0085話
「敵の追撃をどうにかして、尚且つ敵を率いる希少種にどうにか出来るかもしれない手段に心当たりがあります」
レイがそう呟いたその瞬間、エレーナを含めてその場にいる全員の視線がレイへと集まる。
「……ほう、それはどういう手段だ?」
「その前に。この手段は俺の奥の手に等しいものです。ここで使わないと俺にも危険があるので使わざるを得ませんが、条件が1つ」
「言ってみろ」
「俺の魔法に『戒めの種』という魔法があります。それは魔法を使う時に設定した条件、例えばこの場合は俺がこれから見せる能力を他人に伝えないといったものを破ると魔法が発動して体内を焼き尽くされるというものです。これを受け入れて貰えるのなら俺も切り札を使いましょう」
レイがそう言った瞬間、その顔の真横へとキュステが放った魔槍の切っ先が出現していた。
「……貴様、図に乗るのもいい加減にしろよ? 平民の分際で貴族である私やエレーナ様に行動を縛る魔法を使わせろだと? 身の程を弁えろ!」
その怒声が周囲へと響く中、キュステからの殺気が周囲へと広がる。だが、レイはそれを何でも無いかのように受け止めながら口を開く。
「セト」
「グルルルルゥッ!」
その一言。レイの口から放たれたその一言でセトの前足がキュステの持っていた魔槍へと振り下ろされて地面へと叩き付けられる。
「ぐっ!」
幾ら腕に自信のあるキュステとは言っても、さすがにグリフォンの膂力に敵う筈も無い。ましてやセトは剛力の腕輪というマジックアイテムを装備しており、その膂力は増幅されているのだ。
あっさりと自分の持っていた魔槍を地面へと叩き付けられ、その痺れた手に呻くキュステ。
そんなキュステへと冷たい視線を向けながらレイは言葉を続ける。
「どうしてもこちらの条件を飲むのが嫌だというのなら、それでもいいだろう。お前達だけでこのダンジョンに挑むといい。俺はセトに乗って地上に戻らせて貰うがな」
「ふざけるな! お前はそもそも護衛としてラルクス辺境伯に派遣された冒険者だろう! それが護衛対象を見捨てて逃亡してもいいと思っているのか!」
「ふんっ、今まで散々人を見下しておきながらいざとなったらそれか。肥大化したプライドと実力が釣り合ってない貴族の典型なんだろうな」
「貴様ぁっ!」
痺れた手で地面へと叩き付けられた魔槍へと手を伸ばそうとするキュステだったが、その手が魔槍の柄に触れた瞬間。自分の首筋へとピタリと付けられているデスサイズの刃に気が付く。
「どうした? その槍を手に取るんじゃないのか? 自慢の槍なんだろう?」
「ぐっ!」
まさに一触即発。それを見ていたエレーナ達にしてみても、もしキュステが何らかの行動を起こそうとした場合は首に突きつけられた刃が命を奪うというのは明白だった。それ故に迂闊に動くことも出来ずに口を開く。
「レイ、キュステから離れてくれないかな。キュステにしても今のは確かにやりすぎだと思うけど、殺される程じゃないだろ?」
ヴェルの言葉に苦笑を浮かべつつも、デスサイズをキュステの首から外す。
それを確認し、安堵の息を吐くヴェルを横目にエレーナが口を開く。
「戒めの種、と言ったな。それはどうしても必要なものなのか?」
「そうですね、切り札に関して他人に漏れると俺とセトにとっては色々と不都合が多いので。俺から出せる選択肢は3つです。1つ目は戒めの種を使うのを条件として、こちらの切り札を使用してこの場を切り抜ける。2つ目は戒めの種を使うのを拒否する。尚、この場合は申し訳ありませんが俺とセトはここでエレーナ様達と別れることになります。3つ目、折衷案ですが俺の切り札を使わないで先程の様な状況でこの場を何とか切り抜ける。この場合は出来るだけ一緒に行動しますが、いざとなった場合は2つ目と同様にセトと逃げさせて貰います」
「……少し時間をくれ。ちなみに、炎壁の方はどのくらいで消える?」
「大体10分程と言った所ですね」
「……5分くれ」
それだけ言うと、目を瞑って何かを考え始めるエレーナ。
その様子を見ていたレイだったが、横からヴェルに声を掛けられる。
「俺達と別れるって言うけどさぁ、エレーナ様がラルクス辺境伯の領地で死んだ後にどうなるか分かって言ってる?」
「ああ。色々と貴族派とやらのちょっかいは受けるだろうな」
「それを承知の上であの3つの選択肢を提示した訳?」
「そもそもランクD冒険者でしかない俺に過剰な期待をされてもな。本気で護衛を求めているのならランクDまでとかいう風に限定的なランクで探したりしないで、きちんとランクAとかBを選べばいいだろうに」
「……こっちにも色々と事情があるんでね。キュステ……はともかく、アーラは今の話を聞いてどう思った?」
パワー・アクスを手にしていたアーラは、ヴェルの問いかけに素っ気無く答える。
「私としてはエレーナ様の命令に従うだけよ。エレーナ様がその『戒めの種』を受け入れるというのならそれを尊重するし、受け入れないというのならそれを尊重する。そして……」
持っていたパワー・アクスを大きく振りながらその視線をレイへと向ける。
「エレーナ様がレイ殿を倒せと命じるのならそれを受け入れるのみです」
「……一応、その斧は俺のなんだがな。別にアーラにやると言ってもあくまでも貸しただけであって、所有権を譲った訳じゃないんだが」
「そうですね。確かにこのパワー・アクスはレイ殿の所有物です。ですが現在は私が借りている以上、私がどう使おうと自由でしょう?」
「ふん、なるほど。そう来るか。確かにその理屈でいけばそうだが……」
レイが更に口を開こうとした時、エレーナの目が開けられる。
「レイ、一つ聞きたい。お前の言う切り札とやらを使えば、確かにこの窮地をどうにか出来るのだな?」
「確実に、とは言えません。ですが先程よりも大分楽になるのは保証します」
「……折衷案だ。この場でその戒めの種とやらを使うのはやめてもらおう。継承の祭壇で私の身体にそのような魔法が掛かっていると、どのような悪影響があるか分からないからな。その代わり継承の祭壇で無事私の目的を果たすことが出来たらこのダンジョンを脱出する前に戒めの種とやらを使っても構わない。申し訳ないが、これが私の出来る最大限の譲歩だ」
エレーナのその言葉を聞き、内心で考えるレイ。
(継承の祭壇とやらで何か悪影響が出るということは、恐らくそこでエレーナに何らかの行動を起こすんだろう。となると、確かにその時に戒めの種を植え付けているのは拙い。となると……)
チラリ、とエレーナ以外の3人へと視線を向ける。
その視線の意味を察したのか、エレーナが再度口を開く。
「悪いが、この場でこの3人に魔法を使うというのも許可は出来ない。この3人にしても継承の祭壇でやるべきことがあるのでな」
「……その言葉をそのまま信じて俺の切り札を使え、と?」
「そうなる。ただしお前の言う通りにここを無事に切り抜けられたとしたら、そして継承の祭壇でやるべきことを済ませた後ならその戒めの種を受け入れるとケレベル公爵家の名に於いて約束しよう」
「……公爵家、ですか」
呟き、視線の先にいるのは険悪な目でレイを睨みつけているキュステ。その態度から、貴族の名に於いて約束をされたとしても安心出来無いというのがレイの正直な気持ちだった。
エレーナもまた、その視線の先を見てレイが何を言いたいのか理解したのだろう。苦笑を浮かべながら再び口を開く。
「では、姫将軍の名に於いて約束しよう。これなら受けてくれるか?」
「……分かりました。近隣に鳴り響いているエレーナ様の姫将軍という名前に誓ってくれるというのなら、俺もそれを信じましょう」
「うむ。キュステ、ヴェル、アーラ。お前達3人も構わないな?」
その問いに、アーラは迷い無く頷き、キュステとヴェルは不承不承頷く。
「さて、ではその奥の手とやらを説明して貰えるか? 炎壁の効果もそろそろ終わるのだろう?」
「そうですね。セト!」
「グルゥ」
レイの呼びかけにセトが鳴いて近付いていくる。
「奥の手というのはセトに関してです。こうして見る限りではセトは普通のグリフォンに見えますが、実は一種の希少種の類で他のグリフォンには出来ないようなことが色々と出来ます。例えば……セト、炎壁に向けてファイアブレスだ」
「グルルルゥッ!」
レイの指示に、セトが高く鳴きそのクチバシを開いて大きく息を吸い……次の瞬間には紛れも無いファイアブレスを吐き出して炎壁の向こうでレイ達の様子を窺っていた数匹のウォーターモンキーへと命中する。毛皮の外側に水を纏っているだけあってさすがに一撃で仕留めるという訳にはいかなかったが、それでも結構なダメージは与えたらしくウォーターモンキーは悲鳴を上げながら炎壁から遠ざかっていった。
その様子を唖然として眺めているエレーナ達へと向かいレイは再び口を開く。
「ご覧の通り、普通のグリフォンには出来ないようなことが出来る訳です。他にも幾つかありますが、今回使うのはセトの雄叫びを聞いた敵全ての速度を低下させるというものです」
「……何? 全ての敵を、か?」
「はい。目算で大体1割程度速度を落とさせることが出来ます。他にもその雄叫びに萎縮して動けなくなったりする敵もいるようですが、こちらはそれ程期待しない方がいいでしょう」
レイの言葉にセトが褒めれ、とばかりに頭を擦りつけてくる。
その様子に笑みを浮かべながらセトの頭をコリコリと掻いてやるレイ。
「確かにウォーターモンキーの特徴はあの身軽さだし、レイ殿の言うように1割程でも速度を低下させられると言うのならこの場を切り抜けるのは難しくはないんじゃないの?」
「うん、私もヴェルと同意見かな。キュステは?」
「……ふんっ、好きにしろ」
アーラの言葉に鼻を鳴らして応えるキュステ。だが、一瞬だがレイへと向けた視線には忌々しげなものだった。
「では、セトのその能力を使ってここを突破するとしよう。やることは簡単だ。炎壁の効果が消えた瞬間にセトが雄叫びを使用。敵の速度が遅くなった所を一点突破だ」
(雄叫び、ね。まぁ、王の威圧とか言っても信じられないだろうから雄叫びで通した方がいいか)
「一点突破はいいんだけど、進む方向はさっきと同じ方向でいいのかい?」
ヴェルの言葉に頷くエレーナ。
「どうせ地下5階へと続く階段を探している途中なのだ。それで問題無いだろう」
そう言いながら、次第に炎の勢いが弱まってきている炎壁へと目を向ける。
「さて、そろそろか。皆、装備の確認をしろ。体力的には多少厳しいかもしれないが一気に切り抜けるぞ!」
その命令にそれぞれが自分の武器を確認する。とは言ってもレイとエレーナ、キュステの3人の武器はマジックアイテムなので今の所は全く問題無い。ヴェルに関しては弓矢なのでレイのミスティリングから矢の補充を済ませておりこちらも問題無い。最後の1人であるアーラはむしろ先程まで使っていた長剣よりも合っているのかパワー・アクスを片手で握りしめている。
そして緊張感に満ちた数分が過ぎ……唐突に炎壁が消滅する。同時に好機を見逃してたまるかとばかりに纏まって襲い掛かってくるウォーターモンキー達。そして……
「セトッ!」
レイの合図を聞き、セトは王の威圧を発動させて高く鳴く。
「グルルルルルルルルルルルルルルルゥッ!」
その声を聞いた瞬間、明らかにウォーターモンキー達の動きが鈍る。そしてレイやエレーナはその一瞬の隙を見逃す程に悠長な性格はしていなかった。
「行くぞ、一点突破だ! 襲い掛かって来る敵だけ迎撃しろ!」
先頭を走るのはアーラとキュステ。速度を鈍らせながらも飛びかかってくる敵をパワー・アクスで迎撃するアーラ。パワー・アクスの名前通りに、振るわれたその一撃は頭だろうが手足だろうが、あるいは胴体であろうが文字通りに弾け飛んでいく。アーラの通った道の後には、ウォーターモンキーから吹き飛ばされた四肢や頭部、あるいは内臓といったものが散らばっていた。その横ではキュステもまた魔槍を繰り出し襲い掛かってきたウォーターモンキーの胴体を的確に貫いていく。水を操る能力を持った魔槍というのは毛皮を水で覆って防御に、あるいは水球のように攻撃に利用するウォーターモンキーにとってはまさに天敵以外の何物でもなかった。
そして襲い掛かってきた者達の背後からは援護として飛ばされた水球が幾つも放たれる。王の威圧を使ったとしても水球を放つまでの動きは鈍くなるものの、水球自体の速度は先程と変わらない。それを迎撃するのは中衛のエレーナとヴェルだ。刀身が伸び、鞭丈になった連接剣が迫り来る水球を次々と迎撃し、着弾前に破壊しては地面へとその水を散らしていく。そして水球を放ったウォーターモンキーはセトの王の威圧をまともに受けている為に動きを鈍らせており、ヴェルが放った矢により射貫かれる。
一番楽をしているのは恐らく後衛であるレイとセトだろう。何しろ王の威圧を放ったセトが存在している為にウォーターモンキー達も怯えや恐怖、あるいは畏怖といった感情により迂闊に攻撃を仕掛けられない。それでも数匹は何とかその鈍った体を動かしてセトではなく隣を走っているレイへと襲い掛かるが、物量戦を仕掛ける訳でもなくほんの数匹。それも動きの鈍った敵はレイの振るうデスサイズにより命を刈られていった。
「エレーナ様、森を抜けるようです!」
先頭を走っていたアーラの叫び声。その声に一行が視線を進行方向へと向けると、確かに視線の先には森の切れ目を見つけることが出来た。
「よし、一気に突っ切るぞ! 森の中でなければこちらが有利だ!」
エレーナのその指示に、全員一丸となり森を抜け……その先に待ち受けるかのように2m程の大きさを持つウォーターモンキーが存在しているのを見つけるのだった。