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0052話

 虫の音が五月蠅いくらいに響いている夜の森。そんな中を進んでいる者達がいた。


「ちっ、しつこいな!」


 先頭を進むアロガンが、舌打ちをしながら暗闇へと向けて魔剣を一閃。今にも襲い掛かろうとしていたゴブリンが首を切断されて悲鳴もなくその場へと倒れこむ。


「全く、夜の森を進むとかどこかおかしいんじゃねぇか?」

「……お前は昼の作戦会議の時に特に何も意見を言っていなかっただろうに。今更それか?」


 空中から音もなく襲い掛かってきた1mはあろうかという巨大な蝙蝠へと剣を突き刺したスペルビアが呆れたように言う。


「はっ、俺としてはどうしてお前等があんな化け物に気を許してるのかが分からないけどな」

「あのねぇ。文句があるのなら私達じゃなくて本人に言ってよね。レイの前に出ると大人しい癖に、いないと態度がでかくなるんだから」

「あぁ!?」


 キュロットの呆れたような言葉にその顔を睨みつけるアロガンだったが、すぐに今はそんなことをしている場合じゃないと理解したのか前を向いて森の中を進んで行く。


「大体、パーティバランスが悪くないか? 戦士2人に盗賊1人とか。どうみても後衛が足りないだろが」


 もっとも、愚痴を口にしながらだったが。

 そう。現在アロガン、スペルピア、キュロットの3人だけで夜の森を進んでいるのだ。もちろんレイ、スコラ、フィールマの3人が後方で休んでいる訳ではない。残りの3人は昼間に話した作戦通りに、見張りの盗賊達に見つからない位置から狙撃すべく移動中だ。この3人が別行動を取っているのは、遠距離からの狙撃が失敗した時に素早く距離を詰めて見張りを仕留める為なのだが……


「つーか、狙撃が失敗したらその時点で見張りが中の奴に知らせるに決まってるじゃねぇか。それを俺達にどうにかしろって言われてもなぁ。そもそも俺達と一緒に近付いてから狙撃してもいいだろうに」

「だから、あくまでも念の為だとレイも言ってただろう。それよりもほら、森を抜けるぞ。見張りが中に知らせる云々の前に俺達が見張りに見つかりでもしたら目も当てられない。それに狙撃組が俺達と別行動を取るのはしょうがないだろう。レンジャーのフィールマと色々と謎なレイはともかく、スコラは生粋の魔法使いで盗賊達相手に気取られない距離まで移動するなんて真似が出来ないんだから」


 アロガンへとそう告げるスペルビアだったが、それを聞いたキュロットがニンマリとでも表現出来そうな笑みを浮かべて後を続ける。


「そうだね、これで私達が見つかったらただでさえレイに厳しく見られてるアロガンとかどうなるんだろうね。ちょっと見てみたいかも」

「おいっ、冗談でもそんな不吉なことを言うんじゃねぇ。ったく、分かったよ、真面目にやればいいんだろ」


 アロガンの小声で叫ぶという奇妙な特技で発揮した声を聞きつつ、キュロットは盗賊達の出入り口になっている崖へと続く森の中からそっと先を覗き込む。

 そこにはキュロットの予想通り2人の見張りがいた。だが、あからさまに気が抜けて油断している様子が見て取れた。


(それだけこの隠れ家が見つからない自信があるのか……あるいは単なる馬鹿か)


 チラリ、とアロガンの方へと一瞬だけ視線を向けるキュロット。


(……多分馬鹿の方だね)


 松明を持っているのはいいだろう。何しろ盗賊とは言っても冒険者の職業的な意味の盗賊では無く、あくまでも野盗の一種であるならず者としての盗賊でしかないのでキュロットのように夜目が効くという訳でも無いのだから。

 だが、見張りだというのに見張り台に座り込んで何やら話し込んでは馬鹿笑いの声を響かせているその様は、キュロットにしてみれば見張りとは呼べないし、呼びたくもない。何しろ気配を消していたり音を立てないようにしているとは言っても、10mも離れていない自分達に全く気が付いていないのだから。


(これならスコラが気配を消せないとか、そういうのを考えないでアロガンの言う通りに一緒に来ても問題無かったわね)


 内心で呟きながら、ここまで共に行動してきた2人の様子を確認する。

 アロガンとスペルビアの2人は既に己の武器を抜いており、いつでも襲い掛かれる姿勢を取っている。それを確認したキュロットも森でゴブリンの首を掻き切った短剣をそのままに事が起きるのを待つ。


「……まだか?」


 森の出口付近で身を潜めてから数分。まだ攻撃が始まらないのに焦れたのか、アロガンが小さく呟くのを聞きながらキュロットはスコラやフィールマからの攻撃が始まるのをじっと待っていた。






「呆れたわね」


 キュロット達から離れた場所にある狙撃地点。そこでフィールマは遠くに見える盗賊団の見張り達を見ながら言葉通りに呆れたように呟いた。

 何しろ視線の先にいる見張りが座り込んで何かを話ながら笑っており、見張りとしての役目を果たしていないのだから無理もない。


「でも、僕達にしてみれば助かるんだから責める必要はないんじゃない?」

「それは分かってるんだけど……ね」


 そんな2人のやり取りを聞きながら、レイは森の方へと視線を向ける。

 本来であれば夜闇に包まれた森の様子を把握するというのは、それこそキュロットのような盗賊でなければ無理だろう。だが、ゼパイル一門によって作られたレイの身体はそんな常識は関係無いと言わんばかりに森の中の様子がしっかりと見えている。

 そんなレイの視線の先では、アロガン、スペルビア、キュロットの3人が森の出口付近に身を潜めているのがしっかりと確認出来た。


「前衛組の3人も無事配置についたようだな。用意はいいか?」


 レイの言葉に無言で頷く2人。

 それを確認するとレイもまた頷きながら夜襲の開始を告げる。


「よし、スコラは魔法の詠唱を始めろ。フィールマはスコラが魔法を放つのにタイミングを合わせて弓で攻撃を」

「分かった」

「任せて」


 スコラが頷いて呪文の詠唱を始め、フィールマもまた弓に矢を番えてタイミングを合わせる。


『風よ、見えざる矢と化して眼前に立ち塞がりし者へと突き立てん』


 模擬戦の時にも使ったスコラの呪文が世界を偽り、その眼前へと見えざる矢を作り出す。太陽がある時に使っても見えにくい不可視の風の矢は、夜に使うことでよりその隠密性を増している。

 呪文を唱え終わり、後は魔法を発動するだけという所で一旦止まるとフィールマへと視線を向けるスコラ。その視線にフィールマが頷いたのを確認すると魔法を解き放つ。


『ウィンドアロー!』


 その言葉と共に、不可視の風の矢が5本程放たれる。同時に、フィールマもまた番えていた矢を見張り達の真上へと向かって解き放つ。

 2人の攻撃が放たれた次の瞬間、ウィンドアローは座って話をしていた見張りのうち片方の男の首や顔へと殺到し、同時にその向かいで何が起きたか分からない様子のもう片方の男は頭上から一直線に落ちてきた矢によってその頭部を貫かれて絶命する。






「来たっ!」


 視線の先にいた見張り2人のうち片方が首や顔を切り裂かされて血を吹き出してその衝撃で見張り台から地面へと崩れ落ち、それと殆ど同時にもう片方の男が頭上から降ってきた矢が頭部を貫いたのを確認したキュロットは短く叫んでアロガンとスペルビアへと鋭く叫ぶ。

 その言葉を聞いた2人は即座に森の出口から素早く駆け出して、見張り達との距離を急速に縮めていく。

 そして見張りとの距離を縮めつつスペルビアが舌打ちを一つ。


「拙いな、スコラの魔法で攻撃された方はまだ仕留め切れてない。アロガン、お前は見張り台から地面に落ちてまだ生きてる方の見張りを仕留めろ。俺は洞窟の内部から誰か出て来ないか警戒する」

「おいっ、何で俺が!」

「黙れ、時間が無いんだ。ここからは悠長に喋っている暇はない。時間との勝負だぞ」

「ちっ、分かったよ、クソが」


 喋っているうちに見張りの下へと辿り着き、アロガンに言ったようにスペルビアはロングソードを構えたまま洞窟の出入り口付近へと身を潜めて中の様子を伺う。

 幸い、中から聞こえて来るのは笑い声や歓声といったものが殆どだ。恐らく酒盛りでもしているのだろうと判断したスペルビアは見張りの件が気付かれた様子がないのにほっと安堵の息を吐く。

 その近くで、アロガンは地面に倒れて痛みと混乱により暴れている見張りへと狙いを付け……そのまま固まっていた。


「くそっ、俺がこんな……」

「が、がぁ……げふっ、た、たふひぇて……」


 見張りの男の不幸は、スコラの魔法の腕がまだまだ未熟だということだった。……いや、ランクE冒険者としては十分な腕なのだが、隠密性と攻撃速度を重視したウィンドアローでは5本全てが首や頭部へと命中したとしてもその一撃で命を刈り取ることが出来なかったのだ。

 そういう意味ではフィールマの矢に頭部を貫かれた男の方が幸せだったのだろう。何が起きたのかも分からないままに一瞬にしてその生を終えたのだから。


「アロガンッ、早くしろ!」


 人を殺す、という行為に躊躇っているアロガンへと向かいスペルビアが小声で素早く命じる。

 だがアロガンにしても人を殺す……それも自分でそう認識してから自分と同種族の命を刈り取るという行為に、その手は震えて上手く動かない。模擬戦や、あるいは以前レイと行ったような決闘でその命を奪ってやる! とばかりに相棒の魔剣を振るったことは数多いが、幸か不幸かこれまで実際に人間の命を奪ったことは無かったのだ。それ故に、今こうして魔剣を持つ手が震えているのだが。


「ちぃ、キュロット、お前はレイに言われたように内部の偵察を」

「わ、分かった!」


 スペルビアは自分と引き替えにスルリと洞窟の中へと入っていくキュロットの背を見送り、苦痛と息苦しさにより地面を転がり回っている見張りの男へと近寄り、無造作にロングソードを男の首目掛けて振り下ろす。


「がっ!」


 ロングソードの刃により、首を切断された見張りの頭は血の跡を残しながら地面を転がっていく。


「オエエエェェェェェェッッ!」


 モンスターではない、自分と同種の生物が死んだその光景を目にしたアロガンは物陰へと走りより胃の中の物を吐き出す。

 そんなアロガンを複雑な表情で見ながらも、スペルビアは洞窟内部の様子から聞こえて来る音に耳を澄ませていた。

 幸い中ではまだ見張りが死んだというのも、あるいはキュロットという侵入者がいるというのも気が付いていないらしく相変わらず歓声や笑い声だけが聞こえてくる。

 そんな状況の中、後衛組が合流する。


「キュロットはどうした?」

「作戦通り中に侵入した」


 レイへと答えながら、スコラとフィールマの様子を確認するスペルビア。

 フィールマは人を殺したという行為に特に罪悪感を覚えている様子は無い。あるいはそれを隠し通せるだけの精神的な強さがあるのだろう。だが、スコラの方は見るからに顔から血の気が引いていた。


「スコラもか」


 スペルビアのそんな言葉に、レイもまた、未だに物陰で吐いているアロガンへと視線を向ける。


「らしいな。自分の使った魔法で苦しんでいるというのが堪えたらしい」

「まぁ、初めての人殺しだ。そうなっても無理はないけどな」

「スペルビアは平気そうだな」

「どういうものにも慣れってのはあるもんだ。それはそっちも変わらないだろう?」

「さて、どうだろうな……っと、戻ってきたか」


 足音を殺しながら戻ってきたキュロットに気が付き、会話を一旦止めるレイ。それに不思議そうな顔をしつつも、洞窟から本人が出て来ると納得した表情になる。


「どうだった?」


 そんなレイの質問に、小さく頷いてキュロットが堪える。


「この先は暫く1本道ね。ただ、先で通路が3つに分かれてるわ。右側が牢屋で商人らしき人が何人か捕まってる。見張りがいたから正確な人数は分からないけど。真ん中の道の先は広く作られていて、さっきから聞こえて来る宴会の音もそこからよ。で、左側が倉庫とか武器庫とかそんな感じ」

「盗賊の人数は?」

「ざっと30人弱って所ね」

「なるほど。ここの他に外と繋がっている出入り口があるかどうかは?」

「さすがに時間がないからそこまでは調べられなかったわ」

「となると、まずは最初の接触でなるべく多くの盗賊達を仕留めた方がいいか?」

「でも、商人が人質にされるのは面白くないぞ」


 レイの呟きに、スペルビアがそう口を出す。


「まぁ、確かに。……キュロット、その宴会をやってる場所から牢屋に行く抜け道とかはあるかどうか分かるか?」

「今も言ったけど、時間が無かったからちょっと分からないわ。ただ個人的な意見を言わせて貰うのなら、自分達がやってることを思えばいつ討伐隊が来てもおかしくないんだからいざという時の対応を考えてないとは思えないわね」

「となると……キュロット、お前は真っ先にその牢屋に向かって人質を確保しろ。その後は……グラン、いるんだろう?」


 闇の中へと声を掛けると、苦笑を浮かべたグランが姿を現す。


「気付かれるとは思ってなかったな。で、用件はなんだ?」

「人質を救出した後、お前に任せるというのはランクアップ試験的にありか?」

「いや、無しだ。俺の役目はあくまでもお前達がランクD相当の実力があるかどうかを見極めるだけだからな。余程の理由がないと手助けは出来ないことになっている。で、今の事態は余程の理由に値しない訳だ」

「……しょうがない。戦力が減るのは惜しいが、キュロット、お前は捕虜を救出した後にここまで一旦戻ってきて身を隠していろ」

「分かったわ」

「よし、じゃあ洞窟に突入するぞ。昼にも言った通り、前衛はアロガンとスペルビア。中衛はスコラとフィールマ。後衛は俺でいく。……やれるな?」


 ようやく吐き気が収まったのかレイ達の側に戻ってきたアロガンへと声を掛けると、苦い表情をして頷く。


「ああ、やってやるよ」

「スコラ、お前は?」

「だ、大丈夫だよ。何とかやってみる」


 スコラも少し時間を置いた為か、先程よりも大分マシになっていた。


「よし、突入だ」


 レイの合図と共に、洞窟内部へと突入していく。

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