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0017話

 図書館に行った翌日。最初の鐘が鳴ってから少し経った頃、レイの姿は冒険者ギルドの中にあった。セトは当然ギルドの外にある馬車用のスペースでレイを待っている。


「一昨日とは全然違うな」


 一昨日ギルドに来た時は依頼が貼ってあるボードの前にいた冒険者はほんの数人であり、酒場で飲んでる者の数の方が多かった。

 だが、今は混雑……とまでは言えないものの、かなりの人数がボードの前に立って自分のランクで受けられる依頼を熱心に読み進めている。

 レイにとっては意外な展開だったが、冒険者ギルドが最も賑わうのは朝なのだ。考えてみれば当然だが、朝に依頼を受けて日中にその依頼をこなし、夕方には戻ってきて報酬を受け取る。それが街で生活する上では最適の生活時間なのだから。

 中には夜の依頼を専門に受ける者もいるにはいるが、基本的に少数派だ。


「おい、あのローブ着てる若いの。あれがバルガス達を1人でやったって奴か?」

「何? 俺はバルガスとそう大して差がないくらいの大きさの奴だって聞いたぞ?」

「俺が聞いたのは華奢な女冒険者って話だったが……」


 見慣れぬレイの姿を見た冒険者達が話している内容を聞き流しながらFとGランクのボードに貼られている依頼を眺めていく。

 とは言っても、レイとしてはFランクやGランクの依頼には殆ど期待していない。何しろ、魔獣術の特性として弱い魔物の魔石を幾ら吸収しても殆ど意味がないのだ。だからここの依頼で適当な魔物の討伐依頼を受注し、セトやデスサイズがスキルを吸収出来るレベルの魔物を捜す……というのがレイの狙いだった。


「だが、それにしても……まぁ、初心者用の依頼だからと言われればそれまでなんだが」


 レイの目に入ってくる依頼の内容は、Gランクでファングボアや一角ウサギの肉を納入といった本当に雑魚相手の依頼であったり、ポーションの材料となる薬草の採取。あるいは大怪我をした時に使う麻酔薬の為の材料等々。どれもこれも似たようなものだった。

 そんな依頼を見て溜息を吐く。あくまでもついでの依頼だとは言っても、幾ら何でも依頼の討伐対象が弱すぎた。と言うよりも、ファングボア、一角ウサギは共に魔物ではなく魔の森で戦った狼のような野生動物である。基本的にGランクのこれらの依頼は常時依頼という形式になっており、本来なら街中の依頼しかしてこなかったHランクからGランクに上がったばかりの者達の訓練用の依頼なのだ。

 次にFランクのボード前へと移動して張り出されている依頼を見ていく。

 こちらはゴブリンの討伐、スライムの魔核の納入、ポイズントードの討伐といった弱めの魔獣の討伐や魔核等の納入依頼が殆どである。


「まぁ、せめてこっちにしておくか。ファンタジーと言えばゴブリンは必須だろうし」


 小さく呟き、ゴブリン討伐の依頼を読んでいく。

 その依頼書にはゴブリンの討伐は常時依頼であり、討伐証明部位は右耳。5匹の討伐を最低限とする。右耳1枚につき銅貨3枚と交換といったことが書かれている。

 幾ら低ランク冒険者用の依頼と言ってもその報酬の安さに思わず眉を顰めるレイだったが、5匹分の耳を持ってくれば銅貨15枚。即ち銀貨1枚と銅貨5枚になる。レイの泊まっている夕暮れの小麦亭は一泊銀貨3枚だが、それはギルムの街でもどちらかと言えば高級な宿だからこその値段なのだ。ギルドに登録したばかりの初心者は普通一泊銅貨5枚程度の安宿に泊まるのが普通であり、そこで自分と同じような境遇の相手を探してパーティを組むというのが一般的だ。

 実力以外に、そういう意味でもレイは一般の冒険者とはかけ離れた存在だった。

 ゴブリン討伐依頼の紙を剥がし、このギルドに初めて来た時に話したポニーテールの受付嬢の所へと持っていく。

 それを見ていた周囲の冒険者の幾人かは意外そうな表情をしてその様子を見守るのだった。ランクDの冒険者4人を相手に渡り合えるというのに、受けた依頼がモンスターの中でも底辺に近い位置にいるゴブリン退治というのが意外だったのだろう。まさかファンタジーと言えばゴブリン、という安易な理由で選んだとは思いも寄らなかったらしい。

 ただ、FランクやGランクのモンスター相手ではどれと戦ってもセトやデスサイズが成長できるレベルの魔石は入手出来ないのはほぼ確実なので、その判断が特に間違っているという訳でもないのだが。


『ゴブリン』

 人の子供程の背丈を持つ鬼族の魔物。緑色の皮膚をしており、額に指先程の短い角を持つ。個体として見た場合は非常に弱く、一般人でも喧嘩慣れしている者なら楽に倒せる程度の実力しかない。しかし基本的に群れる習性があり、数匹ずつ纏まって行動することを好む。また稚拙ではあるが知能があり、拾ったり盗んだりした武器で武装している者も僅かながら存在する。


 ゼパイルの知識からゴブリンの情報を引き出しながら依頼の紙を受付嬢へと渡す。


「ゴブリン退治ですか。レイさん程の強さがあればまず問題は無いでしょうが、油断しないように気をつけて下さいね」

「ああ、それでゴブリンの場所なんだが……」

「それでしたら、基本的にギルムの街の街道沿いにある森の中に出没するようです。最近だとギルムの街に向かっている商人や旅人を集団で襲うこともあるようでして」

「ゴブリンにそこまで知能があるか?」

「いえ、普通はありません。ですので、もしかしたら希少種が生まれている可能性もあります」


 希少種というのは一種の突然変異として生まれてきた個体のことだ。希少種の場合は大抵が元になった種族のモンスターよりも高い能力を誇っており、ギルドで公表しているモンスターのランク的には1段階上がる。つまりこの場合はゴブリンのランクがFなので希少種はEランク相当のモンスターとなる。


 受付嬢に依頼を受理して貰い、ギルドから外へと出る。

 最近信用がおけなくなっていたゼパイルの知識だったが、さすがにファンタジー定番のゴブリンはゼパイルが生きていた数千年前から存在していたようで特に問題無く知識を引き出すことが出来た。


「グルゥ」


 ギルドから出て来たレイを見つけたセトが、嬉しそうに喉を鳴らしながら立ち上がる。

 それを見た周囲の通行人が立ち上がったセトを見て息を呑んで後ずさったり足早に立ち去っていくが、セトはそんな様子を無視してレイへと近づき頭を擦りつける。


「グルルゥ」

「悪いな。じゃあ早速行くか」

「グルゥッ!」


 レイの言葉に鳴いて応えるセト。そんなセトと共に、大通りを歩いて門まで向かうのだった。






「やぁ、1日ぶりだね。君の活躍はここまで聞こえてきてるよ」


 門の側にいたランガが、レイとセトの姿を見るなりそう声を掛けてくる。

 活躍、と言われて思い当たるのがバルガスとの一件しかないレイは思わず苦笑を浮かべながらミスティリングから冒険者カードを取り出してランガへと見せる。


「一応言っておくが、俺は馬鹿に絡まれたからそれ相応の対処をしただけだぞ」

「……所持金だけじゃなくて、武器も奪ったと聞いてるけど?」

「ああ。何しろ賭けたのが全財産だからな。当然だろう」


 続いてセトの首に掛かっていた従魔の首飾りを外してランガへと渡す。


「可哀想に……鷹の爪の面々はいつもより数段下の武器を持って少し前にここを通っていったよ」


 首を振りつつ言うランガの言葉を聞き、レイは意外に感じるのだった。


(あの連中のことだから、とっととギルムの街から出て行くなりなんなりすると思ってたんだが……思ったよりも根性はあるらしいな)


「問題無し、と。じゃあ気をつけて……まぁ、君にはこのグリフォンがいるんだから余程のことでも無い限り心配はいらないんだろうけどね」

「まぁな。じゃ、セト。まずは上空から探すか」

「グルゥ」


 セトの背へと跨がると、数mの助走をつけてその大きな翼を羽ばたかせ、呆然と見送っているランガを尻目に上空へと上がっていく。


「グルルルルルゥッ!」


 ギルムの街のから少し離れると、まるでストレスを発散させるかのように高く鳴くセト。その背を撫でながらレイは内心考える。


(考えてみれば、セトもまだ生まれて間もないんだよな。生まれが魔獣術と特殊であっても、生後数日なのに宿の厩舎に閉じ込められていたんじゃストレスも溜まるか)


 レイが出掛ける時は厩舎から出して連れ歩いてはいたが、自分を見て恐怖する者達や狭い街中で迂闊に飛べない等の生活環境はセトに少なくないストレスを与えていた。

 明日からはなるべく依頼を受けるなり何なりして街の外に出ようと考えるレイ。

 本来ならレイの目的はセトとデスサイズを育てることであり、その為には別に冒険者になるというのは必須では無い。だが、ギルドには常に情報が集まっており、高ランクモンスター討伐の依頼等も張り出されることがある。それ等はレイにとっては非常に有益な情報であり、依頼なのだ。ただ、現状のGランクでは高ランクモンスターの討伐依頼があっても受けることが出来ない。それを考えると現状の目的は少しでも依頼を受けてランクを上げることだろう。

 そんなことを考えている間に、ギルドの受付嬢から聞いた街道沿いの森が眼下に見えてくる。通常の旅人や冒険者ならこの森まで来るのに数時間は掛かるというのに、セトに乗ったレイはギルムの街を出発してから僅か10数分で到着していた。それだけでもグリフォンの……いや、セトの機動力の高さは明らかだった。


「セト、モンスターは見えるか?」

「グルゥ」


 空を飛びながら首を左右に振るセト。レイの目から見ても下に広がっているのは森であり、樹木に隠されて森の様子は遮られている。


「出来れば上空から奇襲を仕掛けることが出来れば手っ取り早かったんだが……これじゃしょうがないか。セト、地上に降りてくれ」

「グルゥッ!」


 レイの声に短く鳴き、翼で調節しながらふわり、とでも表現出来そうな優雅さで地上に着地したのは獅子の下半身を持つグリフォンの面目躍如といった所だろうか。

 着地地点の近くには数人の旅人なり冒険者なり商人なりがいたようだが、セトが降りてくるのを見てギルムの街まで全速力で走っていくのがレイの目には見えた。


(……恐らく門の所でグリフォンを見たとか言って、ランガ辺りに事情を聞かされるんだろうな)


 ランガの仕事を増やしたことに苦笑しつつも、すぐに意識を切り替えて森の様子を探る。


「ちょっとここからだと分からないな。セト、森の中に入ってみるか」

「グルゥ」


 セトが承諾の鳴き声を上げ、そのまま森の中へと入っていく。

 本来であれば森の中という狭い場所での戦いはレイにしろセトにしろ、苦手としている所だ。だが今回の場合はゴブリンが相手ということで、そこまで神経質にならなくてもいいと判断して森の奥へと入っていく。

 そして森の中へと入ってから1時間程した頃。唐突にレイの前を歩いていたセトが動きを止めた。


「グルルルゥ」


 何かを警戒するように周囲を見回すが、さすがに街道沿いの森とは言ってもここまで奥に入ってくるとそれなりに太い幹を持つ木が生えており枝や葉で太陽の光を遮り、まだ昼間だというのに周囲は薄暗くなっている。それにレイはドラゴンローブのおかげで感じてはいなかったが周囲の気温もかなり高くなっており、普通の冒険者ならその暑さと汗で疲労度が増していただろう。


「グルゥッ!」


 そんな状況の中、短く吠えたセトが水球を発動させてそのまま草むらで覆われている茂みへと撃ち放つ。

 そして次の瞬間。


「ギィッ!」


 聞き苦しい悲鳴がその茂みの中から聞こえ、20匹近いゴブリンがその姿を現したのだった。

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