0047話
ギルドの奥にある訓練場。そこでランクアップ試験を受けるメンバーとしてレイは同じく試験参加者のスペルビアと向かい合っていた。
レイの手にはいつものデスサイズが。そしてスペルビアの手にはロングソードが握られている。
「言っておくがこれはあくまでも模擬戦だぞ。ランクアップ試験の本番である盗賊団の殲滅に向けてお互いの実力、あるいは仲間の実力を知る為のものだ。決して熱くなりすぎたりしないようにな」
グランの言葉にレイとスペルビア、そしてその場にいる全員が頷く。
「何か質問はあるか?」
そう問うグランにレイが声を上げる。
「一応聞いておくが俺の戦闘スタイルは基本的にセトとコンビを組んでのものなんだが……それは無しか?」
「当然だ。ランクDなりランクEなりにグリフォンなんて持ち込んだら普通は勝負にもならないだろうが。禁止だ禁止。言っておくが、盗賊団の殲滅でもグリフォンを使役するのは禁止だからな。いくらテイムがお前のスキルだからと言っても、いつでもお前の側にグリフォンがいる訳じゃないだろう? 今回の試験はあくまでもお前自身の力で参加して貰う」
「あー、テイムも俺の力だ……というのは聞いて貰えないんだろうな」
当然、とばかりに頷くグランを見て小さく溜息を吐いてからデスサイズを構えてスペルビアと向き合う。
レイにしても、聞いて貰えればラッキー程度の気持ちでの進言だったので特に気にせずに相手を観察する。
(……へぇ)
そして改めて武器を構えたスペルビアと向かい合って思わず内心で感嘆の声を上げる。
剣を構えるその仕草が堂に入っていたからだ。もちろんオークの討伐隊で一緒になったミレイヌに比べれば色々と隙は見いだせるが、それでも魔剣の攻撃力に頼り切ったアロガンよりは余程腕の立つ使い手に見えた。
また、同様にスペルビアもデスサイズを構えたレイの様子を確認して警戒度を上げる。
(魔法戦士と名乗ってはいたが……どちらかと言えば戦士の比重が大きいタイプだな。それも相当の凄腕だ。こうして向かい合っていても打ち込む隙が見当たらない。だが、奴の武器はあの巨大な鎌。あんな長物である以上は懐に飛び込めば対処は難しい筈。ならば!)
「はああぁぁぁっ!」
気合いの声を上げつつ、自分に出せる最大の速度で地を蹴りレイの懐に潜りこむべく接近していく。
(最初の一撃さえ凌げれば懐に入れる。そうすれば勝ち目はある!)
内心で一瞬だけ考え、レイが動かすデスサイズの初動を見極めんとその巨大な鎌へと意識を集中する。
「ここだ!」
スペルビアがレイの間合いに入ったその瞬間、横薙ぎに振られたその一撃をロングソードで受け流そうとするが……
デスサイズの刃の部分を受け止め、受け流そうとして……振るわれた一撃の圧倒的な重さに受け流しきれずにそのままデスサイズとぶつかり合ったロングソードごとスペルビア自身が吹き飛ばされる。
「がぁっ!」
10m近くも真横へと一直線に宙を飛び、そのまま地面へと数度バウンドしながら土を削るようにしてようやくその動きを止める。
その余りと言えば余りの身も蓋もない一撃に、訓練所の中がシン、と静まりかえる。
「ぐっ、くそっ……何だ今の一撃は……」
それでもさすがにランクアップ試験を受けるだけはあるのだろう。スペルビアは今の一撃で足をふらつかせながらも剣を支えにして立ち上がり、レイの方へと向けて歩み寄る。
その様子をレイは多少の驚きを持って眺めていた。
「へぇ、あの一撃を受けてもまだ立てるのか。ちょっと予想外だな。……まだやるか?」
「当然……だっ!」
よろめく足でバランスを崩しながらも、その勢いすらも利用して再び挑み掛かろうとした所で……
「そこまでだ!」
グランの声がスペルビアの動きを止める。
「試験官、俺はまだやれるぞ」
「そのフラフラの足でか? 最初に言ったが、これはあくまでも模擬戦であって盗賊退治という依頼を共に行う仲間の実力を知る為のものだ」
「……分かった」
スペルビアが重い溜息を吐き、まだふらつく足を引きずりながらも元の場所へと移動する。
それを見たレイもまた、スペルビアから少し離れた場所へと向かうのだった。
「……おい、俺ってば夢でも見てたのか? 何か人が真横に向かって吹っ飛ばされたように見えたんだが」
「いや、夢じゃない。現実だよ。ほら、あそこをみろ。地面を擦ったような跡がきっちりと残ってる」
「だよな。あの大鎌自体は傍目に見てもでかいんだから、それなりの重さや破壊力があるというのは納得出来る。けど、レイはあの小柄っていうか、華奢っていうか、とにかくあんな体格でなんであんな力が出せるんだよ。つーか、あれでランクEとか嘘だろ?」
「まぁ、予想はしてたけどな」
「予想?」
「ああ。よく考えてみろよ。あいつはランクBモンスターのオークキングを倒してるんだぜ? それこそ普通のランクE……いや、当時はランクGか。ともかく、そんな低ランク冒険者がオークキングなんて倒せる訳はないだろう」
「あー、まぁ、確かにそう言われればそうだが……にしても、見かけはともかく武器の扱いは一級品、身体能力も一級品。オマケにランクAモンスターのグリフォンを従えて、同時に炎の魔法も使いこなすか。……あいつをパーティに入れることが出来たらかなり戦力的に助かるんだがなぁ……」
剣を持った冒険者が、レイを見ながら思わず呟く。
だが、槍を持った冒険者は首を横に振る。
「確かに戦力だけで見れば1級品であるのは間違い無いが、それだけに相当アクが強いって話だ」
「アクが強い?」
「ああ。典型的な例がギルド登録初日に鷹の爪と揉めた件だな」
「そう言えば……」
「戦闘力は高いかもしれないが、その分パーティリーダーの命令にも自分が納得いかない限りは従わないってタイプだな」
そんな会話を聞きつつ、鷹の爪と揉めた現場にいたグランは再び口を開く。
「次、アロガンとキュロット。前に出ろ」
「ちっ、女かよ」
「ちょっと、女だからって何よ! あんまり甘く見ないでよね。こう見えても私だってランクアップ試験を受けるだけの実力は持ってるんだから」
ボソリと呟いたアロガンへと噛みつくキュロット。グランはそんな2人を呆れたように眺めながら溜息を吐く。
「アロガン、冒険者に必要なのは実力だ。性別じゃない。キュロット、お前もだ。会議室でもレイに食って掛かっていたようだが、少なくてもランクD冒険者として活動したいのなら、その協調性の無さは問題だぞ」
「……ふん」
「すいませんでした」
アロガンはグランの意見を鼻で笑い、キュロットは素直に謝る。そうして皆の前で魔剣を構えたアロガンと短剣を構えたキュロットが向かい合う。
「スペルビアにも言ったが、この模擬戦はお互いの力を確認する為の物だ。くれぐれも熱くなりすぎないように。……始め!」
開始の合図と共に、キュロットが盗賊特有の素早い体捌きで前へと出る。
それを迎え撃つべく、アロガンもまた己の魔剣を鞘から引き抜いて構える。
模擬戦開始前にはキュロットを馬鹿にしたような態度を取っていたアロガンだったが、その目には油断は無い。いや、むしろ真剣な表情でキュロットの行動を観察していた。
「はぁっ!」
自己紹介の時にアロガンの持っているかなりレベルの高い魔剣だというのを聞いていたキュロットは、その剣の力が発揮される前に勝負を掛けた。……否、掛けようとしたのだ。
鋭い叫び声と共に、突き出された短剣の切っ先。キュロットの狙い通りであれば、アロガンはそれに対処出来ずに首筋へと切っ先を突きつけられて勝負ありとなる筈だった。
だが、実際には突き出された剣先の前にアロガンの姿は無い。キュロットの狙いを読んだのか、あるいは直感的な判断だったのか。鋭く地を蹴って後方へと跳んだアロガンは、キュロットの攻撃が外れた次の瞬間再び地を蹴ってキュロットの横へと回り込んでその首筋へと魔剣の刀身を突きつける。
首筋へと突きつけられたその艶めかしい程の黒い刀身を間近で目にして、思わずゴクリと息を呑むキュロット。
「そこまで。勝者、アロガン!」
グランの声が周囲へと響き、それを聞いたアロガンはキュロットの首筋から魔剣を離して鞘へと収めた。
自分に対する自信が瞬殺とも言えるような負け方でへし折られてしまったキュロットは、悔しさを押し殺したかのような顔をしながらもスコラの隣へと戻る。
その後を追おうとしたアロガンだったが、その背へとグランが声を掛けた。
「その魔剣の効力は身体能力増強か?」
「まぁ、そんな所だ」
「なるほど、ならさっき言ったことは取り消した方が良さそうだな。お前は十分その魔剣を使いこなしていると言ってもいいだろう」
「……けど、あいつには一蹴された」
ポツリ、とレイの方を見ながら口の中だけで呟くアロガン。
数日前のレイとアロガンの戦い。その時は今と同様に魔剣の力で身体能力を強化して挑んだにも関わらず、あっさりと武器を弾かれるという屈辱的な負け方をしてしまったのだ。そしてその戦いは、自分の力に自信を持ち、驕りとすらなっていたアロガンの心をこれでもかとばかりに叩きのめした。そう、それは例えば自分の視線の先にいるキュロットのように。
「あいつはそもそもランクEにいるのがおかしいような規格外なんだから、それ程気にする必要はないと思うがな。……まぁ、いい。戻れ」
グランの言葉に一瞬だけレイの方へと視線を向けるも、すぐにその視線を逸らして自分の元いた場所へと戻っていく。
そしてそんなアロガンの背を見送りながら、剣と槍を持った冒険者の2人は今の戦いの感想を話し合う。
「今の戦いはどう見る?」
「うーん、そうだな。今のはしょうがないんじゃないか? そもそもあのお嬢ちゃんは盗賊なんだろう? なら戦士であるあの坊主と正面からやり合えってのは無茶だろう。ただでさえ魔剣なんて物を持ってるんだし」
「まぁな。戦士は戦闘が仕事だが、盗賊は偵察やトラップの解除や逆に仕掛けたりとか、そういうのがメインだからしょうがないと言えばしょうがないか」
「けど、もしランクアップ試験をあの面子が合格した場合は勧誘が激しいのはあっちの盗賊の方だろうな」
「ああ」
戦士と盗賊。ギルドに登録している中では圧倒的に戦士の方が多く、盗賊はその数が少ない。
何しろ盗賊は戦士に比べて専門的な技術が多数必要になる職種なのだ。そしてその割には戦闘で活躍する戦士達とは違って日の目を見る機会も少ない。それ故に冒険者の中で盗賊を目指す者というのは少なく、魔法使い程では無いにしても稀少な存在となる。
「さて、じゃあ次は最後の模擬戦だな。スコラとフィールマだ。前に出ろ。あぁ、それとフィールマは今回弓じゃなくて純粋に魔法で戦うように」
「頑張ります」
「精霊魔法のみ? ……まぁ、しょうがないわね」
グランの声にスコラとフィールマが皆の前へと進み出る。スコラはその純朴な顔に精一杯の勝利の意志を込めて。フィールマは表情を殆ど変えずに、その手に持っていた弓と矢筒を地面へと置いて。
そんな状態で向かい合う2人だったが、グランが開始の合図をする前にスコラが口を開く。
「ねぇ。精霊魔法を使うって話だけど、魔法の発動体はいいの?」
自分の持っている杖を見、フィールマへと声を掛けるスコラ。
そのスコラの言葉に、フィールマは小さな笑みを浮かべて頷く。
「ええ。精霊魔法を使うには貴方達のような発動体というのは必要ないのよ。精霊と意思の疎通が出来て友達になってさえいれば問題無いわ」
「へぇ、便利なんだね。いいなぁ……僕達も使えるのかな?」
「どうかしらね。精霊の姿を見て、話を聞いて、友達になれば可能かもしれないわよ」
「お喋りはそこまでにしろ。お前達にも一応言っておくが、これはお互いの実力を確認する為の模擬戦なので必要以上に熱くならないように。……では、始めっ!」
グランの合図がされると同時に、スコラは杖をフィールマへと向けて呪文を唱え始める。
同様にフィールマもまた、己の友である精霊へと呼びかける。
『風よ、見えざる矢と化して眼前に立ち塞がりし者へと突き立てん』
スコラの呪文が世界を偽り、その眼前へと見えざる矢を作り出す。
『ウィンドアロー!』
魔法が完成するのと同時に放たれた数本の矢。それは呪文にあったように見えざる矢としてフィールマへと襲い掛かる。だが……
『風の精霊よ、防御をお願い』
フィールマの口から発せられたその短い言葉に、風の精霊はフィールマを中心として風の障壁を作り出すことで応える。
ウィンドアローはその障壁を貫かんとばかりに速度を増して風の障壁を穿つが、数秒の拮抗の後、勝利したのはウィンドアローが砕け散った後も残っている風の障壁だった。
『地の精霊よ、彼の足下を崩して』
風の障壁が消えるや否や、再びフィールマが口を開く。風の精霊ではなく、地の精霊へと呼びかける声だ。
「っ!」
その声を聞いたスコラは咄嗟にその場を飛び退く。すると次の瞬間にはそれまでスコラのいた場所にまるで落とし穴でもあったかのように数cm程地面が陥没する。
その様を見ながら、飛び退いた場所で再び持っていた杖をフィールマの方へと向けて呪文を唱える。
『水よ、鞭と化して我が敵を打て!』
その呪文により、スコラの手元へと水が集まって鞭と化す。
『ウォーターウィップ!』
呪文の完成により、鞭と化した水が振り上げられて……そのまま振り下ろされる!
だが、フィールマはエルフ族特有の軽い身のこなしでその鞭の一撃を回避し、前へと進み出てスコラとの距離を縮める。
『風の精霊、地の精霊。彼に戒めを』
「……え?」
自分に近付いてくるフィールマへと向かって水の鞭を振り下ろそうとしたスコラだったが、ふと気が付くとその足下には土が纏わり付き、同時に身体には風が纏わり付いて身動きが取れなくなっていることに気が付く。
そしてこのままでは拙いと判断して自らの動きを止めている土と風を何とかしようとした瞬間。既に目の前にはフィールマの姿があり、掌をスコラへと向けていた。
「そこまで! 勝者フィールマ!」
同時にグランの声が訓練場へと響き渡り、全ての模擬戦は終了したのだった。