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0055話

 洞窟の広間。そこに盗賊達の死体が山となって積まれていた。

 アロガン、スペルビア、フィールマ、そしてレイが苦労して集めた結果だ。

 その死体の山を微かに眉を顰めながら眺め、レイは3人へと指示を出す。


「そろそろスコラとキュロットが倉庫の方をどうにかしてる筈だ。そっちに合流するぞ」


 レイのその言葉に、フィールマが不思議そうに尋ねる。


「それはいいんだけど、この死体は? 燃やすとか言ってなかった?」

「確かにそうだが、それはこの洞窟から出る直前だな。下手に今燃やしてしまうと洞窟が煙で充満してしまう」

「あぁ、なるほど。人間はその辺不便なのね」


 納得した、と頷くフィールマの言葉に引っ掛かったのかスペルビアが口を開く。


「エルフは違うのか?」

「んー、そうね。煙の充満している所にずっといればそのうち倒れるというのは変わらないわ。でも、そんなにすぐにって訳じゃないのよ」

「ほう、エルフというのは便利なものだな」

「その代わり、直接的な筋力なんかでは人間よりも大分弱いんだけどね。エルフの剣士とかは私みたいなレンジャーや魔法使いに比べて随分と少ないでしょ?」

「いや、そもそもエルフ自体見るのはフィールマが初めてなんだが……」

「あぁ、なるほど。そもそも森から出て来ているエルフの数自体が少ないものね」


 そんな風に話している2人へと、アロガンが苛立ったように声を掛ける。


「おい、そんな話は後でしろよ。次は倉庫に行くんだろ。いつまでもこんな場所にいるのは御免だ。くそっ、血の臭いで鼻がバカになってやがる」

「……まぁ、アロガンの言うことももっともだな。それに捕虜をいつまでもキュロットとスコラの2人に任せておくのも悪い。さっさと行くと……」


 そこまで言った所で、レイの動きが止まる。

 突然動きの止まったレイに他の3人も不思議そうな顔を向けるが、レイは何故か微かな笑みを口元に浮かべているだけだった。

 その理由。それはつい今し方唐突に頭の中に声が響き渡ったからだ。それも、既に聞き慣れた声が。

 即ち。


【セトは『毒の爪 Lv.1』のスキルを習得した】


 というアナウンスメッセージだ。


(そうか、やっぱり俺とセトが別行動をしていても……そしてセト自身で魔石を吸収してもスキルの習得は可能な訳だ。これが判明しただけでも今回セトと別行動を取った甲斐はあったというものだな)


「レイ?」


 スペルビアの問いかけに、内心の思いを隠しながら首を振る。


「いや、何でも無い。まだ盗賊の残党がいるような気がしたが、気のせいだったらしい。それよりも倉庫へ行くぞ」


 そう言い、広間から出て分かれ道の位置まで戻り倉庫のある左側の道を進んでいくのだった。






「あ、フィールマ。レイ達も」


 倉庫の前でレイ達を出迎えたのはキュロットとスコラ。そして見覚えのない2人の人間だった。

 恐らくこの2人が捕まっていた商人なんだろうと予想しつつも、レイはキュロットへと声を掛ける。


「で、中身は?」

「んー、そうね。まぁまぁって所かしら。金目の物は金貨、銀貨、銅貨がそれなりの数があって、宝石も少し。他には安物のマジックアイテムがいくつか。ただ、妙なことに武器の類がやたらと充実しているのよね」


 ほら、とキュロットに促されて倉庫の中へと覗くと、確かに剣や槍、斧、あるいは弓や矢といったものが大量に置かれている。


「……どういうことだ? 俺達が倒した盗賊達は皆それぞれに自分の武器を持っていた。それなのに何故まだこんなにも武器に余裕がある?」


 首を傾げるレイだったが、同じく倉庫の中を覗いたスペルビアは首を傾げつつも推測を口にする。


「恐らくだが、これまで襲った商人達から奪った物じゃないのか? 武器なら自分達でも使えるから、その予備として売り払うなりしないでとっておいたと」

「まぁ、普通に考えれば確かにそうなんだが……」


 どうも釈然としないものを感じていたレイだったが、そこにキュロットが声を掛けてくる。


「ね、捕まってた2人が奪われた商品を返したんだけど、良かったわよね?」


 そう言われて商人2人の方を見れば、確かにその背には巨大なリュックのような物が背負われていた。

 本来なら盗賊に奪われた物を返却して貰う場合は相応の値段を支払わらなければならないのだが……


「いいんじゃないか?」


 必要以上に金に執着のないレイはあっさりと頷いてみせる。

 だが、それを黙って見過ごせない者も当然いる。


「おいっ、本来ならこういう場合は金を払って荷物を返すのが普通だろう? なのに何でそうもあっさりとしてるん……だ……よ……」


 アロガンが喋っている途中で、レイが自分に視線を向けているのに気が付いたのだろう。徐々に言葉尻に力がなくなっていく。

 それでも自分の報酬が減るのは我慢出来ないのか、スペルビアとフィールマの方へと顔を向けるアロガン。

 しかしそれも無理はない。何しろこの盗賊団の討伐というのはランクアップ試験の為に報酬が銀貨1枚と前もって宣言されているのだ。つまり、それ以上の報酬を欲するのならそれは盗賊の溜め込んだお宝に期待するしかないのだから。だが。


「別にいいんじゃない? 元々その人達の荷物なんだし」

「俺も特に異論は無い」


 スペルビアとフィールマの2人もレイの意見に特に異論は無いらしくアロガンはまさに孤立無援になるのだった。

 ただ、この場合冒険者としてどちらが正しいのかと言えば実はアロガンの方が正しかったりする。何しろ冒険者というのは基本的に非常に危険な仕事が多いので、安請け合いをしてしまうとそれが他の冒険者達に迷惑を掛ける可能性もあるのだから。

 だが幸いなことに、捕まっていた商人2人はその辺をきちんと理解している者達だった。


「まぁまぁ、その辺で。こちらとしても命を助けて貰って、尚且つ商品も取り戻して貰ったというのにお礼もしないというのはさすがに気が咎めます。なので、ギルムの街に戻ったら相応のお礼の品を渡すということでどうでしょう? 私達はこれでもマジックアイテムも扱っているので、きっと気にいって頂ける品物があると思いますが……」


 レイ達の話を聞いていた若い方の商人がそう提案すると、マジックアイテムと聞きアロガンの顔が喜色に歪む。

 基本的にマジックアイテムというのは高価な物が多いのでそれも無理はないのだが。

 結局命を救って貰ったのと荷物を返して貰った礼については後日ギルムの街にある2人の店を尋ねた時にお礼の品を渡すということで話がついたのだった。


「で、そっちの話がついた所でこの中身なんだが……どうする?」

「どうするって? 僕達が貰っていってもいいんでしょ?」

「いや、それは確かだが……この量を持ち帰るのか? それこそ馬車のある所まで持っていくので一苦労だし、なによりも馬車にこれ全部積み込むのは無理だろう」

「あ、そっか」


 スペルビアの言葉に、スコラは頷く。

 キュロットにしても、フィールマにしても、アロガンにしても、自分達の物にするかどうかというのはともかくこの武器をここに置いたままにするのが危険だというのは分かっていた。新たな盗賊がここに居を構えてこの武器を利用するかもしれないし、あるいは森に生息しているゴブリンのようなモンスターが入り込んできてこの武器で武装するかもしれない。

 そんな中、レイが溜息を吐きながら口を開く。


「しょうがない。この倉庫にある中身は俺がアイテムボックスに全部収納して持ち帰る。中身の分配については街に戻ってからってことでいいか?」


 その言葉にアロガンは複雑な顔をしながら頷き、他の面々は喜色を上げて喜ぶのだった。

 特にスペルビアに関しては、盗賊との戦いでロングソードの一部が欠けていたりしたので前払いということで倉庫の中にあった状態の良さそうなロングソードを交換する。

 その後はレイが倉庫の中を歩き回って、中の物を粗方アイテムボックスに収納していく。

 尚、レイがアイテムボックスを持っているというのを知らなかった商人2人はその光景を唖然とした表情で眺めていたのだった。






 時は戻り、レイ達が盗賊団の潜む洞窟へと突入しようとしていた頃。

 灼熱の風の面々は、預けられたグリフォンのセトとともに森の中で夜を明かしていた。

 今回灼熱の風が受けた依頼はトレント5匹の討伐なのだが、そのトレントがなかなか見つからなかったのだ。

 トレント自体はモンスターランクDと、ランクCパーティである灼熱の風にとってはそれ程苦戦する相手ではない。ましてや今回はランクAモンスターのセトも一緒に行動をしているのだから戦力的には全く問題無い。

 ただし、それもあくまでも正面から戦えればの話だ。トレントというのは簡単に言えば樹の幹に顔があるモンスターだ。根を使い地上を歩き回ることも可能で、その状態でならすぐに発見出来る。だが、それが動かずにじっとしていれば森に生えている普通の樹と変わらない為に見つけるのは非常に難しい。現に、人間よりも鋭い五感を持っているセトですらも身を隠しているトレントを見つけることが出来なかったのだから。


「あーあ。まさか3日掛かってトレントを1匹も見つけられないなんて思わなかったわね」


 焚き火の中へと拾ってきた枯れ木を放り込みながらミレイヌが呟く。


「しょうがないですよ。元々トレントは見つけるのが大変だというのは分かっていたことですし」


 愚痴るミレイヌを宥めるようにスルニンが告げ、焚き火で湧かしていたお湯で入れたお茶の入ったカップを差し出す。


「ありがと。でも、ここまで見つからないとは思わなかったのよ。ほら、以前に同じような依頼を受けた時には結構あっさりと見つけたじゃない」

「あー……あれね。あの時は本当に死ぬかと思ったのは私だけじゃないと思う」


 3人目のメンバーであるエクリルが苦笑を浮かべてミレイヌの言っている時のことを思い出す。

 それは灼熱の風がまだランクDパーティだった時。今回と同様のトレント討伐の依頼を受けて指定された森の中へと入ってトレントを倒したのは良かったのだが……目標を倒して休憩しようと近くにあった小さな湖まで行った時に、湖から現れた水を纏った馬。ランクCモンスターのケルピーと遭遇してしまったのだ。

 ランクCモンスターのケルピー。これがもし灼熱の風の面々の体力や気力が十分ならケルピー1匹に対して3人なのだから何とかなったかもしれない。だがトレントを倒してからまだそれ程時間も経っていないということもあり、まず勝てないと判断して必死に逃げたのだ。


「馬型のモンスターであるケルピーから無事逃げ切れたけど、今考えてもどうやって逃げ切ったのか覚えてないわ」

「あははは。確かにあの時は本気で死ぬかと思ったかも」

「グルゥ?」


 どこか乾いた笑いを見せるミレイヌとエクリルへと、焚き火の側で寝転がっていたセトが小首を傾げて見上げる。

 元々セトを文字通りに猫可愛がりしているミレイヌにとってはそんなセトの様子に相貌を崩してその背を撫でる。


「あー、もう。セトちゃんは可愛いなぁ!」

「グルルゥ」


 セト自身も背中を撫でられて嬉しかったのか、嬉しそうに喉の奥で鳴く。

 ただ、やはりレイがいない為に寂しいというのもあるのだろう。その鳴き声はいつものものよりは元気がないようにミレイヌには感じられた。


「全く、ミレイヌは何でそんなにセトに夢中なんでしょうね」


 セトと戯れるミレイヌを苦笑しながら眺めるスルニン。

 そんなスルニンへと、ミレイヌは抗議するような目を向けた所で……


「グルルルルルルル」


 唐突にセトが警戒するような唸り声を上げる。

 一瞬何故急にそんな声を上げたのか分からなかったミレイヌだったが、次の瞬間には素早く立ち上がり長剣を抜いて構える。


「2人共、戦闘用意。どうやら歓迎のパーティをしてくれるらしいわよ」

「やれやれ。出来るなら歓迎パーティは日中にして欲しかった所なんですけどね」

「サプライズパーティって奴ですよ、きっと」


 軽い口調で言いながらも、スルニンは杖を、エクリルは弓をそれぞれ素早く構えて森の中の闇へと視線を向ける。

 そして……


「グルゥッ!」


 闇の中から何かが飛んできたのを察知したセトが、短く吠えて口を広げてファイアブレスを吐き出す。

 セトの口から吐かれたファイアブレスは、闇を斬り裂くようにして現れた何かを瞬時に炭へと変える。


「……なんか、オークの集落で見た時よりもファイアブレスの威力が上がってませんか?」


 オークキング率いるオーク達との戦いでオークアーチャーへと使って見せたファイアブレス。今スルニンが見たセトのファイアブレスは、確実にあの時のものよりも威力、射程共に上だった。


「スルニン、セトちゃんに見とれてる場合じゃない。……来るわよっ!」


 セトを相手にしている時の蕩けるような笑みではなく、獲物を前にした肉食獣の如き獰猛な笑み。そんな笑みを浮かべながら闇の中から抜け出てきたモンスターへと視線をむけるミレイヌ。

 そこから現れたのは、灼熱の風の標的でもあるトレントだった。……ただし。


「トレントの数は6匹! ただ、1匹は見たことがないタイプのトレントよ。恐らく希少種!」


 視線の先にいるのは普通のトレントが5匹。これはいいのだが、その背後にはまるでトレント達を指揮しているかのような異形のトレントが1匹存在していた。普通のトレントと違ってあからさまに樹の表面がどす黒く染まっており、まず間違い無く毒持ちなのだろうとミレイヌだけではなく灼熱の風の3人ともが直感的に理解する。


「全く、まさか希少種が出て来るとは思いませんでしたよ」

「そうね。ここ最近希少種の確認数が増えてるって噂があったけど……どうやら本当だったらしいわね」

「毒とか勘弁して欲しい……」


 本来であれば希少種という存在故にランクCパーティと言えども油断出来る相手ではなかった。……そう。本来であれば、だ。


「グルルルルルルルルゥッ!」


 灼熱の風の前にセトが立ちはだかり、森中に響けとばかりに雄叫びを上げる。同時に、王の威圧を使用。

 この時点でトレント達の動きは目に見えて鈍くなり、動きの鈍くなったトレント達は攻撃を命中させることも出来ず、あるいは攻撃を回避することも出来ずに灼熱の風に面白いように狩られていく。

 そして……


「グルルルゥッ!」


 高く鳴き、ウィンドアローを複数放ちながらトレントを牽制。ただでさえ王の威圧により動きの鈍ったトレント達にその攻撃を回避出来る筈も無く、ウィンドアローにより樹の表面を削られていく。


「グルルルゥッ!」


 そして横薙ぎに放たれる鷲の前足の一撃。それだけでトレントはへし折られ、吹き飛ばされる。

 先程の暗闇の中から放たれたように蔓の一撃を放ってくるトレントもいたが、それも再び放たれたファイアブレスにより瞬時に炭と化す。

 トレント相手に戦っているその様子は、灼熱の風を守るというよりはレイと離れ離れになっている鬱憤を晴らすかのような、いわば八つ当たりに近い物があった。

 結局、灼熱の風がトレントを2匹倒した時には残り3匹のトレントはいずれも身体を真っ二つにへし折られてその生命を終えていた。そして希少種である筈の毒持ちトレントもまた、セトのクチバシにより身体の中心部分を貫かれ、同時に魔石を鋭いクチバシで抉り取られてセトに飲み込まれ、その生命を終えるのだった。


【セトは『毒の爪 Lv.1』のスキルを習得した】


「グルゥッ!」


 セトとレイにだけ聞こえるそのアナウンスメッセージを聞き、嬉しげに鳴くセトの様子に灼熱の風の面々は苦笑を浮かべるしか出来なかった。

 もっとも、ミレイヌだけはセトの勇姿に満足そうに頷いていたのだが。


「あー……取りあえず今のうちに討伐証明部位を」


 熱心にセトを見ているミレイヌを呆れたような目で眺め、エクリルへと声を掛ける。

 エクリルもまたしょうがない、とばかりにトレントの討伐証明部位であるトレント1匹につき1つだけ生えている若芽を切り取るのだった。

 尚、このトレントの若芽は討伐証明部位であると同時にポーションの材料の1つとしてそれなりに高額で買い取って貰える素材でもあり、魔法使いの杖や弓の部品等にも使えるトレントの枝と同様に金欠気味の灼熱の風にとってトレントはそれなりに美味しいモンスターだったりする。


「……出来れば、希少種の魔石も欲しかったんですけどね」

「しょうがないわよ。そもそもあの希少種を倒したのは私達じゃないんだから」


 スルニンの言葉に我に返ったミレイヌがそう言い返し、素材と魔石、討伐証明部位を集めるのだった。

【セト】

『水球 Lv.1』『ファイアブレス Lv.2』『ウィンドアロー Lv.1』『王の威圧 Lv.1』『毒の爪 Lv.1』new


【デスサイズ】

『腐食 Lv.1』『飛斬 Lv.1』『マジックシールド Lv.1』


毒の爪:爪から毒を分泌し、爪を使って傷つけた相手に毒を与える。毒の強さはLvによって変わる。

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