0037話
灼熱の風とオーク達。その両者の距離はジリジリと縮まっていく。
オーク達からまず前に出て来たのは、通常のオークとそれを率いるオークジェネラルのみ。後衛のオークアーチャーとオークメイジはいつでも援護を放てるように弓と杖を構えており、この集落を統べるオークキングはその様子を背後から悠然と見守っていた。
「ミレイヌ、お前達3人でどれだけのオークを相手に出来る?」
レイもまた、デスサイズを構えて切り込む隙を狙いながら隣で長剣を構えているミレイヌへと尋ねる。
「そうね。上位種を抜かせば3人でオーク3匹までは何とかなるわ。5匹が相手でも勝つのはともかく持ち堪えるのは可能ね。けど、そこに上位種が入られるとちょっとキツイわ」
「そうか。なら上位種はオークキング含めて全てをこちらで受け持つ。灼熱の風はオーク5匹を受け持ってくれ」
オークキングを含む上位種を全て自分達が受け持つ。そう言われたミレイヌは、オーク達と睨み合っているというのにそれを忘れたかのようにレイへと顔を向ける。
「ちょっと、本気? と言うか、正気?」
「まぁ、何とかなる。セト、お前の担当はオークアーチャーとオークメイジだ。スキルの使用を全て許可する。俺はまずオークジェネラルを片付けてからオークキングを相手にする」
「グルゥ」
レイの指示を喉の奥で鳴いて了承するセト。
その様子を見ていたミレイヌはスキルの全ての使用というレイの言葉にピクリと反応するが、それが先程言っていた切り札なのだろうと判断してそれ以上は何も言わずにオークに向かって構えている剣をしっかりと握りしめる。
「スルニン、エクリル、聞いていたわね。どうやら私達の相手はオーク5匹でいいそうよ」
「全く、Gランク冒険者に頼らないといけないとは……己の身の未熟さを恥じ入るばかりです」
「スルニンさん、今はここを生き延びることが最優先だから」
最年長の身として、レイのような10代半ばの少年にこの場の全てを任せることになってしまい落ち込むスルニンにエクリルが励ますように声を掛ける。
そんな様子を見ていたレイは微かに笑みを浮かべつつデスサイズを構えた。
「何、気にするな。俺の計算通りに進めばすぐにセトはそっちのフォローに回せるだろうさ。……セトッ!」
「グルルゥッ!」
レイの合図と共に、セトが鋭く鳴く。同時にセトの前に現れる水の塊。セトがウォーターベアの魔石を吸収して得たスキルの水球だ。
「え? 何でグリフォンが……」
その様子を見て魔法やモンスターに詳しいスルニンが一瞬固まるが、そんなのはお構いなしとばかりにセトは水球を発射する。狙いは前衛のオーク……では無く、その後方からオーク達を援護しようとしていた遠距離攻撃が可能な上位種。それもより危険度の高いオークメイジの方だ。
既に弓を構えていたオークアーチャーが自分達に向かって来る水球へと矢を放つが、セトに操られている水球はその軌道をある程度自由に動かすことが可能だ。そのまま一直線に飛んでいたなら矢によって撃ち落とされていたかも知れないが、水球は空中で大きくカーブを描いて矢を躱し……オークメイジの頭部へと狙いを付けてその頭を破裂させる。
オークメイジとしても魔法で水球を防ごうとしていたのだが、呪文を唱えて魔法を発動するというオークメイジと、念じるだけで水球を自由に扱えるセトでは勝負にならずにそのまま頭部を破壊されて地面へと倒れ込み、血と脳漿を周囲へとばらまく。
オークというのは基本的に頭が悪く、それだけに魔法を使えるオークメイジという存在はある意味で特別視されている。自分達では到底及びも付かない程に強力な魔力を操る存在。そんな存在が戦闘開始直後にいきなり倒されてしまっただけに上位種であるオークアーチャーやオークジェネラルはともかく、普通のオーク達は動揺でその動きを鈍らせる。
そしてそうなった時には既にレイは地を蹴りオーク達へと向かって走り出していた。急速にオーク達との距離を縮めながら呪文を唱える。
『炎よ、汝は蛇なり。故に我が思いのままに敵を焼き尽くせ』
魔法発動体でもあるデスサイズに炎が集まっていく。そのままオーク達の目前まで移動するとその場で跳躍。同時にスレイプニルの靴を発動させ、オーク達の上空を足場にしてさらに跳躍。そのまま5匹のオークの頭上を通り過ぎて着地する。そして目の前にいるのは粗末な鎧を身につけたオークジェネラルのみ。その身体目掛けてデスサイズを横薙ぎに一閃する。
「ブモォッ!」
その一撃を危険だと感知したのだろう。その辺はさすがにオーク上位種であるオークジェネラルといった所か。しかし、その危険を感知して持っていた剣でデスサイズの一撃を防ごうとしたのが災いした。振るわれたデスサイズの一撃は、盾のように突き出された剣とぶつかった瞬間にまるで抵抗などないかのようにその刀身を押し込み、デスサイズの刃の先端がオークジェネラルの脇腹へと突き刺さる。
オークジェネラルの不運は、デスサイズのマジックアイテムとしての能力を知らなかったことだろう。レイが軽々と振り回しているデスサイズだが、その重量は100kgを優に超えているのだ。それをレイは使用者には重量を感じさせないという能力によって縦横無尽に振り回している。そこにレイ自身の規格外の膂力が加わった一撃は、例えオークジェネラルと言えども防ぐことは不可能だった。
『舞い踊る炎蛇!』
同時に発動するその魔法。オークジェネラルに突き刺さった刃の先端から体内へと放たれた炎で出来た蛇は、体内を焼き尽くしながらその身を進めていく。
「ブモオオオォォォォッッッ!」
生きたまま体内を焼かれるという、まさに死に勝る激痛に身も蓋もないような悲鳴を上げるオークジェネラル。それは自分達がこの集落を脱出する為に密かに行動していたというのを忘れ去ったかのような大声であり、周辺一帯へとその悲鳴は響いていた。
だがそんな激痛も、炎蛇が突き刺さった脇腹から、肋、肩、喉、顔、そして最終的に脳へと到達すると命の炎と共に消え去るのだった。
生きたまま体内を焼かれるという、余りに凄惨な光景にオーク達は言葉も無くただ黙り込んで自分達の指揮官でもあるオークジェネラルを殺したレイを見つめることしか出来ない。それは灼熱の風も同様で、3人が3人ともレイへと唖然とした視線を送っている。
そして周囲の動きが止まったその一瞬。その一瞬でセトは翼を羽ばたかせて上空へと駆け上っていく。
「……はっ! スルニン、エクリル。援護を。私達の担当分であるオーク5匹を引き受けるわよ! Gランクのレイがオークジェネラルを瞬殺したんだから、Cランクパーティである私達にオーク5匹の相手が出来ないとは言わせないわ!」
「分かりました。陣形は?」
「いつも通りに。ただし、敵の数が多いから安全を重視してスルニンは補助魔法、回復魔法を中心に。攻撃は私とエクリルの弓で」
「はい」
素早く戦闘方法を指示し、ミレイヌはまだ混乱から完全には立ち直ってはいないオークへと素早く近寄る。同時に、呪文を唱え終えたスルニンからの補助魔法が放たれ、ミレイヌの持っている剣が薄く光り輝く。
「はぁっ!」
気合いの声と共に横薙ぎに振られた剣は、スルニンの補助魔法により斬れ味が上がっていることもあり先頭にいたオークの首を殆ど抵抗を感じさせずに斬り飛ばす。
今の補助魔法が掛かっている剣なら、筋肉と脂肪で並の鎧よりも高い防御力を誇っているオークの胴体をも真っ二つにする自信のあったミレイヌだが、敵の数を考えてなるべく労力の少ない方法として的は小さいが致命傷を与えることが可能な首を狙ったのだ。
頭が飛んだ一瞬後には頭部の無くなったオークの胴体は派手に血を吹き出しながら地面へと倒れこむ。
「これで1匹!」
「ブモォッ!」
それを見て、さすがに立ち直った残り4匹のオーク達。その中でも地面に倒れこんだ者の左右にいたオークがそれぞれ持っていた槍でミレイヌを突こうと構える。
「エクリル!」
「やらせない!」
右側にいたオークが突き出した槍を剣で受け流しながら鋭く叫ぶミレイヌ。その指示を聞き、エクリルはミレイヌの左側で今にも槍を突き出そうとしていたオークへ向かって数本の矢を続けざまに撃ち放つ。
「ブモッ!?」
数本の矢が突き刺さり、槍の動きを強制的に止められたオーク。鏃は脂肪で止まっているのでダメージ自体は少ないのだが、突き刺さっている矢が邪魔をして槍を突こうとした動きを止められたのだ。そして次の瞬間にはそのオークへと鋭利な真空の刃が数個、連続して襲い掛かった。
「ブモォォッ!?」
スルニンの放った風の魔法により右手と左足を切断され、同時にその胴体にも深く鋭利な傷跡がつけられて地面へと倒れこむオーク。
「死になさい!」
右側のオークが突きだした槍の一撃をいなしたミレイヌが、鋭く叫んで倒れこんだオークの首へと剣を振り下ろす。
「これで2匹!」
叫びながら、チラッと周囲を素早く見回す。空を飛んでいるセトは上空からオークアーチャーを襲おうとしており、それに対抗するようにオークアーチャーは数本の矢を必死に自分へと向かって来るセトへと射ている。
だが……
「グルルゥッ!」
グリフォンの上半身であるその鷲の顔のクチバシが雄叫びと共に開いたかと思うと、何とその口から周囲の暗闇を吹き飛ばすかのような炎が吐き出された。その炎の吐息はセトへと向かって放たれた矢のうち、何らかの動物の骨で出来た鏃以外を燃やし尽くし、鏃もその衝撃であらぬ方向へと飛んで行く。
「ファイアブレス? さっきの水といい、あのグリフォンは一体……希少種?」
その様子を見たスルニンが思わずといった様子で呟く。
そんな灼熱の風とセトが戦っている横では、レイとオークキングの戦いもまた始まっていた。
オークジェネラルを腕力とデスサイズの重量で赤子を相手にでもするかのように圧倒したレイだったが、さすがにオーク達を率いるオークキングと言うべきだろう。その手に持った巨大な剣、人が使うのならグレートソードとでも表現出来る大きさの魔法剣でデスサイズとまともに斬り結んでいた。
「はぁっ!」
下から掬い上げるように斬り上げられた一撃を、オークキングの持つグレートソードはギンッという甲高い金属音を発しながら受け止める。
本来であればレイは振り下ろして攻撃をしたかったのだが、レイの身長は165cm程度であり通常のオークよりも小さい。そのオークより一回り大きいオークジェネラル、それよりもさらに大きいオークキングに対して振り下ろす攻撃を放つのはどうしても隙が大きくなり、難しいものがあった。
自分の人外と言ってもいい膂力。そして100kgを越える重量のデスサイズを持った自分と互角に渡り合える相手。それがオークキングなのだ。
(ちっ、舞い踊る炎蛇はオークジェネラルじゃなくてこいつに使うべきだったか。……いや、無理だな。あの位置からオークキングを狙おうにもどのみちオークジェネラルの邪魔が入っていただろう。ならどうする? 俺の一撃が効かないのはこいつの武器が原因だ。つまり、この武器を無くすればいい訳だ。つまり……)
「腐食」
クイーンアントの魔石をデスサイズに使った時に得た武器スキル、腐食。斬り結ぶ敵の金属製の武器や防具を徐々に腐食させていくというスキルだ。それを発動させてレイはオークキングと斬り結ぶ。
ただし、腐食の効果があるのは使用した直後の1度のみ。故に一度オークキングのグレートソードと斬り合ったら再度また腐食を使わなければならない。
「腐食」
横薙ぎの一閃をグレートソードで防ぐオークキング。
「腐食」
逆袈裟に斬り上げられたデスサイズの刃をグレートソードで弾くオークキング。
そんな戦いが繰り返されること数分。本来であれば武器に宿ったスキルを使用する場合は使用者の魔力を消費するので、通常であればこうも武器スキルの連続発動は出来なかっただろう。だが、そこはゼパイルに規格外の魔力と評されたレイ。特に疲労した様子も無く腐食を連続して発動させ続けているのだった。
下から掬い上げ、横薙ぎに一閃。攻撃を回避されるが、その反動すらも利用して柄の部分でオークキングの喉元を狙う。
それは、まるで華麗な舞踏のようだった。剣舞というものがエルジィンにも存在しているが、それに習って言うのなら鎌舞とでも呼ぶべきか。
「……」
苦戦しているようなら援護をしようと弓を構えたエクリルがたまたまその姿を目に入れ、まるで魂を奪われたようにその動きへと見惚れる。
「エクリル!」
だが、それも一瞬。オークと斬り結んでいるミレイヌの声で我に返るのだった。
そして、エクリルがオークへと弓の照準を付けたその時。とうとうその瞬間はやって来た。
「腐食」
デスサイズと斬り結び、次第に腐食の効果でオークキングの持っているグレートソードが色を変化させ……仕上げとばかりに振るわれたデスサイズの一撃を受け止めたその瞬間、刀身半ばで真っ二つに切断されたのだ。
「……」
数回。否、数十回もの間腐食を発動させたデスサイズと斬り結んだ己の愛剣へと無言で視線を向けるオークキング。
オークキングにしても己の剣が致命的にダメージを受けているというのには気が付いていた。だが、それでもその剣を使わないと目の前に存在する莫大な魔力を有する人間と戦うことは出来なかったのだ。
いや、あるいはマジックアイテムである魔法剣だからこそここまで相手の攻撃に耐えたのだろうと判断する。
「ブモオオォォォッ!」
集落中へ鳴り響けとばかりに雄叫びを上げ、持っていたグレートソードの柄をレイへと向かって投げつける。同時にそれを目隠しとしてオークジェネラルを越える腕力でレイを捻り潰さんとばかりに拳を繰り出す。
「さすが王の座にある者。だが……」
グレートソードの柄の部分をデスサイズの柄で後方へと弾き、その勢いを利用してオークの拳を回避。すれ違うようにその横を通り抜け……同時にデスサイズの刃でオークキングの巨体の腹を薙いでいく。
「ブモオオオオオオオオオオオ!」
断末魔。まさにそうとしか呼べないような雄叫びを上げつつも、地面へと倒れずにその場で踏みとどまる。
既に胴体は皮一枚で繋がっているかどうかという所ではあるのだが、それでも尚、オークキングは地面に倒れずに立っていた。まるでそれこそが王の誇りだとでも言うように。
「……ああ。分かったよ」
地面に倒れて死ぬのは王にあらず。戦場で敵の手に首級を取られてこそ王の敗北だと。目の前に立つオークキングの醸し出す雰囲気からそれを察知したレイはデスサイズを手にオークへと近付いていく。
「さらばだ、誇りあるオークの王よ」
「ブモオオオォォッ!」
斬!
今日一番の最速の一撃。それを見ていた者にはまるで閃光が一瞬だけ走ったように見えるその一撃でオークキングの首は飛ぶ。
それと殆ど同時に空中から急降下してきたセトの鷲爪がオークアーチャーの頭を握りつぶし、ミレイヌの一撃が最後のオークの頭を叩き割ったのだった。