14:西の森-4
赤いオーラのようなものをまとった何かが俺に向かって高速で接近してくる。
と言ってもあの少女のおかげで何かは蝙蝠だと分かっているし、赤いオーラは≪嗅覚識別≫と視覚情報がリンクした結果である。恐らくはあのオーラのどこかに蝙蝠がいるのだろう。
「おらぁ!」
というわけで俺はまずタイミングを合わせて縦方向に一振りする。
「っつ……」
が、空振り。代わりにわき腹の辺りを浅くだが切られる。HPは……2~3%ぐらい減ったか。
と、蝙蝠は少し離れた所で反転、再び俺に向かって突撃を仕掛けてくる。スピードはさっきと同じくらい。何んとなくだがオーラの中心部ではなく少し前のほうに出ている気がするので、左手をいつでも使えるように構えた上で今度はメイスを横に振る。
「キィ……」
僅かな鳴き声と共にメイスに何かが掠った感じがある。何処かに痛みが走る感覚はない。
浅くだが当たったと考えてもいいだろう。
しかし、蝙蝠のスピードは厄介だ。この暗闇であのスピード。これは対応するためのスキルがなければ一方的に嬲られるだけだと思う。まあ、来る途中に見た広場とかを利用すればスキルなしでも一応戦えるのかもしれないが。
だが、無いものねだりをしても事態は好転しない。
俺は三度目の突撃を開始し始めた蝙蝠を正面に見据える。構えとしては左手を盾のように前に出し、右手はメイスをいつでも突き出せるようにする。
蝙蝠が近づいてくる。まだ早い。まだ駄目だ。蝙蝠の回避力ならこの距離では逃げられる。だから引きつける。引きつけて引きつけて、蝙蝠が俺の左手に攻撃しようとした瞬間。
「ふっ!!」
「ギッ!」
俺は腰を捻り、蝙蝠が左手に噛みつこうとしたタイミングでメイスを勢いよく突き出す。
メイスは正確に蝙蝠の鼻っ面を捉えて潰し、空中に弾き飛ばす。
だが、これも≪嗅覚識別≫の効果なのだろうか?空中に弾き飛ばされた蝙蝠がまだ生きているのが分かる。
「トドメ!」
だから俺は急いで接近し、ちょうど体勢を立て直しきった蝙蝠に向かってメイスを振って地面に叩きつけてトドメを刺した。
蝙蝠は二、三度力なく羽を震わせるがそれでお終いだった。
「ふう。倒したか。」
俺はしゃがみ込んで剥ぎ取りついでに蝙蝠の姿を改めて観察する。
蝙蝠は胴体部分だけでも俺の顔ほどある巨大な蝙蝠で、体色は暗い森の中で目立たないようにするためなのか純粋な黒というよりは黒っぽい茶色だった。
だが、特筆すべきはやはり牙と羽だろう。牙は赤く光り、短いが鋭く尖っている。恐らく脇腹を切ったのはこの牙だろう。羽は巨大な胴体を宙に浮かせるためなのかかなり大きく、その皮膜は柔らかくて肌触りもいい。何んとなくだがいい防具の素材になりそうだ。
というわけで剥ぎ取り結果。
△△△△△
ビッグバットの牙 レア度:1 重量:1
ビッグバットの赤く鋭い牙。短いが武器の要所要所に使用することによって攻撃力を高められる可能性がある。
▽▽▽▽▽
蝙蝠改めビッグバットの牙が手に入った。うん。これはいい素材だ。ちょっと数を集めておきたい。
俺はまたビッグバットが来ないか周囲を見渡す。
と、目に見える範囲で二方向から、≪嗅覚識別≫が確かなら三方向からビッグバットが来る気配がする。
面白い。ビッグバットは回避型だからメイスでもほぼ二発だった。だから1対1ならもう問題ないと思っていた。そこに三体同時襲来。これはもう血を滾らせるしかないだろう。
「フハハハハ!行くぜぇ!!」
俺は最も近くまで来ていたビッグバットに向かって駆け出し、タイミングを合わせてメイスを一振りする。が、ビッグバットはこれを避けて左腕に浅い傷を作ると距離をとる。と同時に残りの二体が到達して俺の背中と右足を軽く切っていく。
だが、ダメージは微々たるもの。何回も切られれば問題になるが、一、二度程度ならどうということはない。
だから俺は右足を切ったほうのビッグバットに接近。方向転換をしようとして一瞬スピードが緩んだところにメイスで一撃を与える。
そして俺の攻撃に合わせるように襲来した残り二匹のビッグバットの片方…左手側から接近してきた奴は翼を左手で掴んでダメージと引き換えに無理やり動きを止め、残りの一匹は正面からやってきたので敢えて避けようとせず、俺の首に噛みつこうとする直前に…
「ギギィギ!」
逆に頭に噛みついて攻撃を阻止する。口元でうるさく騒いでいるが、スイッチの入った俺にとってそんなものは心地のいい音楽のようなものだ。
「ギッ!」
メイスで叩いた奴が体勢を整えて再度突撃を仕掛けてくる。
さて、ここで一つ言っておくこととして、人というのは力を込める際には自然と声を上げるか、口を噛み締めるものであり、今の俺の口には蝙蝠の頭が入っている。
俺は突撃してきた一匹に向かって左手でホールドしておいたビッグバットを投げつけて衝突させる。すると二匹は空中でたたらを踏んで一瞬動きを止める。
そしてそこに俺は口を噛み締めつつ先ほどのようにメイスを振り下ろし、二体同時に地面に叩きつける。それと同時に口の中で何かが潰れるような感覚と、液体状の物が喉の奥に入り込んでくるのを感じたるとともに咥えていたビッグバットがゆっくりと地面に落ちていくが、俺はそれを無視して再度メイスの一撃を地面に倒れていた二体のビッグバットに向かって叩きこんでトドメを刺した。
俺は周囲の安全を確かめつつ口の中の物を味わいつつ咀嚼する。骨も問題なく食えるし、それなりに美味なのだがステータス画面に一つの変化があった。
「げ、毒ってる。」
どうやらビッグバットは有毒生物だったらしい。肉と血のどっちに毒があるのかまでは分からないが。ただまあ、≪鉄の胃袋≫の力なのか倒した三体のビッグバットから剥ぎ取りをしている間に毒は治っていた。
それにしても、
「これは完璧に入れ食い状態だな。」
とにかくビッグバットの数とリンク範囲の広さは恐るべきものである。
俺が三体のビッグバットから素材を剥ぎ取り、毒が治ったかどうかを確認する間にもう次の個体が≪嗅覚識別≫の範囲に入り込み、俺に向かっての突撃を敢行し始めていた。
なんて言うか、背後にセーフティポイントが無ければ逃げ一択の飛来スピードである。
最悪、西の森中のビッグバットが集まってきてるかもな。などというあり得ない事を考えつつも、素材集めとスキルのレベル上げにはちょうどいいかと思い、俺は次のビッグバットに向かって構えるのだった。
暗闇での戦闘は対応したスキルかアイテムが無いと厳しい仕様になっています。