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74:技巧神の神殿-1

 俺の悲しみを余所にイベントは進む。

 俺たちの目の前に紋章が刻まれた門が現れ、それがゆっくりと開かれる。


「お待ちしておりました御使い様。」

 中から現れたのは司祭服を着た青年。

 右手に錫杖を持っており、その顔はイケメンと評していい程度には整っている。

 うん。敵だな。敵なんだな。よしそこに直れ。その喉笛をかみちぎ……


「妙なことを口走ってないで落ち着け。」

「オウフ。」

 ユフが俺の後頭部を殴る。くそう。ユフには俺の悲しみは分からないんだ畜生。


「私は技巧神の神殿の司祭。立ち話もなんですしどうぞ中へとお入りください。」

 司祭が俺たちを神殿の中へと招く。

 神殿の中は神殿と言うよりは教会と言った方が正しいような建築様式と雰囲気だった。

 ただ、周囲は何かしらの力によって見えない壁が形成されており、壁の先は全て海である。

 後、何故かは知らんが背景とマッチするようになっているが桜の木も何本か神殿内に植えられているな。


「さて、貴方様は既に我々の事情を知っておられるようですね。」

 司祭が俺の方を向いてそう告げる。


「そうです。お察しの通り私の実力では灯を取り返すことは出来ません。」

 司祭は透明な壁の向こう側。海の中で微かに光っている方向を指差す。


「勝手な願いだという事も理解しています。ですが、どうかお願いします。奴らから灯を取り返して灯台守の彼女を救ってあげてください。それが私の願いなのです。」

 そして司祭は頭を下げる。これでイベントは終了だ

 それにしてもああ畜生。だが断るとかすげえ言いてぇ。別に俺はブサメンでもイケメンでもないただのゲーマーだけどすげえ言いてぇ。ゲームが進まないから言わないけど。



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「で、ボス戦終了直後の遠吠えと言い、異様なまでの機嫌の悪さと言い、何があったんだ?あの妙な技も含めて色々語ってもらうぞ。」

 イベントが終わったところで俺はユフに連れられて神殿前の広場に移動。ユフは真剣な顔で俺を問い詰めてくる。

 なお、他のメンバーは既に各自行動を始めている。


「獣人化に関しては祝福の一つだよ。」

 俺は【獣人化:ウルグルプ】について分かっていることをユフに話す。

 ちなみに掲示板には【獣人化:ウルグルプ】の事は書いていない。書き込んでも信じてもらえるとは思わなかったし、検証の為にスキルと装備品を整えるのも並大抵の苦労では済まないのが分かりきっているからである。

 で、俺の話を聞いたユフの感想はと言うと。


「お前獣人化の件も合わさって完璧に人間辞めたな。たぶん数日以内にはその方向で二つ名が付いてるぞ。」

 と言うものだった。

 くそう……。その内≪噛みつき≫で満腹度を回復することによって何日間街に戻らないでいられるかとか試すぞこの野郎……。


「で、ボス戦直後の悲しげな遠吠えに関しては?」

「あっちはこれのせいだよ。」

 俺はサハギンリーダー戦で手に入れたアイテム。技能石×1を見せる。


「ああ……確かにこれは泣きたくなる。」

「だろ。」

 折角のボス戦だと言うのに入手したアイテムは技能石一個。

 ああそう言えばHASOを始める前にWikiで見た覚えがあるな。『ボス戦のドロップで技能石が出ると他のドロップ品は無かったことにされる。』とか何とか。

 ふふふ。仕様だとは言え無事に現実に戻れたら要望文をトップハント社に送らなきゃな……ふふふ。


「とりあえず神殿内の設備の位置とか採取ポイントについて案内するわ。」

「よろしく。」

 俺とユフは立ち上がって技巧神の神殿内を観光気分で歩き回る。

 で、技巧神の神殿に特有の設備は神託場と言い、今までどの魔物から技能石を手に入れたのかや、自分の所有しているスキルが後どのくらいでレベルが上がるのかをゲージ形式ではあるが見ることが出来る設備だそうだ。

 お金がかからないので便利と言えば便利である。


 そして採取ポイントとしては狩猟神の神殿でも採れた狩人の水がここでも回収できる他、桜の花びらが回収できた。

 うーん。もしかして狩猟神の神殿の紅葉と対を成すようになっているのか?

 すると、灯台は夏で、北の山の方は冬になるのか?

 じゃあ、その内寒さ対策とか考えておかないとな。


「とまあ、設備はこんなところだな。」

「おう。ありがとうな。」

 で、最後に技巧神の神殿から繋がるダンジョンの入り口。掲示板での通称『海底洞窟』の入り口まで来たところでユフの案内は終わった。

 あー、ここまで世話になったし一応聞いておくか。


「お前らはこれから狩猟神の神殿に行くんだろうが、西の森の抜け方とか大丈夫か?」

「心配しなくても掲示板で調査済みだ。」

 そうしてユフは去っていく。恐らくは始まりの村経由で西の森を抜けてベノムッドに挑み、狩猟神の神殿へと行くのだろう。

 マンティドレイクは強いがまあ、ユフたちの様にきちんと統制がとれているなら何とかなるだろ。


「さて俺は……」

「ヤタさん。」

 俺が自分の行動を始めようとした所でハレーの声が聞こえてくる。

 声がした方に顔を向けると俺に向かって駆け寄ってくるハレーとゆっくりと歩いてくるアステロイドの姿が見える。


「何だハレー?」

「いえ、ちょっとヤタさんに僕から提案がありまして?」

「提案?」

「はい。ヤタさんはその、原住民みたいなRPをしているとミカヅキさんから伺いました。」

「原住民と言うかバーバリアンな。」

 というかミカヅキ。何故俺の話題になったし。


「あーはい。バーバリアンですか。ってそこはどうでもよくてですね。」

 むう。浪漫が分からん奴め。まあいい。ここで怒ることは無い。この先じっくりとバーバリアンと原住民の差を教えればいいのだ。


「僕の持っている≪紋章職人≫という職人系スキルには物に特定の印を刻んで効果を強化する力を持っているのですが、この印を刻み込む対象にはプレイヤーの身体も含まれていて、刺青の様に印を刻めるんです。」

「ん?それってつまりは……」

「バーバリアンっぽい刺青をヤタさんの体に刻めます。」

 俺はハレーの言葉に内心では完全にガッツポーズをとり、身体の方も思わずガッツポーズをとるかと思った。

ついに刺青が来るよ!


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