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0059話

 会議室でグランから1週間後の指名依頼についての内容を聞き、表向きは不承不承その依頼を引き受けることにしたレイは、依頼開始までの1週間をどうやって過ごすか考えながらギルドの階段を下りていく。


「あ、レイ君。1人だけ遅かったみたいだけど、何かあったの?」


 そんなレイを見つけたケニーが早速声を掛けてくるが、さすがにそれなりに人の多い所で公爵令嬢云々という話をする訳にもいかないので適当に誤魔化すのだった。


「ちょっと今回のランクアップ試験についてな。何しろパーティリーダーをやったのは初めてだったからな」

「そうなんだ。でも、確かにレイ君ってソロよね。……ランクもDに上がったんだしそろそろパーティとか考えない? ほら、色々と危険度の高い依頼とかも増えてくるだろうし」

「ちょっと、不躾よ。レイさんにも色々事情があるんだから」


 パーティを組むべきだと主張するケニーに、隣から窘めるのはレノラだ。


「何よ、じゃあレノラはレイ君がこのままソロでもいいって言うの?」

「別にそうは言わないけど、だからってギルドの職員である私達が口を出すのは良くないって言ってるの」

「……分かってるわよ。全く、レノラったらお堅いんだから。そんなんだから身体も硬くて女らしい柔らかさを持ってないって言われるのよ」


 周囲に聞こえるような微妙な大きさでボソッと呟かれたその言葉に、瞬時に眉を吊り上げるレノラ。


「ちょっとケニー。聞き捨てならないわね。誰がそんなことを言ってるのかしら?」

「べっつにー。みーんな言ってますー」


 詰め寄ってくるレノラへと、あからさまに挑発するような口調で告げるケニー。

 それを見ては当然レノラも黙っていられる筈もなく、いつものじゃれ合いのような口喧嘩が始まった。

 幸いなのは、現在が午後でギルドの中に冒険者が殆どいないことだろう。また、いたとしても殆どが遅めの昼食やちょっと小腹を空かした者が酒場にいる程度だ。

 ……もっとも、さすがに早朝や夕方といった冒険者達で溢れる時間帯に言い合うような真似はしないだろうが。


「さて、そっちも忙しいらしいから俺はそろそろ行かせて貰うよ。じゃあな」

「あ、ちょっとレイ君!? お姉さんがランクアップ試験合格のお祝いを……」

「ちょっとケニーッ! あんたまだ仕事中でしょ!」


 恐らく先に会議室から降りてきていた面々からランクアップ試験の全員合格を聞かされていたのだろうケニーの誘いに、レノラが突っ込む。

 そんなやり取りを背中で聞きながら、レイはギルドを出るのだった。


「グルルゥ」


 そしてそんなレイを迎えるのは、数人の子供達に撫でられているセトの鳴き声だった。

 よく見ると、セトを撫でているのはランクアップ試験に出掛ける時に干し肉を与えようとしていた子供の姿もある。


「あ、お兄ちゃん。ほら、セトがきちんと干し肉を食べてくれるようになったよ」


 レイの姿を見つけた少年が嬉しそうに報告してくる。

 それを聞きながら頭を擦りつけてくるセトの頭をコリコリと掻きながら珍しく苦笑ではない笑みを浮かべるレイ。


「良かったな。さて俺達はそろそろ行かなきゃいけないんだが、そろそろいいか?」

「うん! セトもじゃあまた今度ね」


 少年がそう言って街中へと駆けていくと、他の子供達も口々にレイとセトへと挨拶をして少年の後ろを追いかけていく。

 そんな子供達の後ろ姿をセトの背を撫でながら見送るレイだった。


「いつの間にか、随分と街の人気者になったな」

「グルゥ」

「さて、じゃあ一旦宿に戻るか。……にしても、残り1週間をどう過ごすかだな」


 討伐依頼を引き受けるのは禁止とまでは言われていないが、出来るだけ受けないで欲しいとグランに釘を刺されている。出来るとすれば採取依頼か? と考えつつ、1人と1匹は既に定宿と化している夕暮れの小麦亭へと向かう。

 そしてその帰り道にも、露天で簡単な食べ物を買って行くのだった。

 何しろ食べきれない分はミスティリングに入れておけばいつでも出来たてを食べられるので、腐らせるということはない。それだけに何の遠慮もなく買い物をしていく。

 そんな風にしていつものように露店の売り上げに貢献しつつ夕暮れの小麦亭へと辿り着き、厩舎でセトと別れて宿の中に入ったレイの目に想像外の光景が目に入ってきた。


「あ、レイ。こっちこっち。遅かったけどどうしたの?」


 フィールマがコップに入ったワインを飲みながら呼びかけ。


「確かに随分とゆっくりだったな」


 スペルビアが肉がたっぷりと入ったシチューを食べながら声を掛け。


「……」


 スコラは会議室で見た時と同様に魔法書に集中しており何もレイには気が付いておらず。


「……ふん」


 アロガンはそっぽを向きながらも串焼きにされた肉を口に運ぶ。


「びっくりした? サプライズ成功ね」


 キュロットはしてやったりとした笑みを浮かべてレイを出迎える。


「……どうしたんだ?」


 そんな5人へと声を掛けつつ、テーブルへと近付いていく。


「何って、ランクアップ試験の合格祝いよ。折角なんだからこういう時は騒がないと駄目でしょ」

「いや、俺はその辺全然聞いてないんだが?」

「そりゃそうでしょ。パーティをするって話をした時にあんたはまだ会議室に残ってたんだし」


 どうやら自分が居残りさせられていた時に決まったらしいと理解して、レイもまた空いている席へと腰を下ろす。

 そうすると、待ってましたとばかりにラナがワインの入ったコップをレイの前へと置く。


「レイさん、ランクアップ試験合格おめでとうございます」

「ああ、何とかな」

「さて、じゃあレイにも祝杯が渡ったところで……ほら、レイ。パーティリーダーなんだからこういう時も仕切りなさいよ」


 キュロットに強引に言われ、溜息を吐きながらワインの入ったコップを持ち上げる。


「じゃあ、ランクアップ試験に参加した者達全員が無事合格したことを祝して、それとついでにこれからの俺達の活躍を祈って……乾杯!」

『乾杯!』


 その時ばかりはアロガンも特に異論を言わずに嬉しそうに乾杯と口に出すのだった。


「それにしても、さすがにランクアップ試験というだけあってきつかったわね。体力的にはともかく、精神的にね」


 微かに眉を顰めつつも、そう口に出すキュロット。酒の影響もあるのだろうが、人を殺したというのを自分の中で乗り越えられたというのがその口調からは感じられる。


「そうね、やっぱりああいうのは余り気持ちのいい物じゃないわね」


 それに同意するフィールマ。

 実際に戦闘を行っている時には余り顔には出さなかったが、やはり人を殺すというのは精神的にかなりの重圧だったのだろう。


「……っと、ごめんごめん。暗い話をしたい訳じゃないのよ。話を変えましょ。所で皆はランクDになってからどうするとかいうのはあるの? 私はその……」


 キュロットは言い淀み、チラリとアロガンとスコラへと視線を向ける。


「この2人とパーティを組むことになったんだけど」


 そして驚愕の一言が発せられた。


「おいっ、別にこいつらに言う必要は無いだろうが」

「何よ。折角一緒にランクアップした仲間なんだから別にいいじゃない。言わば同期よ同期」

「……お前等2人は報酬の件で言い争っていたと思うんだが、いつの間にそんな話になっていたんだ?」


 レイにしてもキュロットの発言は衝撃的だったのか、驚きを顔に浮かべてそう尋ねる。

 その疑問に答えたのはアロガンでもキュロットでもなく、ようやく魔法書を読むのを止めて食事を楽しんでいたスコラだった。


「それが原因みたいだよ」

「それ?」

「そう。報酬の件で言い争っていたらいつの間にか意気投合してたみたい。で、話がトントン拍子に進んでいったんだ」

「いや、お前はそれでいいのか? お前もキュロットのパーティの一員だろうに」


 レイとスコラの会話を聞いていたスペルビアがそう突っ込むが、スコラは問題無いとばかりに小さく頷く。


「ほら、僕とキュロットって魔法使いと盗賊でしょ? その2人でパーティを組んでるから、前衛が不足気味だっていうのは前々から話してたんだ。どうしても僕達2人で前衛と後衛に分けるとしたら、キュロットが前衛になるしかないんだけど……何だかんだ言っても結局は盗賊だからね。決定力不足に防御力不足。それを考えれば、アロガンみたいに強力な戦士がパーティに入ってくれるのは僕としても喜ばしいことだしね」

「けど、パーティの相性とかもあるでしょう?」


 フィールマの質問に、苦笑を浮かべながら言い争いをしている……というよりは、じゃれ合っているアロガンとキュロットへと目を向ける。


「そこはほら、似たもの同士って奴だよ」

「……近親憎悪にならないといいけどな」


 ボソリとレイが呟き、それがツボに嵌ったのかあるいはアルコールの力なのか。スコラとスペルビア、フィールマの3人は思わず吹き出しそうになるのだった。


「それよりも僕達3人はパーティを組むけど、そっちの3人はどうするの? 戦士のスペルビアに前衛と後衛の両方をこなせる魔法戦士のレイ、精霊魔法と弓を使える後衛のフィールマとバランス的には完璧だと思うけど」

「うーん。それも面白そうではあるんだが、もしその面子でパーティを組むとなったらレイを相手に勝つ……とまでは言わないが、五分には渡り合えるようにならないとちょっとな」


 スペルビアが苦笑を浮かべながらワインを飲み干し、女将のラナへと新たにエールを注文しながらそう呟く。

 戦士としてのプライド故に、レイよりも弱い状態でおんぶに抱っこされるようになるのが我慢出来ないのだろう。


「そうね……私は別に構わないんだけど。レイはどうなの?」


 フィールマの言葉にレイは小さく首を振る。


「パーティを組むにしても、組まないにしても、暫くは無理だな」

「あら、なんで?」


 その場にいた全員の、それこそ数秒前までじゃれ合っていた筈のアロガンとキュロットも含めた視線が自分へと集まっているのを感じたレイは、この連中なら大袈裟に話を広めることもないだろうと判断して口を開く。


「ちょっと難しそうな依頼を引き受けてな。どのくらいの期間が掛かるか分からないだけにパーティ云々っていうのは、それが片付いてからだろうな」

「あ、もしかして1人だけ会議室に残ってたのってそれが理由?」


 キュロットの言葉に頷く。


「ああ。ランクDに上がったばかりだってのに、いきなりの指名依頼だ」

「……まぁ、レイの強さを考えればそれ程不思議な話でもないだろう」


 スペルビアがそう言いながら頷く。

 今回の試験で盗賊団の根城へと辿り着くまで訓練に付き合って貰い、同時に盗賊団との戦闘でその実力を見て、帰りにも行きと同様に訓練に付き合って貰った。このランクアップ試験中はそんな風に殆ど毎日レイと模擬戦を繰り広げていたスペルビアにしてみれば、ランクDに上がったばかりのレイに指名依頼が来たと聞いても特に不思議には思わず、むしろレイ程の戦闘力を持っているのなら当然だという認識だった。


「それに今回パーティリーダーをやってみて、つくづく俺は団体行動に向いてないというのは分かったからな。少なくても、パーティリーダーはもう御免だ」

「確かにレイみたいに強ければソロでもやっていけると思うけど……それってちょっと厳しくない?」

「キュロットの心配も分かるが、俺には相棒のセト……あぁ、グリフォンがいるからな。1人と1匹で暫くは行動してみるさ」


 実際、セトを戦力として考えればグリフォンというだけでも強力なモンスターなのに、そこにさらに魔石を吸収して習得したスキルの数々があるのだ。その戦力は、ランクAの冒険者を凌駕していると言ってもいいだろう。


(それに、魔石の件で揉める可能性を考えるとちょっとな。その辺を考えるとソロ一択なんだよな)


 内心で考えながら、テーブルの上にあるポイズントードのモモ肉の炒め物を口へと運ぶ。

 丁度その時、夕暮れの小麦亭のドアが開いて2人組が中へと入って来る。

 そしてその2人は真っ直ぐにレイ達がいるテーブルへと向かう。


「ギルドで聞きました、ランクアップおめでとうございます」

「おめでとー」


 そう言ってきたのは、1人の魔法使いと1人の弓使い。レイにも見覚えのある顔だ。


「スルニンとエクリルか。久しぶりだな。俺がいない間はセトの面倒を見てくれて助かった」

「いえいえ、こちらこそ助かりましたよ。……あ、ご一緒してよろしいですか?」


 スルニンの声に周囲の面々へと視線を向けるが、全員が特に異論は無いらしいので頷いて席を勧める。


「いや、それにしてももうランクDですか。このままだとあっという間に追いつかれてしまいそうですね」

「おばちゃん、私とこっちの人にもエール頂戴。後、摘めるものを適当に」


 エクリルもまた、席に座りながらラナへと注文をする。


「レイ、この人達ってもしかして……」


 フィールマのその様子に、灼熱の風のことを知ってるのだと判断して頷く。


「ああ。灼熱の風のスルニンとエクリルだ。オーク討伐の時に知り合ってな。……そう言えば、ミレイヌはどうした? 今日は別行動なのか?」

「あー……それが」


 苦笑を浮かべながら頬を掻くスルニン。その様子を見ただけでレイには大体の予想が付いてしまった。


「なるほど、厩舎か」

「ええ。昨日ギルドでレイ君達が帰ってきたってのは聞いてたんですが、それで余計にセトと別れるのが辛くなったらしくて」

「で、厩舎へと突っ込んでいった訳か。……まぁ、いい。ここで飲んでればそのうち来るだろう」

「そうですね。その可能性が高いと思います。それでは、前途有望な皆さんの昇格を祝って今日は私達がここの払いを持ちましょう」

「……いいのか? 少し前まで金がないって言ってたのに」

「何、セトのおかげで労せずしてトレントを倒せましたからね。今は結構余裕があります」


 こうして、その日はそのまま宴会へと雪崩れ込むのだった。

 その宴会の中で、灼熱の風の面々とフィールマ達5人もそれなりに打ち解けて以後は色々と目を掛けて貰うようになる。

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