0086話
セトの王の威圧のおかげでようやく森を抜けたレイ達。だが、その視線の先にはまるで待ち受けるかのように2m程の大きさを持つウォーターモンキーの希少種が存在していたのだった。
「……もしかして、私達ってあいつらにまんまと誘き寄せられたとかだったりする?」
パワー・アクスを手にしながら、信じられないといった様子で誰にともなく呟くアーラ。だがその呟きを聞いていたエレーナは首を振りながらそれを否定した。
「いや、違うな。もし本当に私達を誘き出したのだとしたらもっと戦力を充実させていてもいい筈だ」
エレーナのその言葉に他の面々は敵の数を改めて確認する。
そこにいるのは、まず一番目立っているウォーターモンキーの希少種。そしてその周囲には1mを多少越える程度の大きさを持つ、希少種の側近と思わしきウォーターモンキーが数匹。さらにその周囲にはファングウルフやポイズントード、ゴブリンといったお馴染みのモンスターの姿も存在している。そして1匹だけ曲刀と盾を装備したリザードマンの姿もあるが、確かにエレーナの言う通りにその数は少ない。全てを合わせても30匹前後と言った所だ。そして……
「奴等の背後を見ろ。私達が探し求めていた物の姿があるぞ」
続けて放たれたエレーナの言葉にモンスター達の背後へと視線を向けると、確かにそこにはレイ達が探し求めていたダンジョンの地下5階へと至る階段が存在していた。
「私達の目的は地下5階へと向かうことだが……レイ、あの希少種をここに残していった場合は下の階まで追ってくると思うか?」
「正直、不明としか。ですが地下2階の最後に仕掛けられていたトラップは蜘蛛の糸を流用した物でした。そして地下3階に下りてすぐに巨大蜘蛛に襲われたことを考えると可能性としては高いかと」
「仕方が無い、か。背後からもこちらを狙っているしな」
たった今抜け出して来た森の方へと視線を向けるエレーナ。その視線の先には木の枝に集まっているウォーターモンキーの群れが存在していた。ただしセトがそちらへと視線を向けて牽制している為に動くに動けないといった状況らしい。
「背後の敵はセトに任せろ。それ以外の者は前方にいる希少種とその他雑魚共を片付ける。行け!」
エレーナから出されたその命令に軽く眉を動かすレイ。共に前方の群れへと向かいながらセトへと指示を出す。
「セト、お前は森にいるウォーターモンキー達の警戒を頼む!」
「グルルルゥッ!」
セトの戦意に満ちた鳴き声を背に、エレーナの背後を守るようにして考える。
(確かにセトの力はあの群れを相手にしても一歩も引かないだろう。だが、それでも背後をつい先程半ば脅した俺がテイムしているセトに任せるとはな。剛胆と言うか……俺が自分達を見捨てて逃げるとか考えなかったのか? いや、その可能性も考えた上で俺達に背後を任せたと見るべきか)
そんな風に考えている間にも、前方でこちらを待ち受けているモンスターの集団との距離は徐々に縮まっていく。
向こうも向こうでレイ達に先手を取らせたくは無いらしく小手調べとばかりにファングウルフやゴブリンが飛び出していく。
『炎よ、我が意に従い敵を焼け』
魔力を込めて呪文を唱え、デスサイズへと火球を精製。それを大きく振り払う。
『火球!』
放たれた火球は先頭を走るアーラとキュステを追い越し、レイ達へと向かって来ていた敵前衛部隊の中央へとぶつかり爆発を引き起こす。
叫び声も上げられずに消し炭と化したゴブリンやファングウルフ。まさに出鼻を挫かれた格好になったモンスターの集団は、一歩踏み出すのを躊躇する。
「アーラとキュステは手当たり次第に敵を殲滅しろ。ヴェル、魔法を使用可能なウォーターモンキー達を牽制。レイ、回り込んで敵の側面から攻撃を仕掛けろ!」
その怯んだ一瞬を好機として、エレーナが指示を出す。そしてそのレイ以外の3人は流れるようにその指示に従った行動を取り始める。
振るわれたアーラのパワー・アクスはまだ残っていたファングウルフを文字通りに唐竹割りにし、キュステの魔槍はゴブリンの胴体を貫通して一撃で絶命させる。前衛を援護しようとして水球を放とうとしていたウォーターモンキーは、ヴェルの放った矢によりその行為を妨害されていた。それぞれに細かい指示を出しつつ、エレーナもまた連接剣を振るって切り込んできたリザードマンと斬り結ぶ。
まさに寸分の狂いもなく行われたその連携に改めて感心しつつも、戦闘を行っている場所から大きく回り込みながら迂回していく。
そんなエレーナ達の背後では自分達のリーダーが戦闘を行っているのを見て手助けをしようとして動こうとするものの、その度にセトに鋭い眼を向けられて動けずにいるウォーターモンキー達。
ただでさえモンスターとしての格の差があるというのに、現状では王の威圧を使われているおかげでウォーターモンキーの得意とする素早い動きも出来なくなっている。いや、それ以上にこのまま襲い掛かれば間違い無く死ぬという恐怖がその足を竦めていたのだった。
そんな風に膠着状態になっている背後の様子を横目で一瞬だけ確認しつつ、とうとうレイは戦場となっている場所を迂回して敵集団の真横へと突入する。とは言ってもエレーナ達に対してファングウルフやゴブリン、あるいは虎の子のリザードマンも既に迎撃に出している以上は、本陣とも言えるウォーターモンキーの希少種の側に存在しているモンスターの数は既にかなり減っている。希少種の側近的な存在である他よりも大きいウォーターモンキーが4匹に、移動速度の差でエレーナ達の迎撃に回されなかったポイズントードが3匹のみだ。
そんなモンスター達を視界に捕らえつつもまだ十分な距離があるのを確認してからその場で一旦停止し、呪文の詠唱を開始する。
『炎よ、全てを燃やし尽くす矢となり雨の如く降り注げ』
呪文が紡がれるに従い、レイの周囲へと腕の長さ程の炎の矢が形成されていく。その数、約50本。
さすがに炎の矢が大量に出現したのには気が付いたのか、希少種の顔が勢いよくレイの方へと向けられる。同時にレイが使おうとしている魔法がどれ程の威力を持っているのかも気が付いたのだろう。慌てて側近へと何かを命じようとするが……既に遅い。
『降り注ぐ炎矢!』
魔法が発動し、レイの背後に浮いていた50本を越える炎の矢は魔法発動体でもあるデスサイズが振り下ろされた方向へと向かい、その魔法名通りに降り注ぐ。
「キキキキッ!」
悲鳴を上げるウォーターモンキー。レイとしてはこれで敵を一掃出来る……とは思わないまでも、希少種にダメージを与えられれば運がいいだろうという牽制の一撃程度に思っていた。だが、希少種はレイが予想もしていなかった行動を取る。
「キキィッ!」
何と、近くにいたポイズントードを捕まえて自分に降り注ぐ炎の矢に対する生きた盾としたのだ。
その様子を見ていた周囲のウォーターモンキーもまた、自分達のリーダーの真似をして近くにいたポイズントードを生きた盾として構える。
そして着弾。炎の矢は盾にされたポイズントードの、あるいは周囲より出遅れた為に為す術が無かったウォーターモンキー達の身体中へと突き刺さる。
同時に敵へと命中しなかった炎の矢が地面へと着弾した衝撃により大量の土埃が周囲へと舞い上がり、半ば煙幕のように周囲を覆い隠す。
「スレイプニルの靴、発動!」
それを見るや否や、スレイプニルの靴を発動して1歩、2歩、3歩と空中を駆け上がっていくレイ。
同時に土煙を貫くようにして数発の水球が飛び出してくるが、既に空中にいるレイに命中する筈もなく、地面へと着弾して周辺の土を弾けさせていた。
空中を駆けて、地上10m程度まで駆け上がったレイ。そのまま土煙が徐々に晴れてきたのを見ながら、スレイプニルの靴の効果が切れて落下していく。
目眩ましをしてからの上空からの奇襲。先程放った炎の矢は、全てこの一撃の為の布石だった。
地上へと落下しつつ、標的である希少種の姿を探すレイ。だが予想外に土煙の上がり方が派手であった為か、まだ視界は完全ではない。
(ちぃっ、希少種の判別は不可能か。……ならっ!)
既にレイは地上5m程度まで落ちており、このままでは折角の奇襲も意味が無いと判断して取りあえず一番最初に目に付いたその影へと魔力の通したデスサイズの刃を振り下ろす。
「はぁっ!」
「ギッ!?」
肉と骨を斬り裂き、あるいは砕く感触を手にデスサイズを振り抜いて標的を唐竹割りにする。
「……ちっ」
内臓や血を地面へと散らかしながら左右へと別れたその対象を見て、思わず舌打ちを一つ。
完全に土煙が晴れた後にレイの目に入ったのは標的としていた希少種では無く、その側近と思われるウォーターモンキーだったからだ。
そして背後から感じる空気を斬り裂く音。その音を耳にした瞬間、殆ど反射的に地面へとしゃがみ込む。
「キキキィッ!」
しゃがみ込んだまま持っていたデスサイズの柄を背後へと大きく振るうと、次の瞬間には肉と骨を金属で殴りつけたようなゴキッという鈍い音が周囲へと響く。
「キィッ!」
続いて何かが地面へと倒れこむ音と、痛みに耐えかねたような悲鳴。背後へと振り向き素早くデスサイズで地面を這うような状態から斬り上げる一閃を放ち、背後に倒れていたウォーターモンキーの首を切断する。
同時にチラリと一瞬だけ確認した右の方に見えた大きな影へと向けて、たった今切断したばかりの頭部を蹴り上げ、その頭部を追うようにして地を蹴りデスサイズを構えたまま間合いを詰める。
「キキィッ、キィッ!」
今まで見てきた中でも格別に巨大なその影。本来はレイよりも大分小さい筈のウォーターモンキーの筈だが、レイよりも頭1つ分も大きいその影は紛れも無くこの群れを率いているウォーターモンキーの希少種だった。
自分へと迫ってきた仲間の頭部を、つい数秒前に炎の矢を受け止めたポイズントードの死骸を振り回して弾き飛ばす。そのすぐ後ろから迫ってきたレイへと向かい口を大きく開き……
その口を見た瞬間、レイの背筋にゾクリとした悪寒を感じて反射的に横へと地面を蹴る。
そしてレイが地を蹴ったのと殆ど同時に希少種の口から紫色をした液体が吐き出された。
「キィッ!」
だがそれを間一髪で回避したレイに、怒りの声を上げながら再び口を大きく開ける希少種。それを見たレイは再び地を蹴ろうとしたのだが……
「キキキキッ!」
そうはさせじとウォーターモンキーの側近の生き残り2匹が挟み込むように爪を振りかぶって襲い掛かって来る。
「レイッ!」
レイの名前を呼ぶのと同時に空中を泳ぐように一条の光が煌めく。モンスターの集団と戦っていたエレーナの連接剣による一撃だ。その鋭く素早い一撃は、ほんの一瞬でレイに襲い掛かってきたウォーターモンキーのうち一匹の喉笛を斬り裂く。そして続けてヴェルから放たれた矢がもう1匹の右足へと命中してその動きを鈍らせる。
それを見た瞬間、レイは振り下ろされたウォーターモンキーの腕を回避しながら場所を入れ替わるようにしてその背を押してやる。そしてそこへと飛んできたのは希少種の口から放たれた紫色の液体だった。右足に矢を射込まれ、レイによってバランスを崩されたウォーターモンキーにその液体を回避出来る筈も無く……その液体を顔でまともに受け止める。そして次の瞬間。
「ギギギギキキキキキィッッ!」
悲鳴を上げながら地面を転げ回る。顔を押さえているが、その手の隙間から見えた顔面はまるで火を付けた蝋燭のように溶け崩れており、半ば頭蓋骨が露出しているのがレイにははっきりと見ることが出来た。
「ちぃっ、溶解液の類か!」
暴れ回っているウォーターモンキーの胴体をデスサイズで斬り裂き息の根を止め、これで残るのはとうとう希少種一匹となる。
だが、その残る最後の1匹はいつでも先程の溶解液を吐き出せるようにとレイや近付いてくるエレーナ達を睨みつけている。
(……どうするべきか)
目の前に残った希少種を倒すのは簡単だろう。溶解液は確かに脅威だが、それは所詮一方向にしか吐き出せないのだ。つまりは皆が一斉に掛かればそれこそ向こうは為す術もない。だが……最初に希少種に攻撃を仕掛けて溶解液を回避する役目を誰が好き好んでやるだろうか。そう思った時、ふとレイの目に希少種の右肩が目に入る。
そう、水に覆われているにも関わらず鋭く斬り裂かれて血が流されるままになっている右肩が。
そしてそれを見た瞬間、何故急にウォーターモンキーの襲撃が始まったのかを理解する。森の中でレイが投げた槍。恐らくあの槍がこの希少種に怪我を負わせ、その怒り故に襲撃を決意させたのだろう。
(なら話は難しくない)
内心で呟きながら、連接剣を構えているエレーナへと声を掛ける。
「エレーナ様、今から俺が奴に対して槍を投擲して攻撃します。そうすると恐らく俺へ激しい敵意を向けてくると思うので、その隙を突いて攻撃をお願いします。近付くとあの溶解液で万が一の可能性があるので、出来れば中距離か遠距離で」
「……なるほど。そう言えば確かにレイが槍を投擲したのがこの戦いの始まりだったな。いいだろう、だが口から吐き出すあの液体には気をつけろよ」
エレーナもまた、レイの言葉と右肩に怪我をしている希少種を見て大体の事情を理解したのか頷きながら連接剣を構える。
「キキキッ、キッ、キキキキキィッ!」
威嚇をしながらレイ達を見ている希少種の前へと1歩進み出るレイ。そして意味あり気にデスサイズを持っている手を前へと突き出す。
「キィッ?」
不思議そうな顔をする希少種。その目の前でレイはデスサイズをミスティリングの中へと収納する。
「キキィッ!?」
当然アイテムボックスという物の存在を知らない希少種は目の前にあった大鎌が消えたという事態が理解出来ないままに騒ぎ、それでもなおいつでも溶解液を吐き出せるようにして警戒していた。だが、その警戒心も次の瞬間には崩れ去り怒りがその頭を支配する。何しろ目の前の小柄な男の手に見覚えのある槍が現れたからだ。
そう、それはつい先程自分の右肩を斬り裂いていった槍と寸分違わぬ槍だったのだから。
「キキキキキィッ!」
その槍の持ち主を見た瞬間、殆ど本能のままに目の前にいる男へと溶解液を吐き出していた。
「そう来ると思っていたよ!」
だがそれは、レイにとっては予想されていた行動。すなわち回避するのは難しくなかった。そして予定調和のようにエレーナから放たれた連接剣がその刀身を鞭状に伸ばし……希少種の頭部を連接剣の先端の刃が貫くのだった。