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10:始まりの村-5

 プライベートエリアから神殿に戻ってくると辺りはすっかり暗くなっていた。どうやら結構な時間を酒造りに使っていたらしい。


「というか、夜になったら東の海岸や南の草原はともかく、西の森は夜用のスキルか松明みたいなアイテムがないと確実に詰むよな。」

 俺が空を見上げると月が真円を描いて浮かんでおり、他には雲ひとつ浮かんでいない。おかげで明るさとしては結構なものである。

 いい酒があれば月見酒と興じたいところである。

 まあ、酒造りの成果は結局失敗酒12の雑草酒3だったんだけどな!おかげで≪鉄の胃袋≫のレベルも上がったよコンチクショー!


「おい、そこの兄ちゃん!何か良い素材はないであるか!吾輩が防具に加工するであるぞ!」

 と、そんな事を思いつつ神殿の敷地を抜けて、多くのプレイヤーが露天モドキを開いている広場に入ると突然声をかけられた。

 俺が周囲を見渡すと、禿頭の筋肉質なオッサンが俺に向けて手招きをしている姿が目に入った。


「俺か?」

「おう、兄ちゃんである兄ちゃん。」

 俺が近づきながら声をかけるとオッサンもそう返してくれる。


「で、何の用だよ。」

「兄ちゃん何か素材持ってないであるか?多少の手数料は貰うが装備品を作るである。」

「手数料って…金なんて持ってないぞ。」

 うん。金は持ってない。魔物を倒しても金は手に入らないし、NPCの店で売るにしてもこれまでずっとプライベートエリアでお酒造ってたからそんな時間なかったし。


「いや、手数料というのは言葉の綾であるな。要するに一つの装備品を作るのに必要な素材よりもちょっと多めに素材を貰えないか?という話である。ちなみに吾輩が作れるのは片手槍・首防具・腰防具・腕防具で、一番素材が少なくて作れるのは首防具である。」

「ああなるほど。そういう話なのか。だったらフライフィッシュの鱗で首防具を作って貰ってもいいか?初めて敵を狩って手に入れたアイテムだから記念品代わりにしておきたい。」

 俺はアイテムポーチからフライフィッシュの鱗を一枚取り出す。


「魚鱗。ということは南ではなく東に行っていたのであるか。これは貴重な経験を積めそうである。で、鱗は一枚だけでいいのであるか?」

「あー、6枚あるけど。何枚まで同時に使える?」

 俺の言葉にであるオッサンは少し考える。


「首防具なら3枚が限度であるな。ただ、手数料兼足りない素材分として残りの鱗三枚と東の海岸に出る魔物の素材を何か一つぐらい欲しいである。」

「了解。ならフライフィッシュのヒレを一枚渡すよ。」

「ありがとうである。では、神殿に一度戻って作ってくるであるよ。」

「あっ、その前にフレンド登録しておいてもいいか?折角だし。」

 俺は目を輝かせながら急いで神殿に戻ろうとするであるオッサンを呼び止めてフレンド申請とともに右手を差し出す。


「それもそうであるな。吾輩は『ガントレット』である。よろしくである。」

「俺は『ヤタ』だ。よろしくな。ガントレット。」

 そしてフレンド登録を済ませたところでガントレットのオッサンは神殿の中へと走っていく。



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 そして数分後。

 塩噴き草も食材アイテムだと気づき、その塩味とシャキシャキ感を堪能していていた俺の下にガントレットのオッサンが首飾りを手にして帰ってくる。


「待たせたであるな。無事に出来上がったである。」

「おお、ありがとうな。」

 俺はガントレットのオッサンから首飾りを受け取って、性能を確認してみる。


△△△△△

F魚鱗のネックレス レア度:1 重量:1 種別:首防具 製作者:ガントレット

防御力:1

耐久度:100%

フライフィッシュの鱗を使って作られた首飾り。鱗の青色が美しい。

▽▽▽▽▽


「現状の吾輩ではこれが限度であったがどうであるか?」

「いや、普通にいいと思うよ。」

 俺はF魚鱗のネックレスを装備しながらガントレットのオッサンにそう言う。

 というか、フライフィッシュの鱗三枚を紐で繋げてネックレスにしただけのものだが、世事とかそういうのを抜きにして、いいセンスをしていると思う。普通に有りだ。

 それにあれだな。何となくバーバリアンって首に色々なものを付けたネックレスをしているイメージとかあるし、これでちょっとバーバリアンっぽくなったんじゃないか?


「満足してもらえてよかったである。」

「満足ついでにこれも渡しておくよ。想像以上に出来が良かったしさ。」

 そう言いながら俺はオオシオマネキの足と甲殻を一個ずつガントレットのオッサンに渡す。


「いいのであるか?」

「受け取りづらいなら先行投資とでも思っておいて貰えればいいよ。腕と腰の装備を作る時にもお世話になるだろうしさ。」

「分かったである。そういう事なら受け取らせてもらうであるよ。」

 実際、ガントレットのオッサンのセンスなら色々と期待できそうな気もするし、ここで親密になっておくのは悪いことじゃない。というかMMOなんだし人付き合いは大切だと思う。


 その後も俺はしばらくガントレットのオッサンとオオシオマネキの足と塩噴き草を肴にしつつ情報交換をしたところ、F魚鱗のネックレスを作る際に使った紐の出所が西の森の芋虫から剥ぎ取れる糸を加工したものであることを聞いた。紐系のアイテムは色々な物を縛ったり、括ったりするのに必要であり、武器の強化にも必要になりそうな素材である。

 となると、やはりと言うべきかなんと言うべきか。酒造りの件を含め、俺は西の森に行く必要があるらしい。


「じゃ、明日辺り西の森に行ってみるよ。」

「うむ。余った素材があれば吾輩のところに持ってきてくれるとありがたいのである。」

 そうして、眠気がだいぶ増してきた俺はガントレットのオッサンと別れて神殿のプライベートエリアに戻り、備え付けのベッドで眠り始めたのであった。

生産職はMMOには付き物ですよね。

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