51:樹林回廊下層-1
ポチャン……
俺の額に冷たい水滴の様な物が当たり、俺はゆっくりと目を開ける。
目の前に広がるのは暗い暗い闇。
俺はゆっくりと上体を起こして周囲を見渡すと共に直前の状況を思い出す。
どうやら、俺はスレッドモスの手によって樹林回廊の上層部から落とされ、今居る場所。湖の岸部の様な場所に辿り着いたようで、周囲の地面には線のような物が張られていることから察するにここはセーフティポイントのようだ。
また、上は完全な闇なのに普通に視界が通る事に疑問を一瞬感じたが、それも周囲に生えている光るキノコが光源になっていることを理解して疑問は解消される。
俺は目を瞑って≪方向感覚≫を使用して東…正確には神殿があると思しき方向がどちらなのかを確認する。
「こっちか。」
そして東を確認した所で俺は立ち上がってそちらの方角を向く。また、湖が北の方向に続いていることも同時に確認しておく。
今は狩猟神の蜜月が有るから迂闊なことは出来ないがいずれ探ってみてもいいかもしれない。
というかきちんと狩猟神の蜜月は残ってるよな。あの落下で無くなってたりしないよな。ああうん。大丈夫だ。きちんと残ってる。
「さてと、じゃあ行くか。」
俺は装備の損耗具合とアイテムの残りを確認するとゆっくりと歩きだし、セーフティポイントを定めた線を越える。
「っつ!?」
そして、線を越えた所で俺は全身に感じた殺気によって思わずセーフティポイントの中に飛び退く。
「マジか……。」
俺は自分の掌が汗ばんでいるのを感じ取る。
間違いない。ここに出現するモンスターは上層のそれよりも明らかに一段階強い。そして上層のモンスターに比べて一段階強いという事は上層で多少厳しめの戦闘をしていた俺にとってここでの戦闘はかなりキツい事を表していることになる。
「だが、それでも……行くしかない。」
しかし、ここで待っていても満腹度は減っていき、状況は悪化するだけである。となれば例え厳しくてもまだ生き残れる可能性がある道を選ぶしかない。
俺はゆっくりとセーフティポイントの境界線にまで歩いていき、そこで一度深呼吸をする。
「よし。」
そして俺は線を越えた。
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「ハァ……ハァ……」
まっすぐ東に向かおうとしても所々に生えている巨大な木によって回り道を余儀なくされ、回り道をすることによって必然的に戦闘回数は増えていった。
そしてここでの戦闘は俺も想像以上に厳しい物だった。
この下層部に出現するモンスターは大別して三種類。
全身から肋骨の様な突起物を生やし、それを生かすように攻撃を仕掛けてくるコブラ系の蛇型モンスター、リブスネーク。
人の頭蓋骨に青い炎を纏って宙に浮かび、青い炎の弾丸を飛ばしてくるモンスター、スカルヘッド。
動く骸骨がそれぞれに違う武器を持ってプレイヤーに襲い掛かってくるモンスター、スケルトン。
この内リブスネークは特に問題ない。突然出現するのは驚くが、それだけだ。
問題は残りの二種類。スカルヘッドとスケルトン。こいつらは基本的に複数体でまとまって行動する。そのため、一度見つかると最低でも3対1以上の状況に晒されることになる。
おまけにスケルトンは一体一体持っている武器が異なる(確認した限りではプレイヤーの所有できる武器と同じ種類の武器を持っているようだ)ため、それぞれに違う戦い方をする必要があるため、非常に対策が取りづらい。
そして今俺が遭遇している敵集団はそんなスケルトンたちの中でもかなり厄介な編成。つまりは攻防のバランスが取れた片手剣。遠距離攻撃を行える弓。中距離の制圧能力に優れた
「【スイングダウン】!」
俺は【スイングダウン】を放つ。が、片手剣スケルトンはそれを片手剣に付属する盾で受け止めて防ぐ。
そして【スイングダウン】を使った隙を突くように弓スケルトンが俺に向かって矢を射かけ、それと同時に多節棍スケルトンが俺の後ろから遠心力によって破壊力が大幅に増したフレイルを俺に向かって振り下ろそうとする。
おまけにその二体の攻撃の穴を埋める様に戟スケルトンもこちらに向かって既に移動を始めている。
「くっ!」
不可避のタイミングで放たれた攻撃に対して俺は瞬時にそれぞれの攻撃を受けた際のダメージを考え、その結果として俺は正面に飛んで左手に矢を受けつつも片手剣スケルトンの横をすり抜け、残り二体のスケルトンの攻撃を回避する。
今の攻防一回で俺が相手に与えたダメージはほぼ無い。だが、俺のHPゲージは1割ほど減少している。
だが俺には痛みに顔を顰めている暇もこの状況に絶望している暇も無い。だから俺は片手剣スケルトンの横をすり抜けた勢いそのままに弓スケルトンの目の前まで移動。
「【ウルフファング】!」
【ウルフファング】によって二度の噛み付きによってスケルトンの首を噛み砕く。
スケルトン唯一の弱点と言えば構造が人に近いためなのか、こうして首や頭に対して攻撃を行えば比較的容易に倒せるところだろうか。
尤もスケルトンは元々集団全体で一体のモンスターと考えるべきモンスターなので一体一体の耐久力は元々低めなのかもしれないが。
「カタタッ!」
戟スケルトンが俺に向かってハルバードを突き出してきたため俺は身を捩ってそれを回避する。と、同時に片手剣がその武器を振りかぶる。
俺はそれを見て思わず戟スケルトンのハルバードを握り、片手剣スケルトンに向かって投げつける。が、俺の≪掴む≫や≪投擲≫のレベルが足りないためか投げることは出来ずに戟スケルトンがその場で体勢を崩すだけにとどまる。
しかし、それでも俺は好機と見て片手剣に背中を切られつつ、戟スケルトンの懐に飛び込んで戟スケルトンの顎をボアノーズで打ち上げ、続けて振り下ろす事によって頭蓋を粉砕する。
これで残りは二体。
「カタッ!」
多節棍スケルトンが手に持ったフレイルを勢い良く回転させながら突撃してくる。
フレイルは命中精度が悪い代わりにとにかく高威力なのが売りとされている武器である。つまりコイツの攻撃を受けるのだけは絶対に避けなければならない。
多節棍スケルトンが武器を振りかぶる。それに対して俺は息を吸い、痛みに途切れかけている集中力を持ち直す。
ゆっくりとフレイルが俺の頭に向かって落ちてくる。
俺はそれを紙一重で避ける。と同時に片手剣が俺の頭に向かって横薙ぎに剣を振るってくるのを≪嗅覚識別≫が感知し、俺はしゃがむことによって剣を避ける。
そこから俺は反転。片手剣スケルトンの脚をボアノーズで叩いて体勢を崩す。
片手剣は倒れながらも俺に向かって剣を突き立てようとし、多節棍は再びフレイルの先端を回転させ始めて攻撃の態勢を整える。
俺は前に転がりながら飛んで片手剣の攻撃を避けながら、跳ね上がるように立ち上がって多節棍の片手を掴んで攻撃準備を強制中断させると共に、こちらに引き寄せる勢いも利用して多節棍スケルトンの頭をメイスで叩きつけて粉砕する。
「これで残りはお前だけだな。」
「カタタタタ……」
俺は頭を砕かれ崩れ落ちていく多節棍スケルトンを横目に立ち上がった片手剣スケルトンと正対する。
「フッ!」
片手剣が右手の剣を振り降ろす。
俺はそれを避けてメイスを頭に向かって叩きつけようとする。が、それを片手剣は盾で防ぐ。
そこからはまるで古来からの決闘のようだった。
片手剣は俺の攻撃を巧みに盾で防ぎつつ、こちらの隙を突くように片手剣を振るってくる。
対して俺はメイスによる攻撃だけでなく≪噛みつき≫による追加攻撃。≪投擲≫による牽制。≪掴み≫による行動阻害を組み合わせて攻撃を仕掛ける。
お互いの攻撃は決定打にはならずとも確実に互いのHPを削っていく。
スケルトンが人型であることも含めてまるでPVPをやっているような気分だ。だがそのおかげでまるでウルグルプと戦った時の様な高揚感が俺の身を包み始める。
「ふははははは!」
「カタタタタ!」
ああそうだ。狩猟神の蜜月を無くしたくないからと臆するなど俺の戦い方じゃない。俺の戦い方はこの高揚感に身を任せて戦う事だ。
俺は本能に身を任せ、時にはダメージ覚悟で剣を抑え込み、時には片手剣スケルトンの足元を≪噛みつき≫で攻撃して態勢を崩しつつも、何合も撃ち合いを重ねる。
そして片手剣スケルトンの体勢が大きく崩れた所で俺は相手に掴みかかって押し倒し、剣を持った右手を≪掴み≫で抑え込み、
「いくぜえええぇぇぇ!【スイングダウン】!!」
「カタッ!?」
【スイングダウン】を身動きの取れない片手剣スケルトンの頭へと叩き込んで頭蓋を粉砕、撃破した。
「うおしゃあああぁぁぁ!!」
そして俺は思わずその場で勝利の雄叫びを上げた。
地下はアンデッド祭り。定番ですね。