0075話
ダンジョンの2階へと降りたレイ達は、ここもまた1階同様に地図を見ながら真っ直ぐに3階へと続く階段へと進んで行く。
「ダンジョンって言うからどれ程の難関かと思ってたんだけど……思ってたよりも難易度が低いですね!」
飛びかかってきた1m程のポイズントードを有無を言わさずに斬り捨てながら呟くアーラ。
その横ではレイもまた同様に炎弾を放って、上空から隙を窺っていた巨大蝙蝠を纏めて消し炭へと変える。
「まだ地下2階なんだから初心者用なんだろうよ……っと!」
アーラへと返答しながら、離れた位置にいた巨大蛙へと矢を放つヴェル。
その様子を見ながら、エレーナも連接剣を操り襲い掛かって来る蝙蝠をその鞭状になった剣で斬り裂いていく。
「敵は弱いが、こうも数が多いと面倒だな」
「確かにエレーナ様の言う通りですね」
集団行動をしているエレーナ達の隙間を縫うようにして接近してきたソルジャーアントを魔槍で貫きつつキュステも頷く。
「恐らくダンジョン内に生息しているモンスターの数が減った為にダンジョンの核が新たにモンスターを転移させたんじゃないかと思います。ダンジョンについての本にそんなことが書かれてましたし」
襲い掛かってきたモンスターの掃討が完了し、1階の時と同じように羽を切り取った蝙蝠をセトへと食べさせながらレイがエレーナへと答える。尚、ポイズントードは足の肉だけを切り取ってミスティリングへと収納済みだ。
「そうか、そうなると単純に私達の運が悪かったのだろうな。……まぁ、この程度の敵なら問題あるまい。先を急ぐぞ」
エレーナの指示に従い、地下2階を階段目掛けて進んで行く。そして地図上ではそろそろ階段が見えてくるという頃……
「またお客さんだ」
デスサイズを構えながら、レイが呟く。
「今度は何ですか、レイ殿。蛙? 蟻? 蝙蝠? 正直ああいう雑魚ばかりを相手にするのは非常に面倒です」
「いや、それを俺に言われても困るんだがな。言うならダンジョンの核やらボスモンスターやらにしてくれ。……ん? どうやらアーラの望みが叶ったようだぞ」
「はい?」
レイの耳に聞こえてきたのは、巨大蝙蝠のキーキーと鳴く音でもなく、ソルジャーアントの足音でもなく、ポイズントードが跳ねる音でも無かった。それは2足歩行する存在の歩行音。
「グルゥ」
一行の背後で鳴き声を上げるセト。エレーナ達に取ってはただの鳴き声だが、相棒であるレイにはそれが警戒を示すような鳴き声であることに気が付く。
「エレーナ様、どうやら挟み撃ちのようですね。セトの鳴き声から察するに、背後からも前方の敵と同じような敵がこちらを狙っているらしいです」
「ほう。ここまで遭遇したモンスター共は挟み撃ちをするような知能は無かったが、どうやら次は違うらしいな」
「まぁ、そうは言っても所詮まだダンジョンの地下2階なんですから、そうランクの高くないモンスターでしょうけどね」
呟きつつ、弓を引くヴェル。そして通路の先から姿を見せたのは確かにこれまでと違うモンスターではあったが、同時にヴェルの言った通りの存在でもあった。
「ゴブリンか」
キュステが忌々しげに呟いた通り、通路の先から現れたのは10匹近いゴブリン達。殆どが長剣や短剣といった武器で武装しており、簡易な盾や鎧を装備している。
「……ゴブリンにしては随分と武装が充実しているようだな」
「恐らくこのダンジョンで盗んだり、あるいは冒険者達を襲撃したりして手に入れた物かと」
妙に感心した様子のエレーナにレイが答えていると背後の方からも声が聞こえて来る。
「エレーナ様、後ろからも武装したゴブリンが5匹程来たよ」
ヴェルの言葉にエレーナは即断する。個人の武勇ももちろんだが、この瞬間的な判断力があってこそ姫将軍と呼ばれているのだ。
「このまま戦闘を避けるのは逆に時間が掛かるか。仕方あるまい。レイ、背後のゴブリン5匹はセトとお前だけで大丈夫か?」
「全く問題ありません」
「では背後は頼んだ。前方の10匹のゴブリンは私達で受け持つ」
「分かりました、では早速片付けましょう」
レイが頷き、エレーナとヴェルの横を通って背後へと移動する。
「グルルゥ」
セトが喉を鳴らしながらレイを出迎えるが、その視線の先にはヴェルが言った通りに5匹のゴブリンの姿があった。
普段ならグリフォンとの生物としての格の差を感じ取り、自分達から攻撃を仕掛けるということは殆ど無いのだが森や林といった場所と違いここはダンジョンであり、このゴブリン達はダンジョンの核によって転移させられてきたのだ。その為、普段は絶対に行わない格上の存在に対する攻撃というのも全く躊躇無く行う。
「長剣持ちが2匹に、短剣持ちが3匹か。……セトも余り嬉しそうじゃないな」
「グルゥ」
まるで溜息を吐くかのように頷くセト。何しろゴブリンの魔石はかなりの安値で買い叩かれるし、特に取れる素材もない。そして肉も非常に不味いのでセトにしては全く嬉しく無い相手なのだ。せめてもの救いは、右耳が討伐証明部位として銅貨3枚で買い取ってくれるのとゴブリンの持っている武器が多少なりとも使えそうなことくらいだろうか。
「……いや、駄目だな」
何しろゴブリンには知能が低い。今回やったように挟み撃ちをするような連携行動は行えるが、武器の手入れといった概念は存在しない。その為にゴブリンの持っている武器はその殆どが冒険者の物であろう血で錆びており、もし回収したとしても鍛冶屋なり武器屋なりで手入れをしないと使い物にはならないだろう。そしてそうした場合は武器を売っても差額を考えればそう大した額にはならないことが大半なのである。
「しょうがない。セト、やるぞ!」
「グルゥッ!」
レイの声に短く鳴き、地を蹴ってゴブリンへと迫るセト。その横をレイもまたデスサイズを構えながらゴブリンとの距離を縮めていく。
「ギャギャギャ!」
自分に襲い掛かってくるセトへと威嚇の声を叫びつつ長剣で斬りかかってくるゴブリンだったが、セトは剣が振りかぶられたその瞬間、地を蹴り壁の方へと跳躍し、その壁をさらに足場にして長剣による一撃を空振りしたゴブリンへと三角跳びの要領で襲い掛かる。
「グルルルゥッ!」
雄叫びと共に放たれた前足による一撃は、セトが身につけているマジックアイテムである剛力の腕輪の効果もあってゴブリンの頭部をその場で破裂させる。
その横では突然のセトの三角跳びに目を奪われていたゴブリン2匹の胴体を、レイが横薙ぎに振るったデスサイズの一閃により綺麗に上半身と下半身に分断されていた。
「残り2匹!」
叫びながら身体を反転させるレイ。すると次の瞬間には振り下ろされたゴブリンの長剣が一瞬前までレイのいた空間を通り過ぎる。
「そんな攻撃で俺をやれると思ったか!」
身体を反転させた勢いを利用してデスサイズを振るう。長剣を振るえる間合い、つまりはデスサイズの間合いの内側に入り込まれた為にその刃はゴブリンに届くことはないが、レイはそれに構うことなくデスサイズを振り切る。そしてゴブリンに命中するのは柄の部分。ただし100kgを越えるデスサイズの重量とレイ自身の筋力によりその不運なゴブリンは肋骨を折られ、背骨を折られて真横へと吹き飛びダンジョンの壁に激突してその衝撃で折れた肋骨や背骨が内臓へと突き刺さり、その激痛でショック死する。
口から血を吐きながら地面へと崩れ落ちたゴブリンを横目にセトの方へと視線を向けるレイだが、そこでは最初の一撃同様に頭部を吹き飛ばされたゴブリンの死体が残るのみだった。
「グルゥ」
どうだ、と言わんばかりに自慢気に鳴くセトの頭を苦笑しつつも撫でながら、エレーナ達の方へと視線を向けるレイ。
一応手助けがいるかどうかと思っての行為だったのだが、すぐにそれはいらないお節介だったのだと理解する。何しろエレーナの護衛部隊は基本的に腕が立つ。……というよりも、キュステのように性格に多少の問題があろうともエレーナの護衛という意味で腕の立つ存在を中心に作られているのだ。そんな者達がゴブリン相手に苦戦する筈も無い。
ヴェルが矢を放ちゴブリン達を牽制し、その隙を突くかのように距離を詰めたアーラが長剣を振り下ろしてゴブリンを真っ二つにする。驚くべきはやはりその剛剣だろう。粗末とは言っても兜を付けているゴブリンをその兜ごと切断しているのだから。
その傍らではキュステの突きだした魔槍に盾ごと貫かれるゴブリンの姿や、連接剣を使って盾を迂回するようにしてその首を切断するエレーナの姿があった。
「さすが、というべきだろうな」
ゴブリンとは言っても敵の数は10匹を越えている。それを半分以下の数でまるで何でも無いかのように余裕を持って殲滅しているのだ。それだけにエレーナ達の実力は際立っていた。
そしてそれから数分もせずに襲い掛かってきたゴブリン達の全ては命を散らし、地面へと横たわっていた。
そんなゴブリン達からナイフを用いて討伐証明部位の右耳を素早く切り取りミスティリングへと収納し、エレーナ達と共に先へと進む。
隊形はゴブリン達と遭遇する前のようにレイが前衛、セトが最後尾となっている。
「それにしてもあのゴブリン共は最後まで逃げなかったな」
ダンジョン内を進みながらエレーナが呟く。
ゴブリンというのは弱い相手には酷く好戦的になるのだが、相手が強いと分かれば身も蓋もなく逃げ出すような性格をしている。それがエレーナ達と戦って自分達よりも圧倒的に強者だと知りながらも最後まで逃げもせずに戦い、そして全滅したのだ。上位種や希少種といった存在に率いられているのならともかく、ゴブリンだけで最後まで踏み留まって戦うというのはそれだけ意外だったのだろう。
「恐らくダンジョンの核に転移で呼び出された時に何らかの洗脳なり意識操作なりが施されている可能性もあります。何しろ地下1階で出て来たホーンラビットや巨大蝙蝠といった存在も種類が違うモンスターだというのに協力してましたしね」
「……そう言えばそうだったな。そう考えるとこのダンジョンにいるモンスターは全てがダンジョンを守るという目的で手を組んでいるようなものと考えるべきか」
レイの言葉に頷くエレーナ。
そしてそのまま更に先へと進もうとした所で……
「皆、止まって!」
ヴェルが唐突にそう声を発する。
「ヴェル?」
キュステの問いかけにも無言のままレイやアーラよりも前へと進み出て地面を調べ始め、数分後にカチッという音が周囲へと響き渡る。
その頃にはヴェルが何故自分達の行動を止めたのかというのはその場にいる全員が理解していた。
「ふぅ、もう大丈夫。罠は解除したよ。スイッチを踏めば矢が飛び出る罠だった」
ダンジョンの罠を解除するというのは、ヴェルにとっても初めての経験だっただけに緊張した様子ながらも笑みを浮かべて頷く。
「ゴブリンを倒して多少なりとも気が緩んだ所に仕掛けられている罠。……これは偶然だと思うか?」
「さすがにそれはないかと。恐らくダンジョンに生息するモンスターが狙って仕掛けた罠だと思われます」
「キュステもそう思うか。……まさか地下2階でこれ程嫌らしい罠があるとはな。ここから先はより注意が必要という訳か」
エレーナの言葉にその場の全員が頷く。ゴブリンという戦力や、矢が飛んでくるというのは別個に見ればそれ程脅威ではない。だが、その2つを組み合わせるという行動を取ることの出来る知恵を持つモンスターがいるというのが重要なのだ。
「今のように例え浅い階層であろうとも油断は出来ない。皆、出て来るモンスターが強くはないと言っても油断せずに気を引き締めるように」
その言葉に頷き、地図を見ながら地下3階へと降りる階段を目指して通路を進んで行く。
幸いと言うべきか、先のゴブリンとの戦闘以外は特にトラブルやモンスターとの遭遇も無く階段へと辿り着いたのだった。
だが、アーラが階段へと一歩を踏み出そうとした瞬間背後からヴェルの声が響く。
「レイ、アーラを止めて!」
その声と同時にレイの視界にその存在が目に入り、殆ど反射的にアーラの鎧の首の部分を掴んで背後へと引っ張っていた。
「キャッ! レイ殿、一体何を!?」
「アーラ、階段を良く見てみなよ」
憤ったような顔でレイを睨みつけてくるアーラへとそう声を掛けたのはヴェルだった。
その様子に訝しげな顔をしながらも、目を凝らして階段へと視線を向けるアーラ。そしてその視線に映った物は……
「これは……糸?」
「ああ。それも蜘蛛系のモンスターの物だろう。恐ろしく細くて尚且つ軽い。その糸に触ったとしても普通なら触ったとすら気が付かないだろうね。ましてやアーラや僕達みたいに鎧を身につけていれば尚更だ」
「で、当然そんな糸が何の理由も無くそんな場所に仕掛けられている訳もない」
ヴェルの言葉に続いてレイが呟く。
「そうだね。恐らくこの糸は何らかのトラップの起動スイッチだと思う。……まぁ、馬鹿正直に引っ掛かるのもなんだし、解除しますか?」
その問いに、エレーナは少し考えおもむろに頷く。
「そうだな。私達がこの糸に引っ掛からないだけなら跨いでいけばいいが、後から来る者が引っ掛かって死んだりでもしたら寝覚めが悪いからな。ヴェル、任せる」
「了解。すぐに終わるから休憩でもしてて待っててね。この調子だと地下3階も色々と厄介なことになってそうだし」
「恐らくそうだろうな。よし、ではヴェルが罠を解除するまでは休憩とする。レイ、飲み物や簡単な食べ物を出してくれ。今のうちに腹に何か入れておきたい」
「分かりました」
そう言い、ミスティリングから水筒やサンドイッチといった物を取り出して各自へと配っていく。
レイを嫌っているキュステにしても、さすがに公私混同はしないらしく何も言わずに受け取り口へと運ぶ。
……もっとも、感謝の言葉といったものは無かったのだが。
そしてそれから20分程で罠の解除が成功し、無事地下3階へと降りていくことができたのだった。