0018話
ゴブリン討伐の依頼を受けて、街道沿いに森に入って1時間程。レイの先を歩いていたセトが水球を使い茂みを撃ち抜くと悲鳴が上がり、それを契機として20匹近いゴブリンがレイ達を囲むようにして姿を現した。
「待ち伏せ……いや、こんな森の奥で待ち伏せも何も無いか。となると、偶然ゴブリン達の集団にぶつかったって所か」
デスサイズを構えながら呟くレイ。その目は素早くゴブリンを観察していく。
(錆びた長剣が2、同様の短剣が3、残りは棍棒か。……知能の高いゴブリンは武器を持つこともあるという話だったが、まさか全員が武器持ちとはな。確率的に知能の高いゴブリンだけが集まったという可能性も無いではないが……)
「はぁっ!」
背後のゴブリンが先制攻撃とばかりに投げつけてきた石を、デスサイズに魔力を流して一閃。周囲にあった直径1m程の巨木ごと切断する。
まさかその太さの幹を持つ木を切断出来るとは思わなかったのか、多少驚いた顔をしつつもすぐに次第に倒れこんでくる木を戦闘へと活用するべくセトに叫ぶ。
「セトッ、木が倒れて分断したらゴブリンを各個撃破していくぞ!」
「グルゥッ!」
木がゆっくりとだが、確実にゴブリンの一画へと倒れていくのを見ながら内心の考えを纏める。
(やっぱりギルドで聞いたように希少種が現れたと判断した方がいいだろうな。そしてここに姿が見えないということは、指揮官が前線に出て来る危険性を悟る程度の頭はある、か)
「ギィギィッ!」
「ギィッ!」
「ギギギィ」
何かを叫びながら倒れてくる木から回避するように2手に分かれるゴブリン達。その様子を確認したレイは、デスサイズを構えたまま向かって右側へ。セトは左側へとそれぞれ突っ込んでいく。
「はぁっ!」
突然木が倒れこみ、混乱しているゴブリン達の中へと入り込んでその巨大な大鎌を思い切り振るうレイ。魔力を流している状態では今倒れこんでいるような巨木すらも抵抗を感じさせずに斬り裂く鋭利さをもつのだ。ただのゴブリンにそれを防ぐことが出来る筈も無く、振るわれた大鎌はレイの周囲にいたゴブリン達の胴体や四肢、あるいは頭部といった部分を何の抵抗もなく斬り飛ばす。
一閃。ほんの一度の攻撃で周囲にいたゴブリン達の殆どは絶命、あるいは瀕死の状態へと追い込まれていた。
武器を持っていたゴブリン達の中でも、錆びた長剣を持っていた者は殆ど反射的に振るわれた大鎌を防ごうと武器を突き出してはいた。だが、バルガスが使っていたようなマジックアイテムのバトルアックスならともかく、錆びた長剣でデスサイズを防ぐというのは巨大な滝の水をコップ1杯で受け止めろと言ってるようなものだ。抵抗らしい抵抗も出来ずに、長剣、腕、胴体と滑らかに斬り裂かれて内臓を地面へと散らかすだけだった。
「ギィッ!?」
ただ一度の攻撃で巨木により分断された仲間の半分以上を失ったのを見た残りのゴブリン達は、自分自身が生き残る為に四方八方へとバラバラになって一目散に逃げ出していく。
そこに追撃をしようかと一瞬考えたレイだったが、受けた依頼はあくまでもゴブリン5匹の討伐だ。それ以上のゴブリンを倒す暇があったらセトやデスサイズの糧となるようなレベルのモンスターを仕留めた方が効率がいい。そう判断して追撃をすることは無かった。
「グルルルゥッ!」
そして木の反対側から聞こえて来るセトの雄叫び。そちらも問題無く片付いたのだろうと判断したレイは、巨木を乗り越えてセトのいる方へと移動する。
そこに存在していたのは、水球で腹を砕かれ、あるいは鋭利な爪を持つ鷲の前足で斬り裂かれ、鋭く尖ったクチバシで噛み千切られて事切れていたゴブリン達の死体だった。その数は4匹。レイよりも2匹程少ないが、レイが一撃で6匹を仕留めたのに対してセトは1匹ずつ攻撃してこの数を倒したのだ。ゴブリンの逃げ足を思えば十分な戦果と言ってもいいだろう。
「グルゥ」
近づいて来たレイを見て、褒めて、とばかりに頭を擦りつけてくるセト。周囲に散らばっているゴブリン達の死骸との対比に思わず苦笑を浮かべるレイだった。
少しの間その頭を撫で回してその成果を褒めてやり、それが一段落した所で討伐証明部位の回収に取り掛かる。
ちなみに、ゴブリンの場合はギルドでも各種の店でも買い取ってくれる素材は存在しないので剥ぎ取れるのは討伐証明部位の右耳と魔石だけである。
「セト、討伐部位と魔石の回収をする間の周囲の警戒を頼む」
「グルゥ」
セトが頷いたのを見たレイは、腰のミスリルナイフ……ではなく、ミスティリングからアイアンダガーを1本取り出す。バルガスの仲間から奪った品だ。
(さすがにゴブリンの剥ぎ取りにミスリルナイフを使うというのは勿体ないからな。折角手に入れたんだし、汚れや傷が付いてもいいこのナイフを使わせてもらうか)
討伐部位であるゴブリンの右耳をナイフで切り落とし、胸を斬り裂いて心臓から小指の爪先程の魔石を取り出す。
(ウォーターベアはともかく、人型のモンスターを倒しても特に心に乱れは感じないか。これもゼパイルとの融合のおかげなんだろうが、俺が殺した……とか言ってウジウジと悩むような真似をしなくても済むのはラッキーだったな。恐らくこの様子だと人を殺すのにも多少の嫌悪感は覚えるだろうが、それだけだろう。ここは日本じゃなくてエルジィンなんだから郷に入っては郷に従えって所か。そもそも獲物を仕留めるのに忌避感を覚えるのなら最初から冒険者とかにならなきゃいいんだし)
内心でそんな風に考えながらも、ゴブリンの右耳と魔石を次々に剥ぎ取っていくレイ。
ちなみに、一応ということでゴブリンの魔石を回収しているものの、最弱のモンスターと呼ばれるだけあってその魔石を吸収してもセトにしろデスサイズにしろスキルを覚えるのは無理とレイは判断していたので躊躇無くミスティリングへと回収していく。ゴブリンの魔石は1つに付き銅貨1枚と激安の買い取り価格なのだが、それでも無いよりはマシと考えたのだった。
セトの倒した4匹分の剥ぎ取りを完了し、一瞬だけゴブリンの持っていた武器へと視線を向ける。だが、長剣にしろ短剣にしろ錆びていて使い物にならないし、かと言って自分で修繕することも出来ない。鍛冶屋なり武器屋なりに頼めばそれも可能だろうが、それでかかる修理費用を考えると恐らくは赤字。上手くいって差し引き0だと判断したレイは先程逃げたゴブリン達に回収して再利用されないようにデスサイズの柄でそれらを砕いておくのだった。
ちなみに棍棒も周囲に散らばっていたのだが、そっちはそのままにする。何しろ棍棒と呼んではいるが、その辺の木に生えている枝をそのまま流用した物だったのでこれを壊したとしても代わりの棍棒はすぐに用意されると判断したからだ。
「さて、次は俺の倒した分だな。セト、木を……いや」
そこまで言いかけ、ふと魔の森での出来事を思い出す。あの時に倒した木もミスティリングに収納出来たのだ。ならこの木も収納出来る筈、と。
木を収納して何の役に立つのかと言われれば特に何も無いのだが、いずれは何かの役に立つだろうと楽観的に考えてそのまま収納するのだった。
「よし。取りあえずこれで移動するのに邪魔な障害はなくなった。セト、続けて警戒を頼む」
「グルゥ」
横に倒れていた木がなくなったおかげで自由に動ける空間も出来、セトに警戒を任せて自分が殺したゴブリンの剥ぎ取りを開始するレイ。デスサイズの一撃で倒したゴブリンなのでセトが倒したゴブリンとは違い、その殆どが胴体や手足、あるいは首といった部位が切断されて地面へと内臓や血、肉片をばらまいていた。そんな状態の中からゴブリンの頭部を探して右耳を切り取り、心臓から魔石を取り出していく。そうやって数匹目の死体へと手を伸ばした所で、レイはふとした異変に気が付く。まるで何者かが自分の様子をじっと観察しているようなそんな視線。
「グルゥ」
自分の近くで警戒しているセトもまた、どこか落ち着かないような様子で周囲へと鋭く視線を送っている。
(違和感はあるが、決定的な位置を掴ませない。……ギルドで聞いた希少種か? 狙いは何だ? 無難な所ではこのまま俺達をやり過ごす。あるいはこっちの剥ぎ取りが終わって気の抜けた瞬間を狙っての奇襲か。どのみちセトに位置を気取らせない程度には腕が立つモンスターとなると、その魔石は貰っておきたい所だな。誘き出せるといいんだが)
内心で自分達の隙を窺っているであろうモンスターを倒すべき敵と定めたレイは最後の1匹のゴブリンから右耳を切り落とし、その心臓から魔石を取り出そうとし……唐突に自分の方へと向かって来る飛翔音を聞きその場から素早く地面を蹴ってセトの側へと移動する。
次の瞬間には、つい数秒前までレイが触っていたゴブリンの死体へと赤い何かが命中して周囲へと派手な火の粉を巻き上げる。
「ちぃっ、この森の中で炎の魔法だと? しかも収束も何も出来てない。セトッ!」
「グルゥッ!」
素早く鳴いたセトが水球を発動。ゴブリンの死体から吹き上がる炎が周囲の草木へと燃え移る前に鎮火に成功する。
その様子を確認しながら周囲に素早く目を向けていたレイだったが、頭上の木の上に何者かの気配を感じ反射的にデスサイズを頭の上へと持ち上げた。
ギィンッ! という鋭い音を立てながらレイの頭部へと向かって振り落ろされた長剣はデスサイズに弾かれ、その反動で刀身の半ば程の場所で砕け散る。
「はぁっ!」
それを確認するまでもなくデスサイズを一閃。それを防ぐべく襲い掛かってきた相手も盾を身体の前へと押し出したのだが、長剣同様に真っ二つにされることになった。
それでも盾を犠牲にすることでデスサイズの一撃から逃れたその存在は、吹き飛ばされた一撃を利用してセトとレイから距離を取って地面へと着地する。
そこまできて、ようやくレイは目の前の相手を観察する余裕が出来たのだった。
半ばから折れた長剣と、真っ二つにされてしまっているスモールシールドとでも呼ぶべき小型の盾。それを持ってレイの方を睨みつけているのはゴブリンだった。しかし普通のゴブリンと違うのは、その皮膚の色だろう。普通のゴブリンが緑色の皮膚をしているのに対して、レイの目の前にいるゴブリンは赤い皮膚をしている。また、その背丈も普通のゴブリンと比べると頭1つ分程大きい。
「なるほど、希少種か。言い得て妙だな」
あからさまに普通のゴブリンと違うその姿を見て口元に笑みを浮かべるレイ。あるいはそれを自分へと侮蔑と受け取ったのか、希少種のゴブリンは半分に斬り裂かれた盾を投げ捨て、刀身半ばになった長剣を構え……
「ギィッ!」
鋭く叫んだかと思った次の瞬間にはその希少種の目の前には炎の玉が浮かび上がっていた。
(セトの水球に似ているな。となると、炎球とでも呼ぶべきか? ゴブリンにしては戦士としての腕もそれなりで、尚且つ初級だと思われるが攻撃魔法を使う。魔法戦士型とでも呼ぶべきか。だが、その魔法も実際に放たれなければ意味は無い!)
希少種のゴブリンがその炎球を撃ち放つよりも前に地面を蹴って素早く間合いを殺し、デスサイズに魔力を通しながらその炎球ごとゴブリンへと斬りかかる。
「ギィ!?」
振り落とされた大鎌の刃は炎球を斬り裂きその場で霧散させ、薄くではあるが希少種のゴブリンの胸へも傷をつけていた。
己の炎球を消し去られたことに焦り、持っていた長剣の破片をレイ目掛けて投げつけてくる。
ゴブリンのその焦りはある意味で当然のものだった。基本的に一度発現した魔法は他の魔法による攻撃か、あるいは魔力の通った武器で無ければ消し去るという真似は出来ないのだが、ゴブリンが魔力を通せるようなマジックアイテムを見たのはこれが初めてだったからだ。
「確かにお前は魔法を使えるし、剣技もそれなりで希少種の名に相応しいだけの能力は持っている。けど、お前の最大のアドバンテージはその気配を殺す能力だ。それを使った一撃必殺を外した以上はお前は既に狩られる獲物に過ぎないんだ……よっ!」
デスサイズをわざと大ぶりの一撃で刃を振り下ろし……何とか回避したゴブリンが安堵したその一瞬の隙を突き柄で足下を掬う。
「ギィッ!」
悲鳴を上げつつ、それでも尚立ち上がろうとしたゴブリンだったが、そのゴブリンの最大のミスはレイへと意識を集中しすぎたことだろう。必殺の筈の上空からの一撃を防がれ、仲間内で己のみが使えていた炎の魔法を苦もなく消滅させられたのだから無理もないのだが。
だが、それでもやはりレイのみに意識を集中したのは致命的なミスだった。
デスサイズの柄によって足を救われ、地面に尻餅をついたままのゴブリンの背後にはいつの間にかセトが忍び寄っており……鷲の鋭い鉤爪と、獅子の強力無比な腕力でその首を薙いだのだった。
「ギィッ!?」
セトに取っては幾ら希少種と言えども、所詮ゴブリンはゴブリンでしかない。冒険者ギルドのランク的に見てもAとFという圧倒的な実力差がそこにはあるのだ。希少種故に普通のゴブリンよりランクが1段階上だとしても所詮はEランクであり、生物としての格の差を最後まで知ることが出来無かったゴブリンは、ゴキリッという聞き苦しい音を立てて首の骨を粉砕され、その命の灯火を消しさるのだった。
「セト、良くやった」
「グルルゥ」
甘えてくるセトの頭を一通り撫でてから、素早くゴブリンの心臓から魔石を抜き出す。その魔石は他のゴブリンの小指サイズの魔石よりも一回り程大きい物だった。
その魔石をセトとデスサイズのどちらに吸収させるか数秒迷ったレイだったが、セトの遠距離攻撃スキルが水球しかないのは不便だと判断してセトへと差し出す。
「セト」
「グルゥ」
レイの掌の上に乗っていた魔石をクチバシで咥えて一飲みにする。
そして……
【セトは『ファイアブレス Lv.1』を習得した】
以前にも聞いたアナウンスメッセージが頭の中に響き渡る。
「……炎球を使ってたゴブリンの魔石で、何でファイアブレスなんだよ」
溜息を吐きながら、そう呟くレイだった。
【セト】
『水球 Lv.1』『ファイアブレス Lv.1』new
【デスサイズ】