0021話
ゴブリン討伐依頼を完遂させた翌日、レイとセトの姿は街道上にあった。ただし以前とは違って上空を飛んでおらず、普通に街道上を歩いて移動している。
実はレイとしては今回も空を飛んで移動しようと思っていたのだが、街から出る時にランガに出来れば街の近くで飛んだり、街道に着陸するのは止めて欲しいと頼まれたのだ。昨日、セトが街道へと着地した時に走って逃げていった旅人や商人達に散々訴えられたらしい。
レイとしては街の近くで飛び立たない、街道上へと着陸しないというのを守ればいいだけだったのでランガの顔を立ててその頼みを引き受けることにしたのだった。
「さて、今回の依頼はソルジャーアントの討伐な訳だが……」
ギルドで張り出されていた依頼の内容を思い出す。
ここ数日、街の近く――と言っても徒歩数時間圏内だが――で頻繁にソルジャーアントの姿が見られるようになったらしい。
そのソルジャーアントの討伐依頼であり、討伐証明部位は背に生えている短剣状の突起となっている。買い取り価格は突起1つに付き銅貨5枚とゴブリンの約2倍程だ。
レイがギルドの受付嬢から聞いた話によると、恐らく巣別れによってギルムの街近くにクイーンアント、いわゆる女王蟻が来ているのではないかと聞かされた。ただし、ソルジャーアントはランクFだがクイーンアントはランクCなので、発見しても手出しをしないようにと念押しされている。
(ランクC、調べてみたらウォーターベアもランクCだった。そうなるとその魔石はセトにしろデスサイズにしろスキル習得は確実だろう。なら狙わない手はないな)
内心で考えながら、ソルジャーアントの姿を探して街道をセトと共に進んでいく。
時折飛んでいかないの? とばかりに喉の奥で鳴くセトだが、レイは宥めるようにその背を撫でながら街道を進んでいくのだった。
尚、たまに通行人と出会うこともあるのだが、その殆どはセトの姿を見るなり固まり、目の前をレイ達が通り過ぎると全速力で走ってギルムの街へと向かって行く。
「グルルルゥッ!」
そして街道を歩き始めてから1時間程。変わり映えしない景色で注意力散漫になっていたレイだったが、隣を進むセトの唸り声を聞いて意識を戦闘状態へと切り替える。
デスサイズを構え、周囲の様子を確認していると街道脇の茂みからぬうっとばかりに黒い何かが姿を見せた。
「来たか!」
その黒い何かは黒い蟻、すなわち討伐対象のソルジャーアントであり、向こうもレイ達を見つけたのだろう。巨大なハサミ状になっている顎をガチガチと鳴らしてこちらを威嚇する。
「ギギギギギ!」
鳴き声はともかく、外見に関しては大きさ以外は殆ど普通の蟻と変わらない。唯一違う所があるとすれば、それは背中に生えている短剣状の突起だろう。
「ギギ!」
短く鳴き声を上げながらこちらへと走り寄ってくるソルジャーアント。その鋭い顎でレイを噛み千切らんと真っ直ぐにレイへと向かって来るのだが、その速度は決して速いと言えるものでは無い。少なくてもレイにとっては昨日戦ったゴブリン希少種の方が余程強敵に感じられた。
「ふっ!」
デスサイズに魔力を流しレイへと噛みつこうと顎を開いたソルジャーアントを真っ二つに斬り裂く。
本来ソルジャーアントは手足の一本を失ったとしても普通に行動を出来るのだが、さすがに身体を2つに切断されてしまってはそういう訳にはいかなかったらしく、ピクピクと足を痙攣させながらもやがてその動きを止める。
「グルゥッ!」
一匹倒したのも束の間、目の前で倒れているソルジャーアントが出て来た茂みから1匹、2匹、3匹、4匹と後続が姿を現す。
その様子に思わず舌打ちをするレイ。
「セト、ファイアブレスだ!」
「グルルゥッ!」
レイの声に高い鳴き声を上げながら口を開くセト。すると次の瞬間にその口から炎が吐き出された。昨日のゴブリン希少種の魔石により新たに覚えたスキルだが、Lv.1と低レベルな為に炎の吐息は細く、射程も2~3mといった所だ。
それでもその炎はソルジャーアントにそれなりのダメージを与えることには成功したらしく、殺すまではいかないまでも動きは確実に鈍っていた。
そして幾ら数が多いとしても、ただでさえ動きの遅いソルジャーアントの動きが鈍くなってしまってはそれは既にレイに取って敵ではなく、戦うべきモンスターではなく、単なる獲物へと成り下がる。
「はあぁぁっ!」
デスサイズに魔力を通し、刃で首を飛ばし、胴体を真っ二つにする。あるいは柄で腹を殴りつけて空中に浮かせて刃を一閃、唐竹割にする。
セトも水球を使い頭部を破裂させ、あるいはファイアブレスを1匹に集中して吐き続けて消し炭にする。その強力無比なクチバシで胴体を貫き、鉤爪で首を吹き飛ばす。
戦闘が始まってから数分。ほんの数分で30匹を越えるソルジャーアントは全て殺し尽くされ、その体液や身体の一部を地面へと散らかすことになるのだった。
「グルルルルゥッ!」
勝利の雄叫びを上げるセトの横で、追加の敵が来ないかどうかを警戒するレイ。だが、それから数分が経っても茂みは静かなままだった。
「どうやらこの一団はこれで全部のようだな」
それを確認してからようやく安堵の溜息を吐くレイ。
そのままセトに周囲の警戒を頼み、討伐証明部位である背中の突起と魔石を回収していく。
もっとも、ファイアブレスで燃やし尽くされたソルジャーアントに関しては完全に消し炭となっており突起も魔石も回収は不可能だったのだが。他にも水球で胴体を破裂させられた個体は突起や魔石ごと破裂しておりこちらも回収は不可能だった。
(威力の高すぎる攻撃をした場合は魔石や討伐証明部位も回収出来なくなるのは当然だな。次からはその点に注意した方がいいだろう)
そう思いつつ、ミスティリングから魔物の解体 初心者編を取り出してソルジャーアントの項を開く。
本にはソルジャーアントで剥ぎ取れる素材は薬に使える触覚と、防具に使える頭部、胸部、腹部のうち腹部の甲殻と書かれている。
触覚はブロンズナイフで簡単に切断して剥ぎ取れたのだが、問題は腹部の甲殻だった。
ナイフを甲殻の隙間へと刺し入れて切り取っていくのだが、レイにしてみるとかなり難しい作業で、甲殻自体に傷は無いが本に書いてあるように上手い具合に剥ぎ取れずにソルジャーアントの腹部の肉がくっついているのだ。
それでも暫く時間を掛けて甲殻を外すことには成功し、それらを纏めてミスティリングの中へと収納する。
「これで最低限の討伐依頼は果たしたな。後はクイーンアントを探すだけだが……」
溜息を吐きながら周囲を見回すレイ。そこにはソルジャーアントの死骸が約30匹分程散らばっている。先行部隊と思われる1団でこの数なのだ。ここからクイーンアントを目指すとなるとどれだけのソルジャーアントと戦わないといけないかと思うと思わず溜息が出るのも仕方がなかった。
ソルジャーアント自体はそれ程強い相手ではない。いや、はっきりと弱いと言っても問題無いだろう。実際に30匹以上のソルジャーアントを数分で全滅させたのだから根拠の無いことではない。
だが、問題は疲労度だ。今回の30匹は倒した後も殆ど疲労を感じていない。だが、今全滅させたのと同規模のソルジャーアントとの戦闘を数回、十数回、あるいは数十回繰り返せばどうなるだろう。
確かにレイにしろセトにしろ、その肉体は一般人や一般的なモンスターよりも強靱に出来ている。だが、それでも無限の体力がある訳ではない。疲れれば動きが鈍るのは当然だし、動きが鈍れば攻撃を食らうこともあるだろう。そしてレイやセトの肉体は不老ではあっても不死ではないのだ。
かと言って、Cランクモンスターであるクイーンアントの魔石を見逃すというのは惜しすぎる。
「さて、どうするべきか」
何となくデスサイズの柄でソルジャーアントの胸部の部分を突きながら考え……ふと、その甲殻に違和感を覚えた。
(何だ? 俺はこの甲殻を見て何に違和感を覚えたんだ? この甲殻は普通……そう、大きさはともかく、外見は普通の蟻とそう変わらない物だ。それは間違い無い。だが……っ!?)
内心でそこまで呟き、ようやく違和感の正体を理解する。蟻の巣別れで巣から旅立つ蟻というのは、普通羽の生えている蟻、俗に言う羽蟻なのだ。だが、今レイの目の前に倒れているソルジャーアントの甲殻には羽の類は一切付いていない。
(つまり、エルジィンの蟻は羽蟻になる習性がないのか? あるいは巣別れしたこのアント達が羽蟻にならない種類の蟻なのか……どちらにしてもチャンスであるのは間違い無い、か)
クイーンアント率いる蟻達の全てが空を飛ぶ羽を持っていない……というのは楽観的すぎる考えだろう。だが、少なくてもレイとセトが倒したこのソルジャーアント達は羽を持っていなかったのだ。つまり真正直に地上を進んでクイーンアントに向かうよりはセトに乗って上空からクイーンアントに奇襲を仕掛けた方が勝率が高い、とレイには思えた。
幸いという訳でもないのだが、クイーンアントに統率されている群れはその中心であるクイーンアントを倒してしまえば群れを維持できなくなってそれぞれが周辺へと散らばっていくとギルドの受付嬢から情報を得ていた。暫くはギルムの街周辺でソルジャーアントが出没する回数が多くなるだろうが、クイーンアントのように群れのボスに統率されている状態よりはマシだろう。
「……セト」
「グルゥ?」
周辺の警戒をしつつも、ソルジャーアントの死体を啄んでいたセトが不思議そうにレイの方へと顔を向ける。
「上空からクイーンアントを捜索しよう。そして奇襲を仕掛けて一気にクイーンアントを仕留める」
「グルゥ!」
レイの提案に頷き、身を屈めるセト。レイはデスサイズを持ったままその背に跨がる。
「グルルゥッ!」
高く鳴き声を上げて、数歩の助走の後にその鷲の翼を羽ばたかせるセト。まるで空中を蹴るかのようにグングン上空へと昇っていく速度に思わず頬を緩めながらも、つい先程まで自分達がいた場所へと別のソルジャーアントの集団が向かっているのを発見して再度の戦闘を回避出来たことに笑みを浮かべるのだった。
「俺とセトが倒した所まで辿り着くにはもう暫く時間が掛かるだろうけど、あのままあそこにいたら否応なく消耗戦に巻き込まれていたな。早めに決断して正解か」
「グルゥ」
同感だ、とばかりに短く鳴くセト。その首筋を撫でながら街道沿いに広がっている草原や森……と言う程には深くない、林を上空から眺めていく。
そうして上空を飛び始めてから20分程。チョコチョコとモンスターの姿は見つけるものの、目当てのクイーンアントの姿はどこにもなかった。
「やっぱりそう簡単には見つからない、か」
「グル……グルゥッ!」
レイを慰めるかのような鳴き声を上げかけるセトだが、その途中で鋭い鳴き声へと変化する。それは警戒の鳴き声。
その声を上げた理由はすぐに分かった。林の中から敵が現れたのだ。遠目で比較対象が無いので確実にとは言えないが、ソルジャーアントよりも一回り程大きく見える。また、その背には羽が生えており、空を飛んで一直線にセトへと向かって来ていた。その数5匹。
「空を飛べて、尚且つソルジャーアントよりも大きいか。近衛蟻、インペリアルアントとでも呼ぶべきか? まぁ、どのみち敵は敵だ。行くぞ、セト!」
「グルルルゥッ!」
雄叫びのような鳴き声を上げながら翼を羽ばたかせ、こちらへと一直線に向かって来るインペリアルアントへと向かいセトも躊躇うことなく突き進む。
そしてお互いの距離が縮まり……
「グルルルゥッ!」
セトの鳴き声と共にその顔近くに水球が1つ現れ、インペリアルアント目掛けて発射する。
「ギギギギ!」
先頭を飛んでいたインペリアルアントは身体を斜めにしてその攻撃を回避するが、その後ろを飛んでいたインペリアルアントはそうもいかなかった。顔面へと命中し、同時に破裂する水球。上半身の殆どを水球と共に破裂させて地上へと落下していく。
「残り4匹」
呟き、レイも呪文を唱え始める。
『炎よ、集えよ集え。汝等は個にして群。群にして個。我が声を持ってその姿を現せ』
呪文を唱え終えるとレイの持っていたデスサイズの先端に1m程の炎の固まりが存在していた。自分達に向かって来るインペリアルアントへと向かい、デスサイズを思い切り振るうレイ。同時に、炎は真っ直ぐに敵へと向かって飛んでいく。
ただし、その速度はセトが最初に放った水球の半分程度しかなく、どう見ても速度不足に思える。
実際、インペリアルアント達もその炎を避けるようにして分散し……
『咲き誇る炎華!』
レイがその魔法を発動させると同時に炎が爆発。周囲へと拳大の炎を大量に、尚且つ高速で撒き散らす。
「ギギギギギギ!」
花火をイメージしてレイが作った魔法だったが、爆発した後の炎の威力はそれ程高くはない。
それでもインペリアルアントの羽を燃やすには十分な威力があり、2匹が羽を燃やし尽くされて地面へと墜落していく。
上空30mの高さから落ちるのだから、まず助かることはないだろう。
そして残るインペリアルアントは2匹。だが。
「グルゥッ!」
セトの振るった鉤爪で胴体を砕かれ。
「はぁっ!」
レイの振るったデスサイズの刃で真っ二つに分断される。
「よし、次はクイーンアントの位置を……」
レイがそう呟いた時、周囲へと巨大な鳴き声が響き渡った。
「ギギギギギギギギギィッ!」
声の主はセトの前方30m程の位置にある木の近く。そこにはソルジャーアントやインペリアルアントとは比べものにならない程に巨大な蟻のモンスターの姿があった。
即ち。
「クイーンアント」
「グルゥッ!」
レイの呟きに鋭く鳴いて同意するセト。その勇ましさに笑みを浮かべつつ首を撫でる。
「良し。じゃあ……行くぞ!」
「グルルルルルゥッ!」
レイの声に応えて高く鳴き、セトは地上にいるクイーンアントへと向かって急降下していく。