34:丘陵地帯-2
さて、夜の丘陵地帯は昼の丘陵地帯とは出現する魔物もその光景も打って変わっている。
まず、夜の丘陵地帯は南の草原や東の海岸と同じように夜でも星や月が出ている。そのおかげで夜間戦闘に必要なスキルが無くても一応の戦闘が可能だ。
加えて昼間いい匂いのする葉っぱのとれた場所があるが、その葉っぱたちは夜になると同時に昼間蓄えた光を放出するかのように輝きだしていて、その葉っぱの周囲はまるで昼間の様になっている。
そして出現する魔物は三種類。山羊に馬に羊だ。
まあ、昼間とは完璧に違う編成だが、一匹一匹なら特に問題は無かった。
というわけで、それぞれとの戦闘はこんな感じになった。
まずは山羊。
正式名称はスペルゴートで、中距離をステップで移動しつつ、こちらに向かって火・水・土・風という四種類の魔法弾を放って攻撃してくるモンスターだ。
見た目としては赤・青・黄色・緑で斑に染め上げられた毛皮を持った山羊であり、ドロップ品の毛も綺麗な四色に染め上げられていた。他のドロップ品は…角・血・肉とかだったかな。
何となくだけど、属性攻撃系の祝福に向いた素材の様な気がする。
次は馬。
正式名称はシュートホースで、スペルゴートと同じく中距離からこちらの様子を窺いつつ攻撃してくるモンスターだが、こちらの攻撃方法は針のような鬣または唾を正確無比に射出すると言うものである。
ドロップ品は…鬣、唾液、肉、蹄、皮だったかな。何故かシュートホースからは五種類素材が回収できた。
正直言ってスペルゴートとシュートホースはかなり面倒な相手である。
なにせこちらが接近して殴ろうとしても奴らは逃げて距離を取ろうとするので、俺の場合だと【ダッシュタスク】を使って逃げる暇も無く押しつぶすか、≪投擲≫か≪大声≫で動きが止まっている内に接近するしかなく、そう言う事をしていると他の敵の感知範囲に入ったりもするので、相当面倒なのだ。
で、そんなわけで夜の狩りのメインターゲットは羊である。
正式名称はクロスシープで、他の二体と違って逃げたりはしないし、直接ダメージを与える攻撃もゆっくりめな体当たりのみ。おまけに小さ目なので投げることも出来る可愛い羊である。
ただ、他の二体と違って防御力が高く、真面目にやり合っているととにかく時間がかかり、攻撃を受けた際にカウンターとして身体の毛を膨らませてプレイヤーを大きく弾き飛ばすこともあるので、そこは注意が必要である。
ドロップ品は羊毛、角、肉、骨だったかな。何となくだけど防具向けな素材の感じがしている。
それと肉はちょっと癖があるけど美味しかった。≪料理職人≫にでも渡せばジンギスカンとか作ってくれないかなぁ……野菜が無いから駄目か。どこにあるんだろうな。野菜。
まあ、そんなこんなで俺は狩りを続け、クロスシープから地味に技能石を回収し、アイテムポーチの重量制限に初めて引っ掛かりつつもちょっと眠くなって来た頃にそれは起きた。
「誰か助けてえええぇぇぇ!」
遠くから中性的な声が聞こえ、俺はその声がした方を向く。
すると、巨大な弩。所謂バリスタを背負った子供が大量の魔物を引き連れながら俺のいる丘の下を通ろうとしているのが見えた。原因は不明だが、どうやらその子は一度に大量の敵に感知され、トレイン状態に入ってしまったようだ。
「うーん。」
俺はその光景を見ながら子供を助けるべきかどうか、助けるなら勝算はあるかを考える。
とりあえずの前提としてあの子は望んでトレインを起こしたか否かだが、これに関しては意図せず起こしたものだと思う。MPK狙いなら遠距離攻撃持ちばかりの夜の丘陵地帯でやるのは不適切だし、そもそもHASOはMPKをやるのが難しいシステムになっている上に嫌がらせと妨害以外の旨味も無い。
で、助ける場合だけど……うん。素直にセーフティポイントに逃げ込ませるのが正解だと思う。あの数とまともにやりあうのは俺としてはご免だ。
さて、方針も決まったことだし助けますか。
--------------
「そ、そこの人おおおぉぉ!助けてくださいいいぃぃぃ!」
俺の真正面から土煙と叫び声を上げつつ子供が走ってくる。
どうやら逃げている間にシュートホースとスペルゴートの攻撃を受けたらしく、所々に傷が見られる。
で、そんな子供に対して俺は、
「『逃げるなら俺に付いて来い!セーフティポイントまで誘導する!』」
「は、はい!?」
≪大声≫で後続のモンスターをビビらせつつ、子供が俺の横に来るまで待って先導を開始する。
「す、すみません!こんな事に巻き込んで…ひっ!」
子供の顔の横をシュートホースの鬣が通過していく。
が、俺はそれを横目に走り続ける。なにせ、
「心配するな。先導ぐらいならHASOのシステム上、俺はあいつらの攻撃対象にならないからな。」
「えっ、あっ、そう言えばそうでしたね。」
さて、なぜHASOでMPKをするのが難しいかを改めて説明しよう。
と言っても理由としては単純でHASOのモンスターは最初にターゲットしたPTまたは同盟以外は攻撃を受けたり、ターゲットしたPTに何かしらの支援(【ヒール】など)を行わない限りは無視する。というシステムになっているだけで、このシステムがあるおかげでこちらから手を出したりしなければトレインのど真ん中に居ても流れ弾以外の攻撃をされないようになっているのだ。
なので、俺が今やっている先導ぐらいなら俺はターゲットにされないので流れ弾以外は気をつけなくても問題ないのである。
「ひっ……はっ……」
ただ、時折飛んでくる攻撃の威力を考えると、このままこの子がセーフティポイントにたどり着けるか怪しいところではある。
「しょうがない。【ヒール】」
「えっ!?」
なので止むを得ず【ヒール】を使用して子供のHPを回復。
ついでに進路上にいたクロスシープを掴んで俺もターゲットとして認識した魔物たちに向かって投げつける。
「「「メエエエェェェ!?」」」「「ヒヒンゥン!?」」
俺の投げつけたクロスシープは当然のように敵集団に突っ込み、まるでボウリングのピンでも倒すかのように衝突の連鎖が巻き起こり、辺り一帯にモンスターたちの悲鳴が響き渡る。
うーん。何匹か将棋倒しになって倒したかもしれん。
「よし!今の内に距離を稼いで逃げ切るぞ!」
「は、はい!!」
そして俺たちは将棋倒しになってもがき、立ち上がって再び俺たちを襲おうとしているモンスターたちを尻目にセーフティポイントに逃げ込んだのであった。
羊ボウリング。ピンは馬と山羊と羊です。