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0080話

 ウォーターモンキーに襲撃された場所から進むこと1時間程。まるで何かを隠すように存在していた茂みをアーラの剣が切り開くと、その先にはようやくレイ達が探し求めていたものを見つけることが出来たのだった。

 サラサラと流れる川。水は透明であり、中には魚が泳いでいるのも見える。


「……今更だが、ダンジョンの中に森があるのはともかく川があるってのはどうなんだろう? 上流まで辿っていけばどこに辿り着くと思う?」


 持っていた薬で軽く川の水をチェックしながら誰にともなく尋ねるヴェル。


「そもそもダンジョンに常識を求めるっていうのが間違ってると思うけどね。私はもう深く考えるのをやめたわ」


 そんなヴェルを護衛するようにして剣を手にアーラが返し、それもそうかとばかりに苦笑を浮かべるヴェル。


「よし。検査終了。エレーナ様、特に水質に問題はないので飲んでも大丈夫ですよ」

「そうか、ご苦労。さて……どこで野営をするかだが……」


 ヴェルを褒めてから周囲の様子を眺めるエレーナ。

 水辺ということは間違い無くモンスターの水飲み場となってる筈であり、そんな場所で冒険者が暢気に野営をしていれば襲って下さいと言っているようなものだ。

 その為には水場に近く、尚且つ周囲から目立たない場所が望ましいのだが……


「グルルゥ」


 周囲の様子を探っていたエレーナに、セトが喉を鳴らして近付いていく。


「どうした、セト? 腹が減ったのならレイにでも言ってくれ。私は特に食べるような物は持っていないぞ」

「グルゥ」


 違う、というように川の近くにある森の方へと顔を向けるセト。その視線を向けている方へとエレーナもまた視線を向けるが、何を示しているのかが全く分からなかった。


「レイ、セトが何を言っているのか分かるか?」

「恐らくセトの向いている方に野営に適している場所を見つけたんだと思います」

「……セトがそれを教えてくれるのか?」

「普通のモンスターよりも頭がいいですからね。身体構造上の問題で言葉こそ話せませんが、こっちの言葉は理解してますし」

「ふむ。なら取りあえず行ってみるか」


 呟き、1歩を踏み出した所でキュステが慌てたようにその後に続く。


「エレーナ様! 幾らエレーナ様がお強いからと言っても1人で森の中に向かうなんて無茶はおやめ下さい! ましてやいくら頭が良いとは言ってもモンスターが示したような場所を探索するのは……」

「……キュステ。確かにお前の忠誠心は嬉しく思う。だが、仮にもパーティを組んでいる相手を信頼しないというのは感心しないぞ」

「ですが!」

「はぁ、まぁいい。貴族の中で育って来たお前の考えがすぐに変わらないというのは分かっているさ。そんなに心配ならお前も付いて来い。……レイ、お前もだ。ヴェルとアーラはこの場で周囲の様子を警戒していろ」

「え? 私もここで待機ですか!?」


 どこか拗ねたようにそう呟くアーラだったが、エレーナはそれに構わずにセトを先頭にしてキュステとレイを従えて森の方へと進んで行く。


「何かエレーナ様、レイ殿と合流してからちょっと変わったよね」


 ボソリと呟くアーラに、近くにいたヴェルは意外そうな表情を向ける。


「そうかな? 俺としてはいつもとそう変わらないと思うんだけど」

「あんた、目がおかしいんじゃないの? 今までのエレーナ様ならああも簡単に他人の言うことを信じるなんて無かったでしょ?」

「けど、それは他人っていうかテイムされたモンスターだからだろ? それに実際野営する場所ってのは大事だし」

「……本当にそれだけならいいんだけど」


 どこか寂しそうに呟くアーラの視線は、森の中へと入っていくエレーナの背中を追っているのだった。

 その横では処置無しとばかりにヴェルが肩を竦めつつも律儀に周囲を警戒している。






「グルゥ」


 森の中に入り、数分。セトが立ち止まった場所は幹の部分に丁度数人分が入る程の洞が開いている巨大な木の前だった。

 幹の中は枯葉が積もっているだけで特にモンスターが潜んでいる様子や、何らかの死骸が打ち捨てられている訳でもない。


「……都合が良すぎる気がするが……」


 このタイミングで見つかったこれでもかとばかりに野営に向いたこの場所をエレーナは訝しんだのだが、既にダンジョンに突入して10時間程が経っている為それなりに疲労を覚えているのも事実であり、最終的にはここで野営をすることに決めたのだった。

 もっとも、セトの感覚は信頼出来るとレイが言い切ったことが強い後押しにはなったのだろう。その横では相変わらずキュステが不機嫌そうにしていたのだが。

 その後はアーラとヴェルの2人をここまで連れてきて早速野営の準備をすることになった。何しろダンジョンの中だというのに夕暮れを迎えつつあったのだ。


「……本当に、ダンジョンってどうなってるんだろうな? 太陽のように見える明かりがあるだけならまだ納得も出来るけど、まさか夕暮れとか夜まで再現されてるとはさすがに思わなかった」


 燃えるような夕焼けでオレンジ色に染まっている空を見上げながらヴェルが呆れたように呟く。


「さっきも言ったけど、ダンジョンでいちいちそんなことを考えても無意味でしょ」

「いや、理屈では分かってるんだよ。けど、こうして太陽が沈んでいく様子とかも再現しなくても……」


 夜を越す為に必要な薪を集めつつアーラとヴェルの会話を聞いていたレイが口を開く。


「推測で良ければ理由を説明出来るけど、聞くか?」

「本当か!? 推測でいいから是非教えてくれ。いやぁ、さすが魔法使いの弟子をやってただけあってどこかの直情剣士とは違うねぇ」

「ちょっ、ヴェル! それって私のこと!?」

「さてどうだろうな。まぁ、本人に自覚があるんならそうなのかもしれないな」


 そうやってアーラをからかっていたヴェルだったが、そこに近くで木の洞の中に入っていた草や枯れ木といった物を出してきたエレーナが口を挟む。


「ヴェル、あまりアーラをからかうな。レイ、私もお前の推測には興味がある。良ければ聞かせてくれないか」


 エレーナの言葉に頷きつつも、未だに公爵令嬢でもある彼女が雑用をやってるということに違和感を覚えるレイ。

 その辺を率直に尋ねてもみたのだが、『将が動いてこそ部下も続くものだ』と返されただけだった。

 尚、本来は貴族としてのプライド故にかそれこそ雑用には絶対に手を出したくない筈のキュステも、さすがに上司であるエレーナが率先して動いているのを見ては自分1人だけサボる訳にもいかずに不承不承ながら手伝いをしている。

 まさに将が動いて部下がそれに続くという実例を見せられては、レイもまたエレーナの言葉に納得するしかなかった。


「まぁ、それ程難しい話じゃないんですけどね。ダンジョンの核が自分達を守らせる為にモンスターを転移させているというのは知ってますよね」

「うむ。父上から今回の命令を受けた時にダンジョンのことを調べて、その時にな」

「じゃあ分かると思うんですが、転移させるモンスターというのは元々は外で暮らしていた存在です。つまり、朝と夜のある生活をしていた訳ですが、それが急にダンジョンの中に転移させられたらどうなると思います? 思考なんかは転移した時に何らかの暗示なり洗脳なりをするにしても、朝と夜という時間帯で今まで生活してて身体に染みついた本能とも言える部分はさすがに暗示や洗脳をしてもどうにもならない可能性が高い。ダンジョンの中というこれまでと違う環境というのはどうしようもないですが、生活の時間帯というのはご覧の通り何とかなる訳ですので、モンスターの体調なんかを考えた結果……という風なのが俺の推測ですね。もちろん色々と穴があるのは承知してますが」

「……確かにダンジョンを守るはずのモンスターが体調を崩しては折角の戦力も役に立たないか」


 レイの説明を聞き頷くエレーナだったが、ふと何かに気が付いたように口を開く。


「だが、もしレイの推測が当たっているのだとしたらダンジョン全てを外の環境に近づければ良いのではないか? 例えば地下1階や2階は普通のダンジョンだったし、地下3階はキノコが生えているという場所だった。あそこで戦ったリザードマンは基本的には水場に生息している筈だ。それを考えると、やはり自分で言ったように色々と穴がありそうだな」

「そうですね。そもそもダンジョンの核の考えを人として考えるというのが間違っているのかも知れません。あるいは核には核としての明確な判断基準があるのかもしれませんが……と、話しすぎましたね。そろそろ暗くなってきましたし早い所野営の準備を済ませてしまいましょう」

「そうだな。暗い中で野営の準備とかするのは嬉しく無いしな」


 エレーナが頷き、他の面々も同意見だったのか急いで野営の準備をするのだった。






「アイテムボックスというのはつくづく便利なものだな」


 ミスティリングから取り出した鍋に入っていた作りたてで熱々の具だくさんシチューを口に運びながらエレーナが感心したように呟く。

 さすが公爵令嬢と言うべきか、夜営で食べている夕食だというのにその仕草は洗練されたものだった。

 その仕草に感心しながら、レイもまたミスティリングから出したばかりの焼きたてのパンを口へと運ぶ。


「確かに騎士団とかが行軍する時に一番足が遅いのが補給部隊だからねー。アイテムボックスを持ってる人がいれば行軍速度は数倍まで跳ね上がるのは間違いないと思うよ」


 いつものように軽い口調で口を開くのはヴェル。その手にはポイズントードの後ろ足の串焼きとワインの入ったコップが握られている。

 もちろんダンジョンの中で夜営をするのだからワインとは言っても殆どジュースと変わらない程度の軽い物だ。

 尚、ポイズントードの串焼きに関しては地下1階でレイ達が仕留めて回収しておいた物だったりする。それをヴェル自身がナイフで捌き、ミスティリングの中に収納されていたタレを使って目の前で燃えている焚き火で焼き上げたものだった。

 アーラとキュステもまた、それぞれにミスティリングから出した出来たての料理を口にしている。

 そんな、とてもではないがダンジョンの中で摂る類の食事とは思えない豪華な夕食を楽しんでいる横では、同様に地下3階で倒したリザードマンのローストを美味そうに食べているセトの姿もあった。

 尚、リザードマン・ジェネラルや巨大蜘蛛に関しては貴重だという理由でまだミスティリングの中へと収納されたままである。

 レイやセトとしてはリザードマンの魔石を食べてもスキルの獲得が無かったので非常に残念そうだったが、肉の味的には問題なかったらしくセトはご機嫌で喉を鳴らしながらリザードマンの肉を食べている。

 そうして、皆が食事をしている中で具だくさんシチューとパンを食べ終わったエレーナが口を開く。


「さて、こうして夜営になった訳だが……見張りをどうする? 軍隊でなら見張りの部隊を数時間程で交代させていくのが一般的だが」


 視線がレイへと向いているということは、冒険者の場合はどうするのかを聞きたいのだろう。そう判断してレイは質問に答える。


「基本的にはそれと同じで構わないと思います。ただし、普通の軍隊や他の冒険者達とは違って俺達にはセトがいるので心配は殆どいらないかと」


 グルグルと喉を鳴らしながらローストされたリザードマンの尻尾を噛み千切っているセトの胴体を撫でるレイ。

 尚、セトが食べているリザードマンの尾は討伐証明部位の先端はしっかりと切り取り済みだった。


「何しろセトの五感の鋭さときたら人間とは比べものにならないくらいに鋭いですし、何かモンスターが襲ってきたとしてもそれこそダンジョンのボスとかでも無い限りはセト自身が倒してしまうでしょう。……ただ、何かあった時の為に1人ずつ交代でセトと一緒に見張りをするというのがお薦めですね」

「それは助かるが、そうなるとセトの身体を休める時間が無くなるのではないか?」

「その辺の心配はいらないかと。基本的には身体を休めている状態でもその五感は常に働いていますし、そもそもセトの場合はグリフォンという高ランクモンスターなので数日程度の徹夜ではその能力に全く影響がありません。……まぁ、セト自身は眠るのが嫌いな訳ではないので好んで徹夜はしませんが……夜営となれば話は別でしょう」

「ふむ。ならばレイの言葉に甘えさせて貰うとしよう。構わないな?」


 そう言いながら周囲を見回すエレーナ。ヴェルは楽が出来ると歓迎し、アーラもまた同様だった。キュステは多少何かを言いたそうな顔をしていたのだが、実際にギルムの街を旅立ってからセトの優秀さは幾度も見ているので何らかの言葉が口に出るような事はなかった。


「問題は無いようだな。では見張りの順番を決めようか。まずはアーラ、私、キュステ、ヴェル、レイといった所で構わないか?」


 何でも無いかのようにさらりと告げられたその順番だったが、それを聞いていたアーラとキュステが殆ど反射的に口を開く。


「エレーナ様が見張りをするなんて、そんなことをする必要はありません! 私達に任せて下さい」

「私もアーラと同意見です。公爵令嬢ともあろう方が見張りをする必要はないでしょう」

「お前達2人の心配も分かるが、これから少なくても数日程度はダンジョンの中で夜営を続けることになると思われるんだ。それなのに私が見張りすらもしない、あるいは出来ないというのは情けないだろう。心配するのと甘やかすのは違うと覚えておけ」

「ですがっ!」


 尚も言い募ろうとするキュステだったが、エレーナに鋭い視線を向けられるとさすがに黙り込むしかなかった。

 こうして、キュステとアーラの2人も不承不承ながらエレーナが見張りをするというのを黙認することになるのだった。

 そして一行はダンジョンの中での夜を迎えることになる。

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