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0031話

 雲が出ており、月明かりを遮るような夜。そんな夜襲には丁度いい夜の闇に紛れて、オーク討伐隊の面々はそれぞれが自分達の配置へと付いていた。

 オークの集落を中心に、北、北東、東、南東、南、南西、西、北西の8箇所にそれぞれのパーティが固まっている。

 ボッブスから説明された作戦としては、まず集落がまだ作りかけな分、警戒の厳しい集落の東から雷神の斧が派手に攻める。そしてそこに援軍が向かったら他の場所にいるパーティがその薄くなった場所から攻めていく、というものだった。

 当然最初に攻撃を仕掛ける雷神の斧にはオーク達の攻撃が集中して一番の激戦区になるという意見もあったのだが、雷神の斧を率いているエルクの『Aランクパーティである俺達を信じろ』という一言で他のパーティも納得してしまったのだ。その一言で皆を納得させるのはこれまでの実績やその実力を信頼されている証と言えるだろう。

 そして、レイの担当は8箇所のどれでもなくグリフォンであるセトの機動力を使っての遊撃だった。


「セト、そろそろだ。準備はいいな?」

「グルゥ」


 闇の中、雲のおかげで本当に薄らとだけ降り注ぐ微かな月光にその身を晒しながらセトは短く鳴く。

 当初、鷲の上半身を持つグリフォンだと夜目が利かないのでは? という意見もあったのだが、レイが魔の森で一夜を過ごした時にきちんと見えていたと証言したことで問題は無くなった。


「オーク共、お前達の命は今日ここで終わる。俺とセトの糧となって消えていけ」


 レイがそう呟いたのと、オークの集落の東に数条の稲妻が派手に降り注ぐのは殆ど同時だった。雷神の斧の魔法使いであるミンの魔法だ。


「始まったか。セト、狙うのはオークじゃなくてオークの上位種であるジェネラル、メイジ、アーチャーだ。それと最優先の標的はこのオーク達を率いている個体だ」

「グルゥッ!」


 地上では、突然の襲撃に慌てながらもある程度は組織だって東の方へと向かっているオークの集団が見えていた。そしてその隙を突くかのように、集落の各所から他のパーティが侵入して東に向かっているオーク達の背後から攻撃を仕掛けている。

 上空からそれらの行動を見ながら、標的の姿を探し……


「いたっ!」


 レイの目が、南西からオーク達に攻撃している冒険者パーティへと弓を引き絞っている5匹のオークアーチャーを発見する。闇に紛れての奇襲ということもあり、冒険者側でも自分達が弓で狙われているというのには気が付いていないらしい。


「セトッ!」

「グルゥッ!」


 レイの鋭い叫びに、セトもまた鋭く鳴いて地上へと急降下していく。その様は、まさに猛禽類が獲物を狙う時のそれを思わせた。

 オークアーチャーから放たれた矢は冒険者パーティの後方にいた男の左足を貫通し、胴体を貫通し、右腕を貫通する。不幸中の幸いと言うべきか、残り2本の矢は冒険者から外れて地面へと突き刺さっている。身体に3ヶ所も矢を食らった冒険者は地面へと倒れこみ、仲間の冒険者が慌ててその男を物陰へと引きずり込む。それを見たオークアーチャー達は仕留めきれなかったのが不満らしく、冒険者達が隠れた物陰へと向かって大量の矢を次々に射込んでいた。

 もしこれが弓を使いこなす冒険者ならすぐにその場から離れて次の獲物を探すなり、隠れた獲物を狙える位置へと場所を変えてから改めて矢を撃ち込むだろう。

 何故ならこの集落はオーク達の集落であり、地の利はオーク達にこそあるのだ。それを利用していないというのはオーク達の戦力を大きく引き下げている。この辺が、上位種であるとは言っても所詮オークであることの証なのだろう。

 そして弓兵という存在はその武器故に近くまで接近されると対応が難しい。故に。


「はぁっ!」


 急降下したセトから飛び降り、その勢いも利用して魔力の込められたデスサイズを振り下ろす。レイに狙われたオークは自分に何が起きたのかも分からないままに唐竹割にされ、その身を左右別々に地面へと倒れこんだ。グシャッという生々しい音は、切断された場所からオークの内臓が零れ落ちて地面に叩き付けられた音だろう。

 また、その隣では急降下してきたセトがその勢いのまま鉤爪を振り下ろしてオークアーチャーの頭部を粉砕していた。

 頭部を無くしたオークアーチャーがドシャッという音を立てて地面に倒れこむのをチラリと確認したレイは、デスサイズを振り下ろしたままの状態から未だに何が起こっているのか理解していないオークアーチャーの1匹を狙って下から上へと切り上げた。

 同時に地面に着地したセトがクチバシを繰り出してオークの喉へと鋭い穴を開け、次の瞬間には前足の鉤爪を振るい、胴体が破裂する。


「ブモォッ!?」


 最後の1匹になり、ようやく自分達が襲われていることに気が付いたオークアーチャーだったが、出来たのは混乱の声を上げることだけだった。次の瞬間には真横に振るわれたデスサイズによってその首が綺麗に切り離されて地面へと落ちる。そして数秒後、ようやく頭が無くなったのを理解したかのようにオークアーチャーの身体は首から血を吹き出しながら地面へと崩れ落ちるのだった。


「セト、他にいるか?」

「グルルゥ」


 周囲を索敵していたセトへと声を掛けるレイだが、セトは小さく首を横に振る。それを見てここにいたオークアーチャーは片付いたと判断し、手早くオークアーチャーの死体と弓矢をミスティリングへと収納していく。


「レイか、助かった」


 収納が終わるのと同時に声を掛けて来たのは討伐隊メンバーの1人、先程オークアーチャーに攻撃されていたパーティのリーダーだ。

 このままではオークアーチャーに足止めをされて動けないので、矢の攻撃が収まった隙に何とかしようと突っ込んで来たのだろう。リーダーの後ろには剣とレザーアーマーを装備した典型的な軽戦士が1人付き従っている。


「もう1人はどうした?」

「弓で射られた奴の回復をな」

「ポーションは足りるのか?」

「ああ、受け取った補給物資で十分間に合っている」


 ミスティリングに収納して持ってきたポーションやマナポーションといったものは夜になる前に各パーティへと分配は済んでいる。それを使って残り1人が治療しているのだろう。


「オークアーチャーの死体はどうしたんだ?」


 リーダーの後ろにいる戦士が不思議そうに尋ねてくる。確かに倒した筈のモンスターの死体がないというのはおかしく思うだろう。


「アイテムボックスに入れて回収済みだ。上位種のオークだからな。後で揉めないようにしておく方がいいだろう」

「まぁ、そうだろうな」


 戦士が頷き、リーダーも同意する。


「じゃあ、俺はまた上空に戻って他のパーティの様子を確認しながら遊撃に回る」

「ああ、分かった。今回は助かった」

「気にするな、これも仕事だ」


 リーダーへと軽く返し、セトの背へと跨がる。


「セト」

「グルゥ!」


 数歩の助走で翼を羽ばたかせ、空気を蹴るようにして上空へと昇っていく。


「大分騒がしくなっているらしいな」

「グルゥ」


 上空に昇ったレイが見たものは、集落の数ヶ所で燃え上がっている炎だ。誰かが使った炎の魔法がオークの住居へと燃え広がったのだろう。そしてその明かりがあれば、レイにとって戦場を把握するのは十分可能だった。


「ん?」


 そして燃え広がった明かりを光源にして地上を見ていたレイは、北にある掘っ立て小屋へと向かう冒険者パーティに気が付く。

 偵察の結果判明したオークに繁殖用として捕まっている女を助けに向かったのだろう。

 だが運が悪いことに丁度今まで小屋にいたオーク達が出て来たのと鉢合わせになり、当然戦いへと発展する。

 北側担当の冒険者は3人のパーティ。対してオークは5匹。それも1匹は他よりも体格が大きく、鎧を身につけている。上位種であるオークジェネラルだ。


「見捨てるのも忍びない、か」


 それに昼の様子を見て自分の中にオークに対する怒りが存在しているというのも事実だ。ここでその鬱憤を晴らさせて貰ってもいいだろう。

 そう判断したレイは、好戦的な笑みを浮かべてセトへと次の戦場を示す。


「セト、次はあそこだ」

「グルゥ!」


 レイの言葉に従い、3人と5匹の戦いの現場へと先程同様に急降下していくセト。そして上空10m程度の位置まで高度を下げた所でレイはセトの背から飛び降り、空中を歩けるスレイプニルの靴を発動させ、デスサイズを構えたまま後方からオーク4匹に指示を出しているオークジェネラルへと向かって落下していく。


「ブモッ!?」


 さすがは上位種というべきか、レイが降下してくる音で何かが自分に迫っていると気が付いたオークジェネラルは、反射的にその腰に差していた大剣を頭上へと掲げる。

 確かに普通ならそれで十分だっただろう。レイの標的であるオークジェネラルが持っている大剣はグレートソードと言ってもおかしくない程の大きさを持っている。並大抵の武器なら防ぐことは容易に出来たはずだった。だが……


「そんなので俺の攻撃を防げると思うな!」


 振り下ろされるのは、デスサイズ。死神の大鎌。魔獣術の副産物としてレイの莫大な魔力を物質化して創られたマジックアイテムなのだ。そしてその効果には魔力を通して大鎌の切れ味を上げるというものや、100kgを越える重さのデスサイズを割り箸程度の重さにしか感じられないというものがある。100kgを超える重量を持つ大鎌に、さらに魔力を込めてその切れ味を上げる。そうして振るわれた一撃を大剣とは言えマジックアイテムでも何でも無い武器で受け止めたらどうなるか。その答が、今レイの目の前にあった。

 振り下ろされたデスサイズは、オークジェネラルが頭上に掲げた大剣を何の抵抗も感じさせずに切断し、何かのモンスターの皮で出来ていると思われる兜を切断し、その頭部、胴体をも鎧ごと切断して地面へとデスサイズが叩き付けられ、轟音と周辺に大量の土煙を吹き上げて半径2m程のクレーターを作りあげる。


「ブモォッ!?」


 その音で振り向いたオーク達が見たのは、クレーターの中心部で鎧ごと真っ二つにされて左右に倒れた自分達の指揮官の姿だった。

 そして上空からレイの後を追って降下してきたセトが、驚きで動きを止めたオークの隙を見逃す筈がない。先程オークアーチャーを上空から奇襲した時と同様に鋭い鉤爪を落下の速度とセト自身の膂力も合わさった威力で振るわれ、オークの頭部を粉砕する。


「今だ、やれ!」


 鋭く叫ばれたレイの声に、我に返った冒険者達がレイ達の方を見ているオークへと背後から襲い掛かった。

 前衛が剣と槍。後衛が弓の3人パーティは剣をオークの後頭部へと振り下ろして即座に1匹を絶命させ、弓から放たれた矢がオークの背中に連続して突き刺さり、その痛みに耐えているオークの後頭部へと槍を持っていた冒険者が渾身の力で槍を突き出しその頭部を破壊する。


「ブモッ!」


 自分達のリーダーであるオークジェネラルがあっさりと殺され、グリフォンという魔獣までが姿を現して自分達に攻撃を仕掛けて来る。そしてその隙を突くかのように先程まで戦っていた人間達が背後から攻撃をして、最後に残ったのは自分1人だけだった。それを理解したオークは、戦っても勝ち目がないと判断。戦う素振りすら見せずに持っていた剣をレイの方へと放り投げると一目散に逃げ出していった。

 オークを追おうとした冒険者達だったが、投げられた剣をデスサイズで斬り捨てたレイがそれを止める。


「放っておけ」

「何でだ! あのオークは!」


 槍を持っている冒険者の声に、獰猛な笑みを浮かべるレイ。それを見た冒険者達が一瞬気圧されるものを感じたが、それでもオークを見逃した理由を知りたかったのでレイへと強い視線を向ける。


「どうせこの集落にいるオークは今夜全て死ぬんだ。それが早いか遅いかだけの違いでしかない」


 その言葉、というよりもレイの迫力に押された冒険者達は黙り込む。


「それにお前達の目標はあのオークを殺すことじゃなくて、あの小屋に捕まっている女の解放だろう?」

「……ああ。確かにそうだ」


 剣を持った男が頷く。良く見ると、その男はボッブスの会議で見た顔だ。このパーティのリーダーなのだろう。


「じゃあ、あの小屋に関しては任せる。ボッブスの下へ避難させてきてくれ。上から見た限りでは、この周辺には殆ど敵がいないからな。お前達が戻って来るまでは俺がここでオーク達の相手をしている」

「すまん、頼んだ」


 小さく頭を下げて小屋へと向かう3人。その背を見送りながら、レイは思わず溜息を吐いた。

 本来なら、あの小屋に捕まっている女を救出するというのはオークの討伐が終了した後にやる予定となっていた。だが、集落が燃えているのを見てあの3人はこのままにしておくと危険だと判断したのだろう。それにオークは集団行動を取れる程度の知能は持っているのだ。いざという時に人質にでもされたら面倒だという考えもあったのかもしれない。

 そんな風にセトと共に周囲を警戒していると数分程で男達が小屋から姿を現す。

 連れているのは女が2人。1人はレイが昼間に見た女でグッタリとしてはいるが何とか自分の足で歩いている。だが、もう1人の方は既に自力で立つことも出来ないのか、槍を持った男に背負われていた。


「じゃあ少しの間、ここを頼む。出来るだけすぐに戻って来る」

「ああ」


 パーティリーダーと短く言葉を交わし、集落の外へと向かっていく3人を見送るレイとセトだった。

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