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0016話

 レイがギルムの街へと着いた翌日。朝食を食べて出掛ける準備も済ませたレイは厩舎へと来ていた。


「グルゥッ!」


 厩舎へと入っていったレイを見たセトが、嬉しげに喉を鳴らしている。


「昨夜はよく眠れたか?」

「グルゥ」


 元気一杯、とでも言うように伸びをするセト。その頭をコリコリと掻きながら笑みを浮かべる。


「そうか。それで、今日はどうする? 一応ここには図書館があるらしいから、俺はそこでちょっと調べ物をしたいんだが……ここにいるか、それとも俺と一緒に図書館に来るか? まぁ、図書館の中には入れないだろうから昨日の冒険者ギルドの時と同じく外で待ってることにはなるんだろうが」


 レイの言葉に、頭を擦りつけてくるセト。自分も連れて行って欲しいと身体全体でアピールしていた。


「そうか」


 レイはセトのそんな様子に笑みを浮かべながら厩舎から連れ出す。

 朝食の時にセトを厩舎から連れ出すとドラムには言ってあるので、特に何かを気にする必要も無くセトと共に表通りへと出る。

 セトが通りへと姿を現した瞬間、昨日と同じように道を歩いていた人々は驚愕の表情を浮かべて数歩後ずさるが、昨日1日でレイとセトについての情報もある程度は出回ったのか悲鳴を上げて逃げるような者はレイの予想よりも随分と少なかった。つまりテイムモンスターであったり召喚獣であると証明する首飾りを見もせずに数人は逃げ去っていった者達がいたのだが。

 尚、その首飾りの名前が『従魔の首飾り』という名前であるのは朝食時にドラムから聞かされて初めて知ったのだった。


「グルゥ」


 周囲のそんな反応を見て、喉の奥で鳴くセト。そんな相棒の背を軽く撫でながら朝食時に女将から聞いた図書館へと向かって歩いて行く。

 大通りを歩き、冒険者ギルドの前を通り過ぎ、屋台で美味そうな串焼き肉があればそれを買ってセトと2人で食べる。……もっとも、セトの大きさやレイの身体に似合わぬ大食いの為に串焼き肉30本を銀貨数枚で買ったりしながらだが。

 だが、そんな風に大量に買い物をするレイを見て上客と判断したのだろう。あるいは従魔の首飾りを見て安心だと判断したのかもしれないが、積極的に声を掛けて来る者も多かった。商人にしてみればモンスターでも何でも、金を使ってくれる相手は客という認識なのだろう。

 そんな食べ歩きをしているような状態で道をしばらく歩いていると、女将に教えて貰った目的の建物が見えてくる。図書館だ。ただし図書館とは言ってもギルムはあくまでも辺境の街である為に蔵書の数はそれ程多くないと聞かされていた。だが、それでも現状のレイにとって必要な知識を得る場所はここしかなかったのだ。


「セト、ここで待っててくれ」

「グルゥ」


 昨日の冒険者ギルドの時のように、馬車や召喚獣といった者達の退避場所でセトと別れて図書館内部へと入っていく。


「いらっしゃいませ。図書館のご利用でよろしいでしょうか?」


 建物の内部に入ってすぐの場所にある受付から声を掛けられ、頷きながら近付いていく。


「ああ。使い方を教えてくれると助かる」


 20代半ばと思われる受付嬢は表情を殆ど変えずに無表情のまま言葉を続ける。


「図書館の利用は1日銀貨5枚となります。ただしこれは本を傷つけた時の為の保証金も含まれてますので、退館する際に本に傷をつけたり汚したりしていない場合は銀貨3枚を返却します。尚、銀貨3枚以上が必要な分の損傷や汚れを与えた場合はその分の追加料金も支払って貰うことになるのでご注意下さい。支払わずに逃げた時は、冒険者ギルドに依頼を出してその報酬分の料金も含めて徴収することになります。何か書き写す時に必要な場合は紙10枚とペンのセットを銅貨3枚で販売しております」


 利用に保証金含めて銀貨5枚必要と聞かされて微かに眉を顰めたレイだったが、特に文句も言わずに料金を支払う。

 地球にいる時は図書館を無料で利用出来るという生活をしていたレイだったのだが、この世界ではそれだけ本という物は高価なのだ。貴重な本ともなれば白金貨や光金貨で買うことも珍しくはない。


「はい、確かに。図書館から退出する時にはこの書類に司書のサインを貰って下さい。貴方が本に損傷を与えるといったことをしていない場合は問題無い筈です。この書類と引き替えに保証金3枚の支払いを行いますので。では、ごゆっくりどうぞ」


 銀貨と引き替えに1枚の書類を渡し、ペコリと頭を下げる受付嬢。自分の知ってる図書館の利用法との違いに苦笑を浮かべながらもその書類を持って実際に本の置かれている場所へと入っていく。


「……なるほど」


 それが図書館の内部を見たレイの口から漏れた一言だった。

 レイの感覚で言うのなら学校にある図書館数個分くらいを繋げたような大きさ、とでも表現すべき場所に2m程の本棚が規則正しく並んでいる。その中には大小様々な本が並べられていて、司書のいるカウンターの近くには4人用の机と椅子のセットが数組並んでいた。

 その様子を眺めていたレイだったが、自分で本を探すのは諦めてすぐにカウンターへと向かい、司書と思しき40代の中年男性へと声を掛ける。


「すまないが、ちょっといいか?」

「はい、なんでしょう」

「ゼパイルという人物のことを調べてるんだが、それに関係している本はあるか?」

「ゼパイル、ですか? ちょっと待って下さい。確か以前にどこかで読んだような……」


 少しの間、何かを思い出すようにしていた司書の男だったがすぐに笑みを浮かべながら口を開く。


「あぁ、どこかで聞いた名前だと思ったら魔人の名前ですね」

「……魔人? 何だその物騒な名前は」


 余りに予想外の単語に思わず聞き返すレイだったが、司書の男は逆に不思議そうな顔をして尋ねてくる。


「あれ、違いましたか? でもゼパイルで有名な名前なんてそれくらいしか知りませんが」

「……取りあえずその魔人について書かれている本はあるか?」

「神話やお伽噺の類ですから、そこの通路をまっすぐ進んで行き止まりの右側の棚にある筈です」

「そうか。助かった」


 司書へと礼を言い、教えて貰った本棚の場所まで移動して関係在りそうな本を数冊抜き取り机へと移動する。


「さて、何が出て来ることやら」


 自分の予想していたのと随分斜め上に外れていそうな状況だったが、それでも自分と融合したゼパイルに関しての知識はどうしても知っておくべきだ。そう判断し、本のページを開いて読んでいく。


 ゼパイル。それは数千年もの昔に実在したと言われる人物で、魔術師の集団を率いていた。それだけならそれ程特別でもないのだが、その率いていた魔術師達が全て当時の世界でも有数と言われる者達であり、尚且つ本人もそれ等の魔術師を率いるだけの魔力を持っていた。

 その戦力は国1つを瞬時に滅ぼせる魔術師達の集まりであったとされ、それだけに当時数多の国から危険人物扱いをされていた。その戦力を己の物にしようと力尽くで従わせようとした国もあったのだが、その国はその日のうちに国民ごと全て消滅したと言い伝えられる。その魔力の強大さから魔術を極めた人。即ち魔人と称されるようになった。


「……」


 その、余りと言えば余りな内容に思わず額を押さえるレイ。引き出した知識と現実の差異からある程度の時差はあると思っていたが、それでもまさか数千年とは思いも寄らなかったのだ。ゼパイルの自己申告によると数百年。それが実際は数千年。10倍近いその差にレイは頭を抱えることしか出来なかった。

 とは言っても、この世界に来てしまった以上は既にどうすることも出来ない。自分はこの世界で生きていくしかないのだと無理矢理に納得させ、それ以上はゼパイルに関しての本を読まないで本棚へと戻すのだった。

 その後は自分の精神的な安定の為にも、冒険に役立ちそうな本やこの世界で役立ちそうな知識の書いてある本を読んでいく。

 それらを読んで理解したのは、1日が24時間で、およそ30日で1ヶ月。12ヶ月で1年と、地球との差異は殆ど無いと言うものだったり、1週間の曜日が地水火風光闇無だろうか。

 ただし時計は一種のマジックアイテムである為、持っているのはそれこそ大商人や貴族といった存在に限られる。ならそれ以外の者達はどうやって時間を知るのか。それは3時間ごとに街中で鳴らされる鐘の音だった。6時、9時、12時、15時、18時、21時の1日6回鳴らされる鐘で一般人は大まかに時間を知るのだ。

 他にも、冒険者をやっていく上で必要そうな内容の本を手に取り読み進めていくが、その中でもレイの関心を一番惹いたのは『魔物の解体 初心者編』というそのものズバリのタイトルの本だった。

 何しろウォーターベアーの毛皮を剥いだのは良かったものの、処理が杜撰だった為に安く買い叩かれたのだ。これから冒険者として生活していく以上は魔物の解体の方法はまさに必須と言ってもいいだろう。とは言え、この本全てを書き写すというのも時間が掛かり過ぎると判断したレイは司書へと話し掛けることにする。


「すまない、ちょっといいか?」

「はい、なんでしょうか」

「この本を買い取るとかは出来るのか?」


 そう言って持っていた魔物の解体 初心者編を差し出すレイ。だが、それを見た司書は済まなさそうな顔をして首を横に振る。


「申し訳ありません。本の売買はしてないんですよ。もし始めてしまうと切りがないですし。……あ、でも」


 謝りつつもレイが差し出した本を見て、何かに気が付いたように顔を上げる。


「でも?」

「その、街の本屋に確かこれと同じ本があったと思います。見かけたのは2週間程前ですし、在庫も1冊だけだったので今もまだあるかどうかは分かりませんが」

「いや、助かる。その本屋の場所を教えて貰えるか?」

「はい」


 頷いた司書から本屋の場所を聞き、これからどうするかを迷う。

 銀貨2枚という、この世界ではそれなりの額を払って入ったのだから出来ればもう少し本を読みたい。しかし、司書が本屋で見たという魔物の解体初心者編という本は何が何でも買っておきたい。暫く迷ったレイだったが、図書館にある本は無くならないのでまた後日来ると決めて受付で渡された書類にサインを貰い、保証金を返して貰って図書館を後にするのだった。


 その後は図書館の外で待っていたセトと共に教えられた本屋で金貨1枚と言うかなりの金額を出して目的の本を購入。他にも着替えや細々とした物を買いながら夕暮れの小麦亭へと帰ったのだった。

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