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16:始まりの村-6

 拝啓

 プレイヤーの皆様。≪嗅覚識別≫が使ってみて便利だったので、≪嗅覚強化≫もとって警察犬並の鼻になってやるぜ!とか考えていたヤタです。

 そんなヤタから一ついいですか?


 皆様……獣臭が半端ねぇな!オイ!臭すぎて鼻がひん曲がりそうなんですけど!あれか!取るべきは≪嗅覚強化≫じゃなくて≪腐臭耐性≫だったって事か!?こんちくしょー!!

 とりあえず全員水浴びしろ!この感じだともう数日もすればトップハント社の悪意に満ち溢れた無駄にハイクオリティな仕様が日の目を見ることになるぞ!

 てか、≪建物職人≫!銭湯とか水浴び場とか作れないんですか!マジでお願いします!!


「とりあえず、普段は≪嗅覚強化≫は外しておこう……。フィールドなら雑多でキツイ臭いにも耐える気が起きるが、街中でこれは無理だ。特に人間の臭いって結構あれだし。」

 ただ、今日で三日目なのにこのレベルの臭いで済んでいるのは神の加護の一部なんじゃないかと思う。現実で風呂無し三日目というと相当ヤバい頃だし。

 後、≪嗅覚強化≫の効果には嗅覚を鋭敏にするだけじゃなくて、キツイ臭いへの耐性も含まれていると信じたい。でないと三枠埋まりが基本のスキルになっちまう。


 ちなみに臭いがわざわざ再現されているのはHASOが狩猟ゲームであり、一般的な野生生物の大半が臭いを知覚に利用しているからであると俺は考えている。

 つまり、ゲーム内とは言え何日間も風呂に入っていないと敵を気づかれやすくなるということだ。


「まあ、なにはともあれまずは俺自身の臭いを落としてこよう。神殿の井戸水でいいか。」

 とりあえず、自分の臭いでもあまりにキツくなるとヤバそうなので、俺は神殿の裏手へと向かった。



--------------



 ゲーム内で冷たい井戸水を頭から被るという現在傍目には意味不明の行動を取った俺は、すっきりした気分とともに神殿前の広場に来ていた。


「うぃーす。ガントレット。調子はどうだ?」

 俺は一昨日見た時よりも多少品数が増え、小さな炉のようなものが置かれたガントレットのオッサンの露店に来て、何かを小さなものを作っている最中のオッサンに声をかけた。


「おっ、ヤタであるか。こっちはボチボチであるな。そっちはどうである?」

「俺はウハウハだな。今の時点では珍しいであろう素材が手に入った。」

 俺は露店の前に座り、ビッグバットの素材を一個ずつ出していく。


「ビッグバットの牙、皮膜、血であるか。ビッグバットは初聞きの魔物であるな。何処に出るである?」

 ガントレットのオッサンが俺の出した素材を一つ一つ検分していく。

 その表情は新しい玩具を見つけた子供の様に輝いている。


「あー、やっぱり情報はまだ流れてなかったか。西の森の夜間限定モンスターみたいなんだよ。そいつ。」

「夜間限定モンスターであるか。南の草原でも確認されたという噂を吾輩は聞いていたが、他のエリアにもやはり居たであるか。」

 ほう。南の草原にも夜間限定の魔物が居るのか。それは気になるな。


「で、この素材をヤタはどうしたいのであるか?」

「そうだな。とりあえず他にもいろいろアイテムがあるからまずはそれを見せるよ。」

 俺はガントレットのオッサンにメニューを開いて俺の持っているアイテムをボックス内の物も含めて見せる。


「ふむ。ヤタの希望次第ではあるが大抵の物は作れるであるな。どういう防具が欲しいであるか?」

「あー、だったら……みたいな物は作れるか?」

「面白そうであるな。それならこれとこれとこれを譲ってもらって良いであるか?素材全持込みであるから手数料も不要である。」

 ガントレットのオッサンがメニュー画面の中からいくつかの物を指差していく。

 うん。俺の使う予定の無い素材ばかりだし問題ないな。


「了解。ならよろしく頼むわ。何時頃取りに来ればいい?」

「そうであるなー…明日の朝にでも吾輩の露店に取りに来てくれればいいである。」

 俺はガントレットのオッサンの言葉に了承の返事を返す。

 と、残ってる素材的にこれも聞いておかないとな。


「と、そう言えばガントレット。ちょっと聞きたい事があるんだけどいいか?」

「何であるか?」

「ガントレットの知り合いに頭防具を作れる職人っていないか?」

「頭防具であるか?なら妻を紹介するである。」

 ガントレットのオッサンが虚空で指を忙しなく動かし、誰かに向かっているかのように喋りだす。どうやらフレンドメニューからチャットを開いて連絡を取ってくれているようだ。

 というか、妻って……いやまあ今時夫婦揃ってゲーマーは別に珍しくないけど。


「おお、こっちである。」

 と、しばらくすると広場の外から杖を持った見た目高校生ぐらいの女性が走って寄ってくる。

 うん。とりあえずあれだな。


「ガントレット。お前ロリコンだったのか……」

「ひ、酷い勘違いである!妻はああ見えても吾輩よりも……」

 その瞬間。凄まじい殺気が俺たちを襲う。本能が、魂が告げている。『この殺気の主には決して逆らうな!』と、


「ア・ナ・タ……何を話しているのかしら?」

 俺はガントレットのオッサンと素早く目くばせをし、自らのとるべき行動が何かを考える。時間が無い。余裕も無い。だが、結論は単純だ。


「い、いや、何でもないであるよ。ちょっとアーマの話をしていただけであるよ。なあヤタ。」

「あ、ああそうだな。ガントレットの奥さんがどれだけ素晴らしい人物かってのを聞かされていてな。楽しみに待っていたんだ。」

「あらそうなの。」

 どうやら上手く話を逸らすことが出来たらしい。ふう。良かった良かった。


「で、用件はその子の頭防具を作る事でいいの?」

「う、うむ。そうである。ただヤタは少々特殊なプレイスタイルを取っている関係で注文も特殊なものになりそうなのである。吾輩も普通の腕防具とは少し違うものを頼まれたのである。」

「そうなの。まあ、とりあえず注文を受け付けさせてもらうわ。」

「は、はい。よろしくお願いします。」

 俺は頭を下げて、アーマさんに俺の求めている防具の概要を伝える。


「なるほど。確かに特殊なプレイスタイルを取っているみたいね。でもそれだけに防具職人としての腕が鳴るわね。」

「じゃあよろしくお願いします。」

「ええ。素材持ち込みだし、格安の手数料(ビッグバットの素材一式)で受けてあげるわ。」

「はい……。」

 うん。この手数料はしょうがない。ここでこれを断ったらデスゲームじゃないのに死にかねない。それにバーバリアンだって絶対に勝てない相手に対して無謀な戦いを挑むほど愚かだとは思えない。野生の獣は命こそ第一なんだから。


「じゃあ、明日の朝までに作って夫に渡しておくから楽しみに待っててね。」

「吾輩のにも期待しておくであるよ。」

「はい。ありがとうございます!」

 そして俺は二人に別れを告げて、自分の生産活動をするために神殿のプライベートエリアへと向かった。

獣は力の上下関係には機微に聡いものです。


08/01少し改稿

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