0051話
パチッ、パチッ、と焚き火の中で炎が跳ねる。
そんな炎を何とはなしに眺めながら、レイは周囲の気配や音を感じ取っていた。
基本的に辺境であるギルムの街周辺は夜になるとモンスターが我が物顔で歩き回り、街道にも出没する。ある程度の知能のあるモンスターなら襲い掛かる相手の力量や数で危険度を理解出来るのだが、それすらも理解出来ないモンスターは誰彼構わずに襲い掛かるのだ。
現に焚き火に眺めながら見張りをしているレイとフィールマの周囲には5匹程のゴブリンの死体が無造作に積み上げられている。これはレイが倒したのではなく、レイ達の前に見張りを担当していたキュロットとスペルビアが倒したものだ。
幸いそれ以降は特に襲撃もないのでそれ程緊張しているという訳でもないのか、フィールマが持っていたコップに焚き火で暖めたお湯を使ったお茶を淹れてレイへと差し出す。
「はい」
「悪いな」
そのコップを受け取り、香りを楽しんでから数口ずつ口に含む。
そろそろ真夏を通り越して晩夏という時期に差し掛かってはいるのだが、それでもまだまだ熱帯夜といってもいい夜が続いている。
そんな中で、汗の一つも掻かずにお茶を飲んでいるレイをフィールマは興味深そうに眺めていた。
「ねぇ、何でこの暑い中で熱いお茶を飲んでるのに汗を掻かないの?」
その言葉に、ピクリとするが、フィールマの顔を黙って見返しながら口を開く。
「それはお前もそうじゃないか? それともエルフ族というのは暑さに強いのか?」
「うーん、まぁ、そうね。基本的に森の中で暮らしているせいか種族的にある程度の暑さには強いかな?」
「……エルフというのは、人里には出てこないで森の奥に閉じ籠もってるって話を良く聞くが?」
「あはは。確かにある程度以上歳を取ったエルフはそうかもしれないわね」
笑顔を浮かべながらも、どこか寂しげな表情を浮かべるフィールマ。
レイはその様子に、何か訳ありなんだろうとは思いつつも深入りするのを避けるために話題を逸らす。
「そう言えば、その弓は随分と業物らしいな」
視線の先にあるのは、レイと焚き火を通して向かい合うようにして座っているフィールマの横に置かれている弓だった。
多くの魔法使いが持っているような他人の魔力を感じ取る力は持っていないレイだが、それでもその弓からは何となく感じられるものがあった。それはアロガンの魔剣やオークキングのグレートソードから感じたのと同じような感覚であり、つまりはマジックアイテムなのだろうと判断する。
「あ、やっぱり分かる? これはうちの家に代々伝わる家宝なのよ。矢に風属性を付与出来るって業物よ」
「へぇ、風属性か。その辺はさすがエルフと言うべきか?」
「あはは。褒め言葉として受け取っておくわ。でも、レイのその大きい鎌だってかなりの業物なんでしょう?」
フィールマの目が、レイの隣に置いてあるデスサイズへと向く。
昨日の戦いでも、そして就寝前に行われた訓練という名の模擬戦でも見たが、2mを優に越すその金属の塊を目の前にいる小柄で華奢な人物はいとも容易く操っていたのだ。それも、時には片手で。
「さっきの模擬戦とかを見てる限りだと……持ち手に重量を感じさせないとか?」
「そうだな。そういう能力があるのは間違い無い」
「へぇ、その口ぶりだとまだ他にも隠された能力とかがあるようね」
「どうだろうな。……まぁ、いざとなったら見ることがあるかもしれないな」
コップに入っていたお茶の、最後の一口を飲みながらそう誤魔化す。
だが、フィールマにしても馬鹿正直に自分の切り札にもなるマジックアイテムの能力を全て話すとは最初から思ってなかったのだろう。
そのまま次の話題へと移っていく。
「ね、じゃあ今度は私から聞いてもいい?」
「ああ」
「レイはさ、何で冒険者になろうと思ったの?」
「冒険者になった理由か。……そうだな……」
脳裏で、初めてギルムの街に辿り着いた時にランガへとした説明を思い出す。
「そもそも俺は、ずっと魔法の師匠と一緒に暮らしていたんだよ。それも、俺と師匠以外に人は誰もいないような山奥でな」
「へぇ。山奥でなんて、それこそエルフみたいな暮らしをしていたのね」
「かもな。で、とにかくその師匠から魔法を一通り習った訳だが、それが終わった途端セト――あぁ、俺がテイムしているグリフォンだな――と一緒に転移魔法で魔の森とかいう場所に強制的に送られてな。その後はその魔の森を抜け出してからギルムの街に辿り着いた訳だ」
レイの説明を聞きつつ、唖然とした表情をするフィールマ。
彼女も森に居を構えるエルフとして魔の森の噂は聞いたことがあった。
曰く、入ったら2度と出てこられてない。
曰く、複数の竜種が棲み着く森。
曰く、古の魔人が眠る場所。
曰く、ランクA以上のモンスターが大量に湧いて出る、等々。他にも嘘か真かは分からないが数え切れない程に噂のある森なのだ。
それだけに、そんな魔の森から無事脱出出来たレイはフィールマにしてみればランクDどころかランクAになっていてもおかしくないように思えた。
「……良く無事に魔の森を抜け出せたわね」
「ま、モンスターに殆ど出会わなかったってのもあるし、何よりセトがいたからな。で、とにかく魔の森をセトのおかげで抜け出したのはいいんだが、知っての通りセトは身体がでかい。つまり、1日に必要とする食料もそれ相応の量が必要になる訳だ。で、思いついたのが魔物を倒してその肉をセトの食料にするという案なんだが……それなら冒険者になれば魔物を倒してその肉をセトが食い、討伐部位や素材をギルドで換金出来て、尚且つ討伐依頼を受けられると、いいこと尽くめに思えてな。理由としてそんな単純な理由だよ」
まさか、モンスターの魔石を必要とする為に冒険者となったとは言えずにいつもの作り話で誤魔化す。
もっとも、セトの食料として魔物を狩るというのやその素材の換金、あるいは討伐依頼云々という話はレイにとってもある程度の事実でもあるので完全な嘘とは言えないのだが。
「で、俺の理由はそんな所だが……ん? 話しているうちに大分明るくなってきたな」
周囲を見ると、東から太陽が昇り朝焼けを見ることが出来る。
てっきり自分が冒険者になった理由も話そうと思っていたフィールマは、多少気を抜かれながらもその美しい朝焼けへと目を奪われるのだった。
そんな朝焼けを暫く2人で眺めていたが、やがて周囲が明るくなってきたのを感じ取ったのかテントからゴソゴソとした物音が聞こえてくる。
「あら、残念。私が冒険者になった理由を話しそびれたわね」
焚き火へと枯れ木を放り投げながらそう言い、テントから出て来たキュロットへと挨拶をするフィールマ。
そんな様子を見ながら、ランクアップ試験2日目を迎えるのだった。
「あれが盗賊団の根城ね」
森の中、パーティの目としての役割を果たすキュロットが視線の先にある巨大な崖を見て呟く。
ランクアップ試験に参加してから3日目の昼、グランからの情報通りにキュロットはあっさりと盗賊団の根城を発見していた。
数100m程の落差のある崖。その崖下の中でも切れ目となっている場所から出入りをしている盗賊達。恐らくあの切れ目が盗賊団が根城として使っている場所へと続く洞窟か何かの入り口なのだろう。そこがグランに教えられた盗賊の根城だった。
「なるほど、確かにあれだけ入り口が狭ければ大きいモンスターが中に入るのは無理ね」
崖の切れ目となっている洞窟の入り口はかなり小さく、それこそ盗賊団の者達も中に入る時は屈んで出入りをしている。
そしてその入り口には人の背丈程度の高さではあるが、見張り台も存在している。
それを確認したキュロットは、素早くグラン達が待っている場所まで戻るのだった。
「見つけたわよ」
「うおっ! 驚かすなよ」
殆ど音も立てずに森の中から出て来たキュロットに、殆ど反射的に魔剣を構えるアロガン。だが相手がキュロットだと知ると、慌てて構えを解いてぼやく。
「何よ、ぼけーっとしてるのが悪いんでしょうが」
「ほら、アロガンもキュロットもいい加減にしなさい。毎回毎回懲りないわね」
そんな2人の様子を見て、フィールマが窘めるように言う。
何しろこの2人、模擬戦の時やギルムの街を出発した時の揉め事を見ても分かるように徹底的に馬が合わない。ギルムの街を出発してからも何度か今回と似たような諍いを起こしているのだ。
そしてその度に止めに入るのは決まってスコラかフィールマだった。スペルビアは自分に関係無ければ好きにしろという態度だし、グランは試験の監督官なので手を出す筈も無い。そしてレイはと言えば、その人付き合いの下手さの為に止めようとしてかえってキュロットを怒らせるということが数度あって以降は匙を投げている。
まぁ、その場合はレイに対して半ば恐怖心を抱いているアロガンが少しでも早く離れようと言い争いをさっさと切り上げて遠ざかるので仲裁したと言えないこともなかったのだが。
「ちっ、分かったよ。もう少しで本番だってのにこんな所で揉めても盗賊共を喜ばせるだけだしな」
今回は幸いもうすぐ戦闘になるということでアロガンがあっさりと引いた為に特に何か問題が起こるようなことはなかった。
レイはそんなアロガンへと一度視線を向けてからキュロットへと声を掛ける。
「で、盗賊の根城は見つかったのか?」
「え? あ、うん。グランさんの言った通りにこの森を抜けた先にある崖の中の洞窟を根城にしてるみたい」
「洞窟の根城……か。なら意外と簡単に片付くか?」
「え? どうやるの?」
レイの言葉に興味を持ったのか、スコラが尋ねる。それに対するレイの言葉は単純明快だった。
「何、簡単なことだ。俺の炎の魔法をその洞窟の出入り口から中に放り込んでやればいい。それだけで中にいる連中は全員焼け死ぬなり窒息死するなりして全滅だろう。可能性は少ないが、もし魔法使いがいた場合でも盗賊共全員を守りきれる筈も無いしな」
「……それはちょっと……」
レイの余りと言えば余りの作戦に、言葉を詰まらせるスコラ。
だが、それに待ったを掛けたのはスペルビアだった。
「待ってくれ。確かにレイの案は効率がいいかもしれないが、もしあの洞窟の中に捕まっている者がいたらどうするんだ? そいつまで一緒に焼き殺すことになってしまうんだが」
「それに、盗賊といえばお宝。あいつらが溜め込んでいるお宝も焼いちゃうのは勿体ないでしょ?」
スペルビアに続き、キュロットにも却下される。
尚、盗賊の根城にある金目の物については基本的にそれを討伐した冒険者達が貰ってもいいことになっている。一応、所有権を主張する商人なり何なりが出て来た場合は冒険者に金を払ってそれ等を買い取るということもあるが、盗賊に襲われた商人達は基本的に殺されることが多いので滅多にあることではない。
「ついでにもう1つだ。忘れてるようだから言っておくが、この試験の目的はお前達が人を殺せるかどうかを試す為のものでもある。それをレイ1人で片付けられても、他の奴等のランクアップが可能かどうかの判定は出来ないだろう」
次々に否定され、しかもその否定する根拠が理解出来る内容なのでレイとしてもそれを受け入れるしかなかった。
「まぁ、面倒臭いというのは分かるんだけどな。その面倒臭いことをやってこその冒険者だ。きちんとリーダーとして指揮を取るんだな」
ポンッとグランに肩を叩かれ、改めて作戦を考えるレイ。
「キュロット、崖の出入り口はお前が見つけた場所だけか?」
「あー、ちょっと分かんないかな。何しろ崖って言ってもかなり大きいからぐるっと一回りしてこないと……一応、見渡せる限りの場所だと他に出入り口らしき場所はなかったけど」
「その辺も不明、か。となるとやっぱり不意打ちが一番だな。よし、聞いてくれ。今夜あいつらに夜襲を仕掛ける」
「今攻めるのは駄目なのか? 夜襲となると、夜にあの森を抜けるんだろう? そうなると森でモンスターに襲撃される可能性も出て来るが」
夜襲と聞いて首を傾げたスペルビアの言葉に、小さく頷くレイ。
「確かに夜に森を通り抜けようとすれば、モンスターの襲撃されるかもしれない。だが、昼間に襲撃するとなると盗賊達が全員根城にいないという可能性もある」
「なるほど、仕事中という訳か」
「ああ。だが、その仕事熱心な盗賊達もさすがにモンスターが闊歩する夜に出歩くような真似はしないだろう。だからこそ、だ」
「分かった。進めてくれ」
「夜だとは言っても、さすがに見張りくらいは置いてるだろう。キュロット、その辺はどうだった?」
レイの問いに、先程自分が見た光景を思い出すキュロット。
「確かに入り口近くには小さいけど見張り台っぽいのがあったよ。恐らく夜はそこに見張りを立ててるんじゃないかな」
「何人くらい見張りがいそうだ?」
「んー、予想だから確実にとは言えないけど……多分2人」
キュロットの言葉を聞き、フィールマとスコラへと視線を向けるレイ。
「お前達2人で見張りを遠距離から仕留めることが出来るか? 出来ればなるべく物音を立てないようにして」
「そう、ね。私の弓なら1人はまず確実に倒せると思うけど……スコラは?」
「距離によるかな。キュロット、僕の魔法の射程範囲は大体分かるよね? その辺はどうだった?」
「スコラのウィンドアローなら届くと思う」
「そっか。じゃあ大丈夫だ」
スコラの言葉を聞き、頷くレイ。
「じゃあ、見張りを倒した後だ。まずはキュロットが中に先行偵察をしてどのくらいの人数がいるのかを確認。ついでに捕らえられてる人がいるかどうかもな」
「分かった」
「その後は、スペルビアとアロガンの2人を前衛に侵入。後衛はフィールマとスコラだな」
「私は偵察が終わったらどうすればいいの?」
「人数を把握した後は、捕まっている者がいないようなら他に出入り口がないかどうかを確認。それが終わったら合流してくれ。捕まってる者がいた場合はそっちの救出を頼むと思う」
「分かったわ。……ちなみにレイはどうするの?」
「俺は最後尾、だな。後ろから奇襲を仕掛けられた時にフィールマとスコラを守る人材が必要だろう? それに、デスサイズは長物だから狭い場所での戦いは向いてないんだよ。魔法も火の魔法が基本だから洞窟の中とかじゃ使いにくいし」
レイの説明に頷く5人。そしてグランは離れた所からその様子を満足気に眺めていた。
(何だ、人付き合いが苦手とか言う割にはパーティリーダーも結構堂に入ってるじゃねぇか。これなら安心して見てられそうだな)
「良し、じゃあ夜襲に備えてこれから休憩に入る。見張りの順番は夜の時と同じだ」
レイの指示に従い、夜襲に備えて睡眠と見張りに分かれるのだった。