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44:VS紫葉樹-1

 失うと困るアイテムを預けた俺とミカヅキは紫色のボスゲートの中に入っていく。

 仮にこの色の示すところがウルグルプのゲートと同じなら今回のボスは中ぐらいの強さと言ったところか。


 と、ゲートの中に入った俺たちの体が動かなくなる。どうやら初見専用のイベントが始まったらしい。


 そこは中心の毒々しい紫色の葉を付けた大樹以外には木どころか草の一本も生えていない広場だった。

 頭上から現実の都会ではもう決して感じられないであろう月が俺たちの頭の上から降り注ぎ、その月の光をより一層強める様に多くの星々が瞬いている。

 と、ここで俺の視線が広間中央の木に固定される。


ピシッ……


 何か弾けるような小さな音が聞こえてくる。


ピシピシッ……


 目の前の木を音源とするその音は少しずつ少しずつ大きくなる。


バキッ!


 そして一際大きな音共に大樹の幹に縦と横、それぞれ一本ずつ亀裂が走り……、


「ブムオオオオオォォォォォン!!」


 咆哮と共に二本の亀裂が開かれ、縦の亀裂からは真っ赤な瞳が、横の亀裂からは毒々しい色をした舌の様な物体が勢いよく飛び出した。

 どうやらこれが西の森のボスのようだ。

 そうだな。仮称だが紫葉樹としておこうか。


「ブモオオオォォォ!」

 と、イベントが終了し、動けるようになったところで紫葉樹が枝の一本を勢いよく振って紫色の葉っぱをこちらに飛ばしてくる。


「ミカヅキ!」

 俺はミカヅキの様子を確認しつつ、右に跳んでその攻撃を避けようとする。が、ミカヅキの姿は見えない。一瞬ボスゲートを通る前にPTを解散してしまったかと思ったが、すぐにその考えは打ち消される。


「【スイングサークル】!」

「グギュオオオォォォ!?」

 なぜならいつの間にかミカヅキが紫葉樹に接近して、【スイングサークル】を恐らくは急所であろう目玉に向かって放っていたからである。


「流石は隠密特化。味方にも気づかれないとはな……【スイングダウン】!」

 俺も紫葉樹の攻撃を避け、ミカヅキの攻撃によって紫葉樹が怯んだのを確認すると接近して【スイングダウン】を発動。ボアノーズを紫葉樹の根っこに叩きつける。

 が、ミカヅキの攻撃程にダメージを与えられた感覚は無い。


「ブモッ!」

「くっ!?」

「ヤバッ!」

 と、ここで紫葉樹が怯みから復帰し、勢いよく体を揺すってミカヅキを吹き飛ばすと同時に大量に紫色の葉っぱを降らせてくる。

 俺は先程根を攻撃したおかげで揺さぶりは受けない位置だったが、その紫色の葉っぱに嫌な臭いを感じると同時に飛び退き、ミカヅキも吹き飛ばされた勢いそのままに転がって紫色の葉に触れない位置に移動する。が、葉の降る範囲外に出る直前に一枚の葉がミカヅキの肩に当たる。


「うっ……これは……」

「どうした!?」

 ミカヅキの顔は真っ青になっており、俺は急いで駆け寄り、ミカヅキの状態を確認する。


「どうやらあの葉には触れたプレイヤーに毒を与える効果があるみたいです。」

 ミカヅキのHPがビッグバットの血を飲んだ時よりも明らかに早いスピードで減っていく。どうやら紫葉樹の毒はかなり強力なようだ。


「毒消しは無い。回復アイテムを渡すからそれで何とか持ちこたえてくれ。」

「分かってます。」

 ミカヅキは俺から薬草酒を受け取ると遠くに離れ、≪隠密≫の効果で目立たなくなる。さて、自然回復するまで持つかは分からないが、それまでは俺が紫葉樹の注意を引いておく必要があるだろう。


「『行くぜおらあぁぁぁ!!』」

 俺は≪大声≫で紫葉樹の注意を引きながら駆け出す。既に先ほどの葉っぱは降り止んで地面に溶け込んでいるため問題なく接近できる。


「ブモッ!」

 だが、ここで紫葉樹は俺を真正面から見据え、口を開く。


「ガッ!?」

 そして次の瞬間には俺は強い衝撃とHPゲージの大幅な減少と共に紫葉樹に向かって空中を飛ばされて(・・・・・)いた。

 俺は空中を飛びながらも着地の体勢を整え、急いで何が起きたかを考える。


 紫葉樹は直前に口を開いていた。そして今の俺の目には勢いよく紫葉樹の口の中に収納されていく紫色の舌が見えている。

 つまり、


「舌による引き寄せ攻撃か!」

 俺は何とか着地をしつつ紫葉樹の姿を見る。すると紫葉樹は再び体を揺らそうとしており、俺はそれを見て急いで後方に飛び退き、俺が飛び退いたところで大量に紫色の葉が降り注いだ。


 俺は紫葉樹の攻撃に対してどこに隙があるかを考える。

 まず、揺さぶりとそれに伴う葉降らし。これは遠距離攻撃手段があるならともかく、近距離攻撃手段しかないなら逃げるしかない。舞い散る木の葉を全て避けるのは流石に無理がある。

 次に枝振りとそれに伴う葉飛ばし。これは接近していれば葉に注意する必要は無いし、枝振りはモーションが大きいから避けることは容易だろう。

 最後に舌による引き寄せ。これが一番の問題だ。なにせさっき俺は攻撃を受けてから攻撃されたことに気づいた。仮に軌道が直線に限定されていれば口が開かれた瞬間に逃げることによって回避できる可能性があるが、それでも恐ろしい事には変わりない。


「何にせよやるしかない。」

 俺は紫葉樹に再び接近。対して紫葉樹は枝を振るって俺を討ち払おうとする。

 俺はその攻撃を懐に潜り込むことによって回避し、メイスを叩きつけつつ、≪噛みつき≫による攻撃も加える。

 と、ここで、再び紫葉樹が体を揺さぶろうとしてきたので、俺は急いで逃げようとする。が、


「ハッ!」

「ブモオオオォォォ!?」

 ここでミカヅキが突然現れて紫葉樹の目に戈を突き刺す。

 その一撃に紫葉樹は悲鳴を上げつつ怯み、揺さぶりは葉が数枚落ちた所でキャンセルされ、俺たちはその間に揺さぶりの範囲外に逃れる。


「大丈夫か?」

 俺はミカヅキに声をかける。ミカヅキの顔は未だにどちらかと言えば青味がかっている。どう見ても万全とは思えない。


「ヤタの薬草酒も含め、手持ちの回復薬を全て飲んで何とか自然回復させました。ですが、残りHP的に一撃受けただけでも危ないと思います。」

「そうか。」

 ミカヅキが冷静に自分の状態を俺に伝えてくる。

 しかし、毒一回でそれか。次があるなら毒消し相当のアイテムは必須だな。


「俺の戦いは見てたよな。」

「はい。あの舌は拙いですね。事前動作の時点で逃げに専念した方がいいと思います。」

「だな。」

 そう言って俺とミカヅキは二手に分かれて紫葉樹に接近、攻撃を仕掛ける。

 そして、一撃を加えた所で紫葉樹がカウンターをしようとしてくるので二人とも退避する。


 この上なく地道な戦いだが、これ以外の方法は準備不足の現状では取れないためしょうがない。


「ハア!」

 と、何度目になるかは分からないがミカヅキが紫葉樹の目に戈を突き刺して怯ませる。

 だが、ここで紫葉樹は今までと違い、枝を地面に叩きつける。


「何を……」

 ミカヅキはその行動に疑問を覚えつつ後退し、俺も嫌な予感がしたために急いで後ろへと逃げる。


 そして次の瞬間。


「なっ!?」

「マジでか!?」

 地面から大量に先端の尖った根と思しき物体と紫色の葉が付いた枝が飛び出してくる。

 根と枝の間に隙間はある。飛び出てくる間隔もきちんと存在している。

 だが範囲が問題だった。恐らくは紫葉樹最大の一撃であろうそれは揺さぶりに伴う葉降らしよりもはるかに広い範囲。ボス戦用に用意されたインスタントエリアの最外縁部直前までを範囲に納めていた。


「しまっ……キャア!?」

「ミカヅキ!?ぐっ……!!」

 ミカヅキが足元から突き出てきた根を避けきれずにやられて光に包まれて神殿へと送られる。

 と、同時にミカヅキがやられて動揺した俺の足元から紫色の葉がついた枝が突き出され、俺は上空へと打ち上げられる。

 俺はステータス画面を見る。すると今の一撃によって残りHPが僅かになると同時に毒状態になっているのが見えた。

 どうやら、突き出される根と枝のうち、根の方はともかく枝の方は毒も伴っているらしい。いやらしい事この上ない。


「くそっ……ここまでか。」

 そして空中に居る間に俺のHPは毒によって削り取られ、突き出される根と枝に多少の法則性を感じつつも着地と同時に神殿へと俺は送られた。

いつも感想などありがとうございます。

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