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 ぶつぶつ意識を途切れさせていては迷惑極まりないが、皆の手を借りて眠りにつかせてもらっていては更に迷惑だ。

 そんなことを思いながら、いつの間にか戻ってきていた神殿の特別医務室で資料に目を通す。

 ちなみにこの医務室が特別なのは、聖女が特別扱いされているというより、私が隔離されているだけである。どうやら重病人判定されているらしい。

 他に傷病者が出れば臨時医務室に収納される手筈だ。臨時なのは言わずもがな。カグマの城は大破しているのである。

 神殿は、半壊とは行かずとも三分の一壊はしていると思う。今はせっせと修繕中だ。そして私もせっせと修繕中である。


 私の右腕側には、既に隠す気がなくなったアーシン・グクッキー改めフェリス・モール王立研究員が、雑に髪を縛り上げ、盛大に袖をまくり上げて作業中である。服も神殿で借りたのか、少年そのものだ。


「本当にこれ治したら、嘘ついてここに来たこと怒られねぇの?」

「秘密厳守の徹底も。それができるなら罰則は設けないと神官長は約束した。どちらにしても、王立研究所へは厳重注意」

「えぇー!」

「当たり前」


 フェリス・モール及びその周辺に先代聖女派の影はないであろうという見解がひとまず出たので、現在は外との連絡方法を断った状態で私の修復が開始されている。

 なんでも彼がこの聖女選定の儀に潜り込んだ理由は、先輩やなんと上司も含めた王立研究員達の旺盛な好奇心によるものだったらしい。

 確かに聖女選定の儀は、公開されているのはその試験内容だけで、手順や詳細などは全て秘されている。この儀でしか確認されていない現象も在るため、数多の研究者達が調査を申し込んでは散ってきた。

 気になるのは分かる。選定の儀が行われないのならともかく、彼らにとっては先代聖女就任以来の選定の儀が行われるのだ。知りたいと思うのは当然だ。

 研究職に就いている人間なら尚のこと、いても立ってもいられないだろう。それは理解できた。

 「だから潜り込もう!」と潜り込んできた挙げ句、ここまで残ってしまう研究員が出るとは思わなかったが。


「……怒られるのはやだけど、潜り込んできた甲斐があった。だってこんなの、研究所でも絶対触れない! 腕つけるだけじゃなくて全身調べたい……」

「駄目。腕以外は私がやるから、早く検査結果出して共有して」

「時間なさすぎだろ……適当にやった検査ほど意味ないものないんだからな!」

「適当にやったら罰則」

「ひでぇ……」

「規定を破っていると自覚した上でここにいるほうが悪い」


 フェリスはなかなかやんちゃで元気な性格らしい。確かに初めて話したときも、私のことをあんたと呼びかけては直そうと苦労していた。

 年齢ゆえに表へ出てこなかったし、元より人と会うより目の前の現象と向き合う時間の多い研究職だ。あまり言葉遣いを改める機会がなかったのかもしれない。



 右腕側と私との間は、特設の覆いで隔てられているので、フェリスからこっちは見えないし、会話も聞こえない。こっちからは見えるし聞こえる、一方的な覆いである。

 聖女選定の儀に偽りで潜り込んだことに対する罰則を設けないのだから、これくらいは我慢してもらおう。


「んー……初代聖女の資料が少ない……」


 私は右腕だけを差し出し、残りは歴代聖女の資料と睨めっこ中である。

 私が見た謎の女が、古い時代に存在していたと思われるので、神殿にとって一番古い時代である初代聖女をとりあえず洗い直しているところだ。彼女自身に何かはなくとも、彼女が関わった事件なり背景なりなんやかんやを調べていれば、芋づる式に何かしら出てこないかなと思ったのである。

 この忙しいときに取りかかるにはあまりに確証も根拠もない調べ物であるが、僅かでもとっかかりの可能性があれば手当たり次第しなければならないほど、神殿は切羽詰まっているのだ。

 しかしこの初代聖女、自身の情報をあまり残したがらなかったらしく、資料が非常に少ない。神殿内の行事やらの資料はある程度残っているが、初代聖女自身の記述は少なすぎる。

 これだけ極端に少ないと、流石に初代聖女自身の意思だろう。

 外見ですら結構あやふやだ。何せ、写し絵の技術がまだない時代だったので肖像画しかないのだ。その肖像画も、化粧が濃く描かれているため、素顔が判断しづらいのである。

 唸りながら資料を読む私の横では、エーレが報告書に目を通している。ベッドに直接腰掛けているのは、私が今日も今日とてベッドの住人だからだ。そろそろ椅子に引っ越したいが、転居許可が出ないので致し方ない。


「神力喪失事件の公表は、明日の正午に行われるそうだ」

「その時間だったら聖女候補は霊峰へ移動完了しているでしょうから、丁度いいですね。神殿代表の神官長が往復しなきゃで大変ですが……」


 報告書には後で私も目を通すが、ひとまず急ぎで知っておくべき情報だけを伝えてくれるので助かる。

 助かるのは助かるのだが、エーレは神殿にとってあらゆる意味で重大戦力なので、私のお手伝い要員として貼り付けるにはあまりに勿体ない。


「エーレ、あなたともあろう人が、神殿の危機とも言える非常事態に私の面倒を見るだけの任につくわけにはいかないでしょう」

「面倒を見ているわけじゃない。大事にしているんだ」


 人形であらねばならない私を砕きかねない発言は、何かしら予告してから言ってほしい。胸が砕けるかと思った。


「こ、れ以上は、してもらわなくて結構ですよ。もう充分、してもらっています」

「言っておくが、愛した女を大事にすることに際限などないぞ」

「ごほ」


 ちょっと砕けたかなと思って、襟元を引っ張って胸を覗き込んでみる。相変わらず見事な花が咲いているし、蔦は元気に張っている。立派な園芸模様である。

 影が落ちてきたので視線だけ向ければ、エーレが一緒に覗き込んでいた。


「痛むか?」

「いえ、別に。なんか砕けたかなと思って」

「カグマ!」


 止める間もなく召喚されたカグマにより、一通りの診察を経た後、私達は調査を再開した。今度から破損箇所を調べるのは誰もいないときにしようと心に誓った。

 その結果いつも通り恙なく燃やされた後、お互い黙々と書類を読み込んでいると、ふとエーレが顔を上げた。


「マリヴェル、ここ」

「んー?」


 私にも見えるよう身体を傾けてくれたエーレに凭れつつ、その肩に頭を乗せる。身体の機能が鈍ると、傾きを維持できないので台になってくれて助かる。


「先代聖女の付き人調査に行っていた神官からの報告書だ。本人はまだ現地だが」

「報告だけ吹っ飛ばしてこれる術、便利ですよねぇ。皆使えたら空が大渋滞起こしそうですが」


 以前本人にそう言ったら、「吹っ飛ばしてるんじゃないやい!」と猛抗議をくらったものだ。もっと繊細で多大な集中力を要する術であり、決して大雑把な力技ではないらしい。

 それは分かっているのだが、それを聞いた上で他の皆の感想も吹っ飛ばしているだったので、間違ってはいないと思うのである。

 そんなことを考えながら報告書にざっと目を通していたが、その一文に辿り着いた瞬間、無意識に眉が寄った。


「…………十一代聖女に仕えていた元神官から、傷跡隠しの技術を教わった?」


 思わずエーレと顔を見合わせる。先代聖女は勿論、十一代聖女にも火傷があったなんて初耳だ。


「えーと……掌に火傷の痕……熱いものでも掴んだんですかね?」

「確か十一代聖女は、基本的に手袋を嵌めていたんじゃなかったか」

「あー……確かにそんなこと聞いた気がします。年がら年中手袋嵌めてた手袋聖女は――みたいな劇見ませんでしたっけ? ほら、その劇見ている間に凄い雨が降ってて、神殿に帰れなくなった日」


 とりあえずエーレの家に泊まることにしたのだが、寄る予定ではなかったので食料が全くなかった。それらの調達に外へ出たが最後、大惨事となった日である。

 その日王都では火事場泥棒ならぬ水場泥棒が発生し警邏がそっちに集中したらしく、その余波で若干スラムが溢れ、治安が一足飛びに荒れていた。

 エーレが襲われるわ水が燃えるわエーレが襲われるわ賊が燃えるわ私が襲われるわ私が燃えるわエーレが襲われるわ、それはもう大変だった。エーレが。

 最終的に、私の上着をそっとエーレにかけて終わった。と思いきや、私が燃やされて終わった。その結果には未だに納得がいっていない。

 同じことを思い出していたのだろう。若干遠い目になったエーレは、しかしすぐに難しい顔となった。


「手袋聖女は他にもいなかったか?」

「それは覚えていないんですが……一時期首回りを派手に着飾る時代があったって、ココが言ってませんでした? ココが装飾の歴史やらなんやらかんやらの本を読んでたときだった気がするんですけど、あれって聖女が発祥だったとかなんとかかんとか…………二代続けて、絶対に首を出さなかったって。だから、聖女の意匠はそれが定番になると想定されていたのに、その次の聖女は普通に首を出してたって。けれど……次は胸元を出さない貞淑な服装が流行ったとかなんとか」


 私達は互いに無言となり、積まれていた資料から聖女の姿絵があるものを片っ端から開いた。フェリスの監視はカグマが引き継いでくれたので、事情を聞き私達と同じ表情になったココも、本格的に参戦してくれた。

 服装の変化などは、身内過ぎるほどの身内以外ならば、全く無関係な他人のほうがよく見ているものだ。

 王族、聖女など、民からは生涯関わることがないと位置づけられた存在は、良くも悪くも注目を浴びる。ちょっとした変化が取り入れられた結果流行となったり、ちょっとした失敗が大々的に取り沙汰されたりと忙しない。

 

 三人がかりで調べた結果を書き記した一枚の紙を覗き込み、私達は全員項垂れた。途中、法則性まで出てきてしまった時から、全員の表情は変わっていない。

 もう、これは、どうしたらいいのだ。


 一代聖女 推測火傷箇所 顔

 二代聖女 推測火傷箇所 掌

 三代聖女 推測火傷箇所 足の甲

 四代聖女 推測火傷箇所 背中

 五代聖女 推測火傷箇所 胸

 六代聖女 推測火傷箇所 首

 七代聖女 推測火傷箇所 首

 八代聖女 推測火傷箇所 胸

 九代聖女 推測火傷箇所 背中

 十代聖女 推測火傷箇所 足の甲

 十一代聖女 推測火傷箇所 掌

 十二代聖女 推測火傷箇所 顔


 エーレとココの顔は真っ青だ。私は、二人ほどではないが、頭痛と吐き気を覚えるほどには参っている。だって、これは、こんなの。


「……神官長を、呼んでください」


 私の声でびくりと揺れたココは、弾かれたように部屋を飛び出していった。

 部屋の中には、私の腕の修復作業音だけが響いている。私達の声はフェリスとカグマに聞こえていないのだから当然だ。

 真っ青になったエーレの頭へ、動く左手を回し、そのまま私の胸元に押し付ける。言葉もないエーレは、痛いほど私を抱きしめた。

 しがみついているようにかき抱かれたことで、身体が揺れたのだろう。カグマが覆いを通り私達を確認した瞬間、青ざめた。

 それほど酷い顔色をしていたのだろう。即座に私達の状態確認へ入ったカグマの視線が、置かれたままの書類に落ち、ぴたりと止まった。


「これは……神殿の根幹が、揺らぐな」


 そう静かに呟いた後、誰より早く冷静さを取り戻したカグマが私達の状態確認作業を再開した様子を、私はどこかぼんやり見ていた。




 神殿を、そして聖女選定の儀を作り上げた初代聖女から先代聖女まで。アデウスに存在した総勢十二人の聖女が皆同一人物だった可能性が、ある。

 そんなこと、神官の皆に、どう説明すればいいのだ。彼らが負う傷を、絶望を思うと、息が詰まる。

 アデウスに祀られている神の根拠までもが揺らいだ事実を、神官達に、アデウス国民に飲みこめだなんて、どうして言えるだろう。そんな絶望を受け入れろだなどと、どうして。


 私達はずっと、何に祈っていたのだ。

 アデウスの神。名もなき、けれど聖女の存在によって信じられ、脈々と継がれてきたアデウスの神様。アデウスの民の、導の先。内的規範。祈りの先。願いが集約する場所。

 それが、いなかった?

 私達の祈りの先が、願いの先が、全て初代聖女によって作り上げられた虚像であり、彼女の欲に捧げられていたかもしれないだなんて、どうやって。

 この国は一体いつから、彼女の業によって形作られていたのだ。

 重たい泥が張りついているかのような疲労感が、身体を覆っている。それなのに、虚空に落ちていくような空っぽの虚しさが胸を満たす。

 だがこれは、私の絶望ではない。私に温もりを与えてくれた人達の絶望だ。だから私は顔を上げた。

 エーレに、あの人達に絶望が降りかかるのであれば、それは、それこそが、私の絶望だ。

 この人達が報われるよう、絶望に苛まされぬよう。それでも避けようのない悲嘆が彼らを覆おうとするのならば、その盾となるべく創り出された私という存在がここにいる以上、彼らの元に絶望を届かせたのは私の罪だ。


「大丈夫です。大丈夫ですよ、エーレ。神殿の基盤がどうであれ、私が神より創り出された聖女である事実は何も変わらないのですから」


 それだけは、どんな事実が現れようと覆らない。


「だから神の存在は確約されていますし、アデウスに聖女は存在します。エーレ、大丈夫、大丈夫ですよ。私は廃棄されるその日まであなた達の聖女であり、その後は、新たな、神が、あなた方の祈りの先となってくれるでしょう」

「…………どう転んでも絶望だろうがっ」

「めきっていった!」


 骨がいったかと思ったが、カグマによるといってないらしい。よかった、私の骨は無事である。まさかエーレの力で肋骨の心配をする事態に陥るとは。人の子の成長は、いつだって目を見張るものがある。

 私はエーレを抱えたまま、紙へと視線を落とす。


 聖女選定の儀も、神殿も、初代聖女から作られている。その仕組みに何かが仕込まれていたとしても不思議ではない。事細かな規則がある選定の儀は、まるで一つの儀式だ。

 前から、少し不思議だったのだ。選定の儀で、優劣をつけるものがあっただろうか。中身を慮るものがあっただろうか。

 聖女は死んでも次が生まれる。もしかしたらもう既に生まれているのかもしれない。そんな歴史を、アデウスの聖女は辿ってきた。

 聖女とは消耗品だ。死ねば補充が現れる、必需品である消耗品。

 私ではないというのに、歴代聖女の立ち位置はずっとそうだった。死ねば代替品が現れる。どんな時代にもただ一人現れるアデウスの聖女が、何故そんな消耗品のような現れ方をするのだろう。

 アデウスに神がいないというのなら、何故そんな現れ方をするのだ。人の都合で扱えない選定の儀を経た結果聖女と成る女達が、何故。


 結局、聖女とはなんなのだ。神殿とは、聖女とは、何のために存在するのだ。

 初代聖女は、神の声を聞き、荒れた世を治めた。

 だが、その後も聖女が生まれ続ける理由は? 聖女がいなければ世が荒れる理由は?

 それまで聖女がいなくても回っていた世界は、いつから聖女がいなければ回らなくなったのだ。


 神はいるのだと、私の中に確固たる自覚があるのは、私が神によって創り出された存在だからだ。だが、ハデルイ神はアデウスの神ではない。アデウスが祀ってきた神では、ないのだ。

 聖女選定の儀を越え聖女と成ったものに脈々と継がれる何かが、あるのかもしれない。それなら、私の中にいつの間にか仕舞われた存在がある現象に納得はいく。

 選定の儀によって選ばれていたはずの聖女。それなのに、ただ一人が巡っていただけだというのなら色々事情が変わってきてしまう。

 十三番目の聖女はあり得なかった。

 ハデルイ神はそう言った。私という存在はきっと、初代聖女にとってあり得なかったのだろう。

 神が私を十三番目に据えたのには意図があったはずだ。どの順番でもなく、あり得なかったとされる場所に私を滑り込ませたのは、そこに初代聖女が現れてはまずいからに他ならない。

 これまで、嫌な数が一致しているのだ。この地に存在していたはずの神の数。そして聖女の数。聖女の力は、それまで誰一人として現出させることのできなかった能力。

 ……エイネ・ロイアーが初代聖女であった場合、初代聖女が、神を喰ったことになる。

 それならば、荒れたこの地を治めたという逸話の意味合いが変わってくる。意味合いというより、順序と言ったほうが正しいのかもしれない。

 初代聖女が神を喰ったから、地が荒れたのだ。そして、全ての神を食い終わったから、世は凪いだのだ。

 しかし神の力など、人の身で消化できるはずがない。まして十二神もを一つの身に収めるなど、魂が受け入れきれるはずはない。

 だが。


「……十二回に、分ければ」


 聖女の神力は、代々違う。全て類を見ない特殊な力として顕現した。そしてそれ以降、民にも少しずつ現れ始めている。


「歴代聖女の神力が、それぞれ、喰らった神の力なのであれば……そして、人の身に収めきれなかった神力を、アデウスの民へと分配していたとすれば…………他国にはあり得ない、全国民が神力を持っている現象に、説明がついて、しまうのではないでしょうか」


 私に神力が存在しない理由も、神力喪失事件が起こっている原因も、全て、繋がってしまう。

 歴代聖女が全て同一人物である。そう仮定すれば、全て、今まで疑問だったことのあらかたが繋がってしまう。


 体勢を戻したエーレとカグマは、それぞれ器用な表情を浮かべている。驚愕とも怒りとも悲嘆とも、そして虚無とも取れる、絶望の顔だった。

 先代聖女派との因縁だけを念頭に置いていたあのときから、随分遠くまで来てしまったように思う。

 部屋に飛び込んできた神官長へ視線を向け、私は苦笑するしかない。


「あなたは本当に、大変な時代に神官長となってしまいましたね」


 私の大切な人達は皆、激動の節目に生まれてしまったらしい。

 だからこそ私が創られたのだと、神に告げられずとも分かるほどに、私の役目はここにある。この時代、どうあっても一人の女の業に振り回される人の子らの為に、神は私を創ったのだ。


「今すぐルウィード第一王子に連絡を。その後、王城と協議に入ります。当代聖女忘却事件及び、先代聖女の罪状を国民に周知します」

「――聖女の御心のままに」


 神官長、そして神官長の後ろに控える神官達のみならず、エーレとカグマも神官としての礼を取っている。

 ただ一人、覆いの向こうで楽しげに作業しているフェリスが奇妙なこととなっているのだが、それもまた時代の一部だろう。

 いつの日か、今日という日が遠い過去となり平穏が訪れた際、歴史に残る事件の雑学として面白おかしく覚えられていくような。そんな一幕となってほしい。珍しい事例に取りかかれる興味と興奮を隠しもせず、わくわくと目を輝かせて私の腕を修復している少年を見て、そう思う。

 今日という日がいつか、そんなこともあったんだと驚愕されるような。そんなとき同じ部屋に、何も事情を知らず楽しげにしていた少年がいたと知った人が、何だそれと思わず笑ってしまうような。

 そんな平穏が訪れたのならば、私が創られた意味は果たせるのだ。


「そして王城との協議結果如何によらず――当代聖女権限により、聖女選定の儀を停止します」

「御意」


 それで世界が揺れなければ、私の中に仕舞われた何かの正体は決まってしまうのだろう。

 ただ、今更だなと思う自分も確かにいた。

 何故なら、当代聖女である私が聖女の任に戻れていなかった今の今まで、世界は一度も揺れなかったのだから。









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