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0083話

「……来ているな」


 思わずレイがそう呟いたのは、朝食を食べ終わり出発して2時間程経ってからのことだった。

 少し前からセトが時折喉を鳴らしながら周囲の様子を窺っているのを見て確信する。


「レイ殿、何が来てるんですか?」


 一行の先頭からアーラに尋ねられ、樹木に囲まれている周囲へと視線を巡らしてから口を開く。


「恐らくは昨日も戦ったウォーターモンキーの群れだろう。セトの様子を見る限りでは周囲一帯を囲むようにしているようだが……」

「だがそれでは昨日と同じではないか? 希少種と思われるモンスターに率いられている集団が一度失敗したのと同じ方法を取るとは思えないが」

「エレーナ様、希少種とは言えモンスターを買いかぶりすぎるのもどうかと思います」


 疑問を抱いた感じのエレーナへとキュステが告げる。

 その様子を見ながら、レイはいつウォーターモンキーの群れに襲われてもいいようにデスサイズの柄の感触を確かめつつも内心で考える。


(確かにキュステの言っているのは間違っていない。ただし、それは率いているのが希少種ではない場合だが。昨日数秒見ただけだが、あの希少種は間違い無く高い知性を持つ存在だった。となると……)


「あるいは罠、というのもあるかもしれませんね」

「罠だと? モンスター風情がか?」


 不機嫌そうに後ろを歩いているレイへと視線を向けてくるキュステ。だがレイは既に何日か行動を共にしてそんなキュステの扱いにも慣れたのか、特に気にした様子も無くエレーナへの説明を続ける。


「昨日と同じ行動を取ることによって、どうとでも対応が出来る……そう思わせるのが目的だとしたら?」

「なるほど、こちらの油断を誘う為か。そうしておいてこちらの予想外の一手を仕掛ける」

「はい。そう考えると十分警戒しておいた方がいいかと。……木々に隠れていなければいくらでも攻撃手段はあるのでそれで牽制が出来るのですが、ここを縄張りにしているモンスターらしく上手く地形を活かしてこっちの視界に入らないようにしてるので手が出せません」

「ん? 魔法以外で何か遠距離攻撃の手段があるのか?」


 どこか興味深そうに自分へと視線を向けるエレーナに、ミスティリングから1本の槍を取り出す。

 ただ一言槍とは言っても、その槍はキュステの使っているような魔槍といったマジックアイテムでもなければ、あるいは業物の類でもない。本当に極普通の、それこそ街を巡回している一般の警備兵辺りが使っているような槍だった。

 実はこの槍、ランクアップ試験の時に倒した盗賊のお宝を分けたレイの取り分だったりする。


「そんな槍でどうするつもりだ? 私に対しての皮肉なら褒めてやるが」

「別にそんなつもりはないさ。ただ単純に……」


 キュステに答え、デスサイズを近くの木へと立て掛けてウォーターモンキーがいると思しき方向へと向けて……投げつける!

 レイ自身の人外とも言える筋力によって投げられた槍は投擲用の槍ではないにも関わらず、瞬時にその場にいた者達の視界から消え数秒後にドゴンッ! という鈍い音が周囲へと響き渡った。


「……外れか」

「うわ、何今の速度。っていうか、ああいうのが使えるんならわざわざ魔法とかいらないんじゃないの?」


 ヴェルが唖然として呟くが、それに対するレイは無言で首を横に振る。


「そもそも使い捨てに等しいから、槍の残量にはまだ結構な余裕があるとは言っても安易に使えるような手じゃないんでな。回収出来るかどうかも分からない一回限りの攻撃なら、魔力消費だけで済む魔法を使った方が圧倒的にコストパフォーマンスが上だ。何しろ魔力は自然に回復するんだからな」

「はぁ、なるほど。そういうもんですか」


 レイの答えに呆れたように溜息を吐くヴェル。


「それに魔法と違って魔力を使って誘導とかも出来ないしな。その結果、今みたいに攻撃が外れる訳だ」


 先程聞こえてきた鈍い音は恐らく木の幹に命中した音だろうとレイは判断していた。もしウォーターモンキーに当たっていたとしてもそれ程深い傷ではないだろうと。


「あー、なるほど。大体分かった。そう考えると確かに使い勝手は悪いよな」

「いざって時に使えればいい程度に思ってくれ。……さて、時間をとって悪かったな。そろそろ階段探しに戻ろうか」

「了解了解っと」


 ヴェルが頷き、再度皆で地下5階へと降りる為の階段を探しながら進み始める。


「でも、妙だよな」


 生い茂って通路を塞いでいる形の蔦を短剣で切り裂きながらヴェルが呟く。


「妙って何が?」


 その横で同様に突きだしている木の枝を剣で切りながらアーラが尋ねる。


「ほら、夜営した場所を出発してから2時間は経ってるのに未だにモンスターの1匹すら出てこないって妙じゃないか? ここが普通の森ならともかく、ダンジョンの中なのに」

「うーん、レイ殿が倒したオーガがこの辺じゃ頂点に立ってたとか?」

「お馬鹿。上の階での出来事を忘れたのか? このダンジョンの中では種類の違うモンスターも何故か協力してただろうに」

「……でも、そうなるとあのオーガとかって何を食べて生きてるのよ。まさかこの森の中になっている木の実だけとか?」

「……」


 アーラの指摘は予想外だったのだろう。驚きの表情を浮かべながら蔦を切る手を止めるヴェル。

 アーラのその疑問は誰にも答えようがなかった。何しろ協力関係を結んでいる以上は他のモンスターを食うということが出来ないのだ。そうなると雑食性のモンスターは植物を食べてればいいだろうが、オーガのように肉食のモンスターは何を食べているのか。


「まぁ、普通に考えればモンスターでもない普通の動物もダンジョン内にいるって所だろうけどな」

「確かにその可能性はあるか」


 エレーナが納得したように頷き、連接剣を鞘から抜き放つ。同時にキュステもまた無言で魔槍を、レイはデスサイズを構える。


「グルルルルルル」


 セトもまた喉の奥で鳴いて周囲を警戒している。そして……


『キキキキィッ!』


 周囲へと鳴き声を響かせながら一斉にウォーターモンキーが木々から襲い掛かってきたのだ。


「これは、やっぱりさっきの一撃が原因か!」


 鋭い牙を剥き出しにして空中を跳んできたウォーターモンキーをデスサイズで横薙ぎに一閃。その胴体を2つに分断し、同時に反対側から襲い掛かってきた別の1匹の頭部を柄の部分で殴りつけて吹き飛ばす。頭部の中身を周囲へと散らかしながら地面へと叩き付けられるウォーターモンキーを一瞬だけ視線で追い、素早く身を翻すレイ。次の瞬間には木々の上から飛んできた水球がほんの一瞬前までレイの身体があった場所を通り過ぎていく。


「くそっ、俺を集中的に狙ってるのか!」

「どうやらそのようだな。大方先程の槍を投げたのがレイだと見られていたんだろう……なっ!」


 エレーナが連接剣を振り下ろすと、刀身が鞭状に伸びて空中で複雑な軌道を描きながらウォーターモンキーへと迫り、数匹の喉を斬り裂いていく。

 その近くではセトが木を蹴って立体的に動きながらも飛びついてくるウォーターモンキー達を前足やクチバシ、あるいは後ろ足で吹き飛ばして行く。


「モンスター風情が、私を相手にするとは身の程を知れ!」


 キュステが魔槍を使って放つ連続突きは、ウォーターモンキーの毛皮を覆っている水へと干渉してその防御効果を一切発揮させずに胴体を貫く。


「昨日からしつこいんだよ、お前等は! アーラ、行け!」

「分かってる。エレーナ様に手出しはさせない!」


 ヴェルの放った矢はその威力の殆どの水に殺されて鏃がウォーターモンキーの肉体に刺さりはしないものの、その衝撃で地面へと落とすことには成功していた。そしてその落ちたウォーターモンキーへと向かうアーラの繰り出す一撃は、水の防御等は関係無いとばかりに肉体を斬り裂く……否、剛力に任せて切り裂いていく。

 戦闘としては圧倒的にレイ達が有利に進めている。襲い掛かっては返り討ちに遭って周囲を自分達の血で濡らしていくウォーターモンキー達。だが、それが20分、30分と続く消耗戦になってくると話は別だ。身体能力が人外染みているレイはともかく、他の4人は手練れの騎士ではあっても普通の人間でしかない。一瞬たりとも気の抜けない全力の戦闘を30分も続けていれば、さすがに体力に限界が来る。幾ら手練れではあったとしても、所詮は個人。物量に対抗する程の力を備えている者はそう多くはないのだから。


「はぁっ! ……え? きゃあっ!」


 まず最初に動きが鈍ってきたのはアーラだった。射程の長い連接剣を使っているエレーナや男のキュステ。飛び道具である弓を使っているヴェルに比べて、敵に接近して直接剣を振り下ろさなければならないアーラは他の者達よりも体力の消耗が激しい。同時にそれは、ウォーターモンキーの水の防御を突破する為にはアーラが得意とする剛力を常に発揮しないといけないという理由もあっただろう。


「アーラ!」


 振り下ろした剣を水に防がれ、仕返しだとばかりに襲い掛かってきたウォーターモンキーだったが、そこに突き込まれたのはキュステの魔槍だった。地を蹴り勢いが付いていた分、自分から槍の穂先へと当たりに行った形になり、水を操る魔槍により毛皮を覆っている水もその効果を発揮することなくその身を貫かれて絶命する。


「はぁっ、はぁっ、ありがとう、キュステ」

「礼はいいからもう少し踏ん張れ! モンスターと言えどもその数は無限という訳じゃない。そのうち途切れる筈だ!」

「わ、分かってるわ……よ!」


 気合いを入れ直して振り下ろした一撃は、ウォーターモンキーの毛皮を覆っていた水諸共にその身を左右へと強引に叩き切る。


「あっ!」


 だが、その強引な一撃がいけなかったのだろう。ウォーターモンキーの骨により、アーラの持っていた剣が刀身半ばで見事に折れたのだ。

 そしてそのチャンスを見逃して溜まるかとばかりに再び襲い掛かるウォーターモンキー。戦闘当初はレイを集中的に狙っていたにも関わらず、それを忘れたかのようにアーラへと襲い掛かり……


「飛斬っ!」


 レイの放ったデスサイズのスキルである飛斬によって数匹が纏めて真っ二つにされる。


「キキキィッ!」


 忌々しいとばかりにレイを睨みつけ、それでも尚武器を持っていないアーラへと襲い掛かろうとしたウォーターモンキーだったが、それよりも早く動く者の姿があった。


「私の仲間をやらせる訳にはいかんっ!」


 エレーナにより放たれた連接剣が、刀身を鞭と化し空中で複雑な軌道を描きながらまるで踊るように駆け抜け、その刀身が通り抜けた後には喉を切り裂かれて血を流しながら地面へと崩れ落ちる複数のウォーターモンキーの姿があるだけだった。

 その様子を横目に、レイはミスティリングからランクDパーティである鷹の爪のメンバーから巻き上げた長剣を取り出して投げつけた。

 レイの膂力により投擲されたその剣は、今にもアーラへと襲い掛かろうとしていたウォーターモンキーの顔面へと突き刺さって動きを止める。


「アーラ、安物の剣だが折れてるよりは使い物になる筈だ。それを使え!」

「すみません、レイ殿!」


 頭部へと剣を刺したまま命を失って地面へと崩れ落ちたウォーターモンキーから素早く剣を引き抜く。

 その隙に襲い掛かろうとしていた個体もいたのだが、そうはさせじと途切れることなく放たれたヴェルの矢により邪魔をされ、無事態勢を整え直すアーラ。


「ちぃっ、しつこい!」


 再び襲い掛かってきた3匹のウォーターモンキーに2つの水球。それらの攻撃に対して身を捻り最初の水球を回避し、デスサイズの刃で先頭のウォーターモンキーごと水球を切り裂く。血飛沫を上げながら水球と共に地面へと倒れこむその姿を横目に、重さを感じさせない動き――実際にレイに取ってはデスサイズは重さを殆ど感じさせないのだが――で刃を返し、たった今斬り殺した1匹の背後から襲い掛かってきたウォーターモンキーの胴体を上下2つに分断し、高く跳躍して死角となる真上から襲い掛かってきた最後の1匹はデスサイズを振り抜いたまま手首を返して柄の先端を鋭く真上へと突き出す。


「ギィッ!?」


 魔力を通されたデスサイズは、刃はもちろんその柄までもが凶悪極まりない武器と化す。

 その柄によって喉を貫通されたウォーターモンキーは聞き苦しい悲鳴を上げながら一瞬にしてその命を失い、文字通りに串刺しにされた状態になり……


「はぁっ!」


 デスサイズを大きく振るった一撃により、その死体を今にもエレーナへと襲い掛かろうとして隙を伺っていた別の個体に真横からぶつかり、共に吹き飛ばされるのだった。


「すまない、レイ! ふぅ……」


 レイの一撃によりようやく一息を吐くことが可能になり呼吸を整えるエレーナ。


(エレーナでさえもう息が上がっているか。まぁ既に1時間近く休み無く戦い続けているんだからそれも無理はないか。それを考えるのなら、まだ僅かに呼吸が荒いだけのエレーナをさすがと褒めるべきか)


 再び自分目掛けて襲い掛かってきたウォーターモンキーの、水を纏ったその胴体を切り裂きながらチラリと一瞬だけ周囲を見回す。

 アーラは体力の限界が近く、息を切らしながら剣を振るっているという既に精神力だけで保っている状態であり、その隣で槍を振るっているキュステもまた息を切らし始めている。後方から援護としてその2人へと矢を放っているヴェルにしても体力の消耗は明らかだった。

 既に体力に余裕があるのはレイとセト、かろうじてエレーナのみとなりながらもウォーターモンキーとの消耗戦は行われていく。

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