13:西の森-3
やっと女の子が登場します。
完全に日が暮れ、≪暗視≫などの特別なスキルが無ければ少し先を見通す事も難しくなった頃、俺は西の森のセーフティポイントに辿り着いた。
「貴方も村まで帰れなくなった口ですか。」
そして、そこには俺以外誰も居ないと思っていたのだが、先客が居て俺に声をかけてきた。
声の主は赤い髪に金色の目をした少女で背中に戈と呼ばれる武器を背負っている。俺のベースクラブと同じで装飾がまるでない所を見ると初期配布の戈だろう。
ただ、少女の背はだいぶ低い。中学生か小学校高学年ぐらいだろうか?セーフティポイント内は祝福によって若干明るくなっているがそれでも暗いし、声をかけられなければ明日の朝まで気づかなかったかもしれない。
ただ、外見の割に醸し出す雰囲気が大人びている気もするが。
「ちょっと。何をぼうっとしているんですか。私の声が聞こえないんですか?」
「ん?ああ。悪い悪い。」
と、黙って観察をしていたら怒られてしまったか。
俺は少女から3m程離れた場所にある木に背を預けて地面に座り込む。
近すぎず遠すぎず。見慣れない相手と話をするならばちょうどいいぐらいの距離。
そして、何かあった時には逃げるにも攻撃するにも丁度いい距離。現に俺が一歩踏み込んで掴むもしくはメイスで殴るには丁度いい距離だ。
まあHASOに不意打ちPKは無い。というか出来ないが。
「で、先の質問ですが。」
「その通りだな。日が暮れそうな時にはもう村には戻れない位置だった。だからこっちに来た。」
今となってはその判断は正しかったと言わざる得ない。
はっきり言ってこの暗闇の中を松明も何も無しに進むのはただの自殺行為だ。闇の中から突然放たれるイトキャタピラァの粘着糸とか考えたくもない。
それに、完全に日が暮れてから僅かだが別の魔物の気配がし始めている気がする。
「蝙蝠ですね。今日もまた出始めましたか。」
だろうな。恐らくは夜間限定で出現する魔物なのだろう。夜間限定=蝙蝠とは随分と分かり易い。
というか、今日も
「もしかしてアンタ昨日もここに居たのか?」
「そうですが?ああ、あの蝙蝠なら空中を自由に飛び回って攻撃を当てづらい上にこの暗闇でも正確にこちらの位置を察知してくるからかなり危険なんです。おまけに一匹を相手にしていると近くに居る他の蝙蝠がどんどん寄ってきます。落とすアイテムには興味がありますが、正直初期装備で挑むにはリスクが高い相手だと思います。」
なるほどな。蝙蝠ってことで空は飛ぶし、超音波辺りを使っているのか夜でも問題なし。おまけに同種同士でリンクすると。確かに初期装備で挑むにはちょっとリスクが大きすぎるかもな。
ただまあ、
「そんな情報を簡単に教える辺り、アンタもしかしてMMOとか初めてか?」
「!?」
「いやだってそうだろう。蝙蝠は恐らくだけど正式版からの追加だ。で、俺が村で聞き耳を立ててた限り今朝の時点では蝙蝠の情報は村では一般的には出ていなかったと思う。となればアンタの持っている情報はかなり貴重な部類のはずで、渡すべきところに渡せば結構な見返りがあるはずだ。」
実際ユフは蝙蝠の事を知らなかったっぽいしな。
というか、夜間限定モブの情報とか重要この上ないだろ。知っているのと知らないのとではかなり攻略に差が出るし、そいつらの落とす素材の価値も現状ならかなり高いだろう。おまけに≪暗視≫の様な光の無い空間で効果を発揮する特殊なスキルの有用性も跳ね上がる。
で、そんな話をしたら少女は目を丸くしていた。
「ま、この情報を今後どうするかはアンタに任せるよ。俺は多少その情報を生かさせてもらうだけだ。」
俺は懐からウォークアップルの落とした技能石を取り出す。
イトキャタピラァからの技能石はまだ手に入れてないからこの一個はだいぶ貴重だ。
だが何を取得するのかはもう決めてある。
俺は取得可能なスキル一覧から目的のスキルを選び出して取得を選択する。
すると俺の体が本当に僅かだが発光する。どうやら昨日は気づかなかったが、スキルを取得する際には僅かに光るらしい。
「何をするつもりですか?」
「決まってる。折角もらった情報を生かし、更にはその情報の有用性を高めた上で返そうと思ってな。」
俺は立ち上がり、柔軟体操を一通りやってからオオシオマネキの足を一本齧って満腹度を回復した後にセーフティポイントと外の境界ギリギリに立つ。
「まさか!?ま……」
そして俺は少女に止める暇も与えずにセーフティポイントの外に出て、武器を構えると同時に新たに得たスキルの効果を確かめる。
スキルの名は≪嗅覚識別≫
識別系スキルの一つで匂いによってアイテムや敵を識別するスキルだ。ただこのスキルはアイテムを識別する場合は既に鑑定済みのアイテムの匂いを一度嗅いでおく必要があるし、匂いの無いアイテムなんて腐るほどある。
だが、敵を識別する場合は別だ。確かに名前に関しては一度倒さなければ分からないが、大抵の魔物は生物であり、生物である以上は匂いを放っている。故に風の流れなども関わってくるが敵の位置に関しては取得直後でもある程度の範囲と精度でいいならば識別できる。おまけに匂いを利用するから暗闇でも問題無い。
ちなみに≪嗅覚識別≫のレベルが上がると探れる範囲が広がるだけでなく、敵のレベルや大体の力量なども察知できるようになるらしい。
「と、早速来たな。」
俺の鼻が何かが飛来しつつあるのを感じ取ると同時に、視覚とリンクさせてその何かが居る辺りに薄く赤い色が付く。
さて、夜間戦闘なんてバーバリアンっぽい事は何時かやりたいと思っていたがこんなに早く機会が巡ってくるとはな。
さあ、ナイトパーティのお時間だ。