0039話
太陽の光が徐々に顔を出して周囲を照らし出していく中、レイとセトはボッブスのいる陣地へと着地していた。
「どうなった?」
「問題無い。オークを率いていた奴も倒した」
「そうか」
レイの言葉に小さく頷き、懐から小さな笛を取り出して思い切り吹く。
同時に周囲一帯へと甲高い音が鳴り響いた。
ボッブスが吹いたのは魔笛といい、マジックアイテムの一種だ。ただし、その仰々しい名前とは裏腹に金貨数枚で購入出来ると言うかなりの安物だが。効果は単純。使用者の魔力を使って甲高い音を広範囲に響かせるというただそれだけのものだ。だが、その単純明快な効果故に今回のように何らかの合図を必要とする時には役に立つ。
今ボッブスが魔笛を吹いたのも、オークを率いている存在を倒した時に討伐隊のメンバーへと知らせる為に前もって決めていたことだからだ。この笛の合図が聞こえた以上は夜襲に参加した面々もオークの残党狩りを終えたらすぐにここへと戻って来るだろう。
「これで良し。……さて、まずは何から聞くか」
魔笛を懐へと戻し、ボッブスはレイへと視線を向ける。
「そうだな。まず第一に予想通りに夜闇の星が夜襲の中で俺を襲ってきたので返り討ちにした」
「……で、夜闇の星の連中は?」
「全員死んだよ」
「そうか……生かして捕らえようとは思わなかったのか?」
「殺す気で襲い掛かってきた相手を殺すなと?」
「まぁ、確かに無理にとは言えないが……だが、もし生け捕りにしていた場合にはレイにもメリットがあったんだがな」
「メリット? 情報収集以外にか?」
ボッブスの言葉を聞き、不思議そうに尋ねる。
そもそも夜闇の星はパーティ単位で動いていたのは見れば分かることであり、背後に誰かがいるような様子も無かったので情報を聞き出す意義が見いだせなかったのだ。だが、それ以外にメリットがあると聞かされて多少の興味が湧いたのかボッブスに話の続きを促す。
「ああ。もし今回夜闇の星が生け捕りにされていた場合は犯罪奴隷として扱われていただろう。そしてその売り上げの半分がお前に入ることになる」
「奴隷、ね」
「ん? ああ、そうか。お前はギルムの街に来るまでは魔法の師匠と暮らしていたんだったな。じゃあ奴隷を見たこともないのか」
「まぁ、そんな感じだ。奴隷というのは余り興味がないが、その話は覚えておこう」
「ああ、そうしてくれ。ギルドとしても情報的な意味で生け捕りにしてくれる方が有り難いしな。盗賊とかも生きて捕らえた場合は基本的に奴隷として売られて、その売り上げの半分が冒険者の懐に入ることになっている」
そこで夜闇の星については終わる。ボッブスにしても、いつまでも自業自得の運命を辿ったパーティに構っている暇はないのだ。
「で、話は変わるが……お前さんが討伐終了を知らせに来たってことは、オーク達を率いていた個体を倒したのは」
「ああ。夜の闇に紛れて集落を脱出しようとしていたオーク達を発見してな。灼熱の風と一緒に迎え撃って殲滅した」
ボッブスに事情を話しつつ、脳裏にミスティリングのリストを表示してオークキングの死体を取り出す。
目の前に現れた3m近い大きさのモンスターの死体。胴体が半ば2つ切断されたような状態で皮のみで繋がっている状態であり、その横にはオークキングの頭が転がっている。ボッブスは唖然としてその死体へと視線を向けた。
「おいっ、こいつはもしかして……」
そのモンスターの死体を見て、勢いよくレイの方へと振り向いてくるボッブス。さすがに熟練の冒険者だっただけあり、目の前で地面に横たわっているモンスターが何なのかを知っていたのだろう。
「ああ。灼熱の風の魔法使いのスルニンから聞いた。オークキングだろう?」
「……その通りだ。ランクBモンスターのオークキング。俺も冒険者をしている時に何度か戦った経験があるが……よくお前達だけで倒せたな。いや、ランクAモンスターであるセトがいるし、灼熱の風もランクCパーティなんだから可能性はあるのか」
呟き、頷いているボッブス。その様子を見ていたレイは一瞬このまま誤解させておいてもいいかと思ったが、オークキングを自分が倒したと知ればギルドのランクも上がりやすくなるだろうと判断して正直にオークキングを倒した経緯を話すことにする。
(それに、恐らく灼熱の風……と言うか、ミレイヌ辺りが俺が倒したと広めるだろうしな)
ミレイヌ達に使った魔法、戒めの種で禁じているのはセトのファイアブレスと水球、そしてレイが使った腐食についての情報を他人に話すことであり、オークキングをレイが倒したというのを禁じた訳ではないので誰が倒したのかという情報は遅かれ早かれ広がるだろうと判断する。
まぁ、その場合はどうやって倒したかと聞かれて困る可能性もあるが……レイは心の中でせめて戒めの種が発動しないように祈っておく。
それに共闘してみた感じでは、夜闇の星とは違い信頼出来そうなメンバーだと直感的に理解出来たということもあってそんなに心配はしていない。
「一応言っておくが、オークキングが率いていたのはオーク5匹、オークアーチャー、オークメイジ、オークジェネラルがそれぞれ1匹ずつ。灼熱の風が倒したのがオーク5匹で、セトがオークメイジとオークアーチャー。俺がオークジェネラルとオークキングだな」
レイが口に出したその瞬間、ボッブスの動きがピタリと止まる。そして恐る恐るといった様子でオークキングへと向けられていた視線がレイへと向けられる。
「今、何て言った? すまんが、見ての通り耳が半分欠けていてな。どうやら聞き間違いをしたらしい」
そう言い、半分千切れている右の耳を指すボッブス。だがそれは無理も無い。ランクGの冒険者がランクBモンスターであるオークキングを1人で倒したと言っているのだ。幾らレイの異常さ加減を知っているボッブスにしてもまともに信じられるものではない。
あるいは、セトがオークキングを倒したと言われたのなら納得することも出来ただろう。何しろランクAモンスターのグリフォンなのだから、格下のオークキングを倒すのは難しくはない筈だ。
だが……
「俺がオークキングを倒した。……いや、まぁ、信じられないという気持ちは分からないでもない。後で灼熱の風の面々にでも聞いてみればはっきりするだろうさ」
そう言い、ポツポツとオークの集落からここへと向かって来ている数組のパーティが目に入り、無意味にこれ以上騒がれるのも御免だとばかりにオークキングの死体をミスティリングへと収納する。
「おーい、ボッブス、レイ、それとセト!」
こちらへと戻って来るパーティの先頭で足下がおぼつかない様子のミンに肩を貸しながら、こちらへと大きく手を振っているのは雷神の斧のリーダーであるエルクだ。一晩中オークと戦っていたというのにその顔には殆ど疲れの色を出していない。その背に背負われているミンは魔法の使いすぎで魔力がもう殆ど残っていないのか、見て分かる程に疲れ切っており顔色も悪い。その横では2人の息子であるロドスが両親を……と言うか、母親を心配そうに見つめていた。
その後ろからも討伐隊に参加していたパーティの面々の姿が見える。レイがざっと見た限りでは作戦開始前に比べるとやはり多少の人数が減っているようだ。さすがにオークキングが率いるオークの集落に攻撃を仕掛けて全員が生き残るというのは虫が良すぎたらしい。
それでも、夜襲だったからこそ被害人数はこの程度で済んでいるのであり、もし昼間に正面切って戦いを挑んでいればより多くの犠牲者が出ていたというのは今回の討伐隊に参加した全員が理解していた。
「おう、レイ。やっぱりお前達があのオーク達のボスを倒したのか?」
ボッブスの下に辿り着き、疲れや傷の手当てでその場に座り込んだり、あるいは馬車に置いてある荷物を取りに向かう他の冒険者達を尻目にエルクが大声でレイへと尋ねてくる。
その横ではロドスが顔を顰めてレイへと視線を向けていた。
「父さん、幾ら何でもこいつがオーク達のボスを仕留めたなんてことは無いだろう。確かにレイがGランクなんて実力じゃないってのは俺も分かるさ。けど……」
「グルルゥ」
何かを言いかけたロドスを咎めるようにセトが唸り声を上げる。
「……とにかくっ! 俺はこいつがオーク達のボスを倒したなんて認めないからな! ほら、母さん。今は少しでも休まないと」
セトの唸り声に、まるで捨て台詞のようにそう告げるとミンを連れて馬車のある方へと向かうロドス。ミンもまた苦笑しながらロドスに抱えられて行く。
その後ろ姿を妻と同じく苦笑を浮かべて見送ったエルクはレイへと向かって小さく頭を下げる。
「悪いな。ほら、俺達の後ろに回り込もうとしてたオーク達がいただろ? そいつ等をレイが倒したのを見てから実力はあるって認めるようになったんだが、どうしてもレイの前に出ると素直に認められないらしい」
「グルゥ……」
不機嫌に鳴くセトに、レイもまたエルク同様に苦笑を浮かべながらその背を撫でて相棒を宥める。
「ほら、落ち着け。最初に会った時に比べれば随分と態度も軟化してきてるんだから、あまり不機嫌になるなよ」
「グルルルゥ」
しょうがない、とばかりに尻尾を一振りして少し離れた場所へと寝そべる。
「まぁ、セトの態度ももっともなんだがな。強い奴は強いってきちんと認められればあいつも一皮剥けるんだが……」
溜息を吐いたエルクへと、ボッブスが近寄って水の入ったコップを渡す。
「ほら、まずはこれでも飲んで一息入れろ。ったく、お前は息子に高望みしすぎだ。そもそもあの年齢でランクC冒険者って時点でギルムの街の次世代を担う年代の冒険者としてはトップクラスなんだからな。……まぁ、何事にも例外はあるが」
チラリ、とレイへと視線を向けて含みを持たせるボッブス。エルクもまた、その様子を見て自分の直感が正しかったことを理解する。
「やっぱりな。だと思ったよ」
「そうそう、レイがいないと私達はオークキングに勝つなんてまず無理だったわ」
話へと唐突に割り込んできたのは、レイと共にオークキングと戦った灼熱の風のリーダーであるミレイヌだった。
オークキングという単語が出たその瞬間、ボッブスやエルク、レイの話を聞くでもなく聞いていた周囲の冒険者達がざわめく。
「おい、聞いたか今の」
「私が聞き間違えたんじゃないとしたらオークキングって聞こえたんだけど」
「俺にもそう聞こえた」
「でもほら、あの子にはセトちゃんがいるじゃない。なら何とか……」
「けど、ミレイヌ自身があのレイって奴がいないとオークキングに負けてたって断言してるんだぜ?」
「そりゃあ多分、灼熱の風とあのレイって奴が協力してオークキングを倒したってことじゃないのか?」
「セトちゃんがいれば何でも出来る!」
そんな周囲の声を聞きつつ、さすがにエルクも驚いた顔で確認をしてくる。
「おい、オークキングってマジか?」
「そうよ。さすがに最初にオークキングを見た時はもう駄目かと思ったわよ。何せオークキングの他にもオークジェネラル、オークメイジ、オークアーチャーが1匹ずつ、他にも普通のオークも5匹いたし……」
「なんつーか、それはさすがにちょっときついな」
「でしょ? まぁ、結局セトちゃんとレイのおかげで何とかなったんだけど」
「なぁ、レイ。お前のことだしどうせそのミスティリングの中に倒したオークの死体は入れてあるんだろ? ちょっとオークキングを見せてくれよ。幸か不幸か、俺はオークキングを直接見たことがなくてな」
「俺は取りあえずそろそろ一休みしたいんだがな。さすがに一晩戦い続けで疲れた」
溜息を吐きつつそう呟くが、ボッブスがレイの肩を軽く叩く。
「諦めろ、エルクは言い出したら聞かないぞ。それにここにいるのは危険を省みずにオーク討伐隊へと参加したメンバーなんだ。なら、自分達が倒したオークを率いていたオークキングを一目見たいと思ってもおかしくないだろう?」
「そうだそうだ。一晩程度戦い続けたくらいで疲れてちゃ、冒険者はやってけないぞ?」
ボッブスに続き、エルクからもそう言われる。また、周囲で休んでいる者達は何も口には出さないが、その目からは明らかに期待の光を放っていた。そして馬車で休憩したり荷物から予備のポーションやら飲み物やら食べ物やらを探していた者達も騒ぎを聞きつけては表に出て来て、期待の視線を送ってくる。
「ほらほら。こうなったらもう見せない訳にはいかないよ? レイが倒したんだから何も謙遜することはないって」
「……お前のせいでここまで騒ぎが大きくなったんだが……まぁ、いい。確かにこうなったら見せるまではどうにもならないだろうしな」
ミレイヌの声に諦めの溜息を吐き、再度ミスティリングからオークキングの死体を取り出す。
ミスティリングの効果を初めて間近で見た者もいたのだろう。数人分の驚きの声が聞こえて来る。
そしてその驚きの声も、オークキングの死体が現れたことにより、周囲の皆が同様の声を漏らすことになった。
「でかいな」
「ああ。通常のオークと比べると明らかにな。それに、あの首の斬り口を見てみろよ。余程鋭い一撃だったんだろうな」
「それに胴体とかもう殆ど真っ二つじゃないの。これ、本当にあのレイって子がやったの?」
胴体は殆ど2つに切断されて皮のみで繋がっている状態となっている。そしてその胴体のすぐ横にはオークキングの頭部が転がっている。
それ等を見た周囲の冒険者達は、本来Gランクである筈のレイの実力がどれ程のものであるかを心身に刻み込んだのだった。
「な? 見せて良かっただろ?」
まるで悪戯が成功した、とでも言うような悪ガキそのものの笑みを浮かべてエルクがレイの背中を叩いてくる。
「少なくても、この討伐隊に参加した連中はもうお前をたかがGランクなんて目で見ることは無いだろうさ」
「……それが狙いか。まぁ、取りあえず感謝しておくとでも言っておくよ」
「ああ、どんどん感謝しろ。お前のように腕の立つ奴に貸しを作っておくのは悪いことじゃないからな」
こうしてオークキングの鑑賞会が済んだ後はまだ体力に余裕のあるエルクとボッブスが見張りを任され、オークの残党や他のモンスターの襲撃を警戒しつつ殆どの冒険者達はぐっすりと眠り一晩中戦い続けた疲れを癒すのだった。