55:VS蟷螂竜-1
イベントの為に俺たちの動きが止まる。
今回のインスタントエリアは枝と枝が組み合わさり、外縁部は黒く染まった葉っぱによって縁どられており、まるでコロシアムの様になっている。広さは……直径50mぐらいか。
そして俺たちの目の前にあるのは直径5m程の黒い闇の塊のような物。その奥には綺麗な光を放つ炎のような物が燭台の上で煌々と燃え盛っている。
恐らくあの灯が奪われた灯台の灯の一つなのだろう。
闇が歪み始め、何かの生物の形を取り始め、形を取ると今度は色が付き始める。
初めに見えてきたのは長い長い深緑色の鱗に覆われた尻尾だった。しかし一見すれば蜥蜴の尻尾の様に見えるそれの先端は丸まり、さらにその先には針が見え、まるで蜂の針の様である。
続けて筋骨隆々で白い腹と尻尾と同じ色の鱗に覆われた胴体が見えてくる。ここはまるでTレックスに代表されるような大型の肉食恐竜の様である。
そこから手足が現れる。脚は恐竜のそれだが、その鉤爪は力強く、地面をしっかりと捉えることが出来そうである。そして手はあろうことか両刃の鎌の様になっており、触れた者は全て切り裂くであろう鋭さと狂気を秘めているであろう事が一目で分かった。
やがて頭が現れる。頭は一見すれば蜥蜴の様であるが側面から一対の鋭い剣の様な角が触覚の様に生え、僅かに開かれた口から見える歯は肉を引き千切るのに適した形をしている事が見て取れる。
普通の生物ならば頭は急所であるのだろうが、綺麗に生えそろった鱗も含めてみる限りこの魔物にそれが当てはまるかは怪しい所である。
そして背中からは小さく飛ぶことには使えないだろうが蟷螂の様な翅が二対生え、開かれる。
魔物が両手の鎌を大きく広げて息を大きく吸う。
ここまで言えば分るだろう。そうこいつは……
「グルアアアアアアアァァァァァァァァァ!!」
ドラゴンだ。
「って、ちょっと待てぇ!この段階でドラゴンとか有りか!!」
俺は咆哮と共に放たれた莫大な量の殺気に抵抗しながら思わず声を荒げる。
というかよくよく考えたらドラゴンならもうちょっと立派な翼があるだろうし、どちらかと言えばこいつはドレイクの分類なのかもしれない。それならちょっとは納得も出来る。いや、納得しきれないか。
とりあえずこいつの事は心の中で蟷螂竜と呼んでおこう。
「ふふふふふ。馬鹿でかい蜥蜴ですねぇ……。」
と、ミカヅキの声に反応して見たら、ミカヅキは目の前の光景に完全に行ってはいけない方向にトリップしてしまっていた。
ああうん。これはダメだな。色んな意味で。
とりあえずボアノーズで一回ひっぱたいておく。
「何をするんですか。」
よし戻った。
「気持ちは分かるが集中しろ。せめて情報収集ぐらいはしてからやられるぞ。」
とりあえず今も全身にビリビリ感じている威圧感も含めて勝てる気は全くしない。と言うわけで俺は素直に情報収集モードに移行する。
ミカヅキも気持ちは同じなのか武器は構えるが明らかに回避を優先した構えを取る。
蟷螂竜が俺たちを視認したのかゆっくりとこちらを向く。
そして右手の鎌をゆったりと肩の位置まで上げて構える。
「っつ!?」
「まずい!!」
俺もミカヅキも蟷螂竜がそこまで動いた時点で本能的に自らに迫る危機を察知して後のことなど考えずに横に跳び込む。
次の瞬間、空中に居た俺が見たのは先程まで広場の中央に居たはずの蟷螂竜が外周まで移動していた光景とそこに至るまでの空間に何かしらの攻撃が行われたと察することが出来るエフェクトの残滓。
俺は何が行われたのかを想像して背筋が凍りつくのを感じる。
蟷螂竜が行ったのは恐らく至極単純な攻撃。
ただ踏み込んで切る。それだけだ。
蟷螂竜がゆっくりと俺の方に振り返るのが見える。どうやら≪隠密≫持ちのミカヅキよりも俺の方がターゲットとして優先されたらしい。
俺は急いで立ち上がって接近する。急いで距離を詰めなければ再び同じ攻撃が放たれるのを感じ取ったためだ。
接近してきた俺を見て蟷螂竜は左手の鎌を振り下ろすと同時に、右手の鎌でも攻撃を行うために振りかぶり始める。
俺はそれを左右にステップすることで回避する。が、蟷螂竜は執拗に左右の鎌を振り下ろし続け、徐々に俺の逃げ場を減らして追い詰めていく。
そして逃げ場が無くなったところで蟷螂竜は両手の鎌を同時に振り下ろして俺の左右への動きを封じると鋭い剣の様な角が生えた頭を振り下ろしてくる。
俺はメイスで受け止めようとするが、体格の差。レベルの差。ステータスの差からだろうがまるで抑えることが出来ずに大きく吹き飛ばされ、今の一撃でHPが半分近く削られる。
「【スイングサークル】!」
しかしここで今まで姿をくらましていたミカヅキが蟷螂竜の後頭部に【スイングサークル】を当てる。
俺はこれで蟷螂竜に少しでもダメージを与えられるかと思った。
だが、
「なっ!」
「くっ……!?」
蟷螂竜はまるで意にも介さず、無造作に尻尾を振るい、それをミカヅキにぶち当てて大きく吹き飛ばす。
実力が違い過ぎる。俺は素直にそう感じた。
蟷螂竜がゆっくりと最初に見せた構えを取る。俺は吹き飛ばされた衝撃でまだ立てない。
あまりにも実力に差が有り過ぎて遊ばれている感覚しか俺にはなかった。
蟷螂竜の姿が見えなくなる。俺は微かな希望に賭けてメイスを上から下へと振るう。
実力に差が有り過ぎるおかげで心は折れずに済みそうだが、倒せるのは当分先になりそうだなと俺は考える。
そして蟷螂竜は俺の後ろに現れ、俺は切られたという事を理解しきる前に光に包まれた。
いつも感想・指摘・登録・評価ありがとうございます。
というわけで秘匿されていた章タイトル名を『第2章:三日月と蟷螂竜』に夜になったら変更します。
なお、この蟷螂竜は紫です。