0056話
ラルクス辺境伯領の中でも唯一の街であるギルムの街。そのギルムの街へと繋がる街道を2台の馬車が進んでいた。
まだまだ青く高い空に入道雲が姿を見せる中、2台の馬車を引く馬はゆっくりと道を進んでいく。
「お、そろそろ街が見えてきたな」
2台の馬車のうち、大きい方の馬車の中でグランが呟く。
窓からギルムの街の外壁が見えたのだ。
「あー、疲れたわね。ランクアップ試験の為とは言っても、さすがに数日掛かりで遠出するのは堪えるわ」
外壁が見えてきて安心したのだろう。キュロットが思わずといった様子で呟く。
「確かに疲れたけど……でも、良かったじゃないか。捕まってた商人の人達の馬車が無事で」
「まあねー。盗賊達にしてみても馬車は使い道があると思ってたんでしょ」
そう。盗賊団の根拠地であった洞窟を制圧したレイ達だったが、森からは見えないようになっている場所に捕まっていた商人達2人が乗っていた馬車がそのまま残っていたのだ。盗賊達にしても馬車というのは襲った相手から奪った荷物を運ぶのにも使えると判断していたのだろう。その為、定員ギリギリだったギルドの馬車に2人を同乗させて窮屈な思いをする羽目になるという事態を回避できたのだった。
そんな風に自分達の帰るべき場所でもあるギルムの街が見えてきた所で、グランが馬車の壁を叩いて御者席に座っているスペルビアと見張りのレイの注意を引く。
「レイとスペルビアも聞こえるな?」
「ああ」
「問題無い」
御者席の方からの返事に頷き、グランが口を開く。
「さて、ギルムの街も見えてきたことだし街に戻ってからのことを説明しておく。とは言ってもそう難しい話じゃない。今日はギルドに戻ったらそのまま解散だ。今回の件の報酬はその後にでも受付で貰ってくれ。そして、明日の午後にもう1度ギルドの会議室に集合してもらう。ランクアップ試験の結果に関してはその時に発表することになるから忘れてたとかいうのは無しだぞ。ま、簡単だがこんな所だな。何か質問は?」
グランの声にキュロットが口を開く。
「盗賊団のアジトから奪って来たお宝については?」
「その辺はお前達で決めてくれて構わん。ただし、下手に揉めて騒ぎを起こすような真似はするなよ」
「分かったわ。じゃあ、そうならない為にもギルドで解散したら早めに山分けにするってことでいいかしら?」
キュロットの言葉に馬車の中にいる者達は頷き、御者席にいたレイとスペルビアにしても特に異論は無いのか黙っていた。
「じゃ、それで決まりね。レイ、聞こえてたわよね? ギルドで解散したら一旦……あー、どこでお宝の分配をすればいいのかな? まさかギルドの中でなんて出来ないし……」
冒険者達の中にはランクを笠に着て無法を働くような質の悪い者もそれなりにいる。そんな者達が見ている中でわざわざ餌を見せるような真似をすればどうなるか……キュロットには碌でもない目に遭うような未来しか想像出来なかった。
「そうだな、ならギルドの2階の会議室を貸し出そう。量が量だから一度に持ち帰るのは大変かもしれないが、その辺はそっちでなんとかしてくれ」
そんなキュロットへと救いの手を差し伸べたのはグランだった。
「え? 本当? じゃあこれでお宝について心配する必要はないわね。グランさんありがと」
「何、こちらとしてもギルドの中でわざわざ揉め事を起こされるよりは余程マシだからな」
「何よ、私達が……あ、そうね。アロガンとかちょっと危ないかもしれないわね」
「おいっ、何で俺だけだよ」
ふざけたように言い合いをするアロガンとキュロット。だが、その様子はランクアップ試験当初のような険悪なものではなかった。
それも当然だろう。盗賊団を全滅させてからの数日、夜毎に魘されていたアロガン、キュロット、スコラの3人はそれぞれの思いを吐き出し、腹を割って盗賊達を殺した時の思いを話し合ったのだ。その結果、3人……というよりアロガンとキュロットは当初の険悪さは何だったのかと周囲の者達が思うほどに意気投合をしたのだった。
(……正直、出来ればランクアップ試験が始まってすぐにそうなってて欲しかったんだがな。まぁ、意地っ張りという意味で似た者同士だったってことか)
背後の、馬車の中のやり取りを聞きながら苦笑を浮かべるレイ。
さすがにギルムの街にここまで近付けばモンスターの襲撃を受ける可能性は低いので、現在のレイは周囲の警戒と言うよりは景色を眺めるといった行為になっていた。
「……レイ」
そんなレイへと背後に聞こえないように小声で話し掛けるスペルビア。
「どうかしたか?」
「いや、その……何だ。今回は色々と勉強になった。俺は自分が強いとは思っていたし、実際ランクEという範囲で見れば間違い無く強いというのは事実なんだろう。けど、それはあくまでもランクEという限られた世界での中だっていうのを今回思い知らされたよ」
「そうか?」
レイの見た所では、スペルビアの実力は相応に高い物に感じられた。少なくても、ランクDパーティとして威張っていた鷹の爪の面々よりは上だろうと。
「だからまぁ、今回は色々と勉強になったしいい経験をさせて貰ったってことを言いたかったんだよ」
「お前がそう思ったのならそれでいいんじゃないか? 俺は別に特別なことはしてないしな」
こうして、ギルムの街に着くまでの短い時間だがお互いが近接戦闘を行う時に気をつけていることや、あるいはこれまでに経験してきた戦いの話をしながら過ごすのだった。
「おや、レイ君。お帰りなさい。ランクアップ試験は無事終了しましたか?」
正門前へと馬車が着くと、慣れた様子でランガが声を掛けてくる。
「ああ、無事にな。特に怪我人の類もいないし、これであとは試験に合格していれば文句無しなんだが……」
会話をしつつ、ギルドカードを差し出す。
その近くでは、馬車の中にいた者達も警備兵達へと自分のギルドカードや身分証といった物を提出していた。
「ところで、セトはどうしてるか分かるか?」
「セトなら今日はまだ街から出てませんね。昨日灼熱の風の面々と一緒に討伐依頼から戻ってきたという話なので、今日は厩舎で休んでいるかと」
「そうか、分かった。特に暴れたりとかそういうことは無かったか?」
「ええ、その類の騒ぎは一切」
ランガの言葉に安堵の息を吐くレイ。
いくらセトが人間並みに頭がいいとは言っても、これまでこうも長く離れたことは無かっただけにやはり微妙に心配だったらしい。
「はい、どうぞ。通って結構です」
通行の許可を貰い、馬車は街の中へと入っていく。
尚、商人2人の馬車は手続きが冒険者達よりも複雑らしくここで別れることになるのだった。
そして街中へと入ると真っ直ぐにギルドへと向かい、皆で馬車から降りてそれぞれの荷物を取り出す。
当然、レイの場合は荷物は全てミスティリングに入っている上に、デスサイズも街中では邪魔になるのでこちらもミスティリングの中だ。なので完全に手ぶらである。武装に関しては、腰に差してあるミスリルのナイフのみだ。
それぞれが自分の荷物を馬車から降ろした後はグランが全員へと声を掛ける。
「よし、ランクアップ試験ご苦労だった。じゃあ、ここで解散とする。……報酬はさっきも馬車の中で言ったように受け付けに行けば貰えるようになっている。それと、会議室に関してもこっちで手続きをしておくから使ってくれて構わん。では、解散」
グランがそう言い、さっさとギルドの中へと入っていく。試験の監督官は監督官で色々と仕事があるらしい。
「さて、じゃあまずは皆で報酬を貰いに行こうか」
「だな。銀貨1枚に笑う者は銀貨1枚に泣くって言うしな」
キュロットが提案し、アロガンがそう言いながら賛成する。
そして皆でギルドの中へと入ると、そこはやはり日中ということもあり殆ど冒険者の姿は見えなかった。数人の冒険者が遅い昼食を食べ、あるいは依頼書が張り出されているボードを眺めている。
そんな状況の中、レイ達6人はカウンターへと向かう。
レイの姿を見つけ、レノラとケニーの顔がパッと輝く。
「レイさん、お帰りなさい。ランクアップ試験は無事終了しましたか?」
「ああ、何とかな。それでランクアップ試験の報酬を受け取りに来た。試験官のグランにここで貰えると聞いたんだが」
「はい、それで合ってます。一応念の為にギルドカードを提出して下さい」
「ちょっ、レノラ。レイ君は私が……」
「ほら、レイさんは私に任せてケニーは他の人をお願いね」
「……分かったわよ」
レノラの声に従い、6人それぞれが数人の受付嬢へと別れて自分のギルドカードを提出する。
受け取ったギルドカードと、手元にある書類を確認してサインをして銀貨1枚をそれぞれが受け取る。
「試験終了おめでとうございます。後は試験の結果待ちですが疲れを残さない為にも今日はゆっくりと身体を休めて下さいね」
「ああ、それと上の会議室をちょっと使わせて貰う。グランが話を通してくれるらしいが」
「分かりました。今日は特に会議室を使って行われる会議等も無いので問題無いと思います」
レノラの言葉に頷き、報酬を受け取った他の面々と一緒に階段を上って2階へと上がっていく。
「レイ君、試験に合格したらお祝いをしましょうねー」
ケニーのそんな声を背に受けながら。
「レイってば随分ともてるのね。ちょっと意外だったわ」
興味深そうな目でレイを見るフィールマ。その隣ではキュロットもまた珍しいものを見たとばかりに笑みを浮かべて口を開く。
「レイが年上趣味だとは思わなかったわ。これは私も気をつけなくちゃいけないわね」
「あれは俺を好きとかそう言うんじゃなくて、ただ単純にからかってるだけだろう」
「そうかしら? あの目は結構本気なように見えたけど」
そんな会話を続ける横で、スペルビアがボソリと呟く。
「……羨ましい」
「ちょっ、スペルビア!? あんたそういうキャラだったっけ!?」
「レイの好みも意外なら、スペルビアの性格も意外ね」
そんな風に馬鹿話をしながらも、会議室の中へと入り念の為に扉をしっかりと閉める。
「さ、レイ。じゃあお願い」
「分かった」
キュロットに促され、ミスティリングから盗賊団から持ってきた武器や防具、あるいは宝石や貨幣、ポーションや安物のマジックアイテムを会議室の机の上に並べていく。
安っぽい机の場合はその重量に耐えられずに足が折れてしまうのではないかと思える程の量。それでも尚問題が無いとばかりにその重量を支えられるのは、さすが冒険者ギルドの会議室にある机と言うべきか。
次々に何も無い空間から出て来る様子に半ば唖然としながら眺める5人。だが、それも5分程で全てを出し切るとやがてその目は机の上の戦利品へと移る。
「さて、問題はこれをどう分けるかだが……6等分すると言ってもな。まずはそうだな……それぞれの希望を上げるか。俺は武器で構わない」
レイがそう告げると、それぞれが順番に自分の希望する物を口に出す。
アロガン、キュロットは貨幣。スコラはポーションと安物のマジックアイテム。フィールマは宝石、スペルビアは防具という風に分かれる。
「ちょっと、何であんたまでお金なのよ。予備の武器とか防具でもいいじゃないの」
「それを言うならお前もだろう? 盗賊なんだから武器とか防具でもいいじゃないか」
アロガンとキュロットが言い合いを始め、レイを含めた4人はそれを呆れたように眺めていた。
だが、そんなやり取りも5分、10分と続くとやがて見飽きてくるのは事実であり。
「俺は取りあえず槍を10本程と短剣を5本でいい。何か文句がある奴はいるか?」
レイはそう言い、他の5人へと視線を向ける。
「いや、槍と短剣なら別に問題ないけど……」
キュロットの声にその場の全員が頷く。
「俺も別に槍や短剣は構わないが……槍でいいんだな? お前にはあの大鎌があるから予備としてしか使えないだろうに」
「何、投擲用の投げ槍として考えれば使い道は結構あるさ」
質問してきたスペルビアにそう答えつつ、机の上にある槍を10本と短剣を5本ミスティリングへと収納する。
「さて。俺の取り分はこれだけでいいから、後は5人で話して決めてくれ。俺はそろそろ宿に戻らせてもらう。セトについても心配だしな」
「あ、ああ」
「まぁ、レイがそれでいいんなら」
アロガンが半ば気圧されたように頷き、フィールマも特に問題無いと答える。
他の者達にしても、自分の狙っている物とは特に被っていないため特に何かを言い張るのでもなく頷いた。
特にアロガンにしてみれば、苦手意識を持っているレイがずっとこの場にいるよりは槍という自分には使いようのない武器や、それ程価値の無い短剣で満足してくれるのなら大歓迎だった。
「じゃあ、俺はこの辺で帰らせて貰う。また明日ギルドで」
5人共が特に異論は無いということでその場をさっさと後にするレイ。
そしてそんなレイが消えた後は、再度会議室の中からアロガンとキュロットの言い争いがする声が響き渡るのだった。
「あら、レイさん。会議室の方はもういいんですか?」
ギルドの1階へと降りると、レノラがカウンターからそう声を掛けてくる。
いつものようにケニーもレイへと声を掛けたかったのだが、現在は他の冒険者の相手でそれが出来ない為にレノラに一瞬だけ恨めしそうな視線を向けたのだが。
「俺の用事は済んだからな。ただ、まだ他の5人が使ってるからもう暫く掛かりそうだ」
「そうですか。まぁ、先程も言ったように今日は会議室を使う予定が無いからいいんですけどね」
そんな風に短く会話をしてギルドを出るレイ。
レノラもまた、レイが何でそんなに急いでいるのかを大体予想していた為に笑みを浮かべて見送るのだった。
そしてそれから10分程後。レイの姿は夕暮れの小麦亭、その厩舎の前にあった。
手には露店で買ってきたセトが好む串焼きが10本程握られている。
「グルルルルルルゥ!」
そして厩舎の中へとセトの喜びに満ちた鳴き声が響き渡る。
その鳴き声で、厩舎の中にいる馬が怯えたりした為に後でレイが宿の女将でもあるラナに注意されることになるのだが……
今は、数日ぶりのセトとの再会を喜ぶだけだった。