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0087話

「何とかなった……か」


 戦場跡にエレーナの声が響く。

 その視線の先には連接剣により頭部を貫かれて絶命をしているウォーターモンキーの希少種の姿がある。つい数秒前まではモンスターの群れを率いていた存在だ。

 そのまま周囲を見ると、その希少種に率いられてエレーナ達へと襲い掛かってきたモンスター達は尽く死に絶えている。

 また、背後の森ではセトに牽制されていたウォーターモンキー達が自分達のボスが死んだのを見てそれぞれが散るように森の中へと消えていく。


「エレーナ様、お怪我はありませんか!?」


 アーラがパワー・アクスを手に近寄ってくるのを見ながら、小さく頷く。


「うむ、私は問題無い。それよりお前の方こそ大丈夫か? 慣れない斧を武器に前衛を任せてしまったが……」


 エレーナに怪我が無いと知り、笑みを浮かべているアーラの様子を確認するエレーナ。その様子を見た限りでは怪我を負っている様子は無いらしくこちらもまた安心する。


「はい。多少の怪我はしましたが、それは殆どかすり傷のようなものでしたし、その怪我もキュステの魔法で回復して貰いました」

「……そうか、キュステもご苦労だったな」


 アーラの後に続くようにして歩いてくるキュステへと向かい声を掛けるエレーナ。


「いえ、回復も私の役目ですので」


 戒めの種の件でレイと色々と揉めたのだが、キュステ本人にはそれを受容したエレーナに対して思う所はないようだった。……そう。エレーナに対しては、だ。

 忌々しそうな目で自分へと近づいて来ているレイを睨んでいるキュステを見て、思わず溜息を吐く。

 そしてレイもまたキュステが自分を睨んでいるのを気が付いているだろうに、まるで気にした風もなくエレーナへと声を掛ける。


「このまますぐに地下に降りますか? それともここで暫く休憩を?」

「……そうだな、地下3階では降りてすぐにリザードマンや蜘蛛に襲撃をされたのを考えると、多少ここで休憩していった方がいいだろう。レイ、セトに周囲の警戒を頼めるか?」

「分かりました」


 レイはエレーナの言葉に頷き、未だ森の方を警戒しているセトの方へと向かい歩いて行く。

 その後ろ姿を見送りながら、レイとキュステの不仲に頭を痛めるエレーナだった。






「セト、今回は助かった。ほら、取りあえずこれでも食ってくれ」

「グルルゥ」


 背後で頭を悩ませているエレーナにも気が付かずに、森の方を警戒しているセトへと話し掛けるレイ。

 その手には干し肉が握られており、差し出されたその干し肉をセトは喉を鳴らしながらクチバシで咥えて口の中へと収め、地面へと寝転がる。

 レイもまた地面へと腰を下ろしてセトへと寄り掛かりながらミスティリングから取り出した水筒に口を付けて喉を潤していた。


(さて、エレーナ自身は『戒めの種』を受け入れた。アーラも同様だろう。ヴェルにしても上司には従うといった雰囲気を見せていたから問題は無いとして……そうなるとやはりキュステか。あそこまで強硬に反対した以上はどさくさ紛れに俺をどうにかして『戒めの種』の件を無かったことにしたいと考えてもおかしくはない筈だ。そうなるとこれから背後には注意した方がいいだろうな)


「グルゥ?」


 どうしたの? とばかりに顔を擦りつけてくるセトの頭を撫でながら時間を過ごしていると、誰かが自分達のいる方へと近付いてくる足音がレイの耳に入ってきた。

 つい先程まで考えていた内容が内容だったので、殆ど反射的に地面へと置いてあるデスサイズへと手を伸ばしかけ……その足音の持ち主が誰であるのかを理解して手を止める。


「レイ。そろそろ出発しようと思うのだが、その前に倒したモンスターの回収を頼む」


 そう、近づいて来ていたのはエレーナだった。

 苦笑を浮かべているエレーナに、レイもまた苦笑を返して頷く。


「分かりました。地下5階は昨日冒険者達から聞いた情報によるとアンデッドが多いらしいので、このパーティではちょっと厳しいかもしれませんが……」

「そうだな、私達だけでは厳しかっただろう。だが朝食の時にも言ったようにこのパーティには幸い炎の魔法を得意とするレイに、先程も見たファイアブレスを使えるセトもいる。それだけでも十分助かるさ」


 基本アンデッドというのは炎を弱点としている者が多い為、エレーナ達だけでは苦戦していた危険性が高いだろう。そういう意味でもレイがこのパーティに派遣されたのは幸運だったとエレーナは内心で思う。

 そんなエレーナの言葉を聞きつつも、デスサイズを手に立ち上がるレイ。そのまま指示された通りにモンスターの回収へと向かおうとし……ふと立ち止まってエレーナの方へと振り向く。


「エレーナ様。『戒めの種』の件、決して忘れないようにお願いします」


 その言葉に意表を突かれたのだろう。面白そうな笑みを浮かべながらもすぐに頷く。


「もちろんだ。私の名に懸けて一度した約束は必ず守る。それとも何だ? もしかして姫将軍の名に懸けてした約束を私が破るとでも思っているのか?」

「いえ、エレーナ様が破るとは思っていません。けど、そう言い切れないのがいるでしょう?」


 レイが誰のことを言っているのか分かったのだろう。数秒前まで浮かべていた笑みを消して口を開く。


「分かっている。正直、私としてもキュステがあそこまで頑なになるとは思っていなかったからな。……相性が悪い、というべきか。元々貴族以外に対しては傲慢な態度を取ることも多かったのだが、今回の件ではよりそれが酷くなっているように感じられる」

「その辺は俺には分かりませんが、向こうが『戒めの種』の件を無かったことにしようとして仕掛けてきた場合は俺としても大人しくやられるつもりはないということだけは理解しておいてください」

「構わん。私は私の名に於いてその『戒めの種』とやらを受け入れることを承諾し、その結果あの消耗戦を潜り抜けることが出来たのだ。それなのにいざ命の危険が去ったらそんな約束をした覚えがないと言い張るような下劣な行為を行う積もりは一切無い。もし本当にキュステがそれを求めてレイへと手を出そうというのなら斬っても構わん。いや、その場合は私自らの手で処分を降すと約束しよう」


 きっぱりとそう告げるエレーナの目は真剣だった。

 誰よりも誇り高く、それ故に自分の部下達にも同様のものを求めるというのを如実に表している視線だ。

 そしてその視線を見たからこそだろう。どこか今まで緊張してエレーナと対峙していたレイの身体からすっと力が抜ける。


「分かりました。エレーナ様の言葉を信じさせて貰います」


 そう言葉を残し、エレーナが倒した曲刀を持ったリザードマンをミスティリングへと収納する。

 その後もウォーターモンキーの希少種や側近と思われる4匹を収納していき、ゴブリンやファングウルフといったランクの低いモンスターにしても何らかの使い道があるかもしれないとして、その場にあったモンスターの死骸全てをミスティリングへと収納する。

 最終的には戦場となった場所に残っているのはモンスターの流した血の跡や、あるいは斬り飛ばされたりした部位のみとなっていた。それらはこの場所へと残していくと他のモンスター達を引き寄せる可能性もある為に地面へと埋めることになった。

 そしてそれ等の行動も一段落し、いよいよ地下5階へと降りることになる。


「いいか、地下3階で遭遇した冒険者達から得た情報によると地下5階はアンデッドが現れるらしい。その為に隊列を変更する。前衛を炎の魔法が使えるレイに、ファイアブレスを吐けるセト。中衛を私とヴェル。後衛をアーラとキュステとする」

「あの、エレーナ様。斧が武器の私が後衛というのは……」


 どこか困ったように呟くアーラだったが、エレーナは躊躇無く首を振る。


「私がこの地下5階でお前に求めているのは、背後からの奇襲を受けないようにすることだ。ゾンビやスケルトンといった実体を持っているアンデッドなら足音や身動きをする音で気が付く可能性も高いが、ゴーストの類は音もなく忍び寄ってくるからな。その為に勘の鋭いアーラと観察力の高いキュステを後衛にした」

「わ、分かりました! エレーナ様の期待に応えて見せます!」

「ああ、頼りにしている。キュステもいいな?」

「問題ありません。背後からの奇襲は私が防いでみせましょう」


 笑みを浮かべながら頷くキュステ。

 実はこの隊列、エレーナは前日まではキュステを自分と中衛に、そしてヴェルをアーラと共に後衛にする方向で考えていたのだ。だがウォーターモンキーとの戦いの時の『戒めの種』を巡って起こったレイとキュステの諍いを見て、そして先程レイから聞かされたキュステが襲い掛かって来た時にはそれなりの対応をするという発言を考えた結果、この隊列にせざるを得なかった。エレーナにしてもダンジョンを探索中にキュステがレイを背後から魔槍で狙う可能性が無いとは言い切れないと判断したのだ。


「よし、行くぞ」


 エレーナの言葉に頷き、レイとセトを先頭にして階段を下りていく。

 地下3階の時のように奇襲をされないように全員がいつでも反撃に出られる準備をしており、また同様にセトも期待されているファイアブレスをいつでも吐けるように準備を整えていた。

 そして螺旋状になっている長い階段を下りきって地下5階へと到着したレイ達が見たものは……


「ダンジョン、キノコ、森と来てまたダンジョンか」


 目の前に広がる光景を見て、思わずレイが呟く。

 そう、今レイの目の前に広がっているのは地下1階や2階と同様のダンジョンそのものだった。壁も同様に光っており、道幅の広さもセトが楽に戦闘を出来る程度の広さがある所も同じだ。ただ違う場所がたった一つ。


「グルゥ」


 悲しそうに鳴くセト。その理由はレイにもすぐに分かった。それは……


「臭い、な」


 そう、そこら中から漂ってくる肉の腐ったような腐臭。


(いや。腐ったような……じゃないな。ここはアンデッドが出没する階層なんだから実際に肉が腐った死体の匂いだと考えるべきか)


「確かに臭うけど、そこまで臭いかな?」


 最後尾でアーラが首を傾げて呟く。隣でそれを聞いていたヴェルは思わず鼻を掌で覆いながら口を開く。


「いや、これは確かにきついな。アーラみたいに普通の嗅覚の持ち主なら問題はないんだろうが、俺やセトみたいに五感が鋭いと結構厳しい。レイも同様らしいが」


 これまでレイの高い戦闘能力については理解していたつもりでも、五感までもが自分と同レベルに鋭いとは思わなかったのだろう。どこか意外そうな目でレイを見るヴェル。


(いや。あの顔の顰め具合からして、俺よりも嗅覚が鋭いのかもな)


「まぁ、どのみちこの階層は抜けないといけないんだから我慢するしかないって。この匂いを嗅いでればそのうち嫌でも慣れるからさ」

「それは麻痺するということだと思うんだが……まぁ、いい。どのみちヴェルの言う通りにこの階層で足踏みをするよりはさっさと通り抜けた方がいいのは事実だしな。行くぞ、セト」

「グルゥ」


 先程よりは多少だけ力が戻った声で鳴き、前へと進み始める。

 幸い今の所は一本道である以上道に迷うことが無いというのは一行にとって幸いだったのだろう。

 ダンジョンの通路を歩きながらいつでもデスサイズを振るえるように手に持ち、セトの姿を視界に入れて思わず眉を顰める。


(この階層では臭いの影響でセトの嗅覚は当てに出来ないか。……いや、それでもまだ視覚や聴覚に頼れるというのは救いと考えるべきだな。あるいは第六感的な直感もあるし)


 そしてやがて通路を真っ直ぐに歩くこと10分程。レイの隣を歩いていたセトの足がピタリと止まる。


「セト?」

「グルルルゥ」


 暗闇の向こう側を見ながら警戒するように低く唸るセト。

 その様子を見ただけで何が起きているのかが分かったレイは、握っていたデスサイズの柄をしっかりと握りしめて何が起きても対応出来るように構える。

 そしてレイの後ろを進んでいたエレーナ達もまた、その様子を見てどういう事態が起きているのかが分かったのだろう。それぞれが武器を構えて暗闇の先を見据える。

 カチャッ、カチャッ、カチャッ、カチャッ。

 そんな軽い音が次第にレイ達の方へと近付いてくる。


「この足音だと……スケルトンか?」


 モンスター辞典で読んだアンデッドの項目を思い出して呟くレイ。

 その答えが正解であったのは、それから1分もしないうちに判明した。壁の明かりに照らされて白い骸骨が2体姿を現したのだ。


(いや。スケルトンだから2匹、と数えるべきか)


 身体中を肉の欠片の一つもない白い骨で構成された、まるで人体模型のような姿。頭蓋骨の中にある目も空洞になっているのが非道く印象的に感じられた。人体模型と一番違う部分は魔石その物がスケルトンの体内で肋骨に守られるようにして存在していることか。魔法を使わない物理攻撃でアンデッドを倒す時には、この魔石を直接破壊するのが一番手っ取り早い手段となっている。

 向かって右側のスケルトンが錆び付いているロングソードを持ち、左側のスケルトンは槍を持っておりその剣先と穂先をレイとセトへと向けて構えていた。

 そして、その2匹のスケルトンは無言のままにレイ達へと襲い掛かって来る。

 骨がダンジョンの床を叩くカッチャ、カッチャといった足音を立てながら迫ってくる2匹。そんなスケルトンを冷静に見据えながらレイは口を開く。


「セト」


 レイの指示と共に一歩前へと進み出るセト。その間にもスケルトンは近付いてくるが、それに構わず大きく息を吸い込み……


「グルルルルゥッ!」


 雄叫びとともにそのクチバシからは炎が吐き出される。セトの持つ唯一のLv.2スキルであるファイアブレス。その威力は武器を構えて自分に近付いてくるスケルトン2匹を瞬く間に炎に飲み込んでいく。ダンジョンの通路には瞬間的にファイアブレスの影響により数℃程温度が上がり、同時にダンジョンの壁が仄かに発光している明かりよりも尚明るく周囲を照らし出す。

 数秒後、セトが吐き出していたファイアブレスを止めた時に残っているのは黒く焦げて地面へと崩れ落ちている骨の数々と半ば溶けかけている長剣と槍の2つのみだった。

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