7:始まりの村-2
村に戻ってくるとやけに辺りが…というかプレイヤーたちがざわついていた。
「なんだこのざわつき様は。何かあったのか?」
「どうだろうな?ちょっと待ってくれ。聞いてみる。」
ユフが近くにいた適当なプレイヤーを捕まえて事情を聴く。
が、事情を聴いているうちにユフの顔がどんどんと青ざめていく。どうやら相当の事態が発生しているようだ。
と、話を聞き終えたのか、若干俯きながらユフが戻ってくる。
「で何があったんだ?」
「ログアウト機能とスリープ機能が停止されているそうだ。」
「ハァ!?」
ユフの言葉に俺は思わず大声をあげ、慌ててここが村なのを思い出して口を噤む。
それにしてもログアウト機能もスリープ機能も停止されているって、ガチの緊急事態だろ。
ログアウトはVRから意識とアバターを完全に離脱して電源を落とすのに必須の行為だし、スリープ機能にしてもアバターをログインさせたまま意識を現実に戻すのに使われる機能だ。
この二つの機能が使えないということはつまり、
「ああそうだ。俺たちはHASOの中から出られなくなったということだ……。」
ユフが重い面持ちでそう告げた。
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俺たちはとりあえずということで、東の海岸で手に入れたフライフィッシュの身や、オオシオマネキの足を齧りながら神殿前の広場で地べたに直接座り込んでいた。
ただ、さっき食べた時はおいしく感じたオオシオマネキの足もこういう状況ではあまり美味しく感じない。
「で、とりあえずの確認だけどログアウトが出来ないだけでデスゲームにはなってないんだよな。」
「ああ、サービス開始初日に南の草原のボスを初期装備で倒そうっていう縛りプレイを試しに敢行していた奴らが死に戻りで戻ってきてたからな。そこは大丈夫だ。」
若干、顔色が普段の色に戻ってきたユフが力強くそう言ってくれる。
「なら……」
そして、それに対する俺の言葉を紡ごうとした瞬間。
ドオオオオオォォォン!!
突然広場の中央に巨大な立て札が落ちてきた。
「おい何だ!?」「下敷きになった奴いないか!!」「キャアアアァァァ!!」「畜生!何がどうなっていやがる!」
立て札が落ちてくるという異常極まりない事態に広場はあっという間に阿鼻叫喚の地獄絵図に追い込まれようとし、俺とユフも巻き込まれないようにと動き出そうとする。が、
「静まれええぇぇぇ!!」
一人の太刀を背負った男性の声によってその場にいる全員の動きが止まり、最悪の事態が避けられる。
男性がゆっくりと立て札に近づいていく。
俺のいる位置からではちょうど見えないが、どうやら立て札にはなにか書かれているらしい。
「今からこの立て札に書かれてあることを皆に言う。心して聞いてくれ。」
男性がゆっくりと立て札の内容を読み上げ始める。
「『トップハント社 社長より
今回はこのような事態を招いてしまい。大変申し訳ございません。
現在HASOは『電子の女帝』によるハッキング攻撃を受け、ログアウト及びスリープ機能を破壊された上に、物理的に強制ログアウトをさせることも出来ない状態に陥ってしまっています。
そのため、現在我々と警察の協力体制の下皆様の現実の体を保護し、『電子の女帝』の施した妨害プログラムを削除してログアウト機能を復旧させる作業を進めています。
この作業が完了する時期の見込みは不明ですが、必ず復旧させますので、どうかお待ちください。
また、こちらは追記になりますが、このメッセージを最後に我々がそちらに干渉することはほぼ不可能になります。
なのでこのような事を言える立場に居ないのは重々承知していますが、どうか皆様が無事に現実に帰還できる事を祈らさせていただきます。』だそうだ。」
男性の言葉に全員が生唾を飲み、事態の把握を必死にしようとしているのが伝わってくる。
それにしても、
「『電子の女帝』か。ある意味最悪で、ある意味最良の相手だな。」
「確かにそうだな。」
『電子の女帝』。彼女は今、世界中を騒がしている超一流の女性クラッカーで、用いるプログラムには独創的かつ凶悪なものが数多く存在しており、正体も年齢も分かっていないが捕まれば死刑確実とまで言われている愉快犯で、その名は俺みたいな一般人にも知られている。
なぜハッキングで死刑なのか?と疑問に思うかもしれないが、彼女は以前に某国のミサイル発射装置を何かしらの方法でハッキングし、実際にそれを無人の荒野に向けてだが放った事があるのだ。おまけにそれ以外にも同レベルの犯罪を何件も起こしている。
だが、同時に直接の死人を出したという話は聞いておらず、それどころか置き土産として強力な守護プログラムが譲られていたりしたこともあるそうだし、よくよく調べていけば抜け道のようなものが用意されていたりもする。
だから、最悪で最良の相手。
仮に本当に『電子の女帝』ならば、外の人間が妨害プログラムを突破して修復するまでには相当の年月がかかるだろう。だが、彼女ならば中に居るプレイヤーに死の恐怖を与えたりはしないし、むしろ中に居るプレイヤーが頑張れば、脱出までの年月を縮められるようにしている可能性もある。
「ヤタ。お前はこれからどうする?俺はβ時代の攻略組だった友人の所に行って協力するつもりだが。」
「俺は好きにやらせてもらうさ。MMOの上に『電子の女帝』が相手なら多様性があるに越したことはない。」
俺の考えはあくまでも『電子の女帝』に関して伝え聞いた情報を元にしたものだ。だが、同じような情報を持っている人間は多いのか、一人、また一人と広場に集まっていたプレイヤーたちは目に生気を取り戻して行動を開始していく。
「分かった。じゃ、頑張れよ。」
「おう。そっちこそな。」
そして、俺とユフもハイタッチを交わした後、それぞれに行動を開始し始めたのだった。
やっとログアウト不能です。
『電子の女帝』に関してはもうそう言う存在なんだと諦めるしかない相手だと思っておいて下さい。
私の前作を読まれる方にだけ通じる言い方になってしまいますが、『電子の女帝』≒『魔神』ぐらいの無茶苦茶な実力者です。
01/07誤字訂正