かった。俺の分を味見程度にだぞ」
元々人造の肉体という影響で燃費が悪いレイはその分人よりも多く食べるのだが、それでもまだセトより食べる量が少ないというのはエンゲル係数的に幸福なことだったのだろう。……装備品は自前で摩耗も殆ど無く、買う物といったら日用品や依頼で使う消耗品、あるいは趣味と実益を兼ねて本の類といった所なのでエンゲル係数が高くてもそれ程苦労はしないのだが。
「……うわっ、美味しい! パイ生地はサクッとしてて、中にはお肉とかキノコがこれでもかってばかりに入ってる」
「アーラ、このコンソメスープも絶品だぞ。職人の技という物には感心させられるな」
アーラとエレーナの2人が美味しそうに昼食を食べている隣では、セトもレイからミートパイを一口貰って満足そうに喉の奥で鳴いている。
そしてキュステはレイとは反対側に陣取って無言で昼食を口に運んでいるのだった。
「毎回食事の度に思うが、レイの持つアイテムボックスというのは便利極まりないな。補給隊を連れて行軍していてもここまで豪華な食事を口には出来ないぞ」
「豪華、ですか? 貴族としての食事としては質素な部類に入るんじゃ?」
「確かに貴族としての食事と考えればそうだろう。だが、騎士団や軍隊として動いていると配られる糧食は基本的に質素なものだからな。ギルムの街を出る前にお前に軍用の保存食の類を一応持って貰っただろう? あれが一般的だ。……まぁ、中には階級によって食事が違ったりする所もあるし、何かを勘違いした馬鹿貴族は自分の家の料理人を連れてきて家にいる時と同じような食事をとる者もいるが……ケレベル公爵軍では兵と騎士、あるいは指揮官の連帯感を持たせる為に基本的には皆一緒の食事となっている。その身からすれば特に苦労もせずにこうして食事の度に暖かい、出来たての料理が食べられるというのは非常に豪華だよ」
優雅な所作でスープを口へと運ぶエレーナの話を聞きながら、レイもまたミートパイの最後の一口を食べ終える。
そして丁度その時、右側の壁にある小部屋からヴェルが姿を現す。
「さっきからいい匂いがしてると思ったら……このアンデッドの巣窟で馬鹿になってる鼻でも美味そうな匂いってのはきちんと嗅ぎ分けられるってのは凄いよな。……あ、部屋の中はしっかりと調べたけどやっぱり特に何もない本当に普通の空き部屋だったよ。もちろん隠し階段や隠し部屋の類も無し」
「そうか、ご苦労だった。ではレイから食事を貰って昼食にしてくれ。私達はそろそろ食べ終わるからお前が休憩している間は周囲を警戒しておこう」
「りょーかいりょーかいっと。さて昼飯は……お、ミートパイとコンソメスープか。いやぁ、どっちも俺の好物だから嬉しいねぇ」
嬉しそうな笑みを浮かべ、早速レイに渡されたミートパイへと噛ぶりつくヴェルだった。