0042話
街中に歓呼の声が鳴り響いていた。
自分達の住んでいる街のすぐ近くに出来たと言われるオークの集落。それを倒しに行った討伐隊の帰還パレードなのだからそれも当然だろう。
「ほら、あの先頭の馬車の御者台に座ってるの。あれがランクAパーティの雷神の斧のリーダー、エルクだ」
「知ってるよ。……っていうか、おい、あれ!」
隣の男の言葉に頷きながらも、その男の目に入ってきたのは予想外の存在だった。
獅子の下半身に鷲の上半身。そしてその背には巨大な翼。すなわちそれは……
「グリフォン!?」
オークの討伐に行って、何故より凶悪なモンスターを連れてきているのか。そんな疑問が一瞬脳裏を過ぎるが、殆ど反射的に逃げだそうとして……エルクの名前を知っていた隣の男に襟首を捕まえられる。
「おいっ、何をするんだよ。早く逃げなきゃ!」
「落ち着け。あのグリフォンはテイムされたモンスターだから人を襲うことは無い」
「はぁ? グリフォンをテイム? 何の冗談だ!?」
「冗談じゃないって。大体良く考えてみろよ。あのグリフォンが普通のモンスターなら、何で馬車の横を一緒に歩いてるんだよ」
「……」
確かによく考えてみれば男の言ってることももっともだと理解が出来る。だが、それで済ませるにはグリフォンという存在は大きすぎた。
「お前、何か知ってるのか?」
「ああ。ちょっと前にギルドの前で鷹の爪ってランクDパーティが登録したばかりの新人に叩きのめされたって話を聞いたことがないか?」
「そう言えばそんな話を聞いたような覚えが……」
「実は俺、その場にいたんだよ。で、その絡まれた新人ってのがグリフォンをテイムしていた訳だ。それがあのグリフォンだな」
「……本当か?」
「ああ。それにあのグリフォンは結構な頻度で街中を歩いているからな。周りを良く見てみろよ。逃げだそうとしているのなんか殆どいないだろう?」
男に言われ、周囲の様子を見回すが確かに殆どの住民は特に逃げようとはしていない。逆に、グリフォンの姿を見て逃げだそうとしている者へと説明をしてやっているように見える。そう、自分のように。
それどころか、パレードを見ている住民の中には干し肉なりなんなりをグリフォンへと放り投げている者もいたりする。
そしてグリフォンは飛んできた干し肉やその他の食べ物をクチバシで見事にキャッチし、そのまま飲み込んでは『グルルルルゥ』と嬉し気な鳴き声を上げている。
「……な?」
「あ、ああ。にしても、グリフォンをテイムしている新人とか……ちょっと想像ができないな」
「俺も最初はそう思ったよ。街中をグリフォンが歩いているのを初めて見た奴等も同じじゃないかな。ただ、実際あのグリフォンが他人に危害を加えたなんて話は聞かないからな。それに、食い物の露店を出している商売人達にはもの凄い人気だぞ。……まぁ、あのグリフォンの飼い主が金に糸目を付けずに露店の商品を買いまくっているってのもあるんだろうが」
「商売人って凄いな……」
もし自分なら、例え客としてでもグリフォンが来たら逃げ出してしまうだろう。そう考え……ふと気が付く。
「おい、ちょっと待て。あのグリフォンの飼い主ってギルドに登録したばかりなんだろ? それがオークの討伐隊に参加したのか?」
「そう言われればそうだが……まぁ、グリフォンがいるんだからオーク程度どうとでもなるんじゃないのか?」
「あー、なるほど。……いいなぁ。俺にもグリフォンとまではいかないけど、強いモンスターがテイム出来れば冒険者になって戦闘はモンスターに任せて楽して儲けられるのに」
「ばーか。そんな奴にモンスターがテイムされるかよ」
苦笑しながら、その男の頭を軽く殴る。
『きゃー、お姉様こっち向いて下さーい!』
同時に、タイミングよくそんな声が聞こえてきた。
「痛っ、少しは手加減してくれよな。……で、あれは?」
パレードを見ている少女達に黄色い声を上げられている女の姿を見ながら隣の男へと尋ねる。
「あれは確か……ランクCパーティの灼熱の風を率いているミレイヌだな。若手では結構な実力派ってこともあってか、ご覧の通りお姉様と慕われている」
「お姉様、ねぇ」
そんな風にオーク討伐隊がギルドへと辿り着くまでパレードは続くのだった。
「あー、疲れた」
街中をパレードという名の晒し者にされ、ようやくギルドの前まで辿り着いたエルクは深く溜息を吐きながら馬車から降りる。
その様は一晩中オークと戦っても元気だったのとは裏腹に、顔に疲労感が強く刻まれていた。
「くっくっく。人気者は大変だな」
ボッブスもまた、エルクのその様子に苦笑を浮かべつつ馬車から降りる。
「けっ、自分は馬車の中にいたからって気楽なもんだな」
「仕方ないだろう、御者台は2人しか座れないんだから。それに街の連中も雷神の斧のリーダーであるお前を見て、ようやくオークの脅威に怯えなくてもいいって実感しただろさ」
「……分かってるよ。けど愚痴くらいは言ってもいいだろう? そもそもこういうのは俺の柄じゃないんだ」
「それこそしょうがない。何しろギルムの街の領主であるラルクス辺境伯直々のご指名だ」
「ふんっ!」
ボッブスは大人気なくそっぽを向いたエルクをそのままに、他の馬車から降りてきた討伐隊のメンバーへと声を掛ける。
「皆、良く頑張ってくれた。おかげでこの街でもオークの脅威が去ったのはここまで来る途中のパレードで見た通りだ。さて、これからのことだが今日はここで解散とする。報酬に関しては明日以降ギルドの受付で貰えるようにしておくから安心してくれ。それと、オークの討伐証明部位は前もって言ってあるように通常銀貨3枚の所を銀貨5枚で買い取る。上位種についても同様に通常より高く買い取らせて貰う。ただし、その値段で買い取るのはオーク討伐の報酬を貰う時のみだから注意するように」
その言葉に皆が頷き、その後はそれぞれが酒場なり、宿屋なり、武器屋なり、道具屋なりと街中へと散っていく。
レイもまた、セトと共に近くの食堂や露店で腹に何かを入れようと一歩踏み出した所で……
「レイ、お前はちょっと残ってくれ。話がある」
ボッブスに呼び止められるのだった。
「グルゥ?」
どうしたの? とでも言いた気に頭を擦りつけてくるセトの頭を軽く撫でてからボッブスへと視線を向ける。
「報酬なんかは明日以降って話じゃなかったのか?」
「他の奴等はな。いや、お前も報酬を受け取るのは明日でも構わないが……ランクのことでちょっと話がある」
その台詞に数秒考える様子を見せるが、すぐにまたセトの頭を撫でてミスティリングから数個のサンドイッチを取り出す。
「悪いな、俺はちょっと用事を済ませてくるからセトはいつもの場所でこれでも食って待っててくれ」
「グルゥ……」
少し不満気なセトをその場に残し、レイとボッブスはギルドの中へと入っていく。
その背中を見送ったセトは、小さく鳴いてからサンドイッチを咥えていつもの場所へと向かうのだった。
「あ、レイさん。お帰りなさい」
「レイ君? 良かった、無事だったんだ」
ギルドに入って来たレイとボッブス……というより、レイを見て、レノラとケニーは嬉しそうな表情を浮かべつつ声を掛ける。
「悪いがレイと話があってな。再会を喜ぶのは後にしてくれ」
ボッブスが2人にそう言ってギルドの2階へと上がっていき、レイもまた軽く手を上げて挨拶をするとその後に続く。
その背を見送ったケニーは心底安堵したとばかりに大きく溜息を吐いた。
「あー良かった。レイ君が無事で」
「ええ、それは確かに嬉しいけど……」
「レノラ?」
「オークの、それもかなり数が多い集団の討伐だったでしょう? 詳しい説明に関しては後で知らされると思うけど、きっと何人かは戻って来れなかったと思うの」
「……それはしょうがないと言えばしょうがないでしょ。冒険者に危険が付きものだってのは承知の上でギルドに登録したんだろうし」
「まぁ、それはそうなんだけど……やっぱり知ってる顔が少なくなるのはちょっとね」
小さく溜息を吐くレノラ。
そもそもモンスター討伐や迷宮の探索、商人の護衛のように戦闘が前提となっている仕事が多いのが冒険者だ。中には採取の依頼等もあるが、それだって簡単に採取できる物なら依頼を出さずに自分で採取するだろう。当然ギルドに依頼されるのは依頼人が危なくて取りに行けないような物がメインだ。
冒険者という仕事がそういう危険が前提とされている以上は当然今回のように死人が出ることだってある。それは理解しているのだが、それでもレノラには完全に割り切れるということが出来ないのだ。
「ほら、とにかく殆どの人達は戻ってきたんでしょ? なら少しは喜びなさいよ。そんなんだからレノラは身体付きが貧相なのよ」
貧相、という言葉にピクリとするレノラだったが、冷静さを装って口を開く。
「私は別に貧相じゃないわよ。普通よ、普通。平均。誰かさんみたいに男に媚びるような身体付きよりはマシだと思うけどね」
「……あら、それは誰のことかしら?」
「さて、私は別に特定個人を指しては言ってないけど、心当たりがあるの?」
「やーねー、全く。これだから胸の小さい女は器も小さいって言うのよ。あーあー、レイ君もこんな女が半ば担当になって可哀想に。私だったら手取り足取り、その他諸々色々とじっくりたっぷりねっとりと教えてやるのに」
「ケニー、あんたねぇっ!」
こうしていつものようにじゃれ合いを始める2人。だが、先程までレノラを覆っていた悲しい雰囲気は既に消え去り、いつものレノラへと戻っていたのだった。
「座ってくれ」
オーク討伐隊の話を聞いた時と同じ部屋。そこで現在レイはボッブスと向かい合っている。
最初に部屋に入った時がオーク討伐隊の時だっただけに、レイには2人しかいない会議室は酷く広く、尚且つ殺風景に感じられた。
勧められた椅子へと腰を下ろして向かい合うこと数十秒。その沈黙を破ってボッブスが口を開く。
「俺の方もこの後は色々と後処理やら何やらある。……夜闇の星に関してもな。だから単刀直入に言わせて貰うが、お前のランクは明日にでもEランクに上がる」
「Eか。てっきり上がってもFだと思ってたんだがな」
「ふん。お前の功績を考えるとEランクでは到底足りないさ。補給物資輸送、セトによる道中の護衛、夜襲実行の際の単独での遊撃。そして何よりもオークキングの撃破。これだけの功績を挙げたというのに1ランクアップだけというのはさすがにないだろう。CやDならともかく、お前はGランクなんだから特にな。それに……」
最後で言いよどむボッブス。その様子を見たレイは内心で苦笑を浮かべる。
(夜闇の星に関しての口止めと慰謝料……って所か)
ギルムの街の危機とも言える状況で、己の欲望の為に味方のパーティを襲う。それがどれだけ外聞の悪さと冒険者ギルドに対する信頼の失墜に繋がるかを考えれば、ボッブスの行動もおかしなことではない。
「まぁ、ランクを上げるというのは本来一定回数の任務をこなした後にギルドに申請するというのが普通らしいから、それを飛び越えてランクが上がるというのはこっちとしても色々と面倒が減るんだし、特に文句は無い」
「ああ、そう言って貰えて俺も嬉しいよ。それと近いうちにランクDに上がる為の試験を受けて貰うからそれも覚えておいてくれ」
「……何?」
ボッブスの言葉に思わず聞き返すレイ。その態度を予想していたかのように、ボッブスは再度繰り返す。
「だから近いうちにお前はランクアップ試験を受けて貰うことになる、と言っている」
「なるほど、ギルドとしては大盤振る舞いだな。一気に3段階もランクアップさせてくれる訳か」
「まぁ、そういう訳だ。と言うか、お前の実力やテイムしているセトのことを考えるとBランク程度なら大丈夫そうな気もするが……今回はランクDということで納得しておいてくれ」
「俺としては願ったり叶ったりだが……いいのか?」
「いいんだよ。そもそもランクBモンスターのオークキングを1人で倒せる奴がGランクってのがおかしいんだからな」
「……分かった。それでランクアップ試験はいつくらいになる?」
「さぁ、それは俺にも何とも言えないな。決めるのは上層部や担当官であって俺じゃないからな」
とは言いつつも、ボッブスはその試験はそれ程遠くない日に実地されると考えていた。冒険者が常に人手不足だというのはギルド職員なら誰でも知っていることだし、なにより……
ボッブスは、自分の懐に入っている手紙へと意識を集中する。オーク討伐隊が帰還中にギルムから来た使者から受け取った手紙だ。そこにはオーク討伐を褒める言葉と、先程行われたパレードのこと。そしてギルドに着いたらすぐにレイへとランクEの昇格とランクアップ試験について伝えるように書かれていた。
(幾ら情報を持った数人を先に帰したからって、この動きは早すぎる。確かにレイの実力はランクB……下手をしたらランクAにも匹敵するだろう。だが、それでもこの動きは……)
ボッブス自身、ギルムの街に戻ったら手紙に書かれていたようにランクEへのランクアップと、ランクDへのランクアップ試験を上層部に提案しようと思っていた。だが、それはあくまでも今回の任務をレイと共にこなしたボッブスだからこそそう判断したのであって、報告を聞いただけの上層部がこうも素早く動くとは思ってもいなかった。つまり……
(ギルドマスター含む上層部もレイに関心を持っているってことか。……いや、下手をすれば領主もか?)
本来であれば有り得ないと言い切れる懸念だが、何しろランクAモンスターのグリフォンを従えているのだ。それを考えるとどうしても無いとは言い切れなかった。
「まぁ、とにかく話は分かった。近いうちに俺はランクDになる為の試験を受けるってことでいいんだな?」
「ああ、そのつもりでいてくれ」
ボッブスの言葉に頷き、そのまま席を立つレイ。
その姿を見送り、レイがこれからギルムの街でどのような騒動を起こすのかが何となく楽しみに感じるボッブスだった。