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0074話

 ダンジョンのある地へと辿り着いた翌日早朝。早速エレーナ率いるパーティは全員でダンジョンへと向かう。

 パーティメンバーは前衛のアーラとレイ。中衛のエレーナとキュステ。後衛のヴェル。遊軍的存在のセトの5人と1匹だった。

 夏の盛りに比べれば大分涼しくなってきた空気の中、空は秋晴れと言ってもいい程度には晴れている。

 そんな天気をその身に感じつつ村の中を徒歩で進んで行くと、恐らくダンジョンへと向かう冒険者達なのだろう。ソロで動いている者から5人前後のパーティ。あるいはもっと多くて10人近いパーティを目にすることが出来た。

 それらの面々はまず最初にセトへと目を奪われ一瞬緊張し、首に掛けられている従魔の首飾りを見て安堵し、続けてエレーナの美貌を見て唖然とし、キュステやアーラに鋭い視線を向けられるというパターンを繰り返す。

 あるいは魔法使いと思しき者の中には昨夜ギルドにいなかった人物なのだろう。こちらもまたレイを視線に入れた瞬間固まったり後退ったりする者が数人いた。


「全く、有象無象の平民共がエレーナ様に向かって何という目を向けるのだ。これだから……」


 キュステがブツブツと不満そうに呟くのが聞こえたのだろう、エレーナが苦笑を浮かべながらキュステを宥める。


「キュステ、私達が注目されるのはいつものことだろう。私は気にしていないし、お前も余り気にしすぎるな。それに平民云々という発言も控えろ。ここにいるのは殆どがその平民なのだからな。彼等を不愉快にさせては不都合しかない。……それに私に好色な目を向けるというのは平民や貴族に関係無いというのは戦場を共にしたお前なら分かっているだろう?」

「……はい、申し訳ありません」


 エレーナは自分が美人であると、それも極めつけの美人であるというのをこれまでの人生で否応なく自覚させられた為に男からその種の視線を向けられるのは既に慣れていた。その為にただその手の視線を向けられる程度では特に動じなくなっている。もっとも、血迷って襲い掛かってくれば当然その連接剣が抜かれることになるのだが。そうして怪我を負った者は貴族や平民に関係無くかなりの人数に昇っていた。

 そんなエレーナへとアーラが気の毒そうに声を掛ける。


「こんなことなら馬車でダンジョンに向かった方が良かったかもしれませんね」

「あのなぁ、アーラ。馬車でダンジョンに向かうのはいいけど俺達はダンジョン最下層の地下7階に向かうんだぜ? 最低数日は泊まりになる可能性が高いんだ。その間の馬車はどうするのさ。まさかダンジョンの外にずっと置いておく訳にもいかないだろう?」

「はぁ。ヴェルの方こそ考えが足りないわね。宿の者にでも取りに来て貰うなり、いっそ最初から御者をやってもらえばいいじゃない」

「……どっちが考えが足りないのやら」


 フン、とばかりにアーラを鼻で笑うヴェル。


「ちょっ、何よ一体。私のどこが考えが足りないっていうのよ」

「いいか? あの馬車を引いてるのはウォーホースだ。それも飛びっきり能力の高い」

「そうね。エレーナ様の馬車を引くのに相応しい子達ね」

「まだ分からないのかよ。能力の高いウォーホースってのはプライドも相当に高いんだよ。自分が認めた相手じゃなきゃ碌に命令も聞いてくれないぞ」

「……え?」

「お前、本当に騎士か? 常識だぞこの程度」

「べ、別にそれならあの子達じゃなくても他の馬を借りてくればいいじゃない」

「そしてウォーホースを拗ねさせるのか?」

「ぐっ……」


 ヴェルに完全に言い負かされたアーラは照れか、あるいは心酔するエレーナの前で恥を掻かされた怒りか。ともかく顔を赤くしながらもそのまま黙り込む。

 幸いダンジョンを中心に作られた村だけに、その入り口に到着するまではそう時間を必要としなかったのはアーラにとってもヴェルにとっても幸運だったのだろう。


「ありゃ、やっぱり結構並んでるな」


 ダンジョンの入り口へと並んでいる冒険者の数々。ざっと30人。10パーティ程だろうか。


「エレーナ様、どうしますか? 昨日貰ったカードを使って先に入ることも可能ですが」

「……そうだな。継承の祭壇までは遠い。ここで余計な時間を使う訳にはいかないだろう。その前にそれぞれ装備の確認をしろ。武器、防具。あるいは自分で咄嗟に使う分のポーションの類は問題無いな?」


 エレーナの言葉に、その場で全員が装備の確認をする。もっとも、他の面々と違ってレイの場合はミスティリングからデスサイズを取り出すだけだが。ポーションの類に関してはいつでもミスティリングから取り出せるのでデスサイズの他には何も持っていない。


「グルゥ」


 喉を鳴らしながら頭を擦りつけてくるセトにしても、装備と言うかマジックアイテムのアクセサリは左右の前足に嵌められている風操りの腕輪と剛力の腕輪の2つ。それと従魔の首飾りとは別に首に掛けられている慈愛の雫石の3つで装備が完了している。

 ……ここまでマジックアイテムを装備している召喚獣やテイムされたモンスターというのは実は非常に珍しかったりする。何しろセトが装備している3つのマジックアイテムはどれもゼパイル一門の錬金術師であるエスタ・ノールが作成した超の付く一級品なのだから。


「エレーナ様、私は問題ありません。いつでも出発可能です」

「私も同様です」

「俺もいつでも行けるよ」


 キュステ、アーラ、ヴェルがそれぞれエレーナにそう告げ、レイもまた無言で頷き、セトは喉の奥で鳴く。

 それらを聞いたエレーナもまた自分の装備である連接剣、鎧、マント、靴といったマジックアイテムを確認し、ポーションの類を持っているのを確認する。


「全員準備はいいようだな。では、行くぞ」


 エレーナが宣言し、ダンジョンに並んでいる行列の横を通り過ぎて入り口付近にいるギルド職員へと向かう。


「ちょっといいか?」

「何か用か? ダンジョンの中に入るのならその行列の最後尾に並べ」


 無愛想にそう告げてくるギルド職員。見た目は40代後半の元冒険者といった所か。それでもモンスターが中から出て来るかもしれないダンジョンの入り口を任されているのだから、それなりの腕は持っているのだろう。

 その身のこなしはそれなりに隙の無いもので、腰にぶら下がっている剣の鞘もかなり使い込まれているのが見て取れる。

 そして何よりも自分を見ても表情を僅かに変えただけで見惚れるということが無かったのが逆にエレーナの好感度を高めていた。また、セトを視界に入れても軽く眉を動かしただけなのを見る限りでは胆力も相当なものなのだろう。


「これを見てくれ」


 男に渡したのは、昨夜ワーカーから貰ったカードだ。ギルド代表であるワーカーに準ずる権限があると示す物だ。


「……ちっ、分かったよ。そのカードを見せられちゃ文句も言えねぇ。先に入りな」

「ちょっ、親っさん。何だよそれ。俺の番だろ!?」


 親っさんと呼ばれたギルド職員と手続きをしていたソロの冒険者が苦情を言うが、強い視線で睨みつけられるとすぐに大人しくなる。


「このカードはギルドの代表に準ずる権限を持っているって証なんだよ。これを出されたら俺達は従うしかねぇ。……ねぇんだが」


 行列の先頭にいた冒険者にそう声を掛け、エレーナへと視線を向けるギルド職員。


「そうそう簡単にこういう物を使われても困るんだがな。余り秩序を乱すような行為はして欲しくねぇ。次からはもうちょっと考えて行動しろよ」

「貴様っ、エレーナ様に向かって何を!」


 不躾と言えば不躾なその言葉を聞き手に持つ魔槍を構えそうになったキュステだったが、その手をエレーナの持つ連接剣の鞘が押さえる。


「よせ、キュステ。確かに権限があるとは言っても割り込んだのは私達なのだ。割り込まれた方がいい感情を抱かないのは当然だ」

「……はい」


 エレーナのその言葉に、不承不承構えを解くキュステ。その横ではアーラもまた腰の鞘からいつでも剣を抜けるようにしていた右手を離す。

 レイはと言えば、特に何をするでもなくセトの背を撫でながらそんなやり取りを見守っていたのだった。


「すまないが、こちらにも色々と事情があるのでな。権力が必要ならそれを使うのに躊躇う程の余裕は無い。通らせて貰って構わないな?」

「ああ。本来ならギルドカードが必要なんだが、そのカードを持っているならダンジョンに入るのに問題は無い。ただ、誰がダンジョンに入ったか控えは取っておかないといけないんだがギルドカードを持ってる奴はいるか?」


 その言葉に、エレーナ一行の視線はレイへと集中する。

 自分を嫌っているキュステの視線も向けられていたのがレイにとっては印象的だった。


(まぁ、手続きを早くどうにかしてさっさとダンジョンの中に入りたいからだろうがな)


 内心で呟きながら、ミスティリングからギルドカードを取り出して男へと渡す。

 その仕草を見て、レイが何を持っているのかというのを理解した数名の冒険者が鋭い視線を向けていたが……既にその手の視線には慣れていたレイは受け流していた。その代わりと言ってはなんだが、その手の視線を向けてきた相手にはセトがそちらの方に踏み出して喉を鳴らして威嚇する。


「ほう、その歳でランクDか。なかなかの成長株だな。さすが貴族の一行に雇われるだけはあるか」


 15歳前後で身長も小柄なレイへと感心したような視線を向け、手元の書類にギルドカードの内容を素早く書き込んでいくギルド職員。1分も掛からずにその作業も終わり、カードをレイへと返す。


「よし、ダンジョンに入っても構わないぞ」

「うむ、感謝する」


 エレーナが鷹揚に頷き、その仕草で髪がふわりと揺れてその縦ロールの印象を周囲の冒険者達へと強く残す。

 その様子に周囲の冒険者達が思わず見とれている間にエレーナ一行はダンジョンの中へと入って行く。

 ダンジョンの入り口自体は普通の階段だった。それが地下へと向けて設置されている。


「この階段もダンジョンの一部なの?」


 階段を下りながらアーラがヴェルへと尋ねるが、その問いは否定される。


「いや、この階段はダンジョンが出来た後にギルドが用意したものだな。ほら、その証拠があれだ」


 階段を下りきった先にあるのは無骨な扉だ。それは、ダンジョン内のモンスターを外へと出さないようにギルドが設置したものだ。


「つまり、この扉の先が本当のダンジョンになってる訳だ」

「グルルゥ」


 階段から扉まではそう長いものではないのだが、道幅はそれ程広くない。セトが翼を広げられない程度の幅しか無い為にセトは通路を歩きながら不満そうに喉の奥で鳴く。

 だがそんな不満の声も扉を開けた先を見た途端に収まる。扉の先は道幅がかなり広く作られており、それこそセトが翼を思い切り伸ばしても尚数人程が自由に動ける余裕があった。


「これは、随分と広いな。……それに壁自体が明かりを放っているのか?」


 キュステが感心したように呟き、薄らとした明かりを放っている壁へと触れる。


「俺が集めた情報によると、どうやら壁自体が発光するというのは全てのダンジョンに共通する特色らしいね。まぁ、もっとも階層によっては明かりの無い暗闇に包まれてる場所とかもあるらしいから油断は禁物だけど」

「もしかして、この壁を地上に持って帰ったらかなりの収入になるんじゃ?」


 思わずだろう、そう呟いたアーラだったがヴェルは苦笑して首を振る。


「そう考えた冒険者がいなかったと思うか? この壁を削って地上まで持っていっても光ったりはしないらしい。あくまでもダンジョンの中だけの機能らしいね。一説によればダンジョンで暮らしているモンスターが不便を感じないようにダンジョンの核が作ったってのがあるけど……」

「ダンジョンの核がモンスターの為に? そんなことがあり得るのか?」

「キュステのその疑問ももっともだけど、何しろ地上で暮らしているモンスターを転移させてダンジョンの守りとしているんだから、真っ暗なままじゃモンスター達も碌に活動出来ないだろう?」

「……なるほど。そう考えれば確かにあり得るのか」


 ヴェルの言葉に頷くキュステ。

 そんなキュステ達を横目に、エレーナは連接剣の鞘とは反対方向にぶら下げている布袋から一枚の紙を取り出す。


「さて、ダンジョン観光もいいが私達の目的はあくまでも最下層にあるという継承の祭壇だ。地下3階までしか地図には載ってないが、その最下層が地下7階らしいからな。せめて地図がある場所はさっさと進むぞ。前衛はレイとアーラ。中衛はキュステと私。後衛がヴェルだ。セトに関しては念の為最後尾でヴェルの後ろを任せたい。では行くぞ」


 エレーナの指示に従い、ダンジョンを進んで行く一行。さすがに地下1階と地上に近いおかげか出て来る敵は巨大蝙蝠や角の生えた兎であるホーンラビットといった簡単にあしらえるモンスターが殆どだった。


「全く……力の違いは分かって欲しいのに……ねっ!」


 驚異的な腕力で長剣を振り下ろし、角を突き出して突進してきたホーンラビットをその角ごと唐竹割にするアーラ。

 その横ではレイもまたデスサイズを振り下ろし、上空から奇襲をしようと狙っていた巨大蝙蝠を真っ二つにする。


「グルルゥ」


 そしてレイ達の後ろではホーンラビットの肉という食べるのには丁度いいモンスターに上機嫌なセトの姿があった。

 素材を剥ぎ取るにしても、あるいは魔石を取るにしても碌な金にならないのは明らかなので、一行の指揮官であるエレーナにしても素材の剥ぎ取りを担当しているヴェルにしても特に文句無くセトへと譲り渡す。


「ほら、セト」


 食べるのに邪魔そうな角を切断し、内臓を適当に掻き出してからホーンラビットをセトへと放り投げるレイ。

 セトはそれを上手くキャッチしては殆ど一飲みにしていく。毛皮を剥いでもいないのだが、特に気にした様子は無いらしい。

 そして本来は巨大な蝙蝠だが、それは羽も合わせての大きさだ。食べる場所の無い羽を切り取れば、残るのはセトにおやつ感覚として一口で食べられる程度の大きさなのだ。

 ちなみに、魔石ごとホーンラビットや巨大蝙蝠をセトが食べても新たにスキルを習得するようなことは無かったのがレイにとっては残念な出来事だった。

 尚、ホーンラビットの角や掻き出された内臓。あるいは巨大蝙蝠から切り分けられた羽といった代物は通路に放り出しておけばダンジョンの掃除屋でもあるスライムがその全てを綺麗にしてくれる。故にダンジョンでは襲い掛かって来ないスライムは見逃すようにするのが暗黙の了解だったりする。

 そうしてダンジョンの地下1階を歩き続けること30分程。ようやく地下2階へと向かう階段へと辿り着いたのだった。

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