コミカライズ第一巻発売記念『ララが頑張りたいこと!』
偽装親子としてフロレンシと共にビネンメーアにやってきてから早くも二年経った。
フロレンシは現在、本人の希望で貴族の子息が通う幼年学校に通っている。
私は侯爵夫人やレイシェルと慈善活動をしたり、庭に作ったささやかな花壇の手入れをしたり、フロレンシやマリオン殿下が大好きなお菓子を焼いたり――充実した毎日を過ごしている。
そんな中で、私は新たに社交界でのお付き合いを始めた。
最初はレイシェルに誘われたことがきっかけだった。
正直、社交は得意なほうではない。
けれどもさりげない会話を通して国内情勢を知ったり、流行を把握したり、さまざまな噂話を聞いたり、と役立つ情報を得られることを知った。
一般人として生きるのならば必要などないかもしれないが、この先マリオン殿下と結婚するならば、彼を支えるために社交が必要だろう。
レイシェルは無理しなくてもいい、侯爵夫人のような在り方もできるから、と言ってくれた。
けれども私はマリオン殿下を支えられるような存在になりたい。
そう思ってお茶会を開くことから始めてみたのだ。
秋薔薇のシーズンになったら育てていた花が美しく咲いた。これをお客様に見ていただこうと思って、数名のご令嬢に招待状を出してみた。
今日はホットチョコレートとチュロスを作ってお客様を迎える。
ガーデンティーパーティーを開催するのは初めてなので、喜んでもらえるだろうか。ドキドキである。
本日お招きしたのは、フリューア子爵令嬢ヘレナ様、デュンバルト伯爵令嬢ルイーゼ様、レークラー侯爵令嬢レオニー様の三名。
彼女達はレイシェルと付き合いのあるご令嬢で、以前招待されたお茶会で少しだけ仲よくなれた方々であった。
時間ぴったりに訪問してきたので、笑顔でお出迎えした。
「ようこそ、いらっしゃいませ」
「グラシエラ様、ごきげんよう」
「お招きいただき光栄ですわ」
「ずっとお会いしたかったんです」
庭先でのお茶会だと伝えると、今日は心地よい気候だから、と喜んでくれた。
「まあ、なんてきれいな薔薇園でしょう」
「見事ですわ」
「本当に」
丹精込めて育てた薔薇を喜んでもらえて何よりである。
引っ越した当初は薔薇は枯れかけていたのだが、なんとかお世話をして開花させることに成功したのだ。
さっそくホットチョコレートとチュロスをふるまう。
ヴルカーノに伝わる飲み物とお菓子だと説明すると、おいしいと絶賛してくれた。
私だけでなく彼女達も緊張していたようだが、甘い飲み物とお菓子のおかげで打ち解けることができた。
「それにしても、あの〝氷壁の騎士様〟だったマリオン殿下と恋仲になれるなんて」
「驚きましたわ」
「誰も寄せ付けない冷ややかな瞳を、グラシエラ様の優しさが溶かしたのですね」
なんでもマリオン殿下は冷ややかな眼差しと近寄りがたい雰囲気が相まって、氷壁の騎士様と呼ばれていたらしい。
「いったいどうやって出会いましたの?」
「気になりますわ」
「きっとロマンチックだったのでしょうねえ」
……言えない。人妻だとわかって私に接近し、家に住みなよ、とまで言った軽薄極まりない態度を。
「そ、その、マリオン殿下との出会いは、侯爵夫人とのお茶会でして」
「まあ、すてき!」
「侯爵夫人が取り持ったお二人なのですね」
「素敵ですわ!」
……言えない。侯爵夫人は私を疎ましく思って、マリオン殿下に押しつけようとしていたことなど。
三人がいいように解釈してくれるので、深く説明せずとも素敵な出会いを各々想像してくれたようだ。
「お二人で過ごすときも、マリオン殿下はグラシエラ様の前でだけ甘い顔をされるのでしょうか?」
「たまりませんわ!」
「憧れます!」
……言えない。マリオン殿下は二人っきりになったら幼児返りしたように、ベタベタに甘えてくることを。
その様子を見たら二度と、氷壁の騎士様などと呼ばないだろう。
終始、私とマリオン殿下の話で盛り上がったものの、ほとんどは彼女達の妄想を聞く時間となった。
自分達の話を根掘り葉掘り聞かれるわけではないので、楽しく過ごすことができたのである。
最後に、お土産として薔薇で作ったジャムを渡して別れた。
有益な情報は得られなかったものの、愉快な時間だったと言えよう。
彼女達は将来、ビネンメーアの大貴族と婚姻を結ぶ。付き合っていて損はない相手なのだ。
それから二時間後にマリオン殿下が戻ってきた。
「ララ、お茶会はどうだった?」
「終始、滞りなく終了しました」
「いや、上司への報告じゃないんだから」
……言えない。彼女達のイメージの中で、マリオン殿下が完璧な貴公子だったことなんて。
今も私にべったり抱きつき、甘えているのだ。
氷壁の騎士様とは思えない行動だろう。
皆のイメージを守るため、かっこいいマリオン殿下を偽造せねば! と心に誓った夜の話であった。